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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第二章 見通せ、心の奥を、感情はいらない。全ては貴女の為に

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13 怪鳥、毒を食し、毒を吐く


 まるで瓶を釘で引っ掻いたような高音域。そんな鳴き声にエスティアはうるさそうに耳を塞ぐ。それなりの距離があっても十分に聞こえる。コカトリスは満足したように喉を降ろす、と目を細めた。

 エスティアにしか見えない“虹色の帯”が彼女目掛けて打ち出される。これが、不可視だったら脅威になっていただろう。涼しい表情で彼女は躱し、コカトリスへと駆け出した。

 魔剣から漏れだした魔力が彼女を覆う。近づくのは危険。ならばできることは一つ。彼女は魔剣の黒い柄を握り締め――


「これでも、くらい、やがれぇぇぇぇッ!」


 彼女は勢いよく魔剣を横薙ぎに払い、自分を覆っていた魔力を斬撃としてコカトリスへと飛ばす。

 黒い衝撃波として飛ばされたそれは、コカトリスの首を切り落としてやらんと、凄まじいスピードで迫る。だが、コカトリスはあえて、対抗するように自身のくちばしを斬撃へと向けた。


 キィンッ、と渾身の斬撃は軽々と弾かれてしまう。まるで、埃でも払うように、いなされた斬撃は天高くで弾ける。

 エスティアはその一連の出来事に笑うしかなくなる。魔剣を手に入れ、シュティレの強化のおかげで、それなりに強くなったと思っていたが。傷一つ付けることすら叶わない。

 現実はそう甘くない。まるで、コカトリスにそう言われたような気分になった彼女は、歯を食いしばり、もう一度魔剣を振り上げた。



 エスティアがコカトリスの注意を引いている間。岩の上へと登ったシュティレはスゥ、と小さく息を吸い込みゆっくりと吐き出した。

 そんな彼女の手には杖は握られていない。まるで、不可視の“弓”でも持っているように、彼女は静かに構える。その瞬間――彼女の周りに渦巻いていた空気がピタリと、止む。

 そして、彼女に従うようにその風は、不可視だった弓を形作るように吹き荒れる。大丈夫、もっとイメージするんだ。はっきりとした――確固たるイメージを。


「いける……大丈夫……」


 ギリギリ、と風を纏い、細い糸となった弦を力いっぱい引き絞る。それと同時に展開される二本の矢。シュティレは引くと同時に息を吸い込み、ピタリと限界まで引くと呼吸を止める。

 風は追い風、進路を邪魔するものは何もない。


「――鷲封射(アードラ)ッ!」


 パシュンッ! と、二本の矢が一斉に放たれる。

 それは、エメラルドグリーンの軌跡を描き、一直線にコカトリスの“瞳”目掛けて羽ばたいた。




――これで弾かれるのは何発目か、エスティアは歯ぎしりをしながら、もう一度斬撃を飛ばす。その間も、虹色の帯は容赦なく彼女を襲い、その度に無茶な避け方をしたせいで、体の内側はボロボロだ。気を抜いたらそのまま倒れてしまいそう。

 今飛ばした斬撃も、最初より格段に威力は落ち、軌道はブレブレ。筋肉も悲鳴を上げ続ける。エスティアは荒い呼吸でコカトリスを睨みつける。


「はぁ、はぁ……ま、だまだァァァッ!」


 エスティアが駆け出す。だが、コカトリスは小首を傾げたまま動こうとしない。足の筋肉が悲鳴を上げる、が痛みは感じない。ならいい、気にしない。

 笑みを浮かべた彼女が強く地面を蹴り上げた。コカトリスの周りに広がる虹色の沼を飛び越え、魔剣を思い切り振り上げ叫んだ。


「時間稼ぎは――終わりだァァァァッ!」


 彼女の背中から現れた“風を纏った二羽の鷲”はまるで自我を持っているかのように、羽ばたき、左右に分かれるようにに彼女を躱し、コカトリスの両目に突き刺さった。

 コカトリスが悲鳴を上げる。二羽の鷲たちはまるで、ドリルのように回転しながら、コカトリスの肉をミンチにしながら侵入を始め、噴水のように血が噴き出し、魔剣と彼女を濡らす。


 血濡れた魔剣が歓喜の声を上げるように魔力を放出する。そして、その噴き出した魔物の血を()()()()()()とその傷口に張り付いた。

 ジュル、ジュル、と魔剣の魔力がコカトリスの血を啜るたびに、魔剣の刀身に赤い血管のようなものがドクン、ドクン、と脈動を打つ。エスティアの笑みが引きつる。


「うげ、生き物みたいなことするのね……てか、シュティレ、いつの間にこんな技を……」


 エスティアは凄いなと思うと同時に悔しさを感じていた。柄を握る手に力が篭る。

 ジワリ、ジワリ、と何かが。彼女の体の奥で何かが噴き出そうとしてる。それはまるで、彼女の思いに呼応するように。

 彼女は導かれるように言葉を紡ぐ。それは、自然に、昔から知っているように、違和感なく。


封滅血破(ブラッドソード)ッ!」


 魔剣がコカトリスの血を纏い、黒い刃を真っ赤に変化させていく。それは魔剣の本性を現す様に、黒い殻を破るように。一滴、一滴が鋭く尖った刃のように血を滴らせた刀身がコカトリスの顔面に突き立てられる。


『グギャッ、ギャガッ……』


 グチャリ、と刃は肉を斬り裂き、岩よりも硬い頭蓋骨に到達する。刀身から流れ落ちた血が再びコカトリスへと戻るが――それはもう、“自身の血液ではない”、コカトリスの体内に侵食した()()は頭蓋骨を覆い、圧力をかける。

 メキリ、ペキリ、と頭蓋骨からは悲鳴が上がり、コカトリスの守られている脳みそを圧迫、圧縮。コカトリスが、女性の悲鳴のような甲高い呻き声を上げながらくちばしを大きく開く。


 ムワッと、コカトリスの口内から吐き出される“虹色の吐息”。むせ返るほど強烈な甘い匂いと、ねっとりとした不快感にエスティアは眩暈をおこしそうになる。だが即座に――彼女をソレから守るようにあふれ出た血液が、彼女の体表に纏付く。それに倣うように、シュティレの風の鷲たちが吹き飛ばす様に周りを飛び回る。


 ペキッ。コカトリスの頭蓋骨がとうとう、圧力に耐えられず崩壊を始める。限界まで圧迫されていた脳みそ(ソレ)は解放されることしか考えていないのだろう。コカトリスの脳みそがその隙間から飛び出そうと、液体を吐き出し、それは、魔剣の隙間から外へと逃げ、透明な液体がコカトリスの顔面を濡らす。


 その瞬間――コカトリスはピクリ、と体を震わせたと同時にその生命を停止した。ゆっくりと重力に従うように倒れる巨体。このままでは、彼女はコカトリスが作り上げた虹色の沼の餌食となるだろう。落ちた所で碌な目には合わない。

 エスティアは乱暴に魔剣を引き抜く。ブジュリ、と形容しがたい色の液体と、強烈な悪臭に顔を顰める。魔剣が流れ出た血液を啜っているのも気味が悪いので、とっととコカトリスの顔面を蹴り、跳躍。

 フワリ、と安全地帯へと彼女は降り立つ。


「お、とっとと……うわっ!」


 地面へと足がついた瞬間。まるで、筋肉が役目を終えたように脱力し、ガクン、と彼女はその場に座り込んでしまう。力は入らず、足はおろか、指一本も動かすことが出来ない。その間も、魔剣は彼女に飛び散った血液を回収するように魔力を漂わせている。

 はた目から見たら、血液を吸収し赤く染まった魔力のせいで彼女が血まみれにも見えなくはない。


「エスト!」

「あ、シュティレ!」


 地面に座り込むエスティアを心配した様子で、シュティレが駆け寄る。そんな彼女にエスティアは笑みを浮かべた。


「大丈夫? ケガしてない?」


 シュティレは膝を付き、エスティアの顔を覗き込む。眉尻は下がり、悲しげにも見えるその表情に、エスティアはそっと彼女に体を預けるようにもたれかかった。

 シュティレの首筋に顔を埋め、スリスリ、と鼻をこすりつける。汗の匂いに混じって香る花や果実のように甘いそれに彼女は微かに笑みを浮かべる。


「シュティレ……いい匂い……」

「ちょ、エ、エスト!? な、なにして……ッ!」


 呟くように言ったつもりだったが、彼女にはしっかりと聞こえているらしく、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染め上げ叫ぶ。その声に、エスティアはハッとしたような表情を浮かべ、顔を上げ、困ったような笑みを浮かべた。


「あ……ごめん。つい……」

「べ、別に……エストならいいけど……」


 恥ずかしそうにうつ向くシュティレの言葉尻があまりに小さく、聞こえなかった彼女は首を傾げる。

 とりあえず動けるようになるまではこのままでいいや、とエスティアが考えていると、遠くから“音”が近づいてくる。

 視線をチラリと向ければ、棍棒を担いだ大柄な男性が駆け寄ってきていた。鎧も着ており、彼が近づいてくるたびにガシャン、ガシャン、という音が大きく草原に響き渡る。


「二人とも! だい、じょう……ぶ……か……」


 彼女たちの前で息絶えているコカトリスを視界に入れた彼は、困惑を色濃く浮かべ、立ち止まる。エスティアは、「あぁ、そういえばこの人に加勢を頼んだっけ……」と思い出し、力なく苦笑を浮かべた。

 ワナワナと震えながら、彼はコカトリスと二人を交互に見やり、信じられないと言いたげな表情で言葉を続けた。


「まさか……二人、で……倒したのか?」


 二人はその言葉に頷き。


「シュティレのおかげです」

「エストのおかげです!」


 ほぼ同時に答える。その様子にケインは呆気に取られた様に瞳を見開いた。二人は同時に顔を見合わせ、笑顔を浮かべた。









「では、改めて、俺が知っていることについて話そう」


 テーブルに置かれた、黄色のジュースを飲み干した彼は口元を腕で拭うと、柔らかい笑みを浮かべた。

 時刻はもう夜。彼の奢りで夕食もいただき、若干の眠気が襲い始めた二人はその言葉に、表情を引き締めた。

 やっと、だ。なんだかここまで長かった気がするが、エスティアは自分の体が喜びで打ち震えるのをなんとか我慢する。シュティレも同じ気持ちなのか、背筋をピンと伸ばし、彼の言葉を待っている。


「だがその前に、謝らせて欲しい。俺は――紋章の持ち主を知らない」

「そう……ですか……」


 彼の言葉にエスティアは明らかな落胆の色を浮かべ、机の下で強く拳を握り締めた。シュティレも表情を落とす。だが、それに気づいた彼は申し訳なさそうに後頭部を掻き、言葉を続ける。


「紋章の持ち主はわからないが、その紋章を見たことはある。君たちは“光の勇者一行”という名前を聞いたことはあるか?」


 全く聞いたことの無い言葉に2人は同時に首を横に振る。彼はその反応は予想済みだったようで、“やっぱりな”という表情を浮かべ、通りがかった従業員に飲んでいたジュースを注文し、向き直る。


「光の勇者一行というのは、聖都にいる王国勇者たちだ。俺は、そいつらと何度か魔物討伐で共闘をしたことがあってな、その時に、その紋章を見たんだ。おそらく、そのメンバーの誰かの物だろう」


 運ばれたジュースを一気飲みし、彼は小さく息を吐き出すと、紋章を見つめた。


「光の勇者……その人たちがどこにいるか、とか……その人たちの名前とか、教えてくれませんか?」


 噛みしめるように言葉を紡ぐ彼女に、彼は若干の違和感を覚えるが、それほどの()()なのだろうと自己解釈し、できるだけ詳しく教えなければと決心する。魔剣の担い手で奴隷商人と聞いていて警戒していた。連れている子は美しい子だが、なにかを抱えていることは明白で、鈍感な彼でも分かるほどだ。


 だが彼女たちは、紛れもなく“勇者”だった。明らかに格上の存在に対しても物怖じせず、自分から危険な役目も担う。他の人が見れば無謀だと笑い飛ばすかもしれないが、彼は彼女たちを高く評価した。

 ケインは人懐っこい笑みを浮かべる。


「まずは、メンバーのことを話そう。最初は、“アリス”だ。彼女は光の勇者と呼ばれ、リーダーでもある。そして、エスト、お前が持っている魔剣とは()()()()()()である“聖剣”の担い手だ」

「聖剣……」


 正反対の存在。エスティアはそっと魔剣の鞘を撫でる。すると、魔剣は鎖をカチャリ、と小さく鳴らす。そして、魔剣から感じる“戦いたい”という意思。それはいつものような禍々しい気配はなく、只々、強いヤツと戦いたいという純粋さを感じた彼女は「いつかね」と心の中で答えるのだった。







――深夜を回り、月明かりが暗闇を照らす。まるで、あの日の夜のようだ。エスティアは哀惜の色が浮かんだ瞳を細め、月明かりが照らす草原を眺める。

 あのあと、一時間近くケインは話し続けた。まぁ、途中から武勇伝も混ざっていたが……彼の話を要約するとこうだ。


 アリスと呼ばれる聖剣の担い手の少女を筆頭に、天才魔法使いの青年のスライ。化け物級の魔力を有する魔法使いのエリザ。人間と巨人族のハーフで4メートルもの巨体で全てを薙ぎ払う両手剣士のノーヴェン。

 聖都の王国勇者ということで、聖都が拠点だとは思われるが、ケインは前線を離れてずいぶん経つので、詳しくはわからないとのことだった。


 まさか聖剣の担い手が犯人……とは、あまり思いたくないが、その耳と目で見るまではわからない。エスティアは心の中で四人の名前を何度も、何度も、何度も、噛みしめるように復唱し、その魂の奥深くまで焼きつかせる。

 絶対に見つけ出して殺す、ころす、コロス、コロセ。月に手を伸ばし、掴むように握った彼女は小さく()()を零していた。


 お風呂から上がったのだろう、タオルを頭にかけたシュティレが月夜を眺める彼女の背中に歩み寄る。そして、いつものように抱き着こうとして……立ち止まる。

 何故だろう、彼女は普通にしているだけなのに――今にも遠くへ行ってしまいそうな儚さを感じる。薄氷のように、小石でも当たったら簡単に砕け散り、水に溶けてしまいそうなほどの危うさ。

 振り払うように首を振って、シュティレは、そっと彼女を後ろから抱きしめた。そして、その背中に唇を押し付ける。そこで彼女に気づいたエスティアが肩越しに振り向く。


「あれ? シュティレ、どうしたの?」


 大好きな優しい声。シュティレはそっと顔を上げ、彼女の瞳を見つめ、微笑んだ。


「ううん。なんでもない……ねぇ、エスト」


 大好きな貴女の瞳。林檎の花から作られた蜂蜜のように、澄んだ黄金色は全てを見透かしているよう。どうしたのと言いたげに傾げた首。貴女の全てが愛おしい、シュティレは彼女の頬を優しく撫で。


「大好きよ」


 たった一言。だけど、沢山の思いが篭った一言。貴女にそれが伝わるかはわからない。でも、何度でも言うから。


――私から離れないで。


 縋るような声にエスティアは小さく笑みを浮かべ。彼女へと向き直り、正面から優しく抱きしめた。窓から突き刺す様に吹いた寒風から守るように温かい彼女の体に抱きしめられても、シュティレの心臓を撫ぜるような冷たい風が吹き抜けていた。


「私も大好きだよ」


 エスティアは自分の額を、コツン、とシュティレの額に当てた。まだ乾ききっていない金髪の冷たさがどこか心地よく感じる。

――いや、違う。彼女と触れ合っている部分全てが心地よいと、体が安らぎを訴える。こうしている間は全てのことを忘れてしまいそうになる。だが、忘れてはいけない。エスティアは彼女から体を離す、とその頭を撫でる。


「さぁ、明日も早いし寝よっか」

「……うん」


 不安げな瞳で笑うシュティレを気にせず、エスティアは彼女をベッドへと促した。









――二人が寝静まった深夜。月明かりすら届かない暗闇から顔を覗かせる、一頭の黒い狼は彼女たちが眠る二階を見上げ、ニタリ、と三日月のように口元を歪めた。


 


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