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第二章 『覚醒者』の起源 Ⅲ

 

 夏の日差しは、肌を焼こうとするほどに強い。

 自然と日陰を求めて、道の端を歩いてしまうほどだ。

 そうして悠生はトモユキとミユキに連れられて、『国立「覚醒者」研究所』まで来ていた。

「ここが、そうなんですか?」

「そうだ。『ルーム』で暮らしている皆が、ここにお世話になっている。国内で最大の『覚醒者』研究施設だよ。目立ちはするが、『眠る街(スリープタウン)』や『ルーム』にいるよりはよっぽど安全だ」

 トモユキの言う通り、研究施設の周りは三重の壁で囲われており、一番外周の門は一〇メートルを越える塀だ。これを越えられるのは骨が折れそうだ。

 あからさまに門番という格好をしている完全武装の男二人に会釈して、トモユキとミユキは門を越えていく。

 慌てて、悠生もその後を追いかけた。

「なんか、すごいな――」

 単純な感想しか口から出ない。

「ここを襲おうって『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』はいないわ。もちろん一般人も。『覚醒者』が乗りこんできたことはあったけれど、対『覚醒者』部隊(SPAT)があっさり取り押さえたりしてたし」

 耳慣れない単語が出てきたが、悠生はただただ研究所の外観に感嘆の声を上げていた。

「こっちだ」

 と、トモユキの案内に従って、悠生は『国立「覚醒者」研究所』へ入っていく。

 口の字を描くように建てられている研究所の中に入ると、そこは悠生の思っていた物とは違い、とても騒がしかった。

「……何かあったんですか?」

「ここは普段からこの様子だ。正式に所属している『覚醒者』は『ルーム』の八人だけだが、様々な理由で外部の『覚醒者』も訪れている。定期健診、だよ」

 もっと綺麗なイメージがあった研究所内だが、廊下を慌ただしく移動する白衣の男女、開けっぱなしの扉から覗ける研究室の中は、想像以上にごった返している。

「『覚醒者』たちは世間から迫害を受けた過去を持ってる。『眠る街(スリープタウン)』を住処にしてる『覚醒者』たちはまともに病院に通えないこともあるからね」

 付けくわえたミユキの説明を聞いて、悠生は疑問を口にする。

「全員をここに住ませることはできないのか?」

「それは無理だ。現在、全世界で『覚醒者』が何人いるのかしっかりと把握できていない。だが、最低でも七〇〇人は超えているとされている。その内の何割が日本にいるのか分からないが、施設の維持で莫大な予算を使っている。これ以上『覚醒者』を所属させることは予算的に難しい。世界中の研究施設で同じような事態が起こっているくらいだ」

「……そうなのか」

 ずんずんと廊下を突き進むトモユキの後を歩きながら、悠生は思う。

『ルーム』で比較的快適に暮らしているミユキたちは、『覚醒者』の中でも恵まれたほうなのだ。少数で仲間を組んでいる『覚醒者』は必死に隠してきたそれが世間に知れた場合、『眠る街(スリープタウン)』を仕方なく住処にするしかないのだろう。

 旧大竹町の『眠る街(スリープタウン)』で戦った彼ら、のように。

 ミユキたちと彼らの違いは、大きくない。

 たった一つ違うのは研究所に所属しているか、どうか。

 しかし。

 その違いが、『覚醒者』にはとても大きいのだ。

「ここだ」

 ようやく、トモユキの案内である部屋に入る。

 二人の後に続いて部屋に入ると、一人の少女が立っていた。



『国立「覚醒者」研究所』。

 その、とある一室。

「痛い! 力入れすぎだって!!」

 身体を襲う痛みに喚いたのは、カツユキだ。

 ミホの『覚醒者』としての力で一時的に痛みが取れた状態だったが、やはり出血は酷かった。カツユキは包帯巻きにされながら、痛みを堪え切れないでいた。

「大の大人がこれくらいで騒がないの! あなたも、もうすぐ三〇でしょ?」

「ばかやろう、まだ二七だっ!」

「あら、私にばかやろうなんて言っていいのかしら?」

 と、包帯を巻いている看護師はさらに力を入れていく。

「だから、痛いっつってんだろ! もっと優しく――」

「本当にうるさいですよ、カツユキさん」

「……お前は楽そうでいいな」

 隣のベッドに横になっているマサキに、カツユキは毒づいた。

 マサキの方もまだ怪我が完治していなく、絶対安静が必要になっている。そのため、二人はこうして研究所に入院状態だった。

「僕は身体を強化できますから。痛みにもそれなりに強いですし」

「つくづく羨ましい力だな、それ」

「よく言いますね。なんでもかんでも破裂させれる力を持ってるのに」

「褒められてるよーには感じられねーな」

「褒めてませんもん」

 マサキの言葉に、またカツユキは喚き散らす。

「ほら、じっとしてなさい!」と看護師に言われたのは言うまでもない。

 しばらくして。

「これでよし。また後で様子見に来るから――」

 と言って、包帯を巻き終わった看護師は部屋を後にしていく。

 ぶすっとした表情のカツユキは視線を窓の外へ向けていた。

 心地良い日射しが室内まで届いて、快適な空間を作り出している。騒がしいはずの研究所も、ここは落ち着いた雰囲気が広がっていた。

「まだまだですね、僕たち」

 ぼろぼろの状態を見て、マサキはぽつりと呟いた。

「一緒にされるのは心外だが――。俺やお前はユウキやミユキみたいにはなれないだろうな。バケモノだよ、あいつらは」

「僕たちは違うんですか?」

 マサキは自虐を含んだ質問をした。

「俺はそう思う」

 視線を外の景色から天井へ移して、トモユキは言う。

「俺たちとあいつらは決定的に違う。そう感じることがあるんだよ。『覚醒者』に明確な序列なんてないってのは研究者の言い分だ。でも、俺は『覚醒者』に割り振られた強さの番号じゃなくても、はっきりとした線引きはあると思う」

「線引き?」

「……あぁ。あいつら二人を見てると、そう思ったんだよ」

 少し寂しそうな表情を、カツユキは見せる。

 ユウキたちとの違いを敏感に感じていながら、自分にはどうしようもない力の無さを痛感しているような、苦しそうな顔だ。

「……意外ですね」

 と、マサキが口にした。

「意外?」

「えぇ。カツユキさんでも、そんな顔するんだなって思って――」

「馬鹿にすんなよ。俺だって、『ルーム』のみんなの中じゃ、歳くってるほうだぞ」

「そうでしたね」とマサキは相槌を打つ。

「僕たちとミユキたちは決定的な違いがある、ですか……」

「お前は感じたことないのか?」

「そういうのを感じたことはない――ですね。今までも生きることに必死で、『覚醒者』同士の強さの違いなんて気にしたこともないですもん」

「そっか……」

 再び視線を窓の外に戻したカツユキが思っていることは、マサキには分からない。『ルーム』にいるみんなの良い兄貴をしてくれているカツユキは頼りになる存在だ。特に、マサキより年下のミユキたちには尚更だろう。そのカツユキが、ミユキやユウキには到底及ばないと口にしたのは、マサキにとって本当に意外だったのだ。

 それきり会話はなくなる。

 二人きりになった部屋には沈黙が木霊して、ここが慌ただしい研究所だということも忘れてしまいそうになる。それほど、ゆっくりとした時間が空間を支配していた。



「はじめまして――になるのよね」

 部屋で待っていた少女は、そう口にした。

「あ、あぁ……」

 悠生は驚いていた。

 挨拶をしてきた少女――研究者があまりにも若く見えたためである。

 その外見は自分やミユキとそれほど変わらないんじゃないのか、と悠生は思ってしまった。私服姿のようなカジュアルな服装の上に白衣を着ているが、とても研究者のようには思えない。年相応の女子学生にしか見えない。

「私はマユミ。あなたのことはトモユキたちから聞いてるわ」

「俺は――」

 挨拶を返そうとしたところを、マユミに遮られる。

「知ってるわ。いきなり来ることになってごめんなさいね。少しの時間でも、あなたがここにいてくれることが必要だったの。話はだいたい聞いてるかしら?」

「あ、あぁ。ミユキから――」

「そう。それなら話が早いわ。ようするに、時空移動してしまったユウキの代わりに、こちらの世界に来たあなたに、ユウキと同じように過ごしてほしいの」

 難しい注文だということは承知してるわ、とマユミは付け加えた。

 すでにミユキから話を聞いていた悠生はただ頷く。

「もちろん、私たちも精一杯フォローするわ。偽装工作ってほど大袈裟じゃないけど、『覚醒者』研究には、それまでのユウキから得たデータを加工して利用するし、みんなの前で直接能力を使用するって場面も作らない。あなたは、こちらの世界のユウキとして話を合わせてくれるだけでいい」

「やる。俺にできることなら、なんでも」

 即答だった。

 それはマユミも意外だったようで、少し面食らう。

「……そう。ありがとう」

(拒まれるかと思ったけれど――)

 と、胸中で呟く。

「それで、具体的に何をすれば――?」

「何もしなくていいわ」

「え……っ?」

「言った通り、こちらの世界のユウキとして過ごしてくれればいいの。特に何かをしてほしいって注文はこちらからもしないわ」

「そ、それだけ!?」

「えぇ、そうよ。言い方が悪くて申し訳ないけれど、あなたの顔と声が必要なだけだから」

 その言葉は、ズシンと悠生の心に響いた。

 あまりにはっきりとした言葉に、悠生は次の言葉が発せれない。

「ちょっと、マユミ!」

 強い言い方に、ミユキがクギをさす。

 けれど。

「だから、申し訳ないけれどって言ったわよ」

「でも――」

「いや、はっきり言ってもらえてよかったよ」

 と、悠生は()った。

「悠生くん……」

「正直何も知らないこっちの世界の俺の代わりをしろ、なんて無茶すぎるって思ったけど……。必要なのが顔と声なら、別に深く背負う必要もないよな」

 悠生は少し笑顔を見せて、吐露した。

 それは、自分を卑下(ひげ)しているようにも見えた。

「そんな言い方しなくても――」

「いや、彼の言う通りかもしれない」

「トモユキさんまで……っ」

「悠生くんはどうやったってユウキにはなれないんだ。声や顔かたちは一緒でも、辿ってきた過去と能力の有無がある。私は悠生くんにユウキの代わりをしてくれ、とお願いするのは悠生くんにとって残酷だと思った。けど、悠生くんの言うように外見を借りるだけなら、ユウキのことを必要以上に感じることはないのかもしれない」

「……そ、そうかもしれないですけど……」

「そうか。君は強すぎるユウキの存在に(さいな)まれるかもしれないのね」

 マユミはようやくその可能性に至ったようだ。

『国立「覚醒者」研究所』で必要としているのはユウキであって、悠生ではない。研究者の誰もが待ち望んでいるのはユウキが元気な姿を見せることだ。

 そして、それはここだけに限らない。

 ユウキのことを知っている者は、いなくなったその存在を少なからず嘆いているのだろう。

(……みんなに慕われていたのかな)

 嫌な考えが、悠生の頭に浮かんだ。

 同じ名前。同じ身体つき。同じ声。性格まで似ている。

 しかし、周りの人から聞くユウキと悠生にはやはり明確な違いがある。大きな違いがある。

 そのことに(さいな)まされるのだ。

 その時。

「けど、心配しなくていいわ」

 マユミの強い声が聞こえてきた。

「人は他人と違って当たり前よ。ドッペルゲンガーのように姿が似た者がいて、自分とその者の違いに苦しむようなことがあっても、それは個性。個人を決定づけてる一番の特徴よ。あなたが必要以上に責任など感じる必要はないわ」

「…………」

「たしかに私たちはユウキを必要としてる。彼が『覚醒者』であり、とても重要な人物だから。だからといって、あなたが必要ないということにはならないわ。あなたを必要としてる人がいる。こちらの世界とは限らない。向こうの世界に――」

 結城くんがいた世界に。

「…………」

 その言葉に救われた気がした。

 マユミの言う通りだ。

 向こうの世界には悠生が知っている拓矢たちがいる。彼らが待っているのはユウキではなく、悠生のはずだ。マユミたちが待っているのも、ユウキだ。ならば、お互いに早く元の世界へ戻るべきだ。

 そのためにユウキを演じるなら、それは決して苦痛じゃない。

「それじゃ、さっそく本題に移ろうかしら」

「本題?」

「言ったでしょ。研究所のみんなが、ユウキを心配してるって。少し顔を見せに行くわよ」

 マユミの言葉に促されて、悠生は部屋を出ていく。

 その後をトモユキとミユキたちもついていった。

(ユウキじゃない俺の姿を見て、安心する人たちがここにいる――)

 その人たちが全てを知った時。

 本当に安心する時は、ユウキが無事に帰ってきた時だ。

 だから『時空扉(タイム・ドア)』を取り返すのは、決して自分のためだけじゃない。

(俺とこっちの世界の俺のため――)



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