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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第六章 彷徨え、彷徨え、ここは不思議の迷宮

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57 どう頑張っても


 エメラルドグリーンの刃が巨大な戦斧とぶつかり合い、火花が散る。それは、石敷きの床を跳ね、消えていく。


「せりゃぁぁぁああああっ!」


 互いの武器が弾かれ、エスティアは強化された体にものを言わせ、無理やり身体を押し倒す様にガラ空きとなった巨人の腹部に宝剣を突き出す。

 その際の無理な動きで骨に強烈な重力がかかり、思わず倒れそうになる。だが、そんな渾身の一撃は届かない。その宝剣が巨人の皮膚に届くよりも早く、巨人は戦斧を握っていない方の左拳を彼女の体へと叩き落としたからだ。

 まるで巨大な岩でも降りかかってきたような衝撃に、エスティアの口から鮮血が吐き出された。このままでは地面へとめり込み、哀れな少女の床画が出来上がるだろう。


「ぐぬぬぬぬっ」


 エスティアは背中に振り下ろされた拳を押し返す様に両足に力を込める。普通に考えれば、平均より高いとはいえ、少女の体で三メートルほどもある巨人の全体重が篭った拳を持ち上げるなど不可能だろう。だが、彼女はそれを可能とするほどの恩恵(筋力)があった。


「えっ、うそっ。なんで!?」


 少女が驚きの声を上げる。無理もない。ゆっくりとだが、徐々に巨人の拳が押し返されていたからだ。と、いっても代償は大きい。踏ん張るたびにエスティアの両足の筋肉が悲鳴を上げ、限界を超えた力を無理やり引き出された肉体は損傷という形で彼女にセーブをかけるように訴える。

 巨人が押しつぶす様に体重をかける。が、彼女の体はまるで岩のようにビクともしない。そして――


「――ッアァァアアアアアアアア!」


 耳をつんざくほどの咆哮。それが人間の喉から出たものなのかと疑ってしまうほどのそれは、巨人の鼓膜をビリビリと揺らし、怯んでしまう。その瞬間、エメラルドグリーンの牙が閃光のように鋭く輝いた。

 体が引き千切れんばかりに身体を捻り、エスティアは一瞬怯んだ隙にその拳から逃げ出すと、そのまま流れるような動きで宝剣で振り上げ――巨人のわき腹から肩口を斬り裂いた。


『グルルルゥッ!』

「アステリオン!」


 体を大きく切り裂かれた巨人は苦し気な声を上げ、バックステップで距離を取ると、その血走った眼差しでエスティアを睨みつけた。その傷口からは真っ赤な液体が滝のように流れ落ち、床を濡らし、辺りに濃い鉄のニオイが充満する。

 エスティアは追いかけることはせず、肩で呼吸をしながら目の前の巨人を睨む。体からは絶え間なく痛みが走り抜けている。笑みを作る余裕はないはずなのに――その表情はどこか楽しそうだった。

 確かに命のやり取りをしている。気を抜けば殺される。だが、エスティアはいままでの戦いで感じたこともない()()()を感じていた。

 気づいた少女が怪訝な表情で彼女を見つめる。


「なんで笑ってるの……傷だらけの癖に」


 少女はエスティアの体から流れ出た血を見ながらそう言った。


「さぁね。もしかしたら、レイとこうやって遊べなかったから、嬉しいのかも」

「これは殺し合いだよ。遊びじゃない」


 殺気の篭った少女のオッドアイが黄金の瞳を貫く。が、エスティアは笑みを浮かべたまま肩を竦める。


「確かにそうだね」

「私は本気で二人を殺すつもりだから――アステリオン」

『グルラァァァアアアアアッ!』


 少女の魔法によって傷口が塞がった巨人が戦斧を振り上げ、シュティレの魔法によって傷が回復し宝剣を構えるエスティアへと迫る。巨人が一歩床を踏むたびに大地が揺れるような音と共に強烈な威圧感が叩きつけるように襲い掛かる。それはまるで、巨大な壁が迫ってくるようだ。


 振り下ろされる両刃の戦斧。風切り音と共に繰り出されたそれは空気を斬り裂き彼女へと迫る。直撃すれば真っ二つは避けられない。だが、エスティアは臆することなく口元に笑みを携えたまま最小限の動きでソレを躱す。そして、地面へと叩きつけられた戦斧を握る腕を起点に跳躍。

 水色の魔力を涙のように滴らせた宝剣を巨人の頭へと振り下ろす。


「――私の事、忘れないでよねっ! ファイアッ!」


 巨人の肩に乗る少女の右手から撃ちだされた火の玉が彼女へと迫る。その火の玉は小さいといえど人間一人を丸焼きにするなど造作もないほどの熱量を秘めている。証拠にエスティアの額に汗が滲む。

 だが、その火の玉が彼女に着弾するよりも早く――


「凍ってっ!」


――火の玉が凍る。まさに、絶対零度。命も凍らせるほどの風が火の玉を取り巻くと、それは瞬く間に凍り付かせた。

 凄まじいほどの冷気の塊となったそれは、圧縮されパリンと砕け、光の粉となってエスティアへと降り注ぐ。少女が忌々し気に舌を鳴らす。その視線の先には得意げな表情で淡く発光している手を翳すシュティレの姿があった。


「ふふっ、私の事も忘れないでよね」

「むぅっ。なんでシュティレおねーちゃんまで……」


 少女の表情が歪む。その様子に二人は苦笑を浮かべた。無理もない、おそらく、今のレイはまるで未知の生物とでも対峙しているような気分だろう。


「もうっ! 絶対殺してやるんだから!」


 少女の手が赤い炎を纏う。そして、その炎は巨人の戦斧へと巻き付き、それを掲げた巨人の体もまた炎を纏っていた。そして、振り下ろされた宝剣をいとも簡単に受け止める。

 巨人の纏う熱が熱波となってエスティアへと吹き付け、彼女の皮膚がじりじりと痛みを訴える。だが、宝剣の漏れ出た魔力が彼女を包み込み、熱波がそれ以上彼女を傷つけることは無かった。

 弾き出されるように空中へと投げ出された彼女はそのまま宝剣を錘のようにしながら、落下を始める。


「さぁ! 次はこっちの番だねっ」


 顔中に軽い火傷を負ったエスティアはニヤリと笑みを浮かべ――


「ウォーターカッター!」


 水の刃が甲高い声を上げた。高速回転する水の刃が巨人の肩口の強靭な皮膚を斬り裂き筋肉をズタズタに引き裂く。真っ赤な血飛沫がまるで吹雪のようにエスティアの体へと叩きつけるが、彼女の表情は変わらず楽しそうだ。

 エスティアは憂い帯びる瞳で彼女を見つめながら、思い出す様に語り始める。


「ねぇ、レイ! 君はいつも一歩下がったところで皆を見ていたよね。いつもグレースのやりたいことに合わせて……本当はもっとやりたいこと、あったでしょ?」

「知らないよっ!」


 巨人が体を捻り、突き刺さっていた宝剣ごとエスティアを空中へと吹き飛ばす。が、エスティアはシュティレの魔術で創り上げられた足場を蹴り、再び巨人へと飛びかかる。


「外遊び、嫌いだったでしょ。でも、グレースが悲しむのが見たくなくて、いつも嘘をついて。あの子がオリバーと遊んでるときはいっつも本読んでたもんね」


 宝剣が巨人の戦斧と激しくぶつかりあい、白い高熱の水蒸気の様なものが立ち込め、視界が一瞬白む。その隙を狙って風の矢が巨人の頭部目掛けて放たれるが、少女の炎によっていとも簡単にかき消されてしまう。

 少女が叫ぶ。


「知らないっ! 知らないよっ! なんでそんなこと!」


 紫と緑のオッドアイは大きく揺れ、叫んだ声も震えていた。

 巨人が雄たけびを上げながら戦斧を振るう。すると、空中に居たエスティアは躱すことができず、直撃。咄嗟に宝剣でガードしたために体が真っ二つ、ということにはならなかったが、吹き飛ばされた彼女の体は石敷きの床をガリガリと削りながら部屋の壁へと叩きつけられた。


「あ……っ」


 少女が思わず手を伸ばしかけ、もう片方の手で押さえた。その表情には“どうして?”という思いが浮かび上がり、悲し気に歪んでいた。

 巨人が駆け出す。その視線の先には宝剣を杖に立ちあがる彼女の姿。その様子は今にでも死んでしまいそうなほど弱々しいはずなのに――その顔には笑みが浮かんでいた。

 巨人の足が突如凍る。が、強靭な筋肉から繰り出される瞬発力を止めることはできず、あっさり砕け散り光の粉のように氷が宙を舞い、辺りの冷気が立ち込める。

 その瞬間、少女は言いようのない気配を感じ叫ぶ。


「アステリオン! 逃げて!」


 少女の声に即座に従った巨人が少女を守るように手を添えながら、冷気から逃げるように横に跳ぶが……シュティレが微笑んだ。


「遅いよ――凍って」


 光の粉が光波を放ちながらパキパキと音をたてる。次の瞬間には、氷の鎖となったソレはまるで蜘蛛の巣のように巨人の体をからめとっていた。それだけではない。巨人が自由に動けないようにその鎖は触れた傍から巨人の肉体を纏う炎ごと凍り付かせる。


「なんで……っ。どこにそんな魔力が……っ!」


 少女が困惑する。無理は無い。なぜなら、シュティレは先ほどまでリーザベルと戦っていたのだ。その前にもレインとの戦闘で体内の魔力などとうに尽きている筈なのに。

 火炎族は炎系の魔法を使わせたら、右に出る者はいないとも言われるほどの技術を持っている。それは相性が悪いと言われている水の中でも発動できるほどに。なのに、彼女はいとも簡単にその炎を凍り付かせたのだ。

 そんな、シュティレはエスティアを回復させながら、意味ありげな笑みを浮かべる。


「まさか、エストから魔力を貰ったの……?」


 そう自分で言った少女は顔を赤らめる。魔力を貰うという行為はいわゆる――()()のことを指すことが多い。少女もその意味で聞いたゆえに、その表情は気まずさも浮かべていた。


「あれ、知ってるんだ。そうだよ、エストから少しだけもらったの。だから、絶対に負けないよ」


 あっけらかんと言い放ち、不敵な笑みを浮かべたシュティレ。


「二人って、やっぱりそんな関係だったんだ……その感じだと、やっぱりレイたちが死んだ後にって感じだね」


 氷の鎖がきしむような音を立てる。


「そっか、そっか、まぁ、一応言っておくね――遅いよ」


 バキン。そんな音を立て、氷の鎖が砕け散った。光の粉と破片が舞う。シュティレは再び鎖を創り上げようとするが、その前に少女の炎が後かともなくそれを燃やし尽くす。


「レイたちはずっと待ってたんだから!」


 巨人が進撃する。目標を変更し地響きと共に跳びあがり、シュティレへと両手で握りしめた戦斧を振り下ろす。凍った皮膚が割れ、冷たくなった血液が飛び散る。

 炎を纏い、全てを焼き尽くす程の熱量がシュティレを襲う。だが、彼女は怖気た様子も見せず、避けようともしない。その時――エメラルドグリーンの軌跡が少女の巨人の視界をかすめた。

 だが、()()時点でもう手遅れだ。


「ぶっ壊れろぉぉぉおおおおおっ!」


 大きく振り抜かれた宝剣が戦斧を捉え――弾き飛ばした。


『グオォッ!?』

「うそっ」


 少女を乗せた三メートルもある巨体が宙に浮く。高さこそ低いが、予想だにしない状況に少女の表情がこわばる。


「これで、私の勝ちだね」


 不敵な笑みを浮かべたエスティアがそう言って、宝剣を居合のような構えで、踏み込んだその時――真っ白な光を帯びた塊がエスティアへと直撃した。


 














 横薙ぎに払われたかぎ爪を滑り込むように躱したアリス。ガリガリと鎧が床を削り取る音が響くが、世界一の鍛冶職人が作った鎧に聖剣の加護がついているのだ、その程度ではかすり傷一つつかない。

 と、いっても、肉体の方はそういかない。度重なる無理が生じたのか、アリスの顔や肘窩といった露出部分には無数の傷が刻まれ、ポタリ、ポタリ、と流れ出た血が床に模様を作る。


「っは……はぁ、はぁ……っ。エリザ、さん……平気ですか」


 アリスの言葉にエリザはグッと親指を立てる。だが、その表情は苦し気に歪んでいる。


「はぁ……はぁ……っ。早く、倒さなければ……っ」


 肩で呼吸をしながらアリスは聖剣を構える。できるだけ、魔力を温存する形で戦っていたが限界だ。今まではエリザのサポートのおかげで互角だったが、彼女の魔力は尽きかけている。

 対して、目の前でぶつぶつと呟く男性はその体にいくつもの切創があるものの、その傷口はかすり傷ほどのものばかりだ。


『ゥアイ……ゥアイ……』


 男性が両手をだらんと下げたまま、アリスを見つめる。眼下に埋め込まれた石が薄明りを反射させ、その表情はどこか()()()()()()()()ように見えた。見ていた琥珀色の瞳が不安に揺れる。

 その時、エリザの肩に乗っていたピーナッツが叫んだ。


『アリスの姉御! ソイツの心臓を貫いてください! ソイツも拙者たちと同じ、“エラー”です! 心臓を砕けば死ぬはずです。早く倒さないと――』


 それ以上ピーナッツが言葉を続けることは無かった。なぜなら、エリザの肩に乗っていた筈のピーナッツはどこからか飛んできた岩に押しつぶされ――壁へとめり込んでいたからだ。表情を凍らせたエリザの頬から一筋の血が流れる。どうやら、岩の一部がかすめたようだ。

 エリザはそんなことを気にすることなく、鬼気迫った表情で振り向く。その紫色の瞳は彼女の動揺でその色を濃くしていた。


「ピーナッツ!」


 彼女が叫ぶ。その声は魔王討伐の旅の時では聞いたことの無いほど、焦りを含んでいた。すると、岩の隙間から、もう見慣れたぬいぐるみの腕が出てくる。指はないので真意の程は不明だが、もし指があったら、親指を立てて、『大丈夫ですぞ』と、軽口を叩くことが安易に想像できたエリザはホッと息を吐き出す。

 魔力核が壊れない限り、そのうち復活するだろう。が、心はそうはいかない。


「……よくも私のペットに酷いことしてくれたわね」


 そう呟いたエリザの纏う雰囲気が一変する。それは今までの飄々とした雰囲気を喰らい尽くす程の濃密な……まるで無機物のように冷たい魔力が彼女を中心に立ち込める。

 男がピクリと反応するように顔を上げ、首を傾げる。その口元は嬉しそうに歪んでいた。


「……っ」


 アリスの背筋をゾクリと冷たく硬いものが通り抜ける。それは彼女から流れ出た魔力だった。そしてそれは、アリスの周りをグルグルとうねるように動き、その様はまるで様子をうかがう動物のようだ。

 そして、その魔力は鉄のようなニオイを発しながら、アリスの体へと――巻き付く。琥珀色の瞳に困惑が浮かぶ。


「ごめん。ちょっと退いててくれる?」


 アリスの両足が、フワリと地面を離れる。


「エリザさん! これは……ッ!」


 エリザの手がスっと横に払われた瞬間、アリスを掴んでいた鋼鉄の腕が、グググ、と勢いをつけ。


 ブン投げた。


「――えっ」


 白い流星が飛ぶ。


 そして、光の流星が向かうは。


 黒髪の少女へと。一直線に。


 


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