6. ガイセリック・ファミリーとの戦い
ガイセリック・ファミリーにとっての厄日は、小雨の降りそぼる寒い日だった。
ボスの通称ガイセリックは、大都市オスの旧市街に勢力を伸ばし、その地域の三大ボスといわれるまでになっていたが、そこでとどまるつもりは毛頭ない。旧市街は早いうちに完全に制圧し、新市街も含めた全域に勢力を伸ばさなければいけないし、ここを足掛かりに宇宙にも勢力を伸ばす大ボスに成長しなければならない。
そのためには、なんといっても人手が必要だった。金や麻薬や脅迫で人手をかき集め、商売を広げ、支援する政治家の汚れ仕事を引き受け、火器を集め、次なる戦いに備えなければいけない。
そんな彼の目の前で、今更貧困地区の再生を目指すとかで福祉公団にごちゃごちゃ動かれるのは、迷惑至極だった。貧困地区は彼らの人狩場だ。捨てても一向に痛くない命があふれている。使い捨てても何の損にもならない労働力がひしめいている。
なにが農産物増産だ、バイキンだらけの土とたわむれて小銭を稼ぐことの何が尊いのか。愚にもつかない事業で自己満足に浸っている小役人どもに、そろそろ目覚ましの鉄槌を下す頃合いだ。
どうせ腰抜けの市警はろくに動かない。政治家どもには州兵を動員するための議決など出せるような肝はない。
血の雨を降らす必要がある。
ガイセリックは側近たちにそういい、震え上がらせ、満足した。
血の恐怖こそが非合法組織の結束を生む。彼らの統治の正当性は圧倒的な暴力であり、暴力が生む恐怖である。ガイセリックはそう信じて疑わなかった。
その確信は、間違ってはいないのかもしれない。ただし、逆のベクトルであっても、という話だ。
最初の一撃は、小雨が降り続く昼下がりにやってきた。ガイセリックが遅い昼食を済ませ、部下のしくじりの報告を聞いて逆上し、あるいは逆上したふりをし、ショックガンで二人ばかり気絶させた直後に訪れた。
彼が陣取る広大な地下室に、部下が転がり込んできた。若手の出頭人で、いずれ組織の一つを任せてもいいと思っている腹心の部下だが、見るからに慌てている。
「ボス、カチコミです」
なんだと、とガイセリックが凄むように聞き返すと、腹心は息を整えながら報告する。
「たった今、東の通用口に二人組の賊がカチこんで来やした。一階の東フロアを占拠して立てこもっていやがります」
「どういうことだ」
ガイセリックが怒鳴り散らす。
聞けば、実体弾の銃とショックガンで武装した二人組が飛び込んできて、門番役のチンピラを瞬殺し、入ったすぐのホールを制圧、監視器具をすべて破壊して立てこもっているという。
「殺せ! すぐにだ! 旗士を全員集めろ!」
そんな真似ができるのは旗士だ、と誰もが直感していたから、自前の旗士を全員招集するのは当然といえた。ガイセリックの命令は速やかに実行に移され、まずは本部内にいた3人の旗士がボスの前に集結する。
「スタンソードなんぞいらん、実剣で叩っ斬れっ」
旗士の制圧用兵器として一般的なのは、ショックガンとスタンソード。ショックガンは特殊な衝撃波で、スタンソードは全身をしびれさせ麻痺させる電磁波で、それぞれ攻撃する非殺傷兵器である。そんなものはいらない、ということは、本気で殺せということだ。
ギャングに従うような裏旗士は、殺人に飢えた狂人が多い。この指示には喜色を見せる。
「そりゃありがたい」
普段護衛に回っているだけに、人を殺せるような武器はなかなか持てない。市中に出ている旗士のようなごつい武器は持てなくとも、実剣を振り回して斬った張ったができるとあれば望むところである。
旗士のうち二人は実剣を持ち、ひとりは多弾倉重粒子ライフルを二挺持ち、部屋を飛び出す。
剣を持つ二人は、どちらもかつて傭兵隊で接近戦のスペシャリストとして鳴らした旗士。ライフルを持った旗士は紛争地域での市街戦で反政府ゲリラを20人撃ち殺したと豪語する。
そこらのギャングなど束になってもかなわない一級の戦士たちだ、とガイセリックは思っていたし、確かに彼らに匹敵するような殺戮者はオーステルハウトにはいないはずだった。
東フロアに飛び込んだ敵は2名、フロア内の監視機器は潰したらしいが、その外にあるセンサー類は生きている。フロア内をうろうろしている間抜けどもの姿が、旗士たちが装備しているモニターにしっかり映っている。
彼らは一階の東フロアに抜ける扉にとりつき、ライフル二挺を扉に向けた旗士が合図をし、実剣を抱えた旗士二人が同時に扉を蹴る。
旗士の尋常でない筋力で左右同時に蹴られた扉は、凄まじい音と共に吹き飛んだ。その直後、ライフルが轟音と共に火を噴く。二挺の秒間50発の重粒子弾が、扉の周囲の空間を余さず切り裂く。室内すべてに着弾させようという意図でばらまかれた銃弾は、フロアの壁という壁を、窓を、天井を、床を、破壊していく。
10秒程度の掃射で5000発近い死の弾丸をばらまくと、ライフルは動きを止める。
その瞬間、実剣を構えた旗士二人が室内に飛び込んだ。飛び込みながら振り向き、襲撃者が隠れている可能性が一番高い、たった今彼らが蹴り飛ばした扉の上の空間を警戒すべく視線を走らせた。
その視線の先で、ライフルを持った旗士が吹き飛んだ。
驚愕する二人が床に足を滑らせるのと、ライフルの旗士を蹴り飛ばしたカスパロフが笑顔でショックガンを向けるのとが同時だった。
襲撃者は、とっくに東フロアなど突破していたのだ。籠城しているように見せたのは偽装工作の結果で、それも難しいことではない。赤外線を放射する擬態用のシートを何枚か東フロア上に放り投げ、そのあたりのおもちゃ屋でも売っているような浮遊玩具で適当に動かし、室外のセンサーに反応させただけである。あとは勝手にギャングどもが想像力で存在を感知したつもりになってくれる。
カスパロフやプトリにしてみれば、室内の監視機器を簡単に無力化するような敵が、まともに籠城すると考える方がどうかしているのだが、そんな甘い連中だからこそギャングの用心棒などに身を落としているのだ。本当はもう二段ほど作戦を考えていたのだが、最初の策で十分だった。
カスパロフは狙いも定めずにショックガンを撃った。距離にして15メートルほどだから、彼の腕ならわざわざ狙うまでもない。実剣を持ったまま、旗士が一人全身を痙攣させながら吹き飛んだ。出力を最大にしてあるから、脳神経が根こそぎ揺さぶられて意識などかけらも残っていない。
もう一人は、カスパロフの反対側から扉の前に姿を現したプトリを見た。
見た瞬間、目の前にプトリの靴底があった。
剣を振るうどころか、態勢を整える間もなかった。プトリは、その旗士とは別次元の速さで蹴りを飛ばし、一瞬で意識を刈り取った。
わずか5秒ほどで3人の旗士を制圧、しかも生け捕りである。
「呆れるな」
プトリがうんざりしたようにいう。
「裏旗士とはいえここまでたるんでいるとは」
「弱すぎるか?」
蹴飛ばしたあとご丁寧にショックガンでとどめを刺された哀れな二挺ライフル男を靴先で転がしながらカスパロフがいう。
「せいぜい鍛え直してやればいいさ。フェイレイ・ルースで再雇用する気があるならな」
「冗談じゃありません。上官がこんなの送り込んで来たらその場で負傷後送させますよ」
「まあ、同感だな」
いいつつ、二人は次の準備を始めている。
周辺に分散配置されている旗士が、急を聞いて戻ってくるはずだったから、その迎撃をしなければならない。
護衛の旗士が瞬く間に敗れ去ったのに気付いたギャングたちが騒ぎ始め、手に手に銃を持って撃ち始めていたが、二人は無視している。練達の旗士に、素人の銃など当たるものではない。射線を外す立ち位置をとることなど、ほとんど無意識にできるし、移動速度は素人の目が追えるものではない。
自分たちの進路の邪魔になる構成員をさっさとショックガンで排除すると、二人は窓からひょいと身を乗り出し、凄まじい速度で一気に屋上まで駆け上がった。一二階建てのビルの垂直の壁面を、一階から、わずかな窓の凹凸だけを手掛かり足掛かりにして。
雨に濡れた屋上に出た二人は、それぞれ逆の端に立って素早く周囲に視線を走らせる。
ショックガンや光学攻撃を無効化する歩兵用装甲を身につけた旗士が三名、別々の方角からこちらに迫ってくるのが見えた。
武器以外ほぼ丸腰だった護衛の旗士たちよりは、よほどまともらしい。少なくとも防御の態勢は整えている。
二人は目配せだけで会話すると、それぞれに動き始めた。
カスパロフはショックガンをたすき掛けにして背負い、直刀を抜いた。
プトリもショックガンを背負い、大きく湾曲した厚刃刀を抜いている。
二人がショックガンを背負ったのは、結構高額な武器を置き捨てるには忍びないという理由である。身軽になるために捨てる、という発想を持たなければならないほど、拮抗した実力の敵ではないと踏んでいた。
カスパロフは、抜いた直刀を左手に持ち、基力を利用して爆発的な筋力で跳んだ。
旗士の中には基力を使ってパワーに変えることができる者がいる。カスパロフはまさにその能力の持ち主で、助走無しで十数メートル跳ぶのはたやすい。この時は数歩助走を取っているから、速度は秒速三〇メートルに達している。時速に直せば百キロメートル超、人間が出せる速度ではない。
彼に目を向けられた旗士は、歩兵用装甲に高機動ユニットまで取り付けていたから、走れば時速百キロメートル近く、跳べば高さ十メートル近くまで跳躍できたが、まさか生身の人間がそれを超える機動性で攻めてくるとは思わなかった。
なにやら本部ビルに二人ばかり飛び上がってきた奴がいるな、と思ったら、いきなり目の前に生身の旗士が突っ込んできた。
避ければいい。避ければ、敵はその速度で地面に突っ込み、自爆する。一二階の屋上から飛び降りて無事でいられるはずがない。
だが、そうはならないことを旗士は直感していた。世の中には、自分たちを遥かに凌駕する旗士がいて、そのような連中にとってこの程度の加速度を吸収することは極めて易しいことなのだ。
カスパロフは、旗士がその思考を最後まで続けることを許さなかった。旗士は、カスパロフが視界に入った直後には、装甲ごと直刀の背で肩を思い切りよくはたかれ、衝撃で吹き飛ばされていた。
歩兵用装甲が頑丈だったおかげで肩はちぎれもせず、死にもしなかったが、近くの建造物に叩きつけられた衝撃で意識は飛び、数か所の骨が砕かれ、戦闘力は完全に失われている。
プトリは自分からは攻めなかった。カスパロフほどの速度が無いわけでも、衝撃を吸収することができないわけでもない。戦い方が違うだけだ。
所属するフェイレイ・ルース騎士団では、戦場近くに設置される野戦病院の護衛を主任務として戦ってきた。このようなビルの警護も経験豊富であり、攻めてくる敵に対しわざわざ自分から動く必要がない場合、つまり敵の目的が彼女であってビルへの攻撃ではない場合、プトリは動かない。
カスパロフに倒された旗士のように歩兵用装甲を身につけた残り二人の旗士は、簡易飛行ユニットを装備していた。カスパロフに倒された旗士が装備していた高機動ユニットより金がかかっている。爆発的な推進力でビルの手前から跳躍し、示し合わせたように同タイミングで逆方向から屋上のプトリに襲い掛かる。
彼らの手にはD4ホイールガン。かすっただけで人体など軽く吹き飛ばすという火器。速射性に劣るが連射性と貫徹力に優れる武器で、事前に安全装置を切ってスタンバイしておけば、速射性の問題は解決できる。
プトリは、見るも無惨な肉塊になって果てるはずだった。
装甲に身を固めた旗士たちが叫び声をあげながら引き金を絞った時、プトリはすでに行動を終えていた。
右腕一本で投げた湾曲した厚刃刀は、一人の旗士のホイールガンを吹き飛ばしながらその胸に直撃し、装甲にひびを入れながら旗士を体ごと吹き飛ばした。かろうじて打ち出された少量の弾丸はあらぬ方へ飛び、一弾がプトリの足元に大穴をあけ破片を飛び散らかしたが、軌道を読み切っているプトリは避けようともしなかった。
もう一人の旗士も、トリガーを引ききることはできなかった。厚刃刀の樹脂製の鞘が、恐ろしいほどに回転しながら旗士を襲っていた。速度は秒速五〇メートルを超える。
簡易飛行ユニットで跳躍している旗士に、それを回避するすべはない。地に足がついていれば足を蹴りだして何とか避けることもできたかも知れないが、足は浮いている。接地点無しに方向転換することはできない。
鞘は旗士の頭部を襲った。正確には装甲の頭部、額あたりに当たって跳ねた。高強度樹脂製の鞘にダメージはなかったが、旗士は頭部を激しく揺らされてあっけなく意識を失った。
完勝、であった。




