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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第六章 彷徨え、彷徨え、ここは不思議の迷宮

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49 雪のように真っ白なチェシャ猫を追って

長らくお待たせいたしました。

これからも、三日以内更新を頑張りたいと思いますので、よろしくお願いいたします。


「待って! エストを返して!」


 穴へと飛び込み、よくわからない石造りの狭い通路をシュティレは強化した体で駆ける。その目の前には雪のように真っ白の髪を揺らしながら、エスティアを抱える少年が走っている。

 シュティレはその少年を、その眼光で射殺せるのではと感じるほどの鋭さで睨む。

 先ほどは油断していたせいで、気を失い彼女を奪われてしまった。シュティレは掌にいくつもの、小石程度の魔力の塊を作ると、それを一気に少年へと投げつけた。


「行ってッ!」


 シュティレの掛け声とともに、魔力の石ころたちは光を帯び――数体のオオカミとなって少年を追跡する。炎の体を持つもの、風を纏うもの、土で出来たもの。オオカミたちは疾風の如き速さで、グン、グン、と距離を詰める。

 肩越しに振り向く少年は口元に笑みを浮かべたまま、感心したように声を漏らす。


「わーお。やるね! でも、僕だって結構やるんだよ?」


 風を纏ったオオカミが少年の背中へと飛びかかる。が、少年はまるで猫の様に壁を蹴り宙返りしながら、そのオオカミの頭を蹴り飛ばす。悲鳴を上げる間もなく、頭部を潰され、消えていくオオカミの後ろから、今度は炎のオオカミが飛びかかる。

 少年の体は宙に浮いている。シュティレは“これで”と内心で勝利を確信した。が、少年は先ほどから浮かべている笑みを崩すことはない。そして、そのままエスティアを抱えたまま身体を捻ると、飛びつくオオカミを紙一重で躱す。

 あまりにも人間離れした動きにシュティレの表情が引きつる。


「ウソでしょ……?」

「あ、それ、さっきも言われた。やっぱ、弟子って言うのは師匠に似るんだね」


 ニンマリと口元を三日月形に裂きながら着地した少年は、最後の生き残りである、襲い掛かる土のオオカミを後ろ回し蹴りで、その頭を粉砕すると得意げな笑みを浮かべながら走り続ける。結局のところ、距離は詰まらない。

 早く、取り返さなければ。

 シュティレは歯ぎしりをしながら、走っている足に魔力を込め――


「凍れッ!」


 石造りの通路がパキパキ、と凍り付いていく。突然、摩擦を奪われた少年は足元をすくわれたかのように、体勢を崩してしまう。シュティレは踏んだ傍から自分の氷を溶かしながら、一気に距離を詰め、手を伸ばす。


「エス、ト……ッ!」


 あと少しで届く。その時――突然、シュティレの足元がぬるりと滑る。

 掴もうと伸ばして手はあと少しの所で空を切り、なぜか体がズルズルと下に滑っていく。そして、シュティレは足元を確認した。

 通路がせりあがり、氷を油へと変質させている。少年の仕業には見えないが、気付いた時には遅い。が、シュティレは諦めず同じように滑り落ちてくる彼女へと手を伸ばし――


「レインッ! 掴まって!」

「リーザ!」


 どこからともなく現れた一人の女性がレインと呼ばれた少年をエスティアごと引き上げる。届きそうだったシュティレの指先は再び空を切り、エスティアへと届くこと事は無かった。

 行かないで、言っちゃヤダ。シュティレは声にもならない叫びを上げ、手を伸ばす。すると、レインの手を引き上げる女性と視線が交わる。左目を布で覆った女性の薄明りに煌めく銀色の髪が揺れる。


「……ごめんなさい」


 そう言った女性は深い青色に煌めく右目を伏せた。


「エストを……エストを返してぇぇぇぇええええぇぇッ!」


 そう叫んでも、勢いのついた体は、止まることを知らないようだ。ズルズルと、下で口を開いて奈落へと運ばれていく。シュティレは最後の力を振り絞り、風の鎖をレインへと巻き付けた。


「まずっ! リーザ! 逃げて!」

「レインッ!」


 レインはギョッとした顔でリーザと呼ばれた女性へとエスティアを押し付け、握られていた手を離す。シュティレは小さく舌打ちするが、引き寄せるように鎖を引く。女性には逃げられてしまったが、一人捕まえた。

 余裕そうな表情だが、風の鎖のせいで思うように動けない。レインは魔法を使おうと魔力を込める。が、体の中の魔力はうんともすんとも言わない。


「まさか……魔法封じっ!? なんでっ」

「貴方、ナーテの仲間でしょ?」


 シュティレはニヤリと笑みを浮かべる。

 魔術は想像力を形にするもの。それは頭で形にできれば大抵のものはできるということ。つまり、自分が経験したものを再現することだって可能だ。

 レインの背筋にうすら寒いものが走り抜けた。


「まさか……ナーテのオリジナルが奪われるなんて」


 風の鎖に体を拘束されたレインの呟きは暗闇へと吸い込まれ、シュティレと共に奈落へと消えていった。

















 内臓が浮くような浮遊感の後、アリスは冷たく硬い何かに体を叩きつけられ、鎧のぶつかる音が響く。それを続くように、隣にエリザも落下してきたようで、痛そうにお尻を抑えている。

 アリスはすぐさま体を起こし、周囲を見渡す。どうやら通路のようだ。背後には壁、目の前には一本道が続いている。が、薄暗く、奥は見えない。


「ここは……どこなんでしょうか」

「さぁね。ピーナッツ、アンタはわかる?」

『いえ、全く見当もつきません。ですが……』


 エリザの肩から降りたピーナッツは、しきりに辺りのニオイを嗅ぐように鼻を動かす。その間に、アリスは周りをよく見るために、聖剣を鞘から引き抜く。

 すると、瞬く間に聖剣に内蔵されている聖なる光がまるで、太陽のように暗い通路を照らす。


『このニオイ……エリザ親分。どうやらこれは、フェークの誰かが造ったものに間違いありません』


 聖剣の光が苦手なのだろうか、ピーナッツはエリザの影に隠れるようにキョロキョロと首をせわしなく動かしながらそう言う。

 アリスは近くの壁に触れながら、よく観察するように瞳を細める。すると、微かだが、壁の表面には見たこともない魔力が滞留していることが分かった。この()()()()()()()()ということだ。


「エリザさん、魔術で空間を創るというのは可能ですか?」

「できないことは無いわ。ここの正確な広さはわからないけど、ここまで巨大で精巧な物は相当な魔力が必要よ。私でもここまでは創れないわ。出来ても……もって数秒ね」


 エリザは松明代わりに数体の炎を纏った犬を創り出すと、さっさと歩き始める。ピーナッツは短い足を必死に動かしながら、近場に立っているアリスの肩へと飛び乗り、エリザの方へと飛び移る。

 まるで何百年も放置されていたかのように古びているが、しっかりとした石畳は歩くたびにカツン、カツンと言う音が響く。

 聖剣の光と炎の犬たちのおかげで、歩くのには全く問題は無いが、如何せん雰囲気が陰鬱すぎる。エリザとアリスの表情に影が差す。対して、ピーナッツは生き生きとした面持ちで辺りを見回している。


「行き止まりね」

「そうですね」


 暫く歩くと、一本道は突然終わりを告げる。エリザは目の前にそびえる壁を軽く叩く。が、作りものとはいえ、本物と遜色ないほどの硬さを目の前の壁は持っているらしい。

 試しに蹴り飛ばしてみたがビクともしない。エリザは痛む足を摩りながら、壁を恨めしげに眺めながら、「魔術で壊してしまおうかしら」と呟く。

 暫く壁を見つめていたアリスは、壁の隙間から腐臭のようなニオイが漏れ出しての気付く。


「……ここは私がやってみます。エリザさんはこれからの為に魔力を温存すべきです」

「そうね。ありがとう」


 エリザはそう言って一歩下がる。帝都付近の村や町で魔力を使いすぎてしまったようだ。彼女の顔には僅かな疲れが出ている。対して、日光があるところでは、アリスの魔力は無尽蔵だ。そして、地上では晴れだった。

 今の彼女は魔力だけに関しては、満タンと言ってもいい。それに――


「では、行きます」


 彼女は聖剣を近くの地面へと突き刺すと、右手を強く握りしめ、両足に力を込め、大きく息を吸い込んだ。聖剣から流れ出た光が彼女の拳へと集まり始め、暖かい風が辺りに充満する。

 ホッとしてしまうような温かさにエリザの表情が穏やかな物へとなる。が、やはり、ピーナッツはその光が苦手なのだろう。エリザのフードで光を遮るような仕草を見せている。


「ハアァァァアアアアァッ!」


 貯めた力を一気に放つ。まるで矢のように鋭く放たれた純白の拳は壁にヒビを入れ、石造りの壁をガラスのように砕いた。砂埃にエリザは思わず片手で口元を覆う。

 パラ、パラ、と石ころが地面を転がる。そして、砂埃が晴れるころには、再び聖剣を松明代わりに立っているアリスの姿と、奥へと続く一本道があった。


「では、行きましょう」

「ほんと、いつ見ても人間離れした力ね」

『本当に人間なんですか?』


 ピーナッツの言葉にアリスは一瞬、瞳を揺らす。が、何事もないかのように歩き始める。そして、エリザたちに背を向けたまま答える。


「人間ですよ。聖剣の加護があるおかげです」

『ほぁ……ではその()()()()()()のも聖剣のおかげですかな?』

「いえ、これは生まれつきです」


 一瞬、琥珀色の瞳が寂しげに揺れる。が、それを見たものはいない。

 アリスは故郷を思い出す。両親のいない彼女を自分の子どものように育て、聖剣へと選ばれた日からは、勇者としての教育まで施してくれた村長。あの人は今どうしているだろうか。

 そんなことを考えた瞬間、アリスの鋭い嗅覚が何かを嗅ぎ取った。片手でエリザたちを制すると、瞳を鋭くさせ、聖剣を構える。


「エリザさん、何か来ます」


 カシャ、カシャ、となにか軽いものが走っているような物音が近づく。それと同時に彼女の鼻腔をかすめていたそのニオイの正体をはっきりと脳内へと浮かび上がらせる。そして、小さく「スケルトン」と呟く。

 カシャカシャカシャ、音が増え、近づく速度が増している。アリスは“斬らなければならない”と囁いてくる聖剣を振り上げ、駆け出した。


 その瞬間、アリスの駆け出した暗闇から――大量の武器を持ったガイコツが襲い掛かる。

 数にして、数十体。そのどれもが、剣や木の棒、農具と言った武器を手に持ちアリスを迎え撃つ。――スケルトン。通常はクリアランクの魔物だが、武器を持っている場合はブラーランクに認定される。


「斬り裂けっ!」


 だが、王国勇者のアリスにかかればその程度の魔物たち、先ほどの壁を砕くよりも造作は無い。振り降ろされた聖剣の刃が先頭に居たボロボロに朽ち果てた剣を握っているスケルトンの頭部を砕き、その際に放たれた光波が追従してきたスケルトンをその熱によって蒸発させた。

 あまりにも圧倒的すぎる。エリザは彼女の強さを痛いほど知っているので「相変わらず凄いわね」などと、呑気に呟く。そして、肩に乗っているピーナッツは“こっちに付いて正解ですな”と内心で呟いていた。


「まだ来ます」


 彼女の嗅覚がまだ、スケルトンのニオイを嗅ぎ取っている。フッと、息を吐き聖剣を低く構える。そして、聖剣の刃に薄く魔力を纏わせると――それを一気に振り抜いた。

 光の衝撃波が打ち出されると、それは、周りを照らしながら奥から迫って来ていたガイコツへと衝突。その瞬間、その熱によってガイコツたちを瞬く間に蒸発させてしまう。辺りに、焦げたニオイが立ち込める。が、アリスは何事もなかったかのように振り向く。


「どうやら、今のスケルトンも作り物のようです。早く進まないと、無限に湧き続けるでしょう」


 そう言いながら、一歩、アリスが踏み出した瞬間――ガコン、と不穏な音が足元から響いた。


「ねぇ、アリス……? 貴女、今、なにを踏んだの……?」


 ぎこちない笑みを浮かべるエリザ。こういうダンジョン系の場所では、今の音は――大抵よくないことが起こると決まっている。

 そして、予想というものは、悪いものに関してはほぼ絶対と言っていいほどの確率で実現するものだ。エリザは鋼鉄のオオカミを創ると、それへと跨り、我先にと駆け出す。アリスも駆け出す。

 その背後から何かが転がる音が響く。エリザの肩に掴まりながら、ピーナッツはおそるおそる振り向くとそこには――


『な、なんですか! あれはっ!?』


 通路を塞ぐほどの大きさの岩が二人と一匹を押しつぶさんと猛スピードで迫って来ていた。しかも、その岩には無数の鋭い棘のような物がついており、あれに潰されたら最後、瞬く間に英雄二人とぬいぐるみ一匹のスムージーが出来上がるだろう。

 それに止めようにも、あの回転速度では攻撃が通る前に潰されるのがオチだ。二人は全速力で一本道を走り抜ける。が、石は徐々に距離を詰めてくる。


『お二人とも! もっと速く! 追いつかれてしまいますぞ!』


 ピーナッツがそう叫ぶ。その時、エリザは通路の右側に扉があることに気付く。


「アリス! とりあえず穴をあけるからそこに飛び込むわよ!」


 そう言うが早いか、鉄のボールを創り、先端についたピンのような物を口で食いちぎるように外したエリザはそれを壁へと投げつけた。鍵がかかっているかもしれないのだ、壊した方が早いと判断したのだろう。

 爆発音が響き、鉄製とはいえ、古びていた扉は呆気なく吹き飛ぶ。アリスは軽くスピードを緩めると、エリザを先に行かせ、彼女がオオカミからその部屋へと飛び込むと同時に、部屋へと飛び込んだ。

 

 



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