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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第九章 勇者よ神の剣を手に取れ。全ては未来の為に

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95 漆黒を喰らい尽くす


 激しく風が渦巻く。それはまるで、この部屋に巨大な台風でも来たかのようだ。あらゆるものを吹き飛ばし、その風で切り刻むほどの衝撃が部屋中を跳ねる。が、次の瞬間、それはゆっくりと床へと吸い込まれていくかのように収まっていく。

 舞い上がっていた瞳だった物や、ガラスの破片などといったそれらはまるで雨のように降り注ぐ。エスティアはそれをあえてよけずに立っていた。いくつもの鋭い破片が体を切り裂き、いくつもの傷ができあがる。真っ赤な血液が体から流れ、それは全て魔剣へと吸い込まれていく。

 

『ヒヒヒ、ヒヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ』

「……どこが器を変えるだよ。結局バケモノになってるじゃん」


 体が二つに裂けたベルトランはユラユラと二つに分かれた体を海藻のように揺らし、真っ赤な顔から真っ黒な砂を吐き出し続ける。ザラザラと音を立てながらそれは意志があるかのように蠢き――一斉にエスティアへと襲い掛かった。

 エスティアはバックステップで触手のように伸ばされた砂を躱し、魔剣を振るい、漆黒の魔力を砂へと飛ばす。すると、漆黒の斬撃は砂へと――飲み込まれてしまう。


「ウソでしょ……っ」


 跳ね返るように黒い砂が斬撃を吐き出す。咄嗟に魔剣でそれをガードするが、黒い砂に包まれたそれは魔剣が纏う魔力すら吸い込み威力を高め――エスティアの体がそのまま吹っ飛ばされる。

 空中でどうにか体勢を立て直そうとするエスティアだが、それよりも早く、黒い砂が巨大な手となってエスティアの左足を掴む。

 ゴリッ、と掴まれた左足から嫌な音が響く。痛みを感じなくとも握りつぶされた感覚はある。顔を顰めたエスティアは無理やり身体を捻ると魔剣で左太ももを切断する。フッと軽くなると切断面から鮮血が噴水のように吹きあがり、それはすぐに仮の左足を作り上げる。

 

 トンっと、着地したエスティアは足の具合を確かめると、魔剣を見やる。魔力を吸い取られただけで何ともないようだ。ダラダラと再び魔力を垂れ流している。

 エスティアは顔を上げてベルトランを見据える。先ほど斬り落とした彼女の左足を美味しそうに齧る黒い砂に嫌悪感を覚えながらも魔剣の切っ先を向けた彼女の瞳が闘志に煌めく。


「……いくぞぉォォォッ!」 


 地面を蹴り上げ、一瞬でベルトランの眼前まで迫ったエスティアは魔剣を斜めから振り上げた。両手で握りしめられ、捻りの入ったそれは空気をもその濃密な魔力で吸い込んでいく。が、魔剣の牙があと少しというところで足元から黒い砂がベルトランを守るように壁を作る。

 ガキン!

 まるで岩でも叩いたような音が響き、ビリビリと魔剣を持つ手がしびれる。エスティアはグッと歯を噛みしめ魔力を放出した。


「ぶっ壊れろぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!」


 だが、その時――岩のように硬い砂の壁の横から触手のように黒い砂の手がエスティアへと伸ばされる。両足に力を込め反応が一瞬遅れてしまった彼女だが、放出していた魔力の向きを変え、その勢いを利用して黒い砂の手から逃げる。

 だが、案外しつこい。着地したとこを狙うように伸ばされた手を魔剣で滑らせるように躱し、続くようにやって来る砂の手を飛び上がって躱し、次々と襲い掛かるそれらを体を捻って躱す。


「くっそ、次から次へと……ッ」


 着地を狙って再び砂の手が追いかけてくる。今はまだ対処しきれているが体力は有限だ。このままではいずれ捕まってしまう。エスティアは細く息を吐き出すと、魔剣を両手で握りしめる。

 砂の手が伸ばされる。が、それらはエスティアの周りを激しく渦巻く黒い炎によって弾かれる。一蹴怯んだ手はその魔力が魔剣の物だと認識するとソレを吸い取らんと再び手を伸ばす。

 だが、台風のように激しく渦巻くそれは触れた直後、吸い取らせる暇も与えずに弾き飛ばした。バチバチと稲妻のような音を立てながら炎が勢いを増していく。


 エスティアはグッと力を込め、自分の中にある黄金色の魔力を呼び出す。体に馴染んでいるとはいえ、使うとなれば話は別だ。

 神の力を人間ごときが使えていいはずがない。体から滲み出た黄金の魔力がエスティアへと牙を剥き、右目からツーっと血混じった涙が零れる。


「ぐ……ッ。大丈夫……大丈夫……っ!」


 エスティアを取り囲む漆黒の炎がゆっくりと消えていく。砂の手は今だと言わんばかりに一斉に彼女へと襲い掛かるが――


「吹き飛ばせぇぇぇぇぇ!」


 滲み出た黄金の魔力が一気に放出される。目が眩むほどの黄金がエスティアを包み、砂の手はその神聖な魔力によって消滅していく。エスティアは砂の手がいない今だと、両足に力を込め一気に加速。


「ハァァァァアアアッ!」


 魔力も何も纏っていない魔剣でベルトランへと斬りかかる。狙うは裂けた片方。目が眩んでいるのか、ベルトランは動けない。漆黒の刃が彼の裂けた右側の首筋へと噛みつく。

 ガキン、という音が響く。エスティアは傷一つ付かずに裂けた断面から砂を吐き出し続ける彼に寒気を覚えたが、気にせずもう一度振り上げ捻りを加えて斬りつける。

 だが、先ほどと同じ音が響くだけで彼の体にはかすり傷すら付かない。加えて、魔力を纏っていなくとも、彼の体に薄く纏った砂は触れただけで魔剣の魔力を吸い取っているようだ。エスティアは奥歯をかみ砕くほど強く噛みしめる。


『ヒヒ、ヒヒヒ……ダメだなエスティア。その魔力じゃ僕のことは殺せない。さっきのは()()の魔力だね? 驚いたがもう効かないよ。それに、君はもう使えないはずだ』

「……はっ、バケモノに成り果てなかったんだ。でも、どうかな! 私はまだまだ……ゴハッ」


 もう一度先ほどのように魔力を込めようとしたその瞬間、エスティアの口から鮮血が吐き出される。それはベルトランへと降りかかり、彼は半分に裂けた真っ赤に血濡れた顔のないソレで笑う。

 エスティアは困惑を顔に浮かべる。彼女の魔力は愚か、()()()()()()使()()()()。まるで、瓶に蓋でもされてしまったかのように魔力が出せない。

 幸運にも、左足を形成している魔力だけは無事だが、もし魔法の類を使うとなったら左足を犠牲にしなければいけない。エスティアは眉間に皺をよせ、鋭く彼を睨む。


『ははは、いやぁ、実に残念な使い方をしたね。その魔力をトドメに使えば僕を殺せたのに。……魔力のない君なんてただの運動神経がいい人間に過ぎない』


 彼の裂けた体から無数の黒い砂が蛇のように揺らめきながら飛び出す。そして、それは一斉にエスティアへと迫る。


「――くっ!」


 エスティアは魔剣でヘビの攻撃を弾くと、そのままバク転で彼から距離を取る。が、彼の攻撃は終わらない。魔剣によって砕けた砂たちが無数のナイフのような形となって彼女目掛けて発射される。左足の魔力が不安定だ。滑りそうになる足を踏ん張り魔剣を構える。

 まず最初に飛んできたナイフを魔剣で叩き落とし、そのまま体を捻りながら二本目を躱しつつ三本目へと魔剣を振り下ろす。そして、隙間を縫うように襲い来る四本目は左手の籠手で殴り飛ばす。だが、ナイフの雨はやまない。

 目にも止まらぬ動きでナイフをさばき続けていてもいずれ限界はやって来る。エスティアはトン、とバックステップで距離を取り、着地と同時に前へと踏み込む。


「ッアァァァアアアアアアア!」


 自らナイフの雨へと飛び込み肉薄する。魔剣を盾のように構えながら突っ込む。が、完全には防ぎきれず太ももや肩などにナイフが刺さる。転びそうになるのを必死に堪えながらエスティアは一歩、一歩とベルトランへと近づき――


「しねぇぇぇぇぇえええええええッ!」


 魔力など帯びてなくとも、神が作りし至高の武器。斬り裂けぬものなどない。漆黒の牙がベルトランの()()()へと振り下ろされる。が、その牙があと少しで届くと思ったその時、エスティアは自分の右胸に違和感を覚えた。

 そっと、視線を右胸へと向ければ、そこから鋭い槍が()()()()()。血を滴らせる真っ黒な槍を見ながらエスティアは自分の口からゴフッ、と血を吐き出す。

 痛みは感じなくとも、酷く呼吸が苦しい。流れだした血はエスティアの体を濡らしながら床へと滴り深紅の池を作り上げる。スルスルと黒い槍が引き抜かれると、エスティアは激しくせき込み重くなる体にムチ打ち、彼から距離を取る。


「……ぐっ……はぁ、はぁ……っ」


 どうやら、右肺を破壊されてしまったようだ。いつもより格段に苦しいそれにエスティアはどうにかして体に酸素を行き渡らせようと大きく息を吸い込む。が、右肺からせりあがった血液が気道を逆走し、口から大量の鮮血が吐き出された。

 吐き出された血液はいつものように蠢き彼女の失った部位を作り上げることなく、床へと散らばる。それを見たエスティアは“これが、普通なんだよね”と思った。右胸からとめどなく血が流れ、視界が僅かに歪む。

 だが、その程度のことで戦うことをやめたりなどできるわけがない。ただの切れ味のいい剣となってしまった魔剣を静かに構えたエスティアはニヤリと口角を上げる。


「ベルトラン……()()()殺さなかったね? それ、後で“殺しておけばよかったって”後悔しないでよね」


 あの時、心臓を貫こうと思えばできたに違いない。だが、ベルトランはあえて右胸の肺を貫いた。それにどんな理由があるかなどわからない。いや、理解などする気はない。


『……ははは、まさかそんなことを僕が言うわけないだろう? むしろ、そっちこそ“あの時どうして殺してくれなかったの”と後悔するんじゃないのかい?』

「――はっ、そんなこと絶対来ないから安心してよ」


 彼の挑発的な言葉を笑い飛ばすエスティア。黄金の瞳が煌めき、赤紫色の瞳が燃える。殺気と闘志が混ざり合ったそれにベルトランは小さく声を漏らす。彼の体の裂け目から吐き出され続けている黒い砂がじわじわと滲むように床に広がる。


『やはり、君は最高だね。どちらの瞳にも適合している……あぁ、君が羨ましいよ』


 わずかに怒気の篭った彼の声に反応するように、床に広がろうとしている黒い砂が波打つ。フワリと舞い上がりエスティアの元へと漂うそれを魔剣で振り払った彼女は無表情で彼を睨む。

 黒い砂には極力触れないようにしなければいけない。床をどんどん覆い尽くすソレを一瞥すると、トン、と飛び上がり近くの壁へと魔剣を突き立てその上に立つ。

 ぽっかりと開いた右胸には大量の止血作用のある薬草をねじ込んだおかげで、ある程度血は止まっている。エスティアは彼を見下ろし、口を開く。


「……ベルトラン。お前に羨ましいと言われたって全く嬉しくない。むしろ、吐き気がするよ」


 フワリと体を傾けエスティアは静かに落下していく。と、同時に壁に刺さった魔剣の柄を掴み、壁を蹴る。

 バンッ! まるで流星のように一直線にベルトラン目掛けて落下していくエスティアは魔剣を構えたまま自分の体を回転させる。コマのように高速回転し、勢いを付けて振り下ろす。

 だが、またもや魔剣が届く一歩手前というところで、彼の体から流れる砂が防壁となってゆく手を阻む。岩でも叩いたような衝撃音と振動が響き、火花が飛び散る。

 エスティアの表情が歪む。このままでは、さっきの二の舞となってしまう。魔剣の切っ先が砂の防壁に軽く引っかかったのを柄越しに感じ取った瞬間、彼女はそのまま魔剣を起点に高く飛び上がった。

 フワリと体が浮き、砂の防壁を越えた彼女は見上げる彼を見下ろしつつ魔剣を振り上げる。


「セェェァァァアアアアアアアッ!」


 ただの人間としては限界を超えた動き。強化も魔剣のサポートもない彼女には負担が大きすぎたのだろう。腕の筋肉が悲鳴をあげる間もなくブチブチと音たてて切れていく。皮膚が裂け、血が流れる。手の感覚が無くなっていくような気がした。

 だが、代償は払ったんだ。この刃は必ず届かせて見せる。エスティアは喉が潰れんばかりに叫び――一気に魔剣を振り下ろす。


「しねぇぇぇぇぇえええええええ! ベルトラァァァァンッ!」


 彼の揺らめく体の右側首筋へと漆黒の牙がとうとう牙を突き立てる。薄い砂に覆われたソレは岩のように硬い。だが、()()()()()()()ならそれは彼女にとってないのと一緒だ。エスティアは腕の骨が砕けるのではというほど力を込める。

 パキン。

 薄氷が砕けるような音と共に彼の体を守る薄い砂の防壁が砕け散る。このまま勢いを殺せると思うなよ。エスティアはグググっと、魔剣を押し込み――彼の右首を斬り落とす。


『――グァァァァアアアアアアアアッ!』


 悲鳴と共に彼の血濡れた右半分の顔が放物線を描き、宙を舞う。血のように振りまかれた黒い砂を躱す様にトンと着地と同時に飛びあがり、彼の左側の腹部を蹴り、その勢いで距離を取る。

 バウンドしていく彼の右頭部はサラ、サラ、と砂になって消えていく。エスティアはそれを眺めながら“ここまでしてやっと()()か”、と愚痴る。

 すると、次の瞬間――彼女の両腕からブシュッと血が噴き出す。ボタボタと大粒の赤い雨が彼女の腕から降り、床に新たな水たまりを作る。人間の致死量などとっくのとうに超えているだろう。だが、使えなくとも彼女の中を流れる複数の魔力が無理やり彼女の命を繋ぎ止め、意識をも繋ぎ止めているようだ。


「ベル……トラン……ッ」


 一歩、エスティアが踏み出す。血で作られた左足が真っ赤な足跡を作る。肩で呼吸し、視点の定まっていない瞳で彼女はベルトランを睨む。右頭部を失ってそのまま死んでくれたらと願ってはみたが……やはり世界はそう都合よくはいかない。

 残った左頭部。顔が無くとも恨めし気にエスティアを睨んでいるとすぐにわかる。槍で突きさされるような殺気がエスティアの体を貫いていく。そこで、彼女は確信する。


「なんだ。アンタも、結局――()()()()()()()なんだね」

『エェェェェスゥゥゥティアァァァァァァ……ッ!』


 ベルトランが左腕を振る。指揮者が演奏の合図をするかのように動かすと、床を這いずっていたサラサラとしていた黒い砂がドロドロとした泥のように水気を帯びる。そして、ベチャリ、ベチャリ、という音を立てながらそれは――巨大な人型を作る。

 砂の巨人は背後にいるベルトランを掴み上げると、そのまま自分の体の中へとねじ込んでいく。位置的には丁度心臓付近だ。黒い砂がまるで波動のように部屋全体へと広がっていく。

 エスティアはそれを飛び越えるように躱すと、再び壁へと魔剣を突き刺しその刃の上へと立つ。顔のない巨人が彼女へと顔を向ける。包み込み握りつぶすような殺気が肌を突き抜けていく。


『ッォォォオオオオオオオオオオオオオオオ』


 ずしんと響くような唸り声。重たい風が体を撫でていく。あれはもう完全なるバケモノだ。今はこの城を作っているユーティナの魔力でどうにかなっているようだが、それも時間の問題だろう。あれが、外へと出たらどうなるかなんて考えるまでもない。

 うなり声を上げ、上半身だけの巨人が腕を動かし壁へと触れた瞬間、その部分が黒い砂へと変化していく。それを観察していたエスティアは決意する。キッと表情を引き締め、グッと拳を巨人へと突き出す。


「お前のことは」


 スゥっと息を吸い込む。黄金の瞳が煌めき、彼女の闘志を現すかのように左目が金色がかった青緑色に輝く。


「私が――有志勇者エスティア・リバーモルがぶっ倒すっ!」


 その掛け声と共に、エスティアは壁を蹴り、魔剣を巨人へと振り下ろした。



 



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