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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第七章 神は天からコチラを眺めている

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67 凶獣


 王都正面門。時刻は朝の四時くらいだろうか。

 乾いた土のニオイ、何かが焼けた後のようなニオイ、うっすらと漂う血のニオイ。そんなもう、すっかり嗅ぎ慣れてしまった()()()()()()にエスティアは顔を顰めることもなくなっていた。

 隣に立つシュティレの手を握る。取りすぎなほどの睡眠のおかげで目は冴えている。


「エスト、もう来るよ」

「うん」


 シュティレの手を離す。彼女の魔力がエスティアの体を包み込み、焼けつくような熱が体中を駆け巡る。ルトもラーラから強化魔術をかけてもらったようだ。ピョンピョンと体の具合を確かめるように動くと、肩をくるくる回す。


「勇者様と共闘ができるなんて……これは夢かな」


 噛みしめるようにそう言ったルトの表情が綻ぶ。ラーラは若干嬉しそうな表情を見せつつも、呆れたように答える。


「何言ってんの。アリアナ姫が最初の攻撃で全部殺したら、戦わないで終わるよ」

「そんなぁ……せっかく準備万端で来たのに」


 ルトが口を尖らせる。ずっと憧れだった存在と戦えるのだ。勇者としての彼女たちにとってこれ以上喜ばしいことは無いのだろう。といっても、アリアナの作戦が成功してしまえば、残るのは運が悪い奴らだけだ。

 エスティアが苦笑を浮かべたその時、ラーラの顔つきが変わった。


「……来た」


 シュティレがそう呟いた時、エスティアの耳が数えきれないほどの足音を捉える。まるで雪崩でも来るのではと思ってしまうほどのそれは地面が揺れるほどだ。

 ルトの表情が一気に引き締まり、いつでも動けるように体勢を低く構える。エスティアも魔剣と宝剣を引き抜き、構える。

 白い山が見える。彼女たち以外に戦う者はいない。無駄な犠牲を減らすためだ。全員が息を呑む。


――なにもするな。アリアナの言葉を思いだす。あのエラーを殺す薬。通称“エラーブレイク”は、まだまだ効果が未知数らしく、普通の人間にかかった場合の実験はまだ行われていないらしい。

 だから、相手の姿が見えようとエスティアたちは動けない。まず、エラーブレイクを空中から散布し、エラーを殺す。もし、生き残りがいた場合は彼女たちで排除する。言われた命令をエスティアは心の中で繰り返す。


 ドダダダダダダ!

 音が響く。全員はその目の前の光景に言葉を失った。雪崩どころではない……あれはもう、町一つが襲いに来たとバカなことを考えてしまうほどの光景だった。

 右から左まで視界に映るのは白濁した塊。我先にと両手両足を使いながら駆けるそれは、人型や魔物型、見たこともないような形をした物もいる。


「な、なにあれ」

「あんなの……見たことない……っ」


 双子が困惑に満ちた声色でそう呟いていた。エスティアとシュティレもまた、同じことを考えていた。あんな大量なバケモノどもを……殺せるのか、と。

 はるか上空でキラリと何かが光った。

 その時だ――まるで霧のように槍のようなものが降り注いだ。それの一本が先頭に居たサソリ型のエラーに着弾。爆発音が響き、真っ赤な液体のようなものが血飛沫のように飛び散る。白い雪崩を包み込んでしまうほど濃密な“赤”が漂う。

 いったい、奥はどうなっているんだ。その場に居る全員がそう思う。だが、あの霧がある限り、近づくことは許されていない。エスティアは全てが死ぬことをただ祈るしかできないことに歯がゆく思いながらも見守る。


『ァァァアァアアィィィィィイイイイッ!』


 霧の中からそんな金切り声が聞こえてくる。音程も音量もバラバラのそれは聞いているだけで不調をきたしてしまいそうだ。だが、全員はそんなことを気にする余裕はない。

 霧の中から一体のサソリ型が飛びだす。ルトが咄嗟に飛び出そうとするのを、エスティアが片手で制す。


「勇者様?」

「よく見て、なんか……様子がおかしい」

「うーん。……なんか、弱ってます?」


 霧から出てきたサソリ型はふらふらと、こちらに向かってくる。その様子は、まるで助けを求めているようだ。苦し気に一歩、一歩、と接近をしてくる。


『ァァァアア、イイ……タ』


 パァンッ!

 サソリ型の体が突如として破裂。まるで砂の入った袋が破裂でもしたかのように黒い砂が辺り一面に広がる。無害とわかっていても、全員は思わず片手で防ぐ。

 それが皮切りとなったのか、断末魔のような声が響き、連続した破裂音が響く。まき散らされる黒い砂はまるで舞台の幕が落ちるように一面に広がり、消えていく。


 赤い霧が晴れるころには、もう()()()()()()()

 視界を埋め尽くすほどの白濁したソレがいたことは夢や幻覚だったと言われても信じてしまうほど、目の前は来た時のような静寂に包まれ、寒風が吹き抜けていき、砂埃が舞う。

 そこに立っている全員が状況を理解するのに時間はかからなかった。だが、それを喜びとして出すにはもう少し時間がかかるようだ。


「すご……」


 暫くボーっとしていた全員は、シュティレのそんな声によって現実へと引き戻される。エスティアは開ききっていた瞳を何度も瞬きを繰り返す。その時、彼女の人並外れた聴覚が何かの音を捉える。

 カシャン。何度か聞いた、()()()()()()。エスティアは弾かれるように目の前の音のした方へと駆け出した。


「ゆ、勇者様っ!?」


 ルトが驚きの声を上げる。だが、村育ち特有であり、勇者として培った鋭い感覚が、強烈な()()を感じ取る。感じたことの無い、まるで死神でもやって来たかのようなそれに思わず腰が引けそうになる。


「お姉ちゃん! 屠れ(セット)!」


 そんな時、背後で頼もしい声が響く。ルトの魂に響いた声に弾かれるようにルトの体はすぐさま走り出していた。


 ベールのように揺蕩う砂埃の中へと飛びこんだエスティアは己の聴力と今までの経験で育った感覚を研ぎ澄ませる。背後から軽い足音がするが、これはルトのものだろう。これではない、違う。もっと重たい足音を探せと指令を出し、探す。

 ガシャン。

 右側から聞こえてきた音。エスティアはその方向へと魔剣を振るう。だが、その刃は何も捉えることは無かった。即座に辺りを見回すが、なにも無い。近くに居る気配はするのに……


「――勇者様っ! 危ないっ!」

「えっ」


 ルトがそう叫んだ瞬間、エスティアの前へと跳び込む。そして、両手に握り締めた短剣をクロスさせた。

 ガキン! という、金属がぶつかる音が響き、小さく火花が散る。が、ルトは即座にその武器から手を離すと、そのまま一歩下がったところに退避していたエスティアの隣へと後退する。


「ルト! 大丈夫!?」


 エスティアは焦ったように声をかける。ルトは笑みを浮かべて片手を上げたが――その手は()()()()を負っていた。すぐに薬草を張り付けたおかげで、大事には至っていないようだが、エスティアの表情が曇る。

 ズドン。重たい着地音が響き、目の前の巨大な人影は手に持っている大きな武器を横に払い、砂埃を飛ばし、人影の正体が昇り始めた太陽の光に照らされる。


「まさか……」

「あ、あれって……」


 四メートルもある巨大な体は真っ赤な鎧に包まれ、握られた大剣も巨大だ。見覚えのある男性にエスティアの瞳が大きく見開かれる。隣に立つルトも同じように固まってしまう。

 なぜ彼がここに居る。そんな疑問がエスティアの脳裏をかすめるよりも早く、目の前の男性は大剣を構え――地面を蹴った。

 一瞬で詰められた距離。間合いに入った彼はそのまま大剣を横薙ぎに払う。皮膚を焼くほどの熱気を携えたそれは真っ赤な炎に包まれている。


「――くっそっ!」


 魔剣を投げ捨て、固まっているルトの首根っこを掴み跳びあがってエスティアは牙剥く炎の獣を躱すと、ルトを空中へと放り投げ、そのまま男の頭に宝剣を振り下ろした。

 ガキン。頭をカチ割るつもりで振るった宝剣は彼の左籠手によって弾かれてしまう。エスティアが叫ぶ。


()()()()()ッ! なんのつもり!」


 真っ赤な瞳はエスティアを見つめている。その瞳を見たエスティアは息を呑む。彼の燃え滾るような真っ赤な瞳は、まるで()()()()()()()()()()


「エスト」


 そう静かに呟いたノーヴェンは、燃え滾る大剣を振るった。












「これが、エラーブレイクの効果ですか……」


 赤い霧が晴れ、雪崩のようにやって来てたエラーが跡形もなく消え去っている光景にアリスは構えていた聖剣を下ろし、そう呟いていた。

 まるで雨がこびり付いた泥を落とす様にエラをー消し去った。コーニエルは無言のまま拳を強く握りしめると、静かに天を見上げた。クシルとトルディアはその様子に小さく笑みを零す。


「喜ぶのはまだ早いわよ……やっぱり、完全とまではいかないようね」


 そう言ってエリザの視線の先には、一体の巨大な白濁した肌のドラゴンがコチラを睨みつけていた。鋭い牙が形成された口からは白い吐息が漂い、形成されたレモン色の瞳が太陽光を反射し、煌めく。

 エリザの肩に乗っているピーナッツが切羽詰まった声を上げた。


『ヤバイですな。ドラゴン系なんかをベースにしてる……しかもあれは完全体です! 恐らく、液体であるエラーブレイクを蒸発させて、凌いだのでしょう。厄介ですぞ!』


 空を見上げていたコーニエルが振り向き、無言で剣を構える。その表情はゾッとするほどの憎悪にまみれていた。クシルとトルディアの表情も同様の色を浮かべる。


「アイツは……僕たちの部下を全員食い殺したヤツだ……っ!」

「殺さなきゃ……絶対に」

「そうですね。凍り付かせて砕いてしまいましょう」


 コーニエルが駆け出す。同時にトルディアは杖を振るい、火球をドラゴンへと目掛けて発射。クシルもボウガンを構えると、氷を纏った矢を放つ。


「私たちも行きましょう」

「ええ、そうね。だけど……」


 振り向き、正面門へと顔を向けたエリザの表情は不安げにポツリと呟く。


「なんだか、嫌な気配を感じるのよね」


 漠然とした感覚。作戦通り放った鋼鉄の鳥は役目を果たし、エラーブレイクが成功したことはわかっており、正面門の方はもう既に終わっている筈。だが、心のもやもやが晴れることは無く、霧を濃くするように不安が募っていく。

 なにか、嫌なことが起こっている気がする。そんな考えが脳裏をかすめたその時、火山でも噴火したような天をも切り裂くような音が轟いた。ドラゴンと戦闘中のコーニエルたちは気にせず、戦闘を続けているが、加勢しようと踏み出していたアリスは糸に引かれるように立ち止まり、振り向いた。


「あれは……」


 天へと伸びる“炎の塔”は雲をも焼き尽くし、離れたここから出も熱が伝わってきそうなほど真っ赤に燃え上がっていた。琥珀色の瞳が炎の塔を構成する魔力を捉える。見間違うはずの無いそれに、アリスの聖剣を握る手が震える。


「アリス。やっぱり、アイツよね?」

「……はい。あの魔力は彼のものです」

「はぁ。いったいなんのつもりで……アリス」


 エリザは真剣な表情でアリスの肩に手を置く。


「なんだか、嫌な感じがする。だから、アリス――行ってきなさい」


 ボンと音を立てて現れた鋼鉄の鳥が乗れと言わんばかりに、アリスへと背を向ける。これが空を飛ぶのかと一瞬、訝しむアリスだがエラーブレイクを散布した鳥もこれだったと思い出し、意を決し、頷き乗り込む。

 早く行かなければとはやる気持ちを押さえ、エリザへと手を差し伸べたアリス。だが、彼女がその手を取ることは無かった。


「エリザさん?」

「あっちは任せるわ。なんだか、こっちが心配だし」


 顎しゃくったエリザの視線の先には、ドラゴンと戦う三人の姿。王国勇者と認定されても、ゴールド級のドラゴンがベースとなっているのだ。加えて、完全体はベースよりも強くなる傾向がある。

 今だって、コーニエルは攻撃を避けるので精一杯のようだ。アリスはエリザの紫色の瞳を見つめたまま。


「エリザさん」


 心配そうな声。本当であれば、残って彼らと戦うべきだ。エリザが加勢したところであれが倒せるとは到底思えない。アリスが加勢しても意味なんてなさないかもしれないほど強大な相手なのだ。

 だが、エリザには考えがあるのだろう。そのまっすぐに見つめてくる紫色の瞳に不安は微塵も感じられない。なら、もうここに留まる理由はない。


「またあとで、会いましょう」

「ええ、またあとで」


 鋼鉄の鳥が翼をはためかせ、あっという間に上空へと飛び上がる。アリスは落ちないようにしっかり掴まりながら、ドラゴンへと突撃する鋼鉄の兵士を見つめる。

 


「さて、たまには英雄らしく……さっさと倒しちゃおうかしらね」


 三体の鋼鉄の兵士がドラゴンの薙ぎ払われた尻尾によって宙を舞う。まるで枯葉のようだ。そう思って自嘲気味に口角を上げると――何かが空中から降って来た。

 ズドン!

 光り輝く巨大な剣がドラゴンの片翼を貫き、蒸発させる。突然の衝撃にドラゴンは叫び声を上げる。その隙に、コーニエルの剣がもう片翼を斬り落とし、真っ黒な砂が吹きだす。

 エリザは一瞬、瞳を見開き笑みを浮かべる。誰の仕業なんて考えるまでもない。


「ふっ。やってくれるじゃない。私の活躍を奪うなんて」


 杖を翳し、辺りの濃密な魔力を侍らせたエリザは高らかに宣言する。


「さぁ! 鋼鉄の魔術師のパーティーよ。楽しみなさい」


 鋼鉄の兵団が一斉に足を鳴らす。その音は地響きとなって空間を支配する。





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