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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
PART Ⅰ
30/118

第四章 流れに逆らう意思 Ⅱ

 

 上村(かみむら)家の表札の前に立っているユウキは、目の前の家を見上げている。

 その家はクリーム色に塗装された外壁とかけ離れ、電気も点けられていない家の雰囲気はやけに暗く感じる。

 それは住人がいないため、である。

 この家の住人――悠生を除く――はどうやら共働きのようで、家にいないことがほとんどらしい。そのため家の明かりが複数も点けられていることは(まれ)のようだ。

 その家に帰ってきたユウキも、当然明かりは一つしか点けない。

 ユウキが明かりを点けたのは家のリビングだった。そのリビングから見える庭の物干し竿には、()()の父親から借りている服が干されている。朝学校に行く前に洗濯していたのだ。

 借りている服を返しにいかなくちゃ、と思うユウキだが、少し休憩しようとリビングのソファに腰を落とす。

 他に誰もいないため、広い家は不気味に静かである。その静けさに耐えられなくなり、ユウキはテレビの電源を点ける。次の瞬間にはテレビから快活な声が聞こえてきた。どうやら夕方のニュース番組らしく、テレビの画面には一人のアナウンサーが最新のニュースを取り上げていた。その奥には、テレビ局のせわしない様子が映し出されている。

(どこかで戦争をやってるわけでもない。どこかで『覚醒者』が捕まったわけでもない……)

 取り上げられているニュースは大手企業の役員が失脚しただの、通り魔事件が起こっただの、株価が下がっただの、と様々である。しかし、そこにユウキが今まで何度も聞いていた単語は出てこない。

 そのことに強い違和感を覚える。

 だが、これがこちらの世界のニュースなのだ。

 毎日のようにどこかで人が事件や事故に巻き込まれていても、それらの事件事故がニュースで取り上げられても、『覚醒者』の『か』の文字も出てこない。そのことで、改めて違う世界なのだ、と認識させられる。

(それでも、この世界全体が平和だとは言えないんだろうけど……)

 ユウキがいた世界では日本も含めた世界中で、小競り合いとは言えないレベルの武力抗争も含めて毎日のように騒動が起こっていた。しかし、こちらの世界では日本は比較的に平和な空気が漂っている。そのことがユウキに違和感を与える一番の要因かもしれない。

「……どっちにしても、帰らなきゃならないことには変わりない――か」

 ユウキはこちらの世界の住人ではない。

 ずっと居続ければ、何かしらの影響が出ないとも限らない。ユウキ自身も元の世界へ帰りたい、帰らなければならないという意思を持っている。ならば、帰る方法を探さないという決断はできなかった。

 具体的な方法は全く思い付かないが、一つ一つ可能性を模索していこうと決心をする。

 その第一歩が借りていた服を返すことから始まるのである。

 庭の物干し竿から真希の父親の服を取りこんだユウキは、しっかりと乾いていることを確認して丁寧にたたむ。そして、何か入れられるバッグはないか、と家の中を探し始めた。

(トートバッグみたいな鞄は……)

 リビングから悠生の部屋に行く。

 昨日も多くのバッグをクローゼットの中で見つけており、使えそうなバッグはないかと確認しに行っているのだ。

 悠生の部屋は、これまた家全体の様子を端的に表しているように薄暗い。

 部屋に入ったユウキは、ドアの脇にある明かりのスイッチを押す。

 すると、景気良く部屋に明かりが灯される。蛍光灯が光り、部屋の薄暗さを消し飛ばすと、部屋の冷たさも薄らいだ気がした。

 部屋には勉強机やタンス、ベッドなど様々な家具があるが、それらの家具には目も向けずに、ユウキはクローゼットを開ける。

「……バッグは――」

 冬物のコートやジャケットが多くハンガーに掛けられている中、タンスの横にあるダンボールから使えそうなバッグはないかと探す。

 悠生の持っているバッグにはリュックやショルダーバッグ、学生鞄など多様にあった。その中から、ユウキは大きめのリュックを手に取る。

「これでいいか」

 ユウキが手に取ったリュックは、当分使われていないようで少し(ほこり)をかぶっていたが、畳んだ服を入れるには申し分ないほどの大きさはあった。

 そのリュックを手に、ユウキはリビングまで戻る。

 悠生の部屋を出る際、ユウキの視界に一つのアルバムが入る。しかし、ユウキはそのアルバムに大した興味も示さずに、部屋を出ていった。



 ユウキが岩井内科へ行くために、家を出たころにはすでに日が沈んだ後だった。

 通りを照らす街灯が等間隔で明かりを灯しており、その様子が無機質な街というイメージを少しだけ与えてくる。しかし、その感じが強くしないのは周囲の家が暖かい明かりを点けているからである。

(全ての家が同じように団欒(だんらん)してるわけじゃないんだろうけど、それでも向こうの世界とは大きく違う。向こうの世界じゃ、まともに明かりが点かない地域だっていくらでもあるんだから)

 岩井内科への道程を歩きながら、自然とそう思った。

 ずっとこちらの世界にいたわけではないユウキは何度見ても、同じ感想を抱く。

 無機質な街のイメージを和らげているのは、周囲の家の明かりだけではない。

 日が沈んでも、通りには人が歩いている。それは明かりが与える安心感があるから出歩けるのであり、明かりがまともにない通りや街を人は歩きたいとは思わないだろう。通りを歩いている人はそれぞれジョギングをしていたり、帰宅途中であったり、これからどこかへ外食に行くであったり、と様々な理由があるだろう。

 そう考えると、微笑ましくなった。

(俺たちの世界も、こんな世界だったらどれだけ幸せに暮らせたんだろうか――)

 こちらの世界を見ての感想が自然と湧き上がる。

 そのことを今さら悔やんでも仕方がない。そう分かっていても、ユウキは思わずにはいられなかった。

 三〇分ほど歩いて、岩井内科には着いた。

 昨日岩井内科から上村家へはそれ以上に時間がかかっているのだが、それはユウキが上村家の場所を知らないために要した時間の違いである。

 真希から聞いた通り岩井内科と岩井家の入り口は同じみたいで、軽く躊躇したが、ユウキは岩井内科の自動ドアをくぐる。

 すでに診察時間は終わっている時間であり、昨日の通りなら上村家ではすでに夕食の時間だろう。そう思っていたユウキだが、岩井内科の受付にはまだ明かりがあった。

 しかし、

(誰もいない……)

 診察を待っている患者は誰もいなかった。

 それでも、受付の透明ガラスの向こうには看護師の姿が見える。

「どうかしたのかしら? 診察時間は過ぎてるのだけれど」

 ユウキが入ってきたことに気付いた看護師がガラス越しに尋ねてきた。

「えっと……。借りていた服を返しにきたんですが――」

「あら、そうなの? ちょっと待ってね。先生を呼んでくるから」

 ユウキの話を聞いた看護師はそう言って、受付奥のドアを通って消えていく。ドアの向こう側に真希の父親がいるのだろうか、とユウキは疑問に思う。

 看護師がドアの向こうに消えてから、ユウキは数分間待たされた。

 受付にはもう一人看護師がおり、その看護師は今日の診察代をまとめているようだった。時折ユウキのほうをちらっと見ていることから、

(あの人も知り合いなんだろうか……)

 と思うユウキだが、尋ねない限りは分からない。

 だが、ユウキはその看護師が知り合いかどうかはそれほど気にしておらず、尋ねることはしない。今は真希の父親に服を返して、クリーニングしてもらったユウキの服を受け取ることが大事なのだ。

 数分後、受付から診察室へ通じるドアが開き、真希の父親が姿を見せてきた。

「早いな。いつでもいいと言ったじゃろう?」

 昨日の今日で服を返しにきたユウキに、真希の父親は目を丸くして驚いている。真希の父親はまだ仕事をしていたようで、白衣は脱いでいなかった。

「なるべく早く返すのが礼儀だと思って――」

「そうか? まぁ、良い心掛けじゃと思うが。ま、ありがとうの」

 ユウキから貸していた服を受け取った真希の父親はそう礼を述べた。そして、「ちょっと待っちょれ」と言って、のそのそと再びドアの奥へと姿を消していく。

 数分後に戻ってきた真希の父親の手には綺麗にクリーニングされたユウキの制服がビニール袋にいれられていた。

「クリーニングして頂いて、ありがとうございます」

「えぇえぇ。他に着る服なかったんじゃし。ちゃんと入院料に含めておるけえの」

 最後の一言を聞いて、ユウキは何とも抜け目のない人だと思ってしまった。

 ビニール袋に入った制服を受け取って、ユウキは岩井内科から立ち去ろうとする。そこへ、再度真希の父親が声をかける。

「一つ聞いていいかの?」

「はい?」

 真希の父親の声に、岩井内科から帰ろうとしていたユウキは振り返る。

「答えられない、答えたくないっていうなら言わんでもいいんじゃが……。君は何か事件に巻き込まれているのか?」

「……っ!?」

 かけられた質問に、ユウキは目を見開いて驚く。

 その質問がユウキにとって予想外のものであったためだ。

「どういう……?」

「答えられない……か? 君に返した制服は基橋(もとはし)高校のものじゃないし、この近辺の学校のものでもない。それに制服には血痕があった。君は何か事件に巻き込まれておるんじゃないかと思ってのぉ」

 じっとユウキの顔を覗きこむように、真希の父親は自分の考えを述べる。

 岩井内科の自動ドアの前に立っているユウキは、表情を見られていることを理解していながら、顔を隠すことが出来ない。

(勘付かれた……?)

 しかし、その動揺は隠しようがない。

 微妙な心拍数の変化は、表情や動作にはっきりと表れる。ユウキにもそれを防ぐことは出来ない。表情を見られないように顔を隠すのは最大の手だが、その動作が真希の父親の言葉を証明しかねない。

「……まぁ、よい。他人に話せないこともたくさんあるじゃろう。じゃがな、わしも真希と同じで君の心配をしとるからの」

 そのユウキの気持ちに気付いてか、真希の父親は穏やかに言った。

「あ、ありがとうございます……」

「気にせんでえぇ。それと、真希にも話すのは止しておこう」

 ユウキの懸念に気付いて、真希の父親は娘に伝えることもしないと約束した。真希の父親としても、ユウキが巻き込まれているかもしれない事件に娘を関わらせようとはしたくない。真希にはすでにその可能性を言ってしまったが、まだその段階ではない。

 事実がどちらにしても、真希には知らせないほうがいいと真希の父親は判断したのだ。

「……できれば、そうして下さい」

 ユウキからも、そうお願いする。

 自身のことをこれ以上も悟られないためにも。

 世界が複数存在することを知られないためにも。

 彼女を、危険に巻き込ませないためにも。

 一言願いを告げたユウキは、改めて岩井内科から帰ろうとする。

「それじゃあな」

「はい。クリーニングと貸して頂いた服ありがとうございました」

 真希の父親に会釈したユウキは、自動ドアを越えていく。

 自分がいるべき世界は、こちらの世界ではない、と示すかのように。

 はっきりと区切られた線を越えることで、自分の世界へ戻ろうとする意思を示すかのように。

 自動ドアを越えていく。


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