第二章 『覚醒者』の起源 Ⅵ
再び、マユミの研究室には悠生ただ一人だけになっていた。
長い時間をかけて『始まりの覚醒者』について、そして『覚醒者』についてマユミから講義を受けた。その後、マユミとトモユキはまた研究室を後にしたのだ。そのため、悠生はまたしても一人取り残されている。
「『覚醒者』になった理由――」
マユミたちから聞かされた話が、未だに悠生の頭の中を渦巻いている。
(考えるなって言われても……、気にする方が難しいって)
そして。
もう一つ。
「『覚醒者』が生まれた理由――か」
それらの疑問を調べても損はないはずだ、とマユミは言った。
けれど、調べる方法が悠生には見当もつかない。聞いた話では『覚醒者』は三桁を容易に超える数の人数がいるらしい。日本にどれほどの『覚醒者』がいるのか分からないが、一人一人に話を聞くしかないのだろうか、と無謀な事まで考えてしまう。
そうして、一人で悶々と思考を巡らせていると、研究室のドアが再び開いた。
「あれ、まだ一人だけ?」
戻ってきたのは、ミユキだった。
「マユミとトモユキさんはさっき戻ってきたけど、すぐに出てったよ。研究員と話し合いだってさ」
「あぁ。きっと報告会の打ち合わせ、ね」
「そう言えば、そんな事言ってたな」
「ちゃんと覚えてたのね。報告会も大事なものだから、疎かにできないのよ。ここにいる『覚醒者』の健康や能力状態を所員全員で把握しておくためのものだし」
「みんなの前で報告するって事なのか?」
「そういうわけじゃないわ。所長とか班長とかの前でよ。そこに『覚醒者』本人も参加して、報告。まとめた書類は所員全員に配布って感じかな」
「……なんか、めんどくさそうだな」
「ただその場にいるだけの私たちにとったら、めんどくさい事かもね。長い話を聞いてるだけだし――」
でも、とミユキは続ける。
「悠生くんにも、きっと大事な場になるよ」
「そうか~?」
半信半疑の悠生を見て、ミユキは苦笑した。
「参加したら分かると思うよ。でも、今から打ち合わせって事はもう少し時間がありそうね」
「あぁ。しばらく待っててって言われたし」
「そっか。じゃあ、ちょっと散歩しない?」
「え? 中をうろついていいのか?」
『覚醒者』であるユウキじゃないとばれる可能性があるから、一人で研究所内を歩かないように、と忠告されていた。
けれど。
「許可はもらってきたわ。一人じゃボロが出るかもしれないけど、私もいるし大丈夫よ」
ミユキの誘いに乗って、悠生は研究室を出ていく。
見慣れない研究所の中をミユキについて歩いていく。相変わらずすれ違う研究員やスタッフには「久しぶりだな」といった声を掛けられるが、ミユキのフォローで無事に乗り越えられた。
「どこに行くんだ?」
散歩の目的が分からない悠生は、隣を歩くミユキに訊いた。
「私のお気に入りの場所。そこに行くとね、落ち着くんだ」
「お気に入りの場所?」
「うん。きっと悠生くんも気に入ってくれると思うの」
どこか楽しげな声色だった。
二人きりで歩いているこの時間を、何事にも代えがたい瞬間だと感じているような、心から楽しんでいるような口調だ。
(どうしてだろう?)
と、悠生はミユキの話を聞きながら考える。
「気に入るか。どんな所なんだ?」
「行ってからのお楽しみ」
「ますます気になるじゃんか」
答えは分からない。
(俺はユウキじゃないのに――)
「そういえば、どんな話されてたの?」
「え?」
「マユミから何か聞かされてたんじゃないの?」
「よく分かったな。『覚醒者』について、いろいろ講義聞いてたよ」
「へぇ~」
こうして会話していても、ミユキが楽しそうにしている理由は見つからない。普通の友達のように接してくれているのが、悠生には不思議でしかない。
「『始まりの覚醒者』だとか、いろいろ。ってか、こっちの世界じゃ、あんなに酷いことがあったんだな」
「あぁ、うん、そうだね。私は記憶にないんだけど、当時はすごく騒ぎになったみたいよ」
「あ、そっか。テロがあった時はまだ園児とかか」
「うん。まだ三歳くらいだったからな。自分が『覚醒者』だって自覚もなかったし――」
「そうなのか……」
『覚醒者』の話を切りだしてみても、ミユキは特に嫌な素振りを見せる事もない。辛い過去があった事も気にしていないみたいだ。
(なんでなんだ?)
疑問だけが、悠生の頭に残っていった。
そうしているうちに、ミユキは目的の場所で立ち止まる。
「ここだよ」
「ここ?」
「うん。ここが、私の――ううん、私たちのお気に入りの場所」




