第一章 高校生活 Ⅶ
『市立基橋高校』。
一日の間で全く使用されることのない小さな教室。
そこに、小柄な男子生徒はいた。
「やりすぎよ」
いつもと同じように席についている女が、小柄な男子生徒を注意する。
「そうですか? 僕としては、まだまだ抑えたほうなんですけどね」
呆れたように頭を横に振っている女を前にして、小柄な男子生徒は楽しそうに笑みを浮かべている。
「こちらの正体がばれないように、と注意したはずよ」
「正体はばれてないですよ。僕たちの存在を教えてあげた、だけです」
「その方法がやりすぎだと言ってるのよ。紙切れを渡すだけでいいのに、わざわざ能力を使って話しかけなくてもいいでしょう?」
「そうだったんですけどね。彼が混乱してるの見てたら、楽しくなっちゃって」
「……まったく。性格悪いわよ」
女の口からはため息が止まらない。
「そういうあなたも性格悪いと思いますよ。僕にだけ、こんな注文するなんて」
「ここではあなたが、一番使い勝手がいいからよ。もっとも『覚醒者』は私とあなたしかいないのだけれど――」
「そういうことにしときますよ。それで、次はどうすればいいですか?」
「もう自由に任せるわ。言ったって、あなたはもっと暴れるだけでしょうから」
「よく分かってますね。それじゃ、自由にやらせてもらいますね」
でも、と小柄な男子生徒は続ける。
「あなたの望むことはきちんと成し遂げますよ、カオリ先生」
「えぇ、そうしてちょうだい。向こうの世界の変化が大きくなる前に、私たちは頂いた指令を全てこなさなければならないのだから」
机に置かれたクリップでまとめられている書類に目を落とす。そこには、女と小柄な男子生徒に下された指令がいくつも書かれていた。
やはり、女の口からはため息が続く。
「これだけの命令を端的に進めろ、なんて無茶よね」
「僕もそう思いますよ。でも、向こうの世界で悠生くんに危機が来る前に、ユウキにはさらに力をつけてもらわないといけないんでしょう?」
「えぇ、そうよ。上村先生はユウキの力はあんなものじゃないと考えてるそうね」
「それなら、自分でやればいいのに――」
と、小柄な男子生徒は愚痴を零した。
一日の間で全く使われることのないこの部屋は、よく見ると埃が溜まっている。机も椅子も棚も埃だらけだった。溜まっている埃を気にもせず、小柄な男子生徒は手近な椅子に座る。
「そういうわけにもいかないのでしょう、向こう側も。だから、私とあなただけがこちらの世界へやってきた」
「……面倒な役回りばかりですか」
それでも。
「まぁ、指令は全てやりますよ。世界を賭けてるんだから、逃げ出すわけにもいきませんしね」
物怖じしない宣言に、女は満足そうに笑った。
「それじゃ、次のステップに進みましょうか」




