表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙の騎士の物語:個人の前歴;停止中  作者: 荻原早稀
レイ・ヴァン・ネイエヴェール
8/28

8. 火種

 ガイセリック・ファミリー壊滅、ウェンシャン・ファミリーの看板旗士が戦線離脱、この二つの衝撃はオス市街の裏社会に激震を引き起こした。有力ファミリーのパワーバランスが崩壊した結果、小さなギャングや不良少年たちのグループの統制がなくなり、街中で騒動が起き始めた。

 特に麻薬組織の混乱が大きい。ガイセリック・ファミリーというオス最大手の供給元が崩壊したために需給バランスが崩れ、売人たちの手に麻薬が行き渡らない状況が生まれた。当然、売人たちは別の供給ルートを求めるようになるが、そうなると次の覇権を狙うファミリーやグループがそれらのルート確立のため小競り合いを起こすようになる。

 その交通整理ができる存在がいないから、小競り合いはやがて全面的な衝突になり、市民生活を脅かすようになる。

 死者が百人を超えたあたりで、さすがに当局も放置しておけなくなった。

 市警察のほか、警備出動として州兵の動員も議会で決議された。この決議には、ある有力議員のガイセリック・ファミリーとの緊密な関係が、何者かの手によって強力な証拠と共にマスコミにリークされたことが影響している。

 何者かの手、とは、レイたちの手であることはいうまでもない。彼らはバイダル迎撃直後にガイセリック・ファミリーの本拠に取って返し、もはや抵抗の意思も能力も失ったギャングたちの目の前でボスを締め上げ、様々な政治家や役人との関係の証拠を差し出させ、この期に及んでこっそり背後から射撃しようとしていた幹部を豪快に殴り飛ばしたりしながら、様々な戦利品を手に揚々と引き上げていた。

 三人とも顔も隠さずに襲撃していたのだが、カスパロフもプトリもこの時のためだけにわざわざ来ていた傭兵である。バイダルに手も足も出なかったことに衝撃を受けつつも、ギャラを受け取って早々に姿を消している。

 レイはしっかりと顔を見られていたが、これは「僕が見ているんだから余計な事したらその時はわかっているよね」という脅しである。養護院に住んでいる彼は、これからもそこを動く気はないし、動かないからには貧困地区のすぐ近くで腰を据えてギャングたちの動向を監視していくつもりでいる。それを、顔をさらすことで堂々と宣言した。

 現役傭兵旗士を子供扱いにするエース級旗士バイダルを、さらに子供扱いにしたレイの実力は、あまりの早さにまったく状況を把握できなかった現場にいた人間はともかく、街路や周辺のビルに設置されたカメラなどで撮影されている。それを見た市や州の担当者、ギャンググループたち、政治家たちは驚愕した。

 とてつもない怪物が、よりによって養護院に住んでいる。

 さらに驚いたことに、たぶんこの街のギャングども相手なら千人を敵に回しても余裕で殺しきるであろうバイダルが、養護院に職員として就職を果たしていた。どういう手を使ってかはわからないが、なんと正規職員である。市に住民登録され、市の情報等級で3級を超えていなければ正規採用の道は完全に閉ざされているはずなのに、ウェンシャン・ファミリーに飼われていただけのはぐれ旗士が、身ぎれいな養護院の担当者用の作業服を着て第7児童養護院で働き出していた。

 どうせまた、レイが市のデータセンターに悪さでもしたのだろうが、これもあらゆる関係者を震え上がらせた。

 とてつもない怪物の手元に、同様の怪物がいる。しかも、政治家や役人の黒いつながりを示す証拠をしこたま溜め込んだ状態で。

 黒い情報という爆弾を処理するため、政治家や役人の一部が殺し屋を雇ったり、不良集団を雇ったりして彼らを襲ったのだが、ことごとく失敗した挙句、バイダルによって政治家や役人本人が護衛ごと半殺しにされて街路沿いの柱に文字通り吊し上げられたりして、オス市の裏社会の新たな支配者が誰なのか、いやでも知る羽目になった。

 ギャングや不良集団の騒動も、すぐに収まった。お互いの潰し合いが熾烈だったうえに、貧困地区の近辺で暴れると、必ず「安眠を邪魔する奴は敵だ」とバイダルに壊滅させられ、あるいは通りがかりのレイにぼこぼこにされたからだ。それ以外の地区では市警や州兵が目を光らせているから、反社会的勢力に行動の自由はない。

 こうして、オス市旧市街西端部の最貧困地区は、住民がこれまで経験したことの無いレベルの治安を回復した。あまりに絶対的すぎる力をもつ支配者の登場によって、ギャングや不良集団、警察、政治家、役人など、すべての勢力が屈服させられて平和が構築されたのだ。

 レイが作った新秩序の特徴は、まず支配者がその代償を求めないこと。麻薬取引の独占など求めはしなかったし、どの組織からも上納金を要求していない。

 それから、支配者の目の届く範囲で治安を乱すような真似をしなければ、何もいわれないし何もされないということ。最貧困地区で、犯罪行為の労働力として大人たちをかき集めようとしたりすれば、即座に組織ごと叩き潰される。だがおとなしく自前の人数で人目につかないように裏家業を続けている分には、わざわざそれを掘り出してまで潰されるようなことはない。

 ただし麻薬に関しては非常に厳しい。警察の麻薬捜査の現場には、様々な組織から奪われたと思われる恐ろしいほどの量のデータが送り込まれ、「これだけ情報をくれてやって検挙数や押収量に違いが出てこないようならお前ら全員クビだ」というようなメッセージも届いている。そうでなくとも、ギャングとの癒着の証拠を腐るほどつかんでいる支配者が、いつ暴露するかわからないプレッシャーがある。いくら腐敗していようと、相当気合を入れて取り組まざるを得ない。

 もっとも、よほどのことがなければ、過去の癒着などが公表されることはない。過去のことをほじくり返してどうにかしようという趣味はレイにはなく、面倒臭さが先に立つのだろう。その「よほど」に触れてしまったらしい政治家や高級官僚、警察関係者、企業経営者など数名が、物的な証拠が複数ついた状態で国外メディアに情報をリークされて瞬時に破滅しているが、スケープゴートにされるのもうなずけるというようなことをやらかしている連中ばかりだったから、同情を集めることもなかった。

 福祉公団による営農ビジネスは、支配者の保護を得て盤石の態勢を整えた。気候の推移が順調だったおかげで収穫も順調、貧困層の就業率も大幅に改善されて子供の就学率も劇的に上昇、それまでの淀みが嘘のように一掃されていった。

「圧倒的な暴力は、使い方次第で平和を生むこともあるんだね」

 以前に比べれば遥かに安全になったオス旧市街西端の第七児童養護院内で、激動のオス市を取り上げた報道番組を見ていたレイがぽつりといった。

 就業時間中なのに隣のソファででかい態度で酒を飲み散らしていたバイダルが、呆れた顔をした。

「何を他人事のように」

「他人事だよ、僕は街の平和を求めたわけじゃない」

 いつものうすぼんやりした顔でなかなかの爆弾発言である。

「じゃあ何を求めてたってんだよ」

「僕の平和」

 バイダルは面食らったような顔をしている。何が違うんだ、というような顔をしていたが、少し考えてレイの思考の桁外れの広さに気付いたらしい。

「……じゃあなにか、半径一メートルのお前の平和のために、わざわざ就業率を上げて、じゃまする勢力を根こそぎ排除して、俺までぶっ飛ばして、政治家や役人どもを脅し上げて、ついでに俺を養護院につっこんだってのか」

「確実でしょ?」

 顔色一つ変えずにレイはいう。

「そりゃまあ、なあ」

 養護院の正職員になり、こぎれいにしたバイダルは、小雨降る街路に姿を現した時とは別人のように美しい青年だった。均整の取れた体つきもそうだが、顔立ちの整いぶりがただ事でない。そぎ落とされた頬が精悍さを増していて、小汚かった時には貧相さを感じさせていたのに、今は色気すら感じさせる。

 職員の中では当然ながら浮いていて、本人も自分から溶け込もうなどという気が毛ほども無かったから、養護院の中では完全に敬遠されているのだが、本人は気にする様子もない。いつまでもここにいる気も無いからだろう。

 名目上の職責は総務だから、児童の教育にはあたらない。施設の維持管理や経理事務などが仕事になるのだが、誰も彼がそんな仕事をしている場面を見たことがない。

 警備員、という職は外部委託で警備会社からの要員が行うのだが、あえていえば警備員だろう。ただし、警備対象は一般的な泥棒だの変質者だのではなく、暗殺者や武装した不良少年など、明らかに法を無視した凶悪な連中である。

 実際、彼は何度かそのような集団の襲撃を木端微塵に返り討ちにし、深追いしてその依頼者にまでたどり着いた上でその本拠地まで叩き潰し、首魁を文字通り吊るすなどの蛮行を行っている。

 もちろん、養護院関係者はそんなものは見なかったことにしているし、知らないことになっている。

 旗士としても常軌を逸した実力の持ち主だから、一般人ではどうあがいても何を持ってきても勝てるものではなく、彼は完全にアンタッチャブルな存在になっていた。

 レイの立場は微妙である。

 バイダルという青年旗士の異常な強さは誰もが目にしていたが、レイがさらにその上をいく怪物であることを、バイダルしか知らない。そこまで知らずとも、レイが凄まじく強いということを知る人間としてヤンがいるが、その程度のことも周囲はよくわかっていなかった。かろうじて、養育係として彼の挙動を見つめいてるベテラン職員カリスが、キナ臭さを感じていたくらいのものだ。

 バイダルがどういう経緯かわからないまま養護院に入り込み、異常な強さで周辺地区の暴力集団を叩き潰していく中で、レイは特に何の動きも示していない。バイダルは白昼堂々敵を潰していたが、レイはバイダル戦以降、決して人目につくようには動かなかった。

 裏の勢力には顔が売れたレイだが、表面に立つ気はさらさら無いらしい。

 市内の混乱が一時的に爆発的に増大した中でも、レイは淡々と毎日学校への行き帰りを繰り返し、ようやく通えるようになった体術の道場に日参し、その他には養護院の外に出ることもなく粛々と日常を過ごしていた。

 混乱が一掃され、経済状態も治安状況も劇的に改善された後も、レイの日常には何の変化もなかった。養護院内の子供の大将になっていたヤンが、自分より強いとしてレイに従っていたから、妙な権威はあった。が、本人がそれをかざすことは一切なく、養護院内で喧嘩が起きたとしても加勢も仲裁もしない。

 ただ、異常人バイダルがレイにべったりついていたから、怖がって子供たちはレイに近づかない。大人たちはもっとである。レイは養護院内でも学校でも孤立しつつあった。

 もっとも、本人がそれを気にしていた様子は全くない。

 レイのそばにいるヤンとバイダルは、不思議とうまく関係を作っていた。異様に強いバイダルのことをヤンは尊敬したし、バイダルは意外にもヤンに対しては面倒見がよかった。決して成績が良いとはいいがたいヤンの勉強を見てやったり、武術の復習をしているヤンにこまごまと指導をしてやったりしていた。

 この二人が彼の孤独を癒してくれた……ということもなく、もともとそれほど周囲の子供とじゃれ合うこともなかったレイは、二人に対しても淡々としている。

 オス市内は様々に軋みつつも、以前とは比較にならない平和を享受しつつあったが、レイは特に日常が変わることもなく、はたから見れば地味な生活を送っていた。



 レイが九歳になったころ、にわかにオーステルハウト周辺に暗雲が漂ってきた。

 オーステルハウトという国は、国際社会の中では後進国もよいところである。

 テラフォーミングの優等生といわれる惑星の中で、当然ながら隣国との紛争なども抱えてはいたが、宇宙に広がった人類社会の中では孤立に近い状態にあったからだ。

 惑星内で経済が完結できる恵まれた環境が、この惑星の人間に宇宙に関わっていこうという積極性を失わせていたこともある。また、宇宙規模の流通の中で、主要航路から外れたこの惑星にはそれほどの価値が見出されていなかったということもある。

 宇宙規模の文明社会が強固に築かれていた大昔ならばともかく、「大崩壊」と呼ばれる二〇〇〇年以上昔の歴史的画期を境に一度文明が崩壊して以降、長い時間をかけてようやく長距離恒星間航行技術が回復してきたこの時代、宇宙に散らばる恒星系の文明度には相当な開きが生じている。

 オーステルハウトは、恒星間航行の技術を持っていないし、そもそも恒星間航行ができる艦船も持っていない。持つ必要もなかった。当然ながらそれに必要な工業技術も持たなかった。

 別に後進国だからといって貧しいわけではなく、人間の生存に必要な衣食住には事足りていたのだから、あえてわざわざ高度な技術文明化を望む必要もない。

 結果として、惑星全体にいえることだが、軍事力が低い。歩兵用の兵器などはなんとか水準を保っていたが、最近はそれも怪しい。宇宙空間用の兵装などは無いに等しく、防空兵器も極めて貧弱である。

 惑星全土を支配する、となれば大規模な地上軍戦力が必要になるから話は別だが、単に軍事的に制圧するだけなら、「列強」と呼ばれるような国なら造作もないというのが軍事専門家の常識である。

 そんな弱小国であるオーステルハウトは、未曽有の危機に直面しようとしていた。

 原因は、何ともありがちだが地下資源である。

 これまでそんなに地下資源に恵まれているわけではなく、調査でもそこまで有望な鉱脈が発見されたことがないオーステルハウトにとって、完全に寝耳に水の事態だった。

 鉱物系の地下資源であれば、惑星での採取は効率が悪くコストがかさむため嫌われる。邪魔な重力も大気もない宇宙のどこかで小惑星を捕まえて粉砕し、加工した方がはるかに低コストで効率よく採取できるからだ。オーステルハウト付近で仮に貴重な鉱物が見つかったとしても、大規模に商業利用するにはコストが折り合わない。

 だから、見つかった地下資源というのは、鉱物資源ではない。

 なんと、生物化石である。

 テラフォーミングの優等生と度々触れてきたこの惑星だが、そもそもテラフォーミング(地球化)とはその名の通り、人類発祥の星である地球に惑星環境を近付ける改造のことを指す。

 その対象となる惑星は、人間が居住できる環境であるか、それに近付けることが可能な惑星に限られる。つまり、生物が住みやすい環境であることが求められるのだから、地球とは起源が異なる生命がいてもおかしくはない。

 ただ、生物が発生する可能性というのは極めて低いことは周知のとおりで、現在人類が歩みを進めている宇宙の全域を総ざらえしても、確認されている非地球起源の生物が存在する惑星はひと桁しかない。

 まして、石化するような組成の生物が存在していた惑星となると、地球以外には三つしか確認されていない。

 この惑星も確認されている希少な惑星の一つではあったが、今までオーステルハウトの近辺で生物化石が発見されたことはない。それが、つい近年発見された。

 極めて小さな化石である。生物は地球生命でいう細菌に似た構造をもつ。少なくとも人間の目で見えるような大きさではない。それらが薄く層状に化石化している鉱物片が発見され、その場所がオーステルハウトの首都オスから五〇キロメートルほど離れた地点であったことが、この国を危機に陥れる結果となった。

 なまじの鉱物資源などよりよほど貴重で、恐ろしく高額で取引される化石だ。政府はすぐに学術的な保護措置を取り、周辺の地層を丸ごと剥離して保存施設に入れた。盗掘や破損を防ぐためだ。

 この施設が狙われるだろう予測はできたので、政府は施設を地上軍基地に隣接した土地に建てた。これで安心、と普通なら思うだろうし、実際オーステルハウト政府は安心した。

 確かに盗難に及ぼうとする者は現れなかったが、安心してしまったのは政府の浅はかさだったというしかない。

 地球以外の生物化石など、いかなる貴金属や宝石よりも貴重な代物だ。その価値は、一部の好事家にとって人の命を超える。

 政府に常識外れの金額を提示して買収を持ちかける者や、色々な角度から脅しをかけてくる者が続出した。自国の領内で発見された宇宙の遺産というべき化石を安直に手放すわけにはいかず、政府はすべて断っていたが、不穏な空気は次第に濃くなっていく。



 そんな状況の中で、レイは幼年学校を卒業した。

 九歳での幼年学校卒業は、飛び級制度を最大限活用した結果だ。

 いくつになっても、うすぼんやりした印象は全く変わらないレイだが、知能の高さは周囲を黙らせるに十分だった。養護院出身者としては異例の飛び級連発で、特に数学能力の高さが決め手となり、その年齢での中学入学となった。

 同じ養護院のヤンはというと、こちらは順当に学年を上げていたから、いつの間にかレイの下級生になってしまった。あいつは天才だから当然だ、とヤンは何の不思議さも感じていない様子だったが。

 もともと旗士としての能力も持ち合わせていたらしいヤンは、すっかり養護院職員の制服も板についてきたバイダルの手で、恐ろしく強くなっていた。

 旗士の力を持って生まれた人間は、身体能力が根本的に一般人とは異なるため、学校も一般人とは違う学校に通うことになる。旗士がそんなにうようよいるわけではないから、学校の数は限られる。通常は大都市にある寄宿制の学校に入って旗士としての教育を受ける。

 だがオスの場合は首都だけあって旗士学校がいくつかあり、第七児童養護院の近所にもそれがある。ヤンは通いで旗士学校にいけるという珍しい生徒だった。

 その旗士学校の中でも、バイダルがよほどきっちりと仕上げたのか、幼等部の中でとはいえ、ヤンの身体能力や戦闘力はトップレベルにあった。もはや、ガキ大将のレベルではない。

 やんちゃぶりもすっかり抜けている。自分が周囲の子供たちと比べてあまりに強いことがわかると、力を見せることに恐怖を感じるようになったからだという。うっかりすれば殺しかねない力の差があることに気付いていた。

 これは、あまりに力量に差がある人間を知ってしまったからこそ持ちえた恐怖かもしれない。たとえばバイダルがわずかでもその気になれば、ヤンなどは何回死んでいるだろうか。レイがその気になれば、ヤンなど一万人いても勝てないだろう。絶望的な力の差が存在することを知り、一般人にとって自分がレイやバイダルの立場であることを理解した時、やんちゃなことをする理由を彼は失った。

 レイはといえば、表立って目立つような行動は一切していないとはいえ、さすがに「旗士じゃありません」と強弁する気にはならなかったようで、ヤンと共に旗士学校の幼等部に通っていた。飛び級を重ねたのはこの中でのことだ。

 旗士学校は幼等部、中等部、高等部と一貫で学ぶ。そのため飛び級が比較的しやすいといえるのだが、それにしても幼等部を三年飛ばしというのは珍しい。本人は淡々としていたが。

 同年代の中でも比較的小柄だったレイは、中等部入学時は当たり前のようにもっとも小柄な男子学生だった。ただでさえ孤児であり、決して美しくもなく、それでいて出頭人とくれば、陰湿ないじめや嫌がらせの標的になって当然なのだが、これまで同様そのようなことにはならなかった。

 能力が飛びぬけていたこと、前に出る性格ではないからさほど目立たなかったことなどもあるが、単純にいじめようなどと誰も思えないほど飛びぬけて強かったことが大きい。

 強いアピールを自分からするような面倒なことをレイがするはずもなく、喧嘩を売られるような場面も極力避けるレイだが、避けようがない火の粉なら容赦なくはたき落とす。最終的には最上級生の四年生が五人で襲撃し、微塵も動けずに殺されかけたことで、レイに対する攻撃は一切やんだ。

 後にわかることだが、レイは旗士学校編入前後からそれまでの平和構築とは全く違う動きをはじめている。まったくの違法行為だから当然誰にも明かしてはいないが、本格的に世に出てからの彼の行動や事績を逆算していくと、そのように推測できる。

 それまでは営農ビジネスを立ち上げたり、黒い情報を一手につかんだうえで無言の圧力を後ろ暗い大人たちにかけたりしていたレイが、どうやら経済活動に専念している様子だった。もちろん、その全容を理解しているものなどいるはずもなく、後世にもいない。

 バイダルはといえば、レイの旗士学校編入前後からあまり養護院に居つかなくなっている。正職員のくせに自由極まりない態度で周囲から疎まれていたが、本人はかけらも気にする様子はなく、ふらりと出てはふらりと帰ってくる生活を続けている。

 もっとも、それを表立って責める者は、養護院長を含めてひとりもいない。彼が凄腕の旗士であること、裏旗士としてもとはギャングの用心棒だったこと、今はオス市内の裏社会に隠然たる力を持ち、ひと睨みで政治家や官僚やギャングのボスたちが震え上がる存在であることは公然の秘密だったから、彼がどう動こうが触らぬ神に祟りなしであった。

 生物化石の発見から収容、保護、その後の不穏な状況は、オス市内にも暗い影を落としつつあったが、それが彼らの生活に直結することはなかった。

 はずだった。

 後世「オス襲撃事件」と呼ばれることになる一大事が迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ