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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第七章 神は天からコチラを眺めている

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77 見下ろす者


「ぐ……ッ」

「全く、聖剣も加護のついた鎧も持たぬ、少し力のある神族程度が、王家の一人であり、リーゴットである私たちを倒そうなんて……やはり、地上生活が長かったせいでしょうね」


 ピオーネへと攻撃を仕掛けたアリス。だが、相手の方が何枚も上手だったようで、あっさりと組み伏せられ動けないように鎖でがんじがらめにされてしまった。悔し気に唇を噛みしめる彼女は見下ろしてくるピオーネを鋭く睨みつけた。

 彼女だけはどうにかして助けなければ、きっと今も動けずに苦しみを味わっているかもしれない。アリスは魔力を無理やり放出し鎖を引きちぎろうとするが――


「――あぁぁぁああああああッ!」


 バチバチと水晶のような鎖が稲妻のような輝きを放ち、次の瞬間、痺れるような電撃がアリスの体を流れる。神経に直接響くようなその痛みに彼女の体からは力が抜け、ぐったりと床へと横たわる。だが、アリスは再び魔力を放出しようとする。

 ピオーネはそんなアリスの前へと片膝を突くと、軽蔑するような眼差しでアリスの顎を掴み上げた。


「……魔剣を思う気持ちはわかりました。今回は特例として、アリス・エステレラ、貴女の命を代償に魔剣使いをこの塔から出してあげましょう」

「え、な、なぜ……」

「さぁ、どうしてでしょうね」


 鼻で笑うピオーネ。その黄金の瞳はどこまでも優しさに満ちていることに気が付いたアリスは、そんな彼女の背後に写真で見た母の姿が映ったような気がした。どうして、急にそんなことを言い出すのか、訝しむアリスが口を開きかけたその時――


「邪魔だぁぁぁぁぁあああああああッ!」


 下り階段からそんな声が轟く。すると、響いてきたその奥からピオーネの足元へと何かが転がって来る。まるで小枝のよう色合いをしたそれは――カラカラに干からびた人間の腕だった。

 水分というものを全て抜き取られ切断面からはボロボロと転がった衝撃で砕けてしまった骨や肉だったものが小石のように散らばる。

 

「なっ」


 そんな声がどこから聞こえた。それはピオーネか、アリスか、はたまたそこに居る神族の誰かが発した声なのか。だが、そんなことを考えている暇など、ないだろう。

 ペタリ、ペタリ……水気のある何かが歩くような足音が鮮明に聞こえくる。続くように何かを金属を引きずるような音も聞こえてくると、その音の主が階段を上りきり、青い空に包まれた最上階へと姿を現すそれは――真っ赤な血で塗りつぶされたような見た目のエスティアであった。

 啜った血で左腕も作った彼女の手には、一束の髪を握り締め、その先には、エスティアを“処分せよ”と命令を受けた筈である女性の恐怖に満ちた表情が張り付いた頭が付いていた。その恐怖に満ち、カラカラのミイラのように干からびたソレに全員が小さく息を呑むと、エスティアはその首をピオーネの方へと放り投げ、口を開く。


「アリスを返して」


 それは、ただ言っただけのようなものだ。イエス以外の返答など……いや、返事など最初から求めていない。エスティアはアリスだけしか視界に入っていないかのような眼差しを優しく細める。


「エストさん……その、手足……それに……なぜ、平気そうにしてる、んですか」


 アリスは自分が鎖に縛られていることを忘れるほどの驚きに包まれ、黄金の瞳をこれでもかと見開き言葉を震わせながら、彼女の深紅の液体で作られた手足を見つめた。

 そして、アリスの瞳はエスティアの手足が濃密な黒い魔力で形成されていることを伝えている。それは、普段の纏うだけではなく、魔剣の邪悪な魔力を飲み込んだにも等しいことだ。

 負の感情だけを集めたようなそれを大量に取り込んで、正気を保っていられるはずがない。なのに、彼女は平気そうに歩み寄ると、片膝を付いて左手を差し伸べる。だが、ヌラヌラと光る自分の手に気が付くと、申し訳なさそうに笑った。


「さぁ、帰ろ? みんなが待って――」

「エストさん!」


 エスティアの腹部から突き抜けるように生えた銀色の牙。細く、鋭いレイピアの先からはポタリ、ポタリ、と赤い滴が滴り落ちる。エスティアはわずかに表情を歪めると背後から刺したであろう犯人へと振り向き睨みつけた。

 そこには、冷たい表情でレイピアを握るピオーネが立っていた。鷹のように座った黄金の瞳はどこまでも澄んではいるが、どこまでも深い海の底のような冷たい嫌悪に染まっている。


「まったく、あのまま大人しくしていれば命が助かったというのに。まさにバカというべきですか」


 鼻で笑い嘲笑するような言い方にアリスは自分が言われてないにもかかわらず、その顔に怒りを濃く浮かべた。だが、言われた本人であるエスティアは気にしてないのか、貫通しているレイピアを掴み立ち上がる。すると、彼女が握ったレイピアがボロボロと崩れ去っていく。


「バカでも何でもいいよ。そんなことより、もう話は終わってるよね? なら、もうアリスは連れて帰るから」


 そう言うが早いか、エスティアは魔剣を軽く振るい、アリスを縛り上げていた鎖を砕く。神聖なものだからか、あっさりと砕け散る鎖は光の粒子となって消えていくとエスティアはアリスへと背を向け、朽ち果てたレイピアを投げ捨てたピオーネへと口を開いた。


「話すだけだと思ってたのに、随分と酷いことしてくれたね」


 アリスを見つけた時のような優しい眼差しは影を潜め、強い怒りに塗りつぶされたものへと変わり果ててたからだ。だが、対するピオーネも同じような表情で傍で腰を抜かしていた神族から剣を奪い取り構える。


「ふんっ、貴様は我々の怒りに触れた。あそこで死んでいればよかったと思わせてやろう」

「……そんなことを思わせられる奴なんて、私にはいない」


 魔剣を両手で構えたエスティアは挑発的に口角を上げる。そして、背後のアリスをチラリと見やり「ちょっと、待っててね」と優しく言う。


「エストさん……なんで……」


 どうして、私なんかを助けるんですか。アリスはそう言ってしまいそうになるのを寸でのところでやめる。なぜなら、彼女の笑顔がどこまでも悲し気に歪んでいたからだ。そっと伸ばしかけていた手を下げたアリスを見ていたエスティアは小さく微笑み、ピオーネへと向き直る。


「戦う前に一つだけ聞かせて欲しい。なんで、()()のアンタがこんな()()()()()の塔に残っていられるの?」

「……」


 ピオーネは答えないが、エスティアは言葉を続けた。


「気づいてないなんて言わせない。アンタはこの塔にいる神族全員が偽物だってわかってるんでしょ。仕えている王でさえ偽物だったんだよ?」


 エスティアは来る途中に豪華な部屋を見つけていた。もしかしたらアリスがここに居るかもと思い蹴破ったはいいがそこには、三本指の白濁した肌の怪物が仲間である神族の死体を食い漁っていたのだ。そんな怪物の近くには王冠を被った男性の“皮”が落ちていた。

 そこに居たヤツは全員魔剣で叩き殺したが、そこにはもう誰もいなかった。きっとピオーネは知っていた筈だ。自分だけが塔に残っている最後の――本物だということを。


「なんで、誰もいな――ッ!?」


 ピオーネが白銀のような輝きを放つ剣をエスティアへと振り下ろす。流星のような白い軌跡を残しながら襲い掛かるそれをエスティアは魔剣で受け止める。振るわれた速さの割には、意外と軽い攻撃は耳鳴りのような金属音を響かせる。


「貴様に話す義理は無い。とっとと死になさい」


 ピオーネは体を回転させ、エスティアの喉元を狙って鋭い回し蹴りを放つ。ほぼ全力で剣を受け止めていたエスティアは躱す間もなくピオーネの蹴りが直撃してしまう。おそらく最初に振るった剣は()()()防げるように軽くしていたのだ。

 エスティアは表情を歪めるが、そんな暇はないと脳に言い聞かせ喉元に突き刺さっているピオーネの足を掴み上げ、勢いよく押し出す様に放り投げる。だが、その程度でダメージを与えられるとは思っていない。とにかく、アリスから距離を取らないと巻き添えにしてしまう。

 一気に踏み込み、空中で体勢を立て直すピオーネへとエスティアは魔剣を横薙ぎに払う。が、ピオーネは振るわれた魔剣に自身の剣を支えにするように当て、その勢いを利用してエスティアの顔面へと膝蹴りをくらわせる。


「ぐぁ……っ!」


 もろにくらったエスティアは左手で顔を抑えながら僅かに後退する。すると、着地したと同時に振るわれた白銀の剣がエスティアの魔剣を握り締める右手首から先を斬り落とす。

 作られた部位は斬り落とされても痛みは感じないようだ。エスティアは顔をから手を離すと、自分の右手が無いことに気が付き顔を歪めた。だが、それがどうしたと言うのか、エスティアの体内を巡る重ねがけした強化魔術がある。

 左手に魔剣を呼び戻したエスティアはピオーネのわき腹目掛けてレイピアの突きのように振るう。確実にとらえたと確信したが、ピオーネは人間とは思えない反応速度でくるりと身を翻しながら白銀の剣を振るい逆にエスティアのガラ空きになっているわき腹を斬りつけた。


「エストさん!」


 背後でアリスが叫ぶ。無理もない、強化魔術で限界を超えて身体能力を強化しているにもかかわらず、ピオーネはその上をいっていた。実力にも圧倒的な差がある。誰が見ても、エスティアが勝利するとは思えないだろう。だが、彼女の表情に“諦め”という色は浮かんでいない。


「この程度ッ! 大したことはないっ!」

「――なっ」


 エスティアを斬り裂いたと思われた白銀の刃は、再生した右手がガッチリと掴んでいた。強く掴んでいるために刃が深紅の手を斬り裂き貫通しているが、液体だ。痛みも感じず、ガッチリと抑え込めるように網目状になった液体が白銀の刃を縛る。

 目の前のピオーネのことをエスティアは“種族は違えど人間とは思えない”などと思っていたが、自身の方がよっぽど人間離れしていた。もう、バケモノと言っていいかもしれないと思わず自嘲した。


「貴様、本当に人間か? スライムが化けているのではないのか」

「あ、ちょうど私も似たようなこと考えてた。気が合うね」


 魔剣を横薙ぎに払ったエスティアは、そう言って不快そうに笑う。ピオーネは持っていた剣から手を離し飛び上がるように漆黒の刃を躱し、落下速度を利用してエスティアへと拳を振り下ろす。

 当たれば頭蓋骨など簡単に砕けるであろう威力を孕んだ拳をエスティアは、奪い取った剣を逆手に持ち替えると剣の腹でそれを防ぐ。


「思っていないことも言うとは、これだから見上げる者たちというのは」


 剣と激突した拳を起点に空中へと飛びあがったピオーネはそのまま体を回転させ、かかと落としをエスティアへと叩き込む。咄嗟に持っていた白銀の剣を手放したエスティアはその攻撃をバックステップで躱す。

 ドゴン!

 エスティアの代わりにかかと落としの餌食となった純白の床が呆気なく砕け散り、小規模のクレーターを作り上げる。

 トン、と着地したエスティアは魔剣を構えなおす。だが、先ほどよりも荒い呼吸を繰り返しその視点は定まっていないかのようだ。無理もない。一歩動くだけでも魔力、体力などが大量に消費されているのだ。加えて、重ね掛けした強化魔術が体を傷つけており、立っているのもやっとだろう。

 ピオーネは白銀の剣を拾い上げ、エスティアを見つめる。


「立っているのもつらいでしょう。今、楽にしてあげましょう」

「はっ、楽になるのはどっちだろうね」


 にらみ合った二人が同時に駆け出す。


「その首よこせぇぇぇぇえええええッ!」


 体勢を低く構え、突き上げるように魔剣を振るう。狙うは首。左腕を作り上げていた血液を魔剣へと纏わせた一撃が迫るが――


「あまいっ!」


 白銀の剣が魔剣を受け止める。通常であれば、魔剣が触れた時点で並大抵の武器はその邪悪な魔力で朽ち果ててしまう。だが、神聖な魔力を帯びたその剣は傷一つ付くことない。

 ギチギチとお互いの武器が強く押し込み鍔迫り合いとなり、膠着状態へと陥る。


「ぐぅぅぅうううううっ!」


 歯を食いしばって全体重をかけるエスティア。すると、グググ、とピオーネの腕がゆっくりと押され始める。だが、踵が床にめり込むほど踏ん張り、それ以上押し込むことは叶わない。

 あと一押しが足りない。エスティアがそう考えたその時――ピオーネの背後で、先ほどまで座っていた神族の女性が立ちあがるのを彼女の視界が捉えた。ピオーネは気付いていないようだが、それはゆっくりと近づいてきている。

 ユラリと、体を揺らしながら顔を上げた女性がニタリと笑みを浮かべる。その口は耳元まで大きく裂けていた。その瞬間、強烈な悪寒がエスティアを襲う。


「まずい……っ!」


 その言葉が口から出るが早いかエスティアはほぼ瞬間的に、ピオーネを助けるために動いていた。


 





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