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宇宙の騎士の物語:個人の前歴;停止中  作者: 荻原早稀
レイ・ヴァン・ネイエヴェール
18/28

18. 地上戦・掃討

 自分たちがほぼ完全な防護壁のうちにいると思っていたテルネーゼンとゴーダの兵士たちは、お互いに敵が見えないままに無暗な攻撃をしては頭を引っ込めるようなことを繰り返していたが、突然の爆音でその予定調和が崩された。

 デ・フロート少佐の号令のもと放たれた迫撃弾は、速度でいえば笑ってしまうほどに遅い。音速を上回るどころか、その三分の二ほどの速度である。古典的な火縄銃でも倍近い速度が出る。

 その遅さこそがこの兵器の真骨頂だった。

 弾体から照射される強力な電磁波が防壁を食い破るのにはわずかな時間差が生じる。弾体を守りながら飛ばすためには、これ以上早く飛んではいけない。自力で飛翔しつつ速度を殺すのは意外に難しく、その速度を維持しながら正確に目標に向かって飛ぶのはもっと難しい。

 それを実現するために様々な技術が盛り込まれているからこそ、この迫撃弾は高額になる。

 かかった金の分はしっかり仕事しますよ、とばかりにゆったりと飛びながら両軍の防壁を突き破って進んだ迫撃弾は、レイのプログラムに従って細い線をたなびかせながら目標に着弾した。

 次々に、峠を囲む稜線上に爆発が生じた。

 連続的に襲い掛かった爆発は、見ていた惑星軍の兵士たちが驚くほど巨大だった。

 一発一発が稜線を根こそぎ吹き飛ばし、そこに設置されていた仮設のフィールド発生システムを粉微塵にしていく。

 ランチャーは一〇基、どんどん放たれた弾体は一基当たり一二発、合計一二〇発の迫撃弾は、わずか三分ほどで峠の景色を完全に変えていた。

 まず、オーロラフィールドのほとんどが消滅した。可視光線が急に直進性を取り戻し、三〇キロメートル離れたところから観測している惑星軍の兵士たちの望遠システムでもはっきりと山容が確認できるようになった。

 物理攻撃や光学兵器を遮断する防御障壁もほぼすべて消滅し、それがあれば生じる独特な大気の揺らぎも観測されなくなった。

 さらに爆発で生じた膨大な土煙が峠を覆い、同時に発生した土砂崩れが大地を揺らした。

 テルネーゼン、ゴーダ両国軍は、稜線に近いところに展開していた部隊は地形が変わるほどの爆発に飲まれて壊滅。峠を囲む山地のふもとにいた部隊は大規模な土砂崩れに巻き込まれてやはり壊滅。

 そのどちらからも逃れた部隊も、ほとんど天災規模の事態に混乱させられ、動けない。

 電磁波の妨害もほとんど無力化しているが、どちらの軍も峠を遠巻きにしている旅団司令部が混乱しているから、意味のある通信はほとんど行われていない。

 もともと無線通信など強力な妨害で意味がない状態になっていたから、無線通信や光学通信を行う体制になっていないということもある。

 その間、ネイター少佐率いる惑星軍機動歩兵一個大隊が猛進している。

 迫撃砲が火を噴く前からすでに最高戦速で移動を開始していたネイターの大隊は、約千人の機動歩兵が三人乗りの浮揚車に乗り、時速三〇〇キロメートルで疾走していた。

 機動歩兵は、全高三メートルほどのパワードスーツを身に付けた高火力の歩兵である。

 銃器は巨大で装甲は厚い。もちろんギアと比べるのには無理があるが。

 その昔レイがバイダルと出会う直前にギャングが雇った旗士と戦ったことがあったが、その時ギャングの旗士が身に付けていた高機動ユニットとは比較にならないほど高性能なユニットを身に付け、ギャングのビルなど数一〇秒で瓦礫の山にする火力を持っている。

 凄まじい土砂崩れが一〇分ほど続き、濛々と土煙が立ち込める中、山地の複雑な地形を飛び越えてネイターの部隊が戦場に飛び込んだ。

「さあ、遠慮なく叩き潰せ!」

 機動歩兵の装甲に装備されたセンサー類は、電磁波妨害がなくなった戦域で瞬く間に敵の位置と装備を丸裸にしていく。

 六名一組の分隊編成になっている機動歩兵は、浮揚車二台の分隊ごとにひと固まりになって盆地を囲む山地の裾をなめるように走る。背に装備したユニットからエネルギー供給を受ける連射型の粒子加速機関砲を、センサーがロックした標的にフルオートで薙射していく。

 組織的な反撃など一切できる状況にない敵軍は、ただ撃たれるがままになっている。

 ネイター少佐も一切の容赦をする気はない。大隊を二分して峠を囲む山地の両サイドを駆け抜けながら、機動歩兵部隊は撃って撃って撃ちまくった。

 後方に控えている各国の旅団司令部は、その気になればネイターの部隊を砲で狙い撃ちに出来たはずだ。なにしろ妨害はないのだから。いくら土煙が凄まじいとはいえ、強力な電磁障害がない状況ならいくらでも狙撃はできる。

 だが、司令部にはその状況が全く理解できていない。

 あれだけ強力な防御障壁とオーロラフィールドが破られるという事態は、彼らの想像の外にあった。ありえない状況に対し、即応できるような人間がいなかった。

 だいいち、惑星軍の機動歩兵が進出してきたという事実も、まともに把握できていたかどうか。

 ついさっきまで全滅必至の悲壮感に包まれていた惑星軍の兵士たちは、その反動もあってか、疾走しながらの斉射に熱中していた。

 射撃の対象はリアルタイムで機器が設定してくれる。内蔵されたモーターが瞬時に自動で照準を合わせてくれる。彼らは事前に与えられた指示通りに動くべく集中しながら、視線で撃つべき敵を選択しては引き金を引き続けた。

 浮揚車は概ね地上から五〇メートルほどの高度を疾走する。そうしなければ細かい地形の変化や植物、土砂崩れで生じた大岩などを避けきれないからだが、浮揚車自体は装甲も何もない、バイクに毛が生えたような代物だから、これにつかまって飛ぶというのはなかなか度胸がいる。

 彼らは訓練で散々乗ってきているから慣れているが、それにしても狙撃を受ければひとたまりもない状況でこれを乗り回すのには相当な訓練が必要だった。

 ネイターが短期間でどれだけ部下たちをしっかりと仕上げてきたか、この戦闘が示していた。ただ下品な口を叩くばかりの男ではない。

 狭い山地である。二分された機動歩兵は間もなく盆地を囲む山地の外周を蹂躙し終え、合流した。

「ちっ、兵力が足りねえ」

 続々と集結してくる部下の認証コードを処理しながら、ネイター少佐が舌打ちした。

 事前の打ち合わせでデ・フロートやレイといくつかの戦術パターンを検討していたが、とにかく兵力が足りない。たかが一個大隊の兵力では、二手に分かれている二個旅団を撃つことなど無理に決まっている。

 盆地を取り巻く部隊を瞬く間に蹂躙したネイターの部隊も、二手に分かれた二個中隊ずつの兵力でそれぞれが一個旅団を相手にするのは無理にもほどがあった。

 どちらかに絞って大隊が突撃するという案もあったが、これはどちらかの国の軍が即座に撤収し、残る国の軍が戦域に残るという場面を想定している。

 現実はそうはなっていない。どちらの軍も呆然として戦域に張り付いていて、退却の気配はない。

 いずれ撤退を始めるにしても、時間はかかりそうだった。

 仕方なく、ネイターはあまり気の進まない作戦行動に移ることにした。

「ヴァン・ネイエヴェールのガキめ、こいつも完全に予測していやがった」

 舌打ちが止まらない様子のネイターが、自分と直率の部下二人を乗せた浮揚車を強引にふかし上げ、一気に高度を上昇させた。それに続々と部下たちが続く。

 ようやく、散発的に両国軍の陣地から砲撃が飛んできた。呆然自失している中でも、自軍の兵士たちが無惨に殺されていることに気付いた一部の兵士たちが、自分たちにも対抗手段があることに気付いたらしい。

 妨害がないのだから狙撃は容易である。まだ数は少ないが、威力は大きな砲撃がネイターたちを襲う。

 彼らがそれを予期していないはずはなく、機動歩兵用の装甲ユニットは今や防御フィールド発生装置と化していて、浮揚車の余剰エネルギーと合わせて猛烈な障壁で自分たちを包んでいる。

 砲撃する側としては的が小さいうえに動き回っているから狙いにくい。対象に近付いたら爆発する近接信管を備えた榴弾を撃つのだが、機動力が高いからそのような鈍足の兵器ではあたらない。

 といって、レーザーのような光速の光学兵器は、どうせオーロラフィールドで大気が歪められ直進性を失うからということで、この戦場では使い道がないと思われていたから持ち合わせがない。高速の実体弾は精密射撃には向くが、動き回る敵に対しては有効たりえない。

 両国軍の動揺を嘲笑うように動き回りながら、散開しつつ盆地を囲む山地の上に出たネイターの大隊は、稜線上で停止し着地した。

 同時に、戦域に大出力の開放回線で通信波を送り出した。

 通信波の周波数は、戦場で各勢力が共通して使用する公用周波数が定められているから、それに従っている。当然、テルネーゼン軍もゴーダ軍も問題なく傍受している。

 通信波は二次元の動画だった。中継映像ではなく録画であることは、映像のデータについているタグを見ればわかることだ。

 動画は彼らが進発する直前に受け取ったもので、ネイターが仮に被弾するなどして離脱してしまった場合に備え、中隊長小隊長は全員がデータを持ち、浮揚車に発信機が搭載されている。

 画像に映ったのは、惑星軍を立ち上げるに際して尽力した、今回の戦いでは第三国に当たるオーステルハウトの首相である。

『テルネーゼン、ゴート両軍の将兵諸氏、並びに両国政府に対し、惑星列国会議の常任委員会より申し上げる。常任委員会理事国オーステルハウト首相ウィレム・マルダーである』

 レイがオーステルハウト首相府に要請し、ベッカー大佐が関係各国に根回しし、レイの資産管理人である長沙銀行の鄧が裏で動いて完成させた動画だった。この動画は、惑星軍だけでなくオーステルハウトや主要各国の政府を通じて、少々の時間差でメディアにも流される。

『我々列国会議は、両国の即時停戦と撤兵を要求する。今次戦域における衝突は、列国会議において全会一致で定められた平和条項に明確に違反する行為であり、断じて認められるものではない。このことは数次にわたり、かつ各加盟国より幾通りのルートをもって通告してきたことである。にもかかわらず衝突が続いていることに我々は大きな失望を覚えている』

 大柄な老人は、以前の「オス襲撃事件」で当時の政権が倒れた後、公選で選ばれたタカ派の政治家だった。レイと直接の面識はなく、バイダルの脅しの標的になったこともなかったが、オーステルハウトの社会の裏側で暗躍していた「さる方」の存在は知っていたし、その影響も受けている。

 マルダー首相は特に興奮することもなく、だが眼光は鋭く声にはどすが効いていて、とても堅気の人間には見えない。政治家かギャングのボスに収まるしかない人間に見える。

『繰り返す。我々列国会議は、両国の即時停戦と撤兵を要求する。直ちに兵を引き、既に設定されている非武装ラインから五〇キロメートル以上離脱すること、その間一切の軍事行動を行わないこと、撤兵はこの勧告より二四時間後には完了していること、両国政府は惑星列国会議に対し全権代表を派遣し本事案の釈明を行うこと、以上の完遂を両国に勧告するものである』

 まさかの勧告だった。

 これまで、海賊によるオス襲撃事件後の惑星軍設立の動きのために作られた惑星列国会議は、危機感を持つ国とそうでない国の温度差を表面化させ、惑星軍立ち上げの実務の邪魔をするだけの存在と揶揄されていた。

 どこかの国が主導で行えば「覇権主義だ」と指弾されて頓挫するだろうし、ならば惑星上の各国が平等の立場で話し合う場を用意しなければならないと作られた会議だったが、船頭が多ければ船が山を登ってしまうのはどこの時代のどこの地域でも同じである。話し合いなどまともにまとまる方が希少で、おかげで惑星軍はこんな大事な場面に一個連隊にも満たない小部隊しか派遣できずにいた。

 それが、一国の首相が出てきてのリアルタイムでの撤兵勧告である。

 しかもマルダー首相は最後に付け加えた。

『万一この勧告に従わない場合、列国会議の常任委員会は直ちに惑星軍に対し、再度の実力行使による本戦域の掃討を命ずるだろう』

 実力行使、という言葉を使った。

 もうドンパチやって充分実力行使しているじゃないか、という突っ込みは読みが浅い。

 これまで惑星軍は、実力行使ができるような「実力」を持っていなかった。ベッカー大佐やデ・フロート少佐、ネイター少佐らが必死で作り上げたこの三個大隊が虎の子で、他にはまだろくな戦力はない。各国から供出された部隊など、使い物にならない。

 だが、とりあえず三個大隊でも戦力としては仕上がっており、この調子なら今後もペースはともかく拡充はしていくだろう。

 勧告をして、それに従わない場合に罰を下すための戦力を、惑星列国会議が持ち始めたということだった。

 これまでは実力がないために勧告は無視され、たとえば今回の紛争のように、どんなに列国が介入しようとも両国とも無視して我を張ることができた。どうせ無視したところで損害が出るわけでもなく、会議が一枚岩になって紛争当事国を責め立てるという景色もほぼ見られなかったから、よほど弱気な者を代表として出さなければうやむやにしてしまうことも不可能ではなかった。

 すべて、惑星軍が張子の虎だからだ。

 力のない者の言葉は、どんなに正しくても無視され、踏みにじられる。

 だが力を持った惑星軍があればどうか。

 列国会議の勧告を無視することなど、身を滅ぼす愚策でしかなくなっていくだろう。

 まともな政治判断ができるのなら、この勧告のもつ重大な意味を見逃せるはずがなかった。

 列国会議の常任委員たちが本気で紛争をやめさせようと思えば、隷下の惑星軍に撃滅を命じて力尽くで抑え込んでしまうことも可能になったということなのだから、事は国を挙げての政治判断になる。

 いくつもの承認タグとコードが埋め込まれた動画は、即座にタグが検索され、各国政府のお墨付きが付いた公的効力を持つ動画であることが確認された。律儀に各国の承認までもらっている芸の細かさは、さすがに後方任務に秀でたベッカー大佐だった。

 受け取った両国は、少なくともテルネーゼン側は浮足立った。首相クラスの要人が出てきて画像通信で停戦勧告をするなど前代未聞だし、ただでさえガタガタになっている兵力を立て直さなければ戦うどころの騒ぎではない状態だったから、撤兵するかどうかはともかく、一度前線を下げる行動を開始した。反応は素早い。

 一方のゴーダも浮足立ちはしたのだが、それ以上に旅団司令部をはじめとする連中が「カチンときた」らしく、後方の政府の存在をたぶんあえて忘れ、惑星軍を名乗るちっぽけな戦力相手に現有勢力のすべてを当てるような用兵を開始しようとした。

 判断はとりあえず政府に任せ、指示あるまでは黙って少し下がり、様子を見ようとしたテルネーゼンに対し、ゴーダは判断を自国の政府に任せもせず、そもそも大した情報も送ろうとせず、脊髄反射で惑星群を覆滅すべく反撃を開始しようとした。

 差は歴然だった。

 山塊の稜線から両国軍を観望していると、テルネーゼンはここに来て整理整頓の神に見初められたらしい。ボロボロになった前線にとりあえず退避指令を出し、一方で後方の司令部や砲撃部隊については、本国の政治判断を待ってどう動いても良いように待機するよう命じている。

 散発的なネイター少佐の部隊への砲撃もやめさせた。

 一方ゴーダ軍は、本国の政治判断を待たなければいけない立場は一緒のはずなのだが、司令部が本国政府を信用していないのか、軽んじるあまり無視してかかっているのか、これまでの列国会議軽視の姿勢を貫くかのように攻撃を開始した。

 呆然自失から多少は立ち直ったのか、砲撃はまとまっていて、そろっている。

 テルネーゼンの恭順に対し、ゴーダは造反。

 その姿勢が明確になった瞬間、デ・フロート少佐の指令が飛んだ。

「ゴーダ軍に対し全面攻撃を開始する。機動歩兵大隊については全指揮をネイター少佐に一任する。砲撃大隊と歩兵大隊は共同で作戦に当たり、私の指令に服せ」

 攻撃開始命令が出た。

「待ちかねたぜ」

 ネイター少佐が吼える。

 二正面作戦はどう考えても無理だったが、ゴーダ軍のみを撃てばいいというのであればまだ戦いようがある。まして、相手は防御障壁やオーロラフィールドの展開を封じられている。機動歩兵としては戦いようがある。

「あのクソ低脳どもを蹴散らすぞ」

 機動歩兵は再び浮揚車に乗り、峠の稜線から飛び出した。

 別の方角からは、デ・フロート少佐率いる部隊から一斉に発射された大量の迫撃弾がゴーダ軍の陣地に撃ち込まれている。先ほどの弾頭とは異なる種類の、より破壊力を重視した弾頭だ。

 着弾する前に迎撃された弾頭が轟音を立てたり、迎撃が間に合わず着弾し華々しいほどの砂塵を巻き上げたり、一気ににぎやかになったゴーダ軍陣に、惑星軍が襲い掛かった。

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