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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第四章 歯車は回る

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35 すんなり行けると思ったかい?


「……にしても、幸運だったわ」


 海風に吹かれ、気持ちよさそうに目を細めるエリザはそう呟いた。あの後、乗船券を買おうとしたエリザを待っていたのは「今日は、船は出せない」という、船乗りたちの一言だった。大量の金貨を見せようとも、頑として動かない彼らに、エリザは“脅す”しかないか、と思ったほどだ。

 とりあえず理由を聞いても、答えることは無く、ジッと見つめてくる船乗りの顔を思い出したエリザは、ブルル、と体を震わせる。

 そうこうしている間にも、王国騎士は、エスティアとアリスを処刑しようとやって来る。どうしようかと悩んでいた時に、一人の青年がエリザへと声をかけたのだ。

 彼は「小さな漁船でよければ」と笑みを浮かべ、乗せてくれると言うので、青年の厚意を快く受け取ったエリザは、微妙な顔をしているエスティアを半ば引きずるように、漁船へと、飛び乗った。


「あまり、体を乗り出していると、海に攫われてしまうぞ? ここには、危険な魔物もいるからな」

「あら、それは怖いわね。それで? 船長さん。船の操縦はいいのかしら?」


 帽子を目深に被った、身長の高い青年は口元に笑みを浮かべ、エリザの隣へとやって来る。そして、エリザへと、飲み物の入ったカップを手渡す。湯気が香りを運び、エリザの鼻腔をかすめ、その独特な良い香りに鼻をスン、と鳴らした。

 エリザは、乗り出していた体を、船へと戻すと、青年へと向き直り、そのカップに入ったコーヒーを味わい、笑みを浮かべた。コーヒーは、喉を温めた後、体全体をぽかぽかと温める。太陽が暖かいといえど、吹き付ける風は冷たい。温かい飲み物のありがたみがよくわかる。


「最近の船は、自動で動くものさ。ほんと、魔法には頭が上がらないよ。それにしても、すまないな……君のような美しい人たちを、こんなボロ漁船に乗せてしまって」

「ふふ、若い割には、随分とお世辞がうまいのね。でも、本当にありがとう。貴方が居なかったら……今頃私たちは、騎士たちに捕まっていたわ……いや、その前に殺されてたかも」


 エリザはそう言って、カラカラと笑う。すると、青年は大口を開けて笑った。


「なにを言っているんだい。君は、あの有名な英雄の一人だろう? それに、一緒に乗って来たあの子は知っているよ? 光の勇者だ。そんな君たちが居たんでは、聖都の騎士たちが百人居ようと、意味はなさないだろうさ。それに、あの二人も、只者ではない……俺の感が言っている」

「……買い被りすぎよ。私たちだって、ただの人間よ? 休む間もなく、数の暴力で来られたら……流石に負けてしまうわ」

「ふーん。まぁ確かに……()()なら仕方ないか」


 青年は、怪しげな笑みを浮かべると、踵を返す。

 その様子に、エリザはその瞳に懐疑の色を浮かべた。言いようのない違和感を感じる。が、英雄とはいえ、見知らぬ人間を軽々しく、自分の船へと乗せてくれた恩がある。ゆえに、エリザは、一抹の疑いを、心の奥へとしまう。

 エリザは、笑みを浮かべると、体ごと振り向き、声をかけた。


「あら、もう行くの?」

「あぁ、自動とはいえ、相棒は寂しがり屋でな。あんまり、綺麗な女性と話していると、ヤキモチを焼くからな。ちゃんと……目的地に着くためにも、たまには可愛がってあげないと。それに……」


 エリザは、浮かべていた笑みを一変させる。次の瞬間、彼女の手からは、まるで枯葉が木の枝から離れるようにカップが落た。こぉん、という音が響くと、入っていた、こげ茶色の液体が床を流れる。

 体に力が全く入らない。そう思うと同時に、崩れるように床へと倒れ込んだエリザは、霞始める視界の中、青年を睨みつけ、右手を翳した。そして、魔力を込める。が、まるで魔力が底を尽きたように、その右手からは、何も出ない。魔力が入った瓶にふたをされてしまったような気分だ。

 青年は、肩越しに振り向く。


「お前は、俺の探してる人間じゃない」

「あ、なた……いった……い……っ」


 そこまで言いかけて、エリザの意識は静かに沈んでいった。








「エストさん、シュティレさん。エリザさんを見ませんでしたか?」


 漁船の仮眠室にて、シュティレが創った魔法の鳥と戯れていたエスティアは、突然やって来たアリスに顔を向けた。シュティレも、不思議そうに首を傾げている。


「どこにもいないの?」

「はい。先ほど、二人で外に出たのですが、私がトイレに行っている間に居なくなってしまったようなのです。エリザさんは、気まぐれなので、いつものようにフラフラしているのかと思っていたのですが……いつまで経っても戻ってこないのはおかしいと思いまして」

「でも、ずっとここに居たけど、お姉ちゃんは来てないよ?」

「いったい、どこに行ったのでしょうか……少し、心配です」


 アリスは、顎に手を添える。表情こそ、そのままだが、琥珀色の瞳が不安を浮かべている。


「うーん……」


 エスティアは、そこまで聞いて、不思議に思う。船と言えど、そこまで大きくない漁船で、迷子は無いだろう、と。

 行くところと言えば、この仮眠室か、外の甲板と、トイレぐらいしかない。通り道も狭く、すれ違うという状況は起きにくいだろう。

 加えて、先ほどから、船が停止しているのか。先ほどまでは聞こえていた移動音が聞こえないことも、エスティアの不安感を蓄積させていた。それに、あの青年を見てから、魔剣がずっと“コロセ、コロセ、恨みを晴らしてやれ”と、いつの日かと同じセリフを囁いているのだ。

 本当であれば、そう囁かれた時点で、エスティアはイヤな予感がしていた。が、この機会を逃したら、聖都から出れないという状況ゆえに、言い出せなかったが。


「……探すの、手伝っていただけますか?」

「当然だよ。これが、お姉ちゃんの悪戯だったら、口きいてあげないんだからっ」


 シュティレはそう言って立ちあがる。言葉こそ、冗談交じりでも、その表情は不安を浮かべている。気まぐれとはいえ、あのエリザが長時間、姿を見せないというのは、おかしい。

 エスティアも立ち上がり、自分の腰に魔剣がちゃんとあることを触って確認する。そして、漆黒の籠手を装着した。

 アリスは無言で頷き、異空間から純白の籠手と鎧を呼び出し、一瞬で装着する。その様子をエスティアは、ジッと見つめていた。その黄金の瞳は、まるで、アリスの行動を脳内に焼き付けるように煌めく。





 とりあえず、アリスが最後にエリザを見たという、甲板までやって来た三人。だが、そこには、エリザはおらず。ただ、大きな海原が広がっているだけだ。やはり、船は停止していたようだ。

 シュティレは、不安げな表情で、何かないかと歩き回る。エスティアも、同じように探し回るが、これと言って、なにも無い。

 だが――二人を見つめていたアリスの鋭い嗅覚は、磯の匂いに混じった、()()()()()を感じ取っていた。


「お二人と――」


 声をかけようとした瞬間、後頭部へと鋭い衝撃が走った。アリスの足から力が抜け、そのまま木製の床へと崩れ落ちる。

 地面へと倒れると同時に、着ていた鎧が、ガシャン、と音立てた。

 異変に気付いた二人が弾かれるように振り向く。そこには、帽子を被った青年が立っており、その手には――先端にボールのような物がついた紐が握られている。

 エスティアは、躊躇なく魔剣を、鞘から引き抜くと、青年へと切っ先を向けた。だが、青年は臆する様子は見せず、クルクルと、先端のボールを振り回す様に動かす。


「お前……エリザを何処へやった!」


 鋭い声が甲板に響く。シュティレも、エスティアへと強化魔術をかけ、いつでもサポートできるように後方にて、青年を睨みつける。


「……あの、魔術師ならここだ。安心しろ、寝てるだけさ」


 青年がそう言うと同時に、奥から、エリザを背に乗せた黒い狼が現れる。その狼を見たエスティアの背筋に、冷たい氷を落とされたような刺激が走る。

 そのままドサリと、気を失ったエリザをアリスの隣へと下ろす。そして、役目を終えた狼は、青年の隣に座ると、エスティアとシュティレを、その真っ赤な瞳で見つめた。

 エスティアの魔剣が、その刀身に赤い葉脈のような物を浮かび上がらせながら、“コロセ、コロセ”と叫び声を上げている。


「お前、何者だ。どうしてこんなことを」

「どうして? そんなものは決まっている。エスト、お前を殺すためさ」

「じゃあ、お前、この間襲ってきたナーテの仲間か」


 エスティアの“ナーテ”、という言葉に青年は、口元に笑みを浮かべた。だが、その雰囲気は静かな怒りを表しているようにも感じる。


「あぁ、そうとも。そうだな、例え殺す相手でも、自己紹介はしておこうか」


 青年はそう言って、目深に被っていた帽子を投げ捨てた。オレンジ色の短い髪に、赤と青の()()()()()。その姿に、エスティアとシュティレは見覚えがあった。

 エスティアの黄金の瞳が揺れる。そして、小さく息を呑む。


「まさか……」

「覚えていてくれたか。俺の名前は、メオン。お前を殺す男の名前だ、その魂に刻んどきな。だが、俺としてはお前と戦う気はない……いや、戦う価値は無いと思っている」

「……なら、どうやって、私を殺すつもりだ」


 メオンはエスティアの言葉に、より一層の笑顔を浮かべ――両手をハンマーのように握ると、高く掲げた。彼の両手を覆うように濃密な魔力が、集まる。

 嫌な予感がする。エスティアは、考えるよりも早く弾かれる様に、駆け出すと、そのまま魔剣をメオンへと振りかざした。


「やっぱり、響かねぇな……安心していいぞ? 死体はちゃーんと回収してやるからなっ! エストォォォォォォオオッ!」


 バックステップで、簡単に躱したメオンは、その振り上げた拳を――勢いよく甲板へと叩きつけた。その瞬間、まるで、大地が割れるのではと思うほど強烈な衝撃により、元々、古びていた漁船が真っ二つに割れる。

 亀裂からは大量の海水が洪水のように流れ込み、漁船は猛スピードで浸水していく。このままでは、この船と一緒に海の藻屑になってしまうだろう。

 シュティレは、即座に、魔術で木製のいかだを創ると、そこへと飛び乗る。そして、不可視の矢を構えたが、メオンはいつの間にか転移魔法で逃げたのだろう。ついでのように狼も姿を消していた。

 シュティレは、舌打ちをすると、すぐさまエスティアへと叫ぶ。もう船は半分以上沈んでいる。


「エスト! 早く!」

「わかってる! メオン……覚えたかなっ!」


 エスティアはそう叫び、魔剣を乱暴に鞘へとしまう。そして、気絶しているアリスと、眠っているエリザを両脇に抱えて、辺りを見回す。海水はすぐそこまで迫っている。

 エスティアはできるだけ、海水に足を取られないように、ピョン、ピョン、とシュティレの創ってくれた、風の足場をウサギのように器用に足場にし――


「せりゃぁぁぁああああッ!」


 渾身の力を込めて、いかだへと飛び込んだ。

 その瞬間――背後ですさまじい音が響く。二人を抱きしめるように、背中から着地したエスティアは、そのまま勢い余って、いかだから落ちそうになるのを何とか耐えると、背後へと視線を向け、絶句する。


「うそ……でしょ……」


 シュティレは、そう呟くのも無理は無い。沈みゆく漁船は最後の最後に――爆発したのだ。

 真っ赤に燃え上がる炎が爛々と、熱を放つ。もし、少しでも、逃げるのが遅れていたら、爆発に巻き込まれ死んでいただろう。

 だが、それだけでは終わらない。まるで、燃え盛る漁船ごと、喰らい尽くさんと――巨大津波が追い打ちをかけるように迫っていたのだ。

 シュティレは、拳を力いっぱい握りしめると、エスティアへと目線を向け、叫ぶ。


「エスト! シールド張るからこっちに来て!」

「あ、う、うん! でも……あんなの防げるの!?」

「防げるわけないじゃん! でも……生き残れるならなんだってやってやるんだから!」


 エスティアが、二人を抱えてシュティレの隣へと移動する。シュティレは両手をいかだへとつけ――


守る(シールド)ォォォォオオオオオッ!」


 台風のような強風が、いかだを守るように吹き荒れる。気を抜けば自分が吹き飛ばされてしまうほどの突風は、周囲の海水を巻き上げ、“水と風”の障壁を作り上げた。凄まじい魔力量が無ければ、できない芸当だ。

 巨大な怪物のような津波と障壁が、激突する。まず、一層目の海水が津波の衝撃を和らげようとするが、呆気なく破壊され、二層目の暴風と激突。


「くぅ……っ」

「シュティレ!」


 シュティレが大量の魔力を消費することで、()()()暴風は押し寄せる津波に耐えている。が、魔力は有限だ。一気に魔力を失ったことにより、シュティレの意識が飛びそうになる。守るべきものが隣に居るという、強い思いが彼女をなんとか繋ぎ止めているのだろう。

 エスティアは、額から大量に汗を流すシュティレを見つめることしかできない自分に、奥歯をかみ砕く勢いで、歯を食いしばる。

 下手に手を出せば、今の均衡が崩れてしまうほど、絶妙な状態を保っているのだ。


――ピキリ。

 暫く拮抗していた暴風がとうとう、崩壊を始める。同時に、シュティレはエスティアへと倒れ込むように力を失う。素早く抱き留めた。

 荒い呼吸を繰り返すシュティレは、悔し気に、その青い瞳から、涙を零す。


「ご、めん……もう……魔力、が……っ」

「シュティレ、いいんだよ。よく頑張ったね、ありがとう」


 エスティアは、目元を細めると、涙を流すその青い瞳へと口づけを落とす。暴風の切れ間から、海水が雨のように降り注ぐ。もうすぐシールドは、崩壊するだろう。そうなれば、どうなるかはわからない。

 メオンが言っていたような水死体になってしまうのだろうか。よほどの幸運がない限り、全員生存は厳しい。加えて、アリスとエリザは気を失っているのだ。まさに、状況は絶望的。

 エスティアはシュティレとの間に二人を挟むように、動かす。そして、シュティレの唇へと口づけを落とし、その頬を優しく撫でた。


「シュティレ、君のことは何があっても守る」

「エスト……わた、し……だって……」

「わかってる、私を守れるのは君だけだよ。シュティレ」


 黄金の瞳が、青色の瞳を射抜く。暴風が完全に崩壊する。同時に、シュティレも力尽きるように瞳を閉じた。エスティアは、そんな彼女の頭を優しく撫でる。

 滝のように押し寄せる海水。エスティアはシュティレと間の二人をこれでもかと、力いっぱい抱きしめる。そして、意味はあんまりないかも知れないと思いつつ、エスティアは、一気に体内の魔力を放出。

 漆黒の膜が四人を包む。その瘴気に反応するように、聖剣の鞘が煌めくが、持ち主が目を覚ますことはない。


「シュティレ……君だけは絶対に、何があっても、守るから……」


 朧げとなる視界の中、そう呟いたエスティアは、静かに、その意識を闇へと落とした。

 漆黒の膜に交じるように、一筋の――金色の細い糸状の魔力が、キラリ、と煌めく。その瞬間、遥か天空から、一羽の黄金の鷹が、一声鳴いた。



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