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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第四章 歯車は回る

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37 邪魔な奴らは燃やしてしまえ


 アリスとエスティアは、砂浜を道なりに進んでいた。

 それなりに歩いている筈なのだが、一向に、目覚めた位置とは反対側に辿り着かない。変わらない景色ということもあり、まるで、同じ場所をグルグルと回っているような気分に、エスティアは次第に疲れを感じ始める。

 恐らく、シュティレの強化魔術が解けてしまったことが、エスティアの心を急速に疲弊させているのだ。慣れない足場も、要因の一つとなっているのだろう。表情に覇気がなく、足取りも重い。

 先頭を歩いていたアリスは、長年の感で、エスティアの疲労を感じ取った。肩越しに振り向き、アリスは口を開く。


「エストさん、少し休憩しますか? なんだか、疲れているような歩き方に思えます」

「え……?」


 アリスは、そう言って立ち止まる。エスティアは一瞬、瞳を見開いたものの、すぐに、彼女を安心させるように笑みを浮かべる。

 年下の子に心配されるとは。とエスティアは内心でため息をつく。


「ありがとう。でも大丈夫。今休んだら、きっと……立ちあがれなくなりそうだから」


 体内を流れる、シュティレの魔力が薄まるのを感じる。エスティアは、グッと、拳を握り締めると、まっすぐアリスを見つめた。

 アリスは、そのまっすぐな黄金の瞳を、暫く見つめていたが、すぐに、「そうですか」と呟き、再び歩き始める。その琥珀色の瞳は、不安そうに揺れていた。

 長年の勇者としての感が、警報を鳴らす。エスティアの状態は極めて危険だ。今にも壊れてしまいそうなほどの危険を孕んでいる。

 聖剣の担い手となったアリスは、勇者となる修行に加えて、徹底的に“魔剣”という存在についての知識も叩き込まれていた。だからこそ、彼女はエスティアの状態が危険性を本人よりも理解していた。


 アリスは暫く考えた後、様子を見ることに決定する。今、エスティアが魔剣の魔力に囚われていないのは、おそらくシュティレが生きていると信じているからだ。

 なら、することは一つ。アリスは小さく息を吐き出すと、平常を保ったまま口を開いた。


「……そう言えば、聞きそびれていたのですが……私が気を失った後、何があったのですか?」

「あぁ、そう言えば、話してなかったね。実は……」


 エスティアはあの船の青年が、以前襲ってきたナーテという少女の仲間で、同じように命を狙ってやってきたなどの説明をした。そして、津波に巻き込まれ、この島に流れ着いたことも。その間、アリスは真剣な眼差しで聞いている。


「――という、わけなんだよね……」

「そうでしたか……エストさん、申し訳ありませんでした。私があんな不意打ちを受けなければ……」


 そう言ったアリスの声には、深い悔しさが滲んでいる。エスティアは、彼女を責めようとは思えなかった。

 英雄でもあるアリスが反応できなかったのだ。たとえ油断していたとしても、とても困難なこと。おそらく、何かの魔法を使っていたのかもしれない。それほど、あのメオンという男が実力者ということだったのだ。

 エスティアは心なしか、しょんぼりしているような無表情を見せているアリスの頭にポンっと、優しく手を置き、笑みを浮かべた。


「そんなに自分を責めなくていいんだよ。私だって……」


 エスティアは唇を噛みしめる。あの時、メオンを斬り殺せてさえいれば、こんなことにはならなかったはずだ。自分の力不足を強く感じる。

 弱い、弱い、弱い、弱い。このままでは、ダメだ。このままでは――シュティレを守れない。

 エスティアの中からドロドロとした、濃密な瘴気を帯びた漆黒の魔力が、漂うように立ち込める。薄墨を零したようなそれは、彼女を取り囲むように揺らめく。

 アリスの琥珀色の瞳が鋭くなる。と、同時に彼女の聖剣が、淡く光を帯びた。


「エストさ――」


 ピンポーン。

 突然、まがい物とはいえ、自然の景色が溢れるこの場において、驚くほど、場違いな音が響き渡る。

 その音のおかげで、ハッとしたように顔を上げたエスティア。彼女を取り囲んでいた邪悪な魔力は、惜しむようにゆっくりと、彼女の体の中へと還ってゆく。

 アリスは小さく息を吐き出すと、辺りを見回した。が、音を発したであろう物体は見つからない。


『あー、あー、おーいエスト。聞こえてるか? まぁ、聞こえてるだろうよ。まずは、生還おめでとう。お前のお仲間は全員無事だとよ……よかったな』


 島全体に響くように、聞こえるそれはメオンの声だった。その声色は、心なしか生き残ったことを嬉しがっているようにも思える。

 エスティアは、表情を鋭くさせる。が、“仲間が全員無事”という言葉に、ホッと胸を撫で下ろした。敵の言葉を簡単に信用してよいものか、とも思ったが、人間は、信じたいものを信じたい生き物だ。

 アリスは、瞳を鋭くさせたまま、声の出所を探し回る。が、おそらく魔法を使って、島全体に響かせているのだろう。彼女の琥珀の瞳には、音を運ぶ魔力は見えているものの、その出所には見当がつかない。

 

『さて、本題に入ろう――()()()を捕まえた。それに加えて、エスト、お前の大切な“奴隷”も捕まえてある。返してほしかったら……光の勇者を、俺の所まで連れてこい。お前は逃げようなんて考えないだろうが、念のためだ。言っておこう。この島は、特殊な術式魔術で覆ってある。いわば、見えない鳥かごだ。お前たちが来るのを楽しみにしている』


 そう言われて、アリスはおもむろに海へと入る。すると、一メートルも進まないうちに、歩みは見えない壁へと阻まれた。彼女の瞳には、魔力すら見えない。

 おそらく、“魔法切断”は使えないだろう。アリスは瞳に怒りの色を浮かべると、エスティアの元へと戻る。

 エスティアは、白い骨が浮き出るほど強く拳を握りしまたまま立っている。その表情は氷のように冷たい無表情を浮かべていた。

 アリスは思わず小さく息を呑む。そして、エスティアが“心に邪悪を孕む者(魔剣の担い手)”ということを再認識させる。だが、何故か、聖剣は、“彼女を斬れ”とは言わない。


「……殺す……殺す……必ず……コろす……」


 エスティアは、小さくそう呟いているのに。やはり聖剣は、何も言わない。アリスは怪訝を、その瞳に浮かべる。


『そうだ……あんまり、モタモタしてると、殺すからな。待ってるぞ……あ、あと、お前にはサービスだ、この島には、沢山の()()()()たちがいる。せいぜい殺されないように、頑張りな』


 その言葉を最後に、周囲に漂っていた魔力が霧散するのを感じたエスティアは、その表情に怒りを浮かべた。その瞬間、森の奥から無数の気配を二人は感じ取る。まるで、今まで隠れていたものが一斉に現れたように――白濁した獣たちが、森の奥から現れた。

 シルエットこそ、グリーガや、ゴブリン、オーガ、ウッズジャガーなどの魔物。だが、どの個体にも顔というものは無く、指も三本。そして、声にならない頭に響くような唸り声を発している。

 おそらく、メオンが飼っていたか、隠していたか。いずれにしても、彼が鎖を解いたのだろう。そうでなければ、急に現れた理由が見つからない。が、考えるのは後だろう。

 ヤツラは、楽しそうに、こちらを見つめているのだから。


「メオン……シュティレとエリザに何かしてみろ……お前を必ずコロシてやるからな」


 冷たく、それでいて怒りの炎を滾らせたエスティアの声が、響く。アリスは、無言で聖剣を構える。その瞳は怒りがチラついていた。

 獣たちが一斉に、遠吠えを上げる。その声は、音程という概念がないかのよう。だがそれでいて、綺麗に合わさったそれは強烈な不協和音となって、二人の脳と内臓へと響き渡る。


 エスティアは若干、顔を顰めたものの、魔剣を低く構えると同時に、駆け出した。同時にアリスも駆け出す。

 まず、エスティアは目の前で突進しようと走り出していた、コィンクダ(バケモノ)の前足を、滑り込むように斬り裂く。どす黒い液体が、噴き出すが、魔剣は自分に降りかかるのを嫌がってか、魔力を放出をし、液体を弾き飛ばす。

 その後ろから続くように接近していたアリスは、前足を失いバランスを崩す、バケモノの頭部へと聖剣を突き刺すと、魔力を流す。そして、その聖なる光で一瞬にして焼き尽くした。

 まるで、蒸発するように肉体を焼き尽くされたバケモノは、声を上げる間もなく消滅していく。それをちらりと肩越しにみていたエスティアは、“やっぱり、真似できそうにない”、と内心で呟く。その間にも、襲い掛かるバケモノたちを、魔剣で切り伏せていく。


「チッ……早く、シュティレを助けないと……っ」


 際限なく、湯水のごとく襲い来るバケモノたち。エスティアは、忌々し気に魔剣を、襲い来るオーガ(バケモノ)の首を刎ね飛ばす。

 アリスは、エスティアが倒し損ねたバケモノにトドメを出しながら無表情で答える。


「エストさん、とにかく今は、倒すしかありません」

「わかってる……あぁ、くっそ……もう……邪魔だぁぁぁあああッ!」


 エスティアの叫びに応えるように、漆黒の炎が魔剣を包む。それを横薙ぎに振るえば、辺りの木々は瞬く間に焼き尽くされていく。偽物と言えど、内部が薪のように干からびているということもあり、燃え方は本物と遜色は無い。

 そして、それは周囲にいるバケモノたちにも、襲い掛かる。漆黒の炎はまず、白濁した肌を焼き尽くし、その内部にて充填されていたどす黒い液体をも燃やし尽くす。




 炎が消えるころには、エスティアの周囲には何も残らなかった。まがい物の木も、襲い掛かろうとしていたバケモノも。だが、それは現れたバケモノの半分に過ぎない。

 呆気に取られることなく、炎を逃れた六体ものバケモノたちは、鋭い爪を振り上げ、一斉にエスティアへと襲い掛かる。

 エスティアは、すぐさま魔剣を構え、迎え撃とうとした瞬間――


「はぁぁぁあああッ!」


 アリスの振るった聖剣が光り輝く。一番エスティアへと近かったウッズジャガー(バケモノ)の頭部らしき部分に純白の刃が突き刺さる。と、同時に、彼女の後ろに展開されていた五本の光の剣が、一斉にバケモノたちへと突き刺さった。

 そのまま光の刃はバケモノたちを砂浜へと磔にした。バケモノたちは、呻き声のような物を漏らし、どうにかして抜け出そうとするが、内部から、その聖なる光で焼き尽くさていきバケモノは、次第に力尽き、その体は、砂のように霧散していく。

 

 ザァ、ザァ、と再び、波の音だけが響く。魔剣をだらんと下ろしたエスティアは、バケモノたちがやってきた森を睨みつける。

 奥からは無数の気配を感じる。アリスも感じ取っているのだろう。


「エストさん、平気ですか?」

「……全然平気」


 アリスとしては、日中ということもあり、たいして魔力も消費しておらず、疲れもない。だが、エスティアは違う。表情は怒りを浮かべているものの、魔剣を握る手は小さく震えている。

 無意識だろうが、エスティアは魔剣の魔力と炎属性の魔法を混合させ、攻撃へと使用している。それは、便利だが高度な技術である。ゆえに慣れないうちは消費魔力も大きく、疲労も溜まりやすい。

 だが、そんなことに気を取られている場合ではないと言いたげに、エスティアは言葉を続けた。


「アリス、アイツらがいる方向にメオンは居ると思う?」

「……わかりません。ですが、手掛かりにはなると思います」

「だよね……じゃあ……この森全部焼き尽くす」

「……え?」


 そう言うが早いか、魔剣を高く振り上げたエスティアは、その刃にありったけの魔力を流し込んだ。















「んっ……」


 うっすらと瞳を開けたエリザは、跳びあがるように上体を起こした。そして辺りを見回せば、薄暗い石造りの小さな部屋。目の前には鉄格子があり、どう見ても、客室だとは思えない。どうやら、牢屋に閉じ込められているようだ。

 そして、看守のつもりか。鉄格子の向こう側には、一匹の黒い狼がエリザを観察するように座っている。真っ赤な瞳が爛々と輝いていた。

 敵意は感じられないが、まるで品定めするような視線に、エリザは表情を顰めた。居心地が悪いことこの上ない。だが、杖が無くても、魔術は使える。


「アイアンウォーリアー」


 ポツリと呟く。

 だが、いつもなら即座に現れる鋼鉄の兵士が姿を見せることは無かった。右手に違和感を感じたエリザは視線を移す。すると、そこには、紫色の術式が刻まれていた。


「……最悪」


 これのせいで、魔力がうまく操作できないようにしてあるのだろう。いつもの自分とは思えないほどのむず痒さに理由がついたというものだ。

 エリザは仕方なく、ジッと見つめてくる狼を見つめ返す。

 自慢の技術が使えないんじゃ、何もすることは無い。エリザは自嘲するように鼻で笑い、冷たい壁へと寄りかかるように座り込んだ。

 肉体派のノーヴェンや、聖剣の加護によって身体能力が高いアリスならともかく、自身の魔力に頼りっきりの魔術師や魔法使いというのは、こういった場合にはなんの役にも立たない。置物同然だ。


「はぁ……魔術以外のことは考えたこともないけど、やっぱり肉体も鍛えないとダメね。アナタもそう思うでしょ? 狼さん」


 エリザはどうせ答えてくれないと思いつつ、狼へと話しかけた。返事なんて期待していない。単なる暇つぶしだ、変に暴れても意味はない。今の彼女では、ゴブリンにだって勝てないのだから。

 だからまさか――


『フム、タしカニ、オもう……ダが、ソノみちヲ、きワしもノ、トイウ、ショうこダ』

「……は?」


 所々、音程は変だが、その狼は、落ち着きのある低い声で()()()()()()。エリザは驚きのあまり、瞳を見開く。

 まさか返事をしてくれるとは。言葉を話す魔物は、ごく稀ではあるが、確認されている。が、そのどれもが、人間を模倣したに過ぎない。言葉の意味を理解していないゆえに会話が成立することは無かった。

 だが、目の前の狼はどうだろう。会話が成立している。すなわち、言葉というものを理解しているのだ。エリザは微かな高揚感を感じる。

 狼は、子どものように瞳を輝かせるエリザを見つめたまま、言葉を続ける。

 真っ赤な瞳は、鋭いものの、その表情にやはり敵意は感じられない。だからだろう。エリザは久々に“知りたい”と思ってしまったのは。


『ニンゲン、オまえノ、ナマエは、ナんダ?』

「エリザ。エリザ・ロイエよ……アナタに、名前はあるのかしら?」


 エリザはそう言って、不敵な笑みを浮かべた。


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