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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第三章 双子は希望を見る。人魚は夢を見る。

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21/105

20 ずっと、ずっと、探し続けている


「いやぁ、本当に美味しかったね」

「まさか、お店に居た殆どの人が、エストと同じものを頼むとは思わなかったけどね」


 すっかりお腹も膨れた二人が談笑しながら歩いていると――


「誰かぁぁぁっ! ソイツを捕まえてくれぇぇぇええっ!」

「あ? こ、子ども……?」


 二人の目の前からは、フードを被った小さな子どもが革製の高そうな鞄を両手で抱え向かってくる。反射的にエスティアはその子どもの首根っこを掴み上げ、鞄を取り上げた。

 持ち上げた時に感じた、あまりにも軽い子どもに彼女の表情に暗い影が落ちる。その間にも子どもは抜け出そうともがいているが、ガッチリと抱え彼女は離さない。


「そ、そこの方々! 捕まえてくれてありがとうございます!」


 ゼェ、ハァ、と汗を垂らし、肩で息をするふくよかな男性は、彼女から鞄を受け取ると、彼女が抱える子どもを鋭く睨む。

 エスティアはもう暴れる気力もないのか、大人しくしている子どもに視線を向けながら口を開いた。


「この子どもは、私たちが勇者会に連れていきますよ。こう見えて、私たちは勇者ですから」

「……そうですか。では、あなた方にその子どもはお任せします。鞄、本当にありがとうございました」


 彼はそう言って、鞄から金貨の入った小さな布袋を手渡すと、踵を返し足早にその場を後にした。

 エスティアは彼が去った後も、チラチラと観察してくる民衆に小さくため息を吐き出すと、隣で心配そうに子どもを見つめる彼女に、そっと耳打ちした。


「シュティレ、ここじゃ人目につくからあっちに行こう」

「……うん」




 子どもを抱えたまま、二人は路地裏へと入り、辺りに人が居ないことを確認すると子どもを地面へと降ろした。

 二人は逃げられると思っていたが、子どもは諦めたように座り込み黙っている。二人は顔を見合わせた。


「ねぇ、君。どこから来たの? お父さんとお母さんは?」


 どうせ、わかりきった答えが返ってくると思っているエスティアだが、この他に言えることが思いつかなかったのでとりあえずそう言って、屈む。シュティレも合わせるように屈み、安心させるように笑みを浮かべた。

 その二人にほんの少し気を許したのか、子どもは顔を逸らしながら、ぶっきらぼうに呟く。


「……気付いたらここにいた。親はいない……見たこともない」


 子どもが声を出したことにより、子どもが少女ということが分かった。だがそれよりも二人は彼女の境遇に違和感と深い悲しみを覚え、揃って表情を暗くさせた。

 無意識なのだろう。特にエスティアは、今にも泣きだしそうなほどの表情を浮かべている。

 その反応に、少女は口元に困惑の色を浮かべ、口を開く。どうして、この人たちはこんな表情をしているのだろう、と。


「お前ら……信じてんのか? 嘘かもしれないのに……」


 吐き捨てるように呟く少女の言葉に、エスティアは一瞬だけ悔しそうに奥歯を噛みしめたが、すぐに優しい表情で少女の頭に手を置いた。

 だが、エスティアの心の中はまったく穏やかではない。今にでも、この子をここに置いた奴らをコロシテしまいたいと、黒い感情が彼女を覆い尽くそうとしていたのだから。


「別に嘘でもいいよ。現に、君が“苦しんでいる”という状況は変わらない。そして、私たちが君を救いたいという気持ちも変わらないんだから」


 これは単なる押し付け。エスティア自身がそう思っていても、彼女にはその言葉しか浮かばない。だからだろう、その全く迷いのない言葉に少女の心が自然と動いてしまうのは必然だ。

 少女がうつ向いたまま、小さく鼻をすすった。そんな少女の肩にシュティレは手を置き、優しく声をかける。


「大丈夫よ。エストなら、絶対に貴女を救って見せるわ。絶対に幸せにしてくれる」


 そう呟いたシュティレは「私も幸せにしてもらったしねっ」と付け加え、満面の笑みを浮かべた。少女が顔を上げ、縋るような視線を二人に向けた。

 少女の水色の瞳が大きく揺れている。エスティアとシュティレはそっと少女を二人で抱きしめた。


「私は……ここから出られるの……?」


 二人の体温に身を任せるように呟く少女。


「出してみせるよ。こんなクソッタレな生活はお終い」


 エスティアの言葉に少女の瞳から大粒の雨が降り注ぎ、彼女の服に水たまりをいくつも作っていく。二人は顔を見合わせ微笑みを浮かべると、少女をより強く抱きしめた。



 暫く声を押し殺して泣いていた少女も落ち着いたのか、二人から距離を取るとフードを脱いだ。肩につかない程度に伸ばされた水色の髪、同じく水色の瞳、ずっと一人でいたという割には随分と小綺麗な顔つき。

 だが、二人は気にすることなく彼女に手を差し出し、笑顔を浮かべた。


「私はエスト。こっちは――」

「シュティレだよ」


 少女は恥ずかしそうに二人の手を取り、呟くように口を開いた。


「……テピトス。こ、これから……よろしく……」


 その恥ずかし気に紡がれた言葉に、二人は破顔するのだった。









「ねぇ、これからどこに行くの?」


 近くの店で買った新しい服を身に纏ったテピトスは、二人と手をつなぎながら、そう言って見上げる。最初の乱暴な言葉遣いは、自分を強く見せる為だったらしく、今は年相応の少女らしい言葉遣いと表情を浮かべている。

 エスティアはそんなテピトスを愛おし気に見つめ、旅が始めって以来、最高に上機嫌だ。シュティレはそんな彼女たちを見て、館の日常を思い浮かべ、表情を柔らかくする。


「ん? 聖都に行くんだよ」

「聖都……?」


 テピトスは何かを思い出す様に体ごと、左右に動かす。そんな彼女にエスティアの表情が際限なく緩み、その様子を眺めている。

 エスティアは、館ではよくグレースも同じような仕草を取っていたなと、思い出す。そう思った瞬間、シュティレが彼女の手を握っていた。


「エスト」


 まるで、全てを見通す女神のような慈愛に満ちた青い瞳が彼女を射抜く。エスティアが口を開こうとした瞬間、テピトスが思い出したのか、声を上げた。


「そうだ! 思い出した“人魚伝説”だ!」

「人魚……伝説……?」


 聞いたことのない単語にエスティアが首を傾げる。すると、二人は驚いたような表情を見せた。


「え、知らないの? 私でも知ってるよ?」

「いや、全然聞いたことないんだけど……おとぎ話?」

「うん。結構有名な話なんだけど……」


 そう言ったシュティレは「ちょっと記憶があやふやだけど……」と付け加え、人魚伝説を語った。



 昔々、あるところにとても素敵な青年が暮らしていました。彼はとある貴族の息子でありながら、常に庶民のことを考える優しく人気者でした。


 そんな彼はある日、一人の美しい女性が海辺で倒れているのを見つけ、「これは大変だ」と彼は女性を家へと連れ帰り、看病をしてあげました。


 数日後、目を覚ました女性は、心配する彼を一目見た瞬間、彼女は彼に一目惚れしてしまったのです。

 そして、彼も彼女に恋に落ちていました。


 両思いになった二人は楽しい毎日を過ごしていました。だけど、楽しい日々は終わりを迎えてしまう。


 ある日、彼女は彼に言いました「私は人魚です。新月の夜には海に帰らないといけないのです」と。彼はとても悲しみ、こう言いました「行かないでくれ、僕には君しかいない」泣きながら言う彼。

 悲し気な表情で彼女は「貴方は、貴族です。本来一緒に居るべき人と居るべきです」と言いました。彼女は知っていたのです、彼に婚約者がいることを。


 彼は泣きながら言いました「それでも! 僕は君といたいんだ! たとえ、家族を捨てようと……君と一緒にいたい」

 彼女はその言葉に涙を流すと、こう言いました「では、私と共に海の底で暮らしましょう」と。普通に考えれば、人間である彼が海の底に行けば、きっと死んでしまうでしょう。

 だけど、彼はその言葉に優しく笑みを浮かべると、力強く頷き「行くよ。僕はどこまでも君と一緒に居たい」


 そして、次の日、二人は誓いのキスを交わすと、一緒に海へと身を投げました。だけど、やっぱり人間の彼は海の底で死んでしまいます。


 海の底で彼の死体を抱いた彼女は泣き続けました。人魚である彼女は死ぬことが出来ませんでした、何日も、何年も、何百年と泣き続けた彼女。

 神様はそんな彼女を哀れに思い、彼の死体と彼女を二本の剣へと変え、海の底でずっと一緒に居られるようにしてあげました。



「――っていう話なんだけど」

「はぁ……初めて聞いたよ」


 エスティアは感心したように声を漏らす。所詮はおとぎ話と思っていたが、中々悲しい話だ、彼女は若干表情を暗くしたところで――


「テピトス?」

「……」


 一緒に話を聞いていたテピトスが黙ったまま、固まる。心配した二人が彼女の顔を覗き込んで、小さく息を呑んだ。

 彼女の表情から、子どもらしさが消え、憂いを帯びた表情を浮かべ――それは、まるでテピトスが()()()()()()()()しまったかのような。エスティアはそっと彼女の両肩に手を置きまっすぐ見つめる。


 黄金の瞳が煌めく。


「テピトス」

「……エ、エスト? ど、どうしたの?」


 ハッとしたようにテピトスは目をパチクリさせながらエスティアを見つめる。その表情には先ほどの憂いは全くなく、年相応の表情を浮かべている。

 その様子にエスティアはホッと息を吐き出し、彼女をそっと抱きしめた。


「わっ!? ちょ、エスト! は、恥ずかしいからやめてよ!」


 テピトスは顔を真っ赤に染めながら、エスティアから逃げ出すと、シュティレの背後に隠れるように彼女を見つめる。

 シュティレはそんな二人を暖かい視線で見つめてはいるが、若干口を尖らせ、エスティアを見つめる。だが、彼女は“こんな、小さな子相手に嫉妬するなんて”と思い、誤魔化す様にテピトスを抱き上げた。

 そして、太陽のような笑みを浮かべ――


「さ、もうすぐ船が出るみたいだし、行こっ?」

「――あ、うん……行こう!」


 シュティレの笑顔を真正面から受けたエスティアは、その美しさに顔を真っ赤にすると、ぎこちなく頷いた。そんな彼女にシュティレは首を傾げるのだった。









 聖都行きの船に無事乗船した三人は、太陽降り注ぐ甲板で潮風を浴びながら海を眺めていた。キラキラと煌めく水面には、時折、羽の生えた小魚がピョン、ピョン、と飛び跳ね、その度にシュティレとテピトスが楽しそうに声を上げた。

 そして、エスティアに「あれはなに?」と、楽しそうに質問しては、彼女が答えると、「じゃあ、あれは?」と絶えない質問の嵐に、彼女は自然と表情を綻ばせていた。


「なぁ、知ってるか? 最近、ここら辺で“海賊”が出るらしいぜ」


 エスティアの近くに居た男女のカップルの会話が聞こえてくる。彼女はシュティレとテピトスが楽しそうに海を眺めているのを、見守りながら、そっとカップルの会話に耳を傾けた。

 もし、本当に海賊なんてものが居たのなら、注意しなければいけない。この船にも用心棒として、勇者がいるらしいが、信用はできない。


「怖いわ……海賊って言ったら、船を襲っては、物資と女性を奪うって言うじゃない」

「大丈夫さ、君のことは俺が守るよ。それに、この船には()()が乗ってるんだぜ?」


 エスティアは“英雄”という言葉に、眉がピクリと動き、表情が険しくなる。


「英雄って?」

「知らないのか? あの有名な“光の勇者一行の一人”がこの船の用心棒をしているんだよ」

「え、光の勇者って、いったら……魔王の討伐に出たんじゃ……」


 カップルは、そのまま船の中へと戻ってしまい、全ての話を聞くことは叶わなかった。

 だが、彼女には聞こえても聞こえなくても関係なかっただろう。なぜなら、“光の勇者一行”と聞いて時点で――理性など欠片も残っていないのだから。


「光の……勇者……」


 黒く淀んだ泥のような声がエスティアの口から零れ落ち、潮風に消えていき、楽しむ二人に届くことは無かった。彼女の腰に収まる、魔剣の鎖が血のように赤く、鈍く、どす黒く、輝き、彼女はそっと、黒ずんだ籠手を装着した。

 魔剣の魔力の影響だろうか、鉄の輝きは、もう既に失われ、燻した銀のように黒く輝く籠手は、持ち主の感情を吐露するかのように、黒い魔力で自身をコーティングする。


「コロ……サナキャ……ギャクサツ……セヨ」


 どす黒い感情が彼女を包み込む。脳内を埋め尽くす、コロセ、コロシテシマエ、ハラセ、ハラセ、ウラミツラミ、ギャクサツセヨ、コノヨノスベテヲ。

 エスティアが魔剣へと手をかけた、その次の瞬間――女性の悲鳴が船全体に響き渡った。


「……」


 魔剣の柄から手を離したエスティアは、暗闇のような表情のまま、悲鳴が聞こえた方へと視線を向ける。

 すると、その先――船尾の方向に何人かの武装した男たちの姿を、黄金の瞳が捉えた。斧や曲刀のような物を握り締めた男たちが、乗客、主に男性ばかりだが、楽しそうに殺している光景。

 エスティアは無表情のまま、踵を返すと、二人の元へと向かい、声をかけた。


「シュティレ、テピトス。海賊が来た。危険だから、ここから動いちゃダメだよ」

「え、海賊って――エスト……?」


 シュティレは気付いてしまった。いつものような優し気な笑みを浮かべている筈なのに、彼女の黄金の瞳が泥のように淀んでいることに。今の彼女はまるで――飢えた獣のようだ。シュティレはかける言葉が見つからず、表情を暗くした。

 隣のテピトスは、海賊という言葉に気が動転しているのか、険しい表情でシュティレの服の裾を掴んでいる。

 エスティアは、シュティレの反応に、寂し気な表情を浮かべる、と優しく頭を撫でた。


「シュティレ、やっと見つけた――見つけたんだよ」

「……まさか……本当に?」

「まだ確証はない。だけど――」


 シュティレは、テピトスの視界を手で覆うと、言葉を紡ごうとしていた彼女の、吐息を優しく奪った。

 一瞬にも満たないが、エスティアの理性の欠片を取り戻すには十分だったようで、黄金の瞳がいつもの光を帯び、彼女の顔が赤く染まる。

 驚いたエスティアが、彼女を見つめ――言葉を失った。彼女は今にも壊れてしまいそうな笑顔を作っていたからだ。


「――絶対に殺してね」


 その言葉にエスティアは力強く頷き、船尾の方へと駆けたのだった。


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