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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第三章 双子は希望を見る。人魚は夢を見る。

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23 永遠を彷徨う魂


 長き船旅は終わりを告げ、無事、聖都の船着き場へと到着した一行。


「ノーヴェンはこれからどうするの?」


 ノーヴェンと握手を交わしながら、エスティアが問いかける。


「うむ。俺はこのまま船の護衛を続け、海賊の殲滅をしようと思う。そのほうが――」


 ノーヴェンは目元を細め。


「魔王を倒すより、よっぽど息子に自慢できそうだからな」

「……そう……応援してるよ」


 二人はそう言って笑いあう。そして、船へと戻るノーヴェンを見送る。

 甲板からノーヴェンが体を乗り出すと、ニカっと白い歯を見せながら大きく手を振り、「お前も頑張れよッ!」と叫ぶ。





 船が出港する前に、エスティアは踵を返し、テピトスに顔を向けた。


「じゃ、私たちは“人魚伝説の聖地”に行ってみようか」

「――え……い、いいの!?」

「うん、いいよ。シュティレも行きたいでしょ?」


 これでもかと表情を明るくするテピトスの頭を撫でながら、エスティアはシュティレへと笑みを浮かべた。


「あ……うんっ! 行きたい!」

「……そっか、よかった。じゃあ、さっそく馬車を手配してくるから、二人は待っててね」


 そう言うが早いか、エスティアは一瞬だけ心配そうにシュティレを一瞥すると、雑多の中へと潜り込んでいった。

 テピトスが心配した様子で、シュティレの服の裾を握り、見上げる。そして、可愛らしく小首を傾げる。


「シュティレ、なんだか、元気ないね……もしかして、行きたくなかった……?」


 泣きそうに声を震わせるテピトスに、シュティレはハッとしたように瞳を揺らすと、彼女に目線を合わせるように屈み、その頭を優しく撫でる。そして、微笑を浮かべた。


「ううん。そんなことないよ。ちょっとね……寝不足なのかも」


 シュティレは“私、やっぱり、まだ考えてる”と内心で呟く。彼女は不安そうに瞳を揺らす彼女をまっすぐ見つめ――


「私もね、行くの楽しみだったから。眠れなかったの……ふふふ」

「……なーんだ! よかったぁ……シュティレも子どもなんだねっ!」


 パァッと、再び表情を輝かせたテピトスはシュティレに、飛び込むように抱き着く。シュティレは、そんな彼女の頭を撫でながら、その表情を若干暗くした。











――聖都の北側の海沿いの村、セイレッシア村。

 潮風が優しく吹き抜ける、その村は、外観こそ美しいもの、なんだか淀んだ空気が流れていることに気が付いたエスティアは、伸ばそうとしていた体を軽く逸らすだけに留めた。


「ここが本当に……あの、人魚伝説の村なの?」


 彼女がそう呟いてしまうのも無理は無い。あのおとぎ話の舞台となった村が、今ではこんなに寂れていては、登場人物となっていた人魚と青年は、悲しむだろうと、思った彼女は、眉尻を下げながら隣の二人へと視線を向けた。

 シュティレも同じような考えなのか、寂しげな村を見つめ、その瞳を寂しげに揺らしていた。だが、ただ一人――テピトスだけは、全く異なる表情を見せていた。


 あの時見たように、少女とは思えないほどの顔つきはまるで――別人のようだ。

 エスティアは、小さく息を呑んだ。そんな彼女の反応に気付いたシュティレも、テピトスを見つめ、驚愕の表情を浮かべ、固まった。


「テピト――」

「……エリーゼ」

「あ、ちょっ!」


 少し低めで、落ち着いた口調でそう言ったテピトスは、はかなげな笑顔を二人に見せると、村の中へと駆け出してしまう。二人は若干の戸惑いに遅れるも、すぐさま彼女を追うように駆け出した。

 テピトスは「初めて来た」と言っていたにも関わらず、まるで“前から知っている”かのように、迷いない足取りで村を駆ける。二人は彼女の走る勢いに負けないように、追いかけるが、慣れない村に足取りはぎこちない。


 暫く迷いなく走っていた彼女が、とある民家の前で立ち止まる。そして、彼女はどこか不安げな表情で、その民家のドアの前で行ったり来たりを繰り返している。

 二人は、そんな彼女に近寄ると、恐る恐ると言った感じに声をかけた。


「テ、テピトス……?」


 だが、テピトスは呼ばれていることにすら気付いていないのか、ウロ、ウロ、と、ドアの前に立ちつま先で地面を蹴っている。

 二人は不思議そうに顔を見わせる。すると、意を決するように、エスティアが彼女の肩に手を置こうと、伸ばした瞬間――


 民家のドアが開かれ、一人のシャンパンベージュの長い髪の女性が姿を現した。テピトスがその女性を前に固まる。その水色の瞳が、大きく見開かれる。

 対し、女性はワナワナと、驚愕に髪色と同じ色の大きな瞳が、揺れ動く。そして、彼女は震える唇で一言。


()()()()()……なの……?」


 レオナードと、呼ばれたテピトスは子どもとは思えないほどに優し気な、大人びた表情で微笑を浮かべる、とつま先立ちをし、女性の両手を取る。その流れるような動作はまるで、貴族のような自然なふるまいだった。


「エリーゼ、やっと会えたね」

「……ッ! レオナードッ! レオナードォォォッ!」


 エリーゼと呼ばれた女性は、その瞳から大粒の涙を流し、その場に両膝をつき、テピトスをこれでもかと強く抱きしめる。何度も「レオナード、レオナード」と確かめるように、吐息と共に吐き出すと、テピトスも彼女を抱きしめながら「エリーゼ、エリーゼ」と答えるように吐息と共に吐きだした。


 その光景を眺めていた二人は、目を点にしながら、テピトスと女性を交互に見つめる。エスティアは声をかけようとするが、シュティレがそんな彼女の肩に手置き、首を横に振った。

 そして、小声で「二人が落ち着くまで、待とう」と彼女の耳にそう告げると、彼女は「そうだね」と優し気な表情で、幸せそうに抱きしめ合う二人を見守るように、近くの木陰へと移動した。


「レオナード、()()、本当にレオナードなのよね……ッ」

「あぁ、そうだよ。()だ。遅くなってしまって……本当にごめん。でも、会えてうれしいよ」

「私だってッ! 貴方に会えて……どんなに嬉しいか……ッ!」


 そう叫ぶように言った女性は、コホッ、コホッ、と乾いた咳をする。テピトスはそんな彼女の背中を摩りながら、表情を暗くした。


「エリーゼ……」

「コホッ、ご、ごめんなさい。レオナード、いつものこと、よ……コホッ、コホッ」

「エリーゼッ!」


 慌てたようにテピトスは、エリーゼを立たせようとする。が、彼女は年端もいかない少女。大人である彼女と共に、地面へと倒れ――


「ちょっと、大丈夫?」


 倒れ込む二人を支えたエスティアは、眉を八の字にする。さすがに、目の前で倒れそうになっている人を放っておくわけにはいかなかった彼女は、ほぼ反射的に動いていた。

 それを追うようにやって来たシュティレは、苦しそうに呼吸を繰り返すエリーゼに肩を貸すと、申し訳なさそうな表情で彼女の家へと入って行った。


 取り残されたエスティアとテピトスは無言で見つめ合う。

 戸惑いの表情で、黄金の瞳を揺らしたエスティアは、彼女になんて言葉をかけたらよいかわからず、拳を握り締める。そんな彼女の()()を一瞥したテピトスは、申し訳なさそうな悲しそうな複雑な笑みを浮かべ、口を開いた。


「エスト……まずは、お礼を言わせて欲しい――ありがとう」

「……別に……君は……誰なの?」


 エスティアの鋭い声に、テピトスは困ったように笑顔を見せた。


「僕は――レオナード。はるか昔にあった“人魚伝説”の貴族だよ」

「……はい?」

「ははっ、まぁ、急に言われても困ってしまうよね。だけど信じて欲しい……僕は――」

「あぁ、レオナード、でしょ。とりあえず信じるよ」


 エスティアがそう言うと、表情を険しくさせ、言葉を続けた。


「じゃあ――テピトスは……どこに居るの……?」


 彼女の言葉に、レオナードは小さく息を吐き出す。


「だが、その前に君には、人魚伝説の()()()()()を知る必要がある。話しても平気かい?」


 エスティアがコクリ、と頷くと、彼は微笑を浮かべ「ありがとう」と呟き、話し始めた。


「神の慈悲により、僕とエリーゼは“二振りの剣”となって、海の底で寄り添い、自分たちが朽ち果てるのをずっと待っていた……だけどある日、運命の歯車が動き、僕たちが眠る海の底まで届くほどの嵐が襲い掛かって来たんだ」


 彼は悔し気に片手で顔を覆う。


「僕たちを結んでいた“鎖”はその荒れ狂う海に千切れ、僕たちは離れ離れになってしまった……その後、剣から魂を解き放たれた僕は、幾度となく転生を繰り返し、同じように解き放たれたであろう、エリーゼを探し続けていた……だけど――」


 彼はそっと自分の胸に手を当て、憂愁をその瞳に浮かべる。その表情にエスティアは()()を抱きしめようと、動きそうになる自分を、そっと心の奥深くへと押し込む。

 もう彼女(テピトス)ではない……(レオナード)なのだから、と彼女は自分自身に言い聞かせる。


「記憶を持ったまま転生する、ということは……思いのほか、魂に負担が大きかったようでね……とうとう記憶を失ってしまったんだ。そして、その時に出来上がった――“仮の人格”が彼女(テピトス)、というわけなんだ」


 彼の言葉に、エスティアの表情が日没の太陽のように落ちる。


「テピトスは、普通の女の子として、暮らしていた……だけど、つい三週間ほど前だろうか――彼女の両親が事故で突然死した」

「――え!?」


 三週間前、と言ったら、エスティアたちが旅を始めた時期と同じくらいだ。彼女は、これでもかと驚愕に目を見開く。

 彼は悲痛を色濃く浮かべた瞳で、彼女を見つめる。


「暫くは、親戚を渡り歩き、何とかなっていた……だが、一週間前にとうとう……彼女は捨てられた。疎ましく思った彼らに捨てられた彼女は……困惑しながらも、どうにか生きてきた――そんな時に、彼女は君たちに出会ったんだ。最初は、なんとも思わなかった。だけど、君の()()を見た瞬間」


 彼は魔剣を懐かしそうに見つめ、言葉を続けた。


「断片的にではあるけど、テピトスは、本来の人格である“僕”を取り戻し始めていた」

「取り……戻す……?」

「そう、記憶を失おうと、僕が消えたわけではない。奥底深くで眠っていたにすぎない。でも、君の魔剣とセイレッシアに来たことにより――彼女は完全に、僕と言う人格を取り戻した」

「じゃ、じゃあ……テピトスは……」


 エスティアの黄金の瞳が悲愴の色を浮かべ、握り締めていた拳を震わせながら、一層の力を込める。レオナードはテピトスのことを“仮の人格”と言っていた。そして、彼は戻った。

 レオナードは悲し気に瞳を伏せると、小さく頷く。


「彼女は……消滅した……僕と言う人格が戻った以上……彼女は役目を終えた」

「……そう……なんだ……」


 エスティアの瞳から、一滴涙が零れ、地面を濡らした。レオナードはより一層、その顔に悲しみを浮かべると「すまない……」と呟いた。


「レオナード、君はこれからどうするの……」


 エスティアの言葉に、レオナードはエリーザとシュティレが入って行った民家を愛おし気に見つめ、優し気な微笑を浮かべた。その表情が、彼女(テピトス)とは別人ということを強く強調しているように感じた彼女の表情が曇る。


「僕は、エリーゼと一緒に居たい」

「レオナード……」


 彼のまっすぐな言葉にエスティアは息を呑む。


「彼女は……もう長くないんだ……さっきも見ただろう? 彼女は病――不治の病に侵されている。恐らく、どんな魔法や魔術でも彼女を治すことは不可能だろう」

「――そんなの……わかんないじゃんッ! なんで最初から……諦めるの……っ!?」

「エスト……」


 困惑するレオナードの両肩を掴みながら、エスティアは半ば叫ぶように彼を睨みつけた。その瞳には、爛々と怒りの炎がチラついている。

 彼女の脳裏にチラつくは……大切な家族の笑顔。


「大切な人なんでしょ!? だったら、少しでも可能性を――」

「意味ないんだよっ! そういう“呪い”なんだよっ!」

「な……ッ!? の、呪い……?」


 叫んだレオナードは、悲憤に満ちた表情でエスティアを睨みつける、とその瞳から涙を流した。


「話の続きさ……剣から解き放たれた僕はいつの間にか、呪いに掛かっていたのさ……最愛の彼女と出会った時、お互いの魂は、再び――引き離されるって」

「そんな……なんで……」


 レオナードは寂しそうな笑みを浮かべ、魔剣へと視線を向ける。


「それはきっと……いや、こんなものは負け惜しみのように感じるね……まぁ、とにかく。僕と出会ったことにより、彼女の命はもうすぐ尽きる……だったらっ!」


 決意の篭った表情で、レオナードは表情を柔らかくした。


「僕は、もう一度……今度は二度と離れないほどに強く、鎖をお互いに打ち込む。そして、もう一度――彼女との夢の続きを過ごすんだ……ッ!」

「レオナード……」

「もう離れたくない……君ならわかるだろう? シュティレを深く愛している君なら」

「……な、なにを言って……っ」


 エスティアの顔が真っ赤に染まる。だが、レオナードは寂しげな表情をしながら、彼女の両手をその小さな両手で、優しく握った。


「エスト。どんなに沢山の鎖でお互いを雁字搦(がんじがら)めにしようと……運命という名の歯車の前に、そんなものは意味をなさない」

「そ、そんなこと……」

「あぁ、君はきっとわかっているだろう。だけど、僕は、()()()()()として言いたい――伝えられるときに、話すべきだ。不安定な状態は、いずれ君たちを苦しめる」


 キッと細められた水色の瞳が、揺れる黄金の瞳を射抜く。エスティアは反論しようと、口を開いたが、目の前の彼には、なにを言っても無駄だろうと思い、気まずそうに瞳を伏せた。


「エスト、彼女は苦しんでいる」


 彼の言葉が、シュティレを指していることは明白だろう。エスティアは驚愕の色を浮かべながら、彼女が入って行った民家のドアに顔を向けた。

 レオナードは、そんな彼女の背中に手を置くと、そのまま民家へと向かう。そして、彼は肩越しに彼女を見つめると、優しい笑顔を向けた。


「この先に、僕たちが愛を誓った岬がある。まさに、うってつけの場所だと思わないかい?」

「……」


 何も答えないエスティアに、困ったような笑みを浮かべた彼は、エリーゼの家へと消えていった。

 そのすぐ後に、複雑な表情のシュティレが彼女のもとへとやって来た。エスティアは、小さく息を吐き出すと、彼女へと向き直り――


「ねぇ、シュティレ……この先の岬に行かない?」


 頬を赤く染めながら、彼女はそう言った。


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