序章 それぞれの世界での一時 Ⅰ
世界は二つ存在する。
普通の人ならば、それは嘘だとはねのけるだろう。だが世界の一部の人々は、自分がいる世界とは別の世界の存在を追い求めて、世界を移動する手段を確立した。実際にその手段によって、人が一人世界を移動している。
そのことより証明された二つ存在する世界には、それぞれ人が住み、文化があり、生活が営まれている。
しかし、それぞれの世界は微妙に違った。
片方の世界には『覚醒者』と呼ばれる人々が存在し、片方の世界には存在しない。大きな違いはこの一つだが、この違いがそれぞれの世界を別の世界なのだと決定している。
その片方の世界に、ユウキはいた。
通っている『市立基橋高校』の制服を着ている彼は目元まで伸びた黒い前髪を、うっとうしそうにはらいながら学校への道程を歩いていた。
その隣には吉田拓矢、飯山葵、岩井真希の三人が歩いている。彼らはみな同じクラスだ。
いつものように待ち合わせをするでもなく自然に集まって登校している四人は、歩道を目一杯使いながら歩いている。
「ところでさ。悠生、携帯変えたの?」
「……?」
「昨日の夜、メール送ったのに宛先が違うってきたんだよ。電話かけても繋がらないし――」
「あ、あぁ。壊れたから、新しく買い替えたんだよ」
学校へ向かって歩いているのは、彼らだけではない。
朝のSHRが始まる時間ぎりぎりに登校しているため、周囲には同様に学校へ向かっている学生の数が多い。それらの学生は一人で歩いていたり、ユウキたちのように複数で歩いていたりと様々である。
「そうなのか? なら、早く言ってくれよ」
ユウキが携帯電話を買い替えたことを知らない拓矢は、連絡先の変更をちゃんと教えて置いてくれよ、と言う。
「ごめんって」と謝るユウキだが、携帯電話を買い替えたわけではない。
並行世界の存在を信じて作られた時空移動機械――『時空扉』の使用により、世界を越えたユウキが、前の世界で購入し使用していた携帯電話である。その携帯電話に保存されているデータや連絡先等は全て世界を越える前の物であり、こちらの世界の物ではない。そのため拓矢はメールを送ることができなかったのだ。
「まぁ、別にいいんだけど――。とりあえずアドレスや電話番号教えてくれよ」
「あ、あぁ」
時間がないというのに、拓矢はこの場で赤外線通信を求めてきた。
「ちょっと! 教室に着いてからでもいいじゃない、それ」
制服のポケットから携帯電話を取り出した拓矢に、葵がじとっとした目で言った。
「今でもいいだろ?」
「SHRまでもうちょっとなのよ?」
「すぐ済むって」
「……もう――」
ユウキまでも携帯電話を取り出したのを見て、葵はため息をつく。
二人を待っているのも馬鹿らしくなり、「真希、先に行こ」と誘って、学校へ向けて再び歩き出す。
真希は一瞬躊躇するようにユウキへ視線を向けるが、すぐに葵を追いかけ始めた。
「いいのか?」
葵と真希を放ったことを、ユウキは拓矢に聞くが、
「いいんだよ。お前に見せたい写メがあってさ」
「見せたい……?」
「おう! 後で送るからな」
拓矢の言っていることをユウキは疑問に思う。
見せたい写メは何なのだろうか。ユウキには見当もつかないが、拓矢が後で送ってくるのなら、それを待って見ればいい、と考えることは止める。
拓矢は自分の携帯電話に、ユウキの連絡先が送られてきたことを確認して、その連絡先をすぐに登録する。
「本当に買い替えたんだな。でも、その携帯見たことないな」
「あー……、新しく出たやつなんだ」
苦し紛れに言うユウキの言葉に、拓矢は不思議に思うこともなく「へぇ~」と納得した。
ユウキのアドレスと電話番号を自分の携帯電話に登録した拓矢は、葵と真希を追いかけるように学校へ向けて歩く。
その後をユウキも追いかけるように歩いていった。




