第一章 賞金稼ぎ ~ゴールドハンター~ Ⅱ
リビングから出て、悠生は『ルーム』の廊下を歩いていた。
『ルーム』の廊下は普通のファミリーマンションよりも長く、直線ではなく曲がり角がいくつかあった。これも、四LDKのファミリーマンション二部屋分を合わせて改装しているためである。
その廊下を悠生が歩いていると、遅れてトモミが現れた。悠生の数メートル後ろから、廊下を歩いている悠生へ向けて声をかける。
「ちょっと待って!」
「……?」
廊下を歩いていた悠生は、背中にかけられた声に振り返った。
振り返った悠生の表情はとても険しい。何かを思いつめているようでもあり、何かを決意したようでもあった。
小さく電球が点けられている廊下に、悠生とトモミは数メートルの距離を置いて、お互いを見つめる。
「……どこかに出掛けるつもり?」
悠生が『ルーム』の玄関の方へ歩いているのを見て、トモミは短く問いかけた。
問いかけられた悠生は答えることもなく、視線を俯かせる。
「答えられない?」
「……そ、そんなことは――」
「じゃあ聞かせて。どこかに出掛けるつもり?」
再度、同じ質問をトモミはした。
「……トモミさんは、タクヤを助けに行こうって考えないんですか?」
悠生は質問に、質問で返した。
トモミが求めている答えではなかったが、嫌な顔もせずにトモミは答える。
「そんなことはないわ。私だって、タクヤを助けたいって気持ちあるよ」
「じゃ、じゃあ――」
「でもね。今は静観してるのが吉かなって思うの。トモユキさんも同じこと言ってたけど、タクヤから連絡があるまで待つのもアリだって私は思うの」
トモミの答えは、悠生が予想していたものと寸分も違わずに当たる。
予想していた答えと変わらなかったため、悠生は驚かない。「そうですか」と小さく呟いた悠生は、再び玄関の方へ振り向く。
その悠生に対して、
「トモユキさんが言ったことに賛成できない?」
トモミは、はっきりと問いかけた。
その一言に再び歩き出そうとしていた悠生の身体がビクンッ、と震える。
「そんなことはないですけど――」
「けど、納得できないのよね?」
「……はい」
全てを見透かしているような視線を、トモミは悠生へと向けている。
その視線を感じながら、悠生はぽつりと答えた。
「だと思った。まぁ、私たちもトモユキさんの言葉を信じられないことはあるしね。悠生くんがそうだとしても何も不思議じゃないわ」
はぁ、とため息を吐きながらトモミは言う。
トモユキさんの説明不足、というか何を考えているか分からないような言い回しは、長年付き合いのあるトモミでも戸惑うことはある。つい先日トモユキに会ったばかりの悠生には尚更だろう。
それでも、
「でもね、今はトモユキさんの言うことに納得して。トモユキさんの選択が間違いだとは私も思わないの」
今はトモユキさんの言葉に従って、とトモミは悠生にお願いする。
悠生と同様に自分もタクヤを助けにいきたい、探しに行きたい、という思いを持ちながら、トモユキの冷静な言葉に納得して堪えているのだ。そして、それを悠生にもお願いしている。それは、そうした方が今はいいだろうと信じて疑わないから、である。
「……どうして、そう思うんですか?」
トモユキの選択が間違いだとは思わない、と言ったトモミに悠生はその理由を尋ねた。
「悠生くんもニュース見たでしょ? 最近『賞金稼ぎ』の活動が活発になってきてる。あいつらにまとわりつかれたら厄介だし、あいつらの目的は『覚醒者』を使った身代金要求とかじゃないわ」
「どういう――」
「あいつらは捕まえた『覚醒者』を様々な機関に高値で売り飛ばしてるのよ」
「……っ!?」
衝撃の言葉を、トモミは口にした。
それを聞いた悠生は声を上げられないほどに驚いている。
トモミの言っていることが正しければ、それは人身売買。
当然、犯罪行為である。どのような目的であれ、人間を売り買いする行為は世界で犯罪行為として認知されている。そのような行為を平然と行っている集団が『賞金稼ぎ』である。
しかし、それとタクヤを探しに出るなということの関係性が悠生には分からなかった。タクヤが人身売買を行っている『賞金稼ぎ』に襲われたのであれば、早く助けださなければどこかに売り飛ばされてしまうのだ。
そう焦る悠生に対してトモミは、
「焦って行動することが危険なの。それを理解してっ」
「……?」
トモミの言葉に、さらに悠生は戸惑う。
「で、でも、本当に人身売買なら急がないと――」
「とにかく落ち着いて! まだタクヤが『賞金稼ぎ』に捕まったのかどうかも私たちは分かってない。悠生くんもタクヤの『覚醒者』としての力は聞いたでしょ?」
「あ……」
そこで、悠生は思い出す。
悠生が初めてこちらの世界に来て『覚醒者』のことを教えられた時、タクヤが説明していた自分の力のことを。
タクヤが説明していた自分の力は、
『俺はパソコン等の電子機器を使ってネットワークにアクセスしたり、機械類を自由に操作することができる能力を持っている』
というものだった。
その力を使えば、例えば他人の携帯電話などの端末から、連絡をすることも可能なのではないか。
悠生がその考えに思い至ると、トモミは気付いたようで微笑んでいた。
「そう。タクヤなら私たちに連絡をすることは造作もないことよ。他人の携帯電話を使うこともタクヤなら容易なんだから。現時点で、そのような連絡は誰の所にも来ていない。なら、無暗に探しに出るのは無意味ってことよ」
「で、でも連絡が出来ない状況とか――」
まだ腑に落ちない、とでも言うように悠生はさらに懸念を言った。
連絡が来ないことが、タクヤが『賞金稼ぎ』に捕まっていない理由の一つであるのも分かる。しかし、連絡が取れない状況下にいるのでは、という考えはすぐに思いつくだろう。
それは、トモミも否定しない。
「もちろんその可能性がないわけじゃないわ。でも、それならただ闇雲に探すんじゃなくて、ちゃんと情報を集めてからじゃないと――」
やはり焦っている悠生に、もう一度落ち着かせるようにトモミはゆっくりと柔らかい声色で言った。
トモミは悠生が抱いた懸念を否定することはしなかった。
「情報……?」
「えぇ。『賞金稼ぎ』と言っても、無数のグループが存在してるわ。タクヤが『賞金稼ぎ』に捕まって連絡も出来ない状況下なら、どの『賞金稼ぎ』のグループに捕まったのかをまず調べないと」
「ニュースで言われてたのは、この近辺で活動してる『賞金稼ぎ』でしょうけどね」とトモミは付け加えた。タクヤを助けだすなら、必要な情報はそれだけではない。トモミは言葉を続ける。
「それだけじゃないわ。『賞金稼ぎ』がするのは『覚醒者』の人身売買。必ず取引相手がいる。その相手が誰なのか、取引はいつ行われるのか。それらも想定して行動しないと。ただ慌ててタクヤを探し始めたら、『賞金稼ぎ』は取引の予定を早めるかもしれないわ。私たちがその取引の予定を知るよりも前に――」
冷静なトモミの言葉が、焦っている悠生の頭を冷やしていく。
トモミにそのように言われては、悠生は勝手な行動は取れない。自分勝手な行動で、タクヤを助けることが出来なくなるかもしれないのだから。
トモミの話を聞いた悠生は玄関へと向かっていた足を、別の方向へ向ける。悠生が『ルーム』で使用させてもらっている部屋の方向である。
「……わかりました。――しばらく部屋にいます」
小さく悔しそうに言って、悠生は廊下を引き返していく。玄関から反対に当たる一番奥の部屋へ、と。その背中はすぐに行動できないことを、本当に悔しそうに物語っていた。
悠生が廊下の曲がり角を曲がった所で、トモミは一息吐く。
「……憎まれ役も嫌なものね」
ぽつりと零れた言葉は、トモミの本心である。
悠生に言った内容を思い返して、トモミは自身の髪をくしゃくしゃと掻きむしった。
トモユキが悠生にした話から見ても、トモミがこのような行動に出ることを見越していたのだろう。
(悠生くんが、ここから出ることをトモユキさんは望んでいるのかしら?)
それは、トモミには分からない。
トモミが悠生を止めるような行動に出ることも予想していたのなら、トモユキは何を狙っているのだろうか。
一つの疑問が、トモミの中に残っていく。




