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宇宙の騎士の物語:個人の前歴;停止中  作者: 荻原早稀
レイ・ヴァン・ネイエヴェール
17/28

17. 地上戦・迫撃

 惑星軍が設定した非武装地帯では、散発的に戦闘が続いている。両軍が戦力を段階的に投入しているため……というより、お互いに引っ込みがつかないままに兵力の逐次投入という愚を犯しているために、日によって、あるいは時間帯によって、戦闘の規模には大きなムラがある。

 地勢的には山岳地帯である。この惑星の大地は割合に安定していて、風化や浸食によって平坦な地形が多くなっているのだが、この辺りはかつてよほど大きな造山運動があったらしく、まだ険しい山脈が残されている。その人を拒む起伏の連続が自然国境をなしている。

 山地の地形的に平坦になっている部分もある。峠というには広闊なところもあり、特に衝突の主舞台となっているのがスロイスキル峠という小盆地だった。

 峠と名はついているものの、ここは周囲を山地に囲まれた浅いすり鉢状の盆地が形成されていて、形は概ね円形、半径一〇キロメートルほど。そのほぼ中央部分に小川が流れていて、かつてはその川に接して小さな集落もあったのだが、現在は無人となり、観光客も訪れなければ地下資源の採掘なども行われていない、どちらの国にとっても大した価値がない地域になっていた。国境線は、その小川である。

 ここが戦場になったのも、テルネーゼン・ゴーダ両国がこの地域にこだわったためでは全くなく、単にこの周辺で戦場に設定できそうな地勢がここしかなかったからだ。

 ただでさえはた迷惑な国境紛争が、人のいない地域で行われているというのは、ある意味救いであるといえるかもしれない。少なくとも民間人の犠牲者は出ずに済む。

 だが周辺の地形が狭隘な谷か峻嶮な山並みばかりであり、山肌から反対側の山肌までの距離が大きくても二〇キロメートル弱という至近といってもいい距離では、お互いに戦術的に決め手を欠く。平坦な盆地の中に入ろうものなら周囲の山や峰筋に設置された砲の狙い撃ちになるし、それら砲を沈黙させるために航空機でも使おうと思えば、それはそれで超高速の高射型レールガンの格好の餌食になってしまう。

 この時代、外宇宙の先進文明では、制空権の考え方がそもそも存在しない。大気圏内での空域争いに何ら意味はなく、その上空、大気圏を脱した軌道上からの砲撃なり機動攻撃なりが重要だった。

 この惑星でもそうだ。仮に航空機が飛んだとしても、レーダーや通信を無効化する強力な電磁波障害と、可視光線の直進性を阻害して微細に歪ませるオーロラフィールドとの影響で、敵に打撃を与えるのに非常に苦労する。地上からの有線監視網が生きていれば、逐一全体で目視情報が更新され、行動予測演算で確率的に出された予測位置に向けた射撃を連続的に行い、数撃ちゃ当たるとばかりに撃ち落としてしまう。

 それができるだけの火器が生まれたからであり、戦術の転換が起きたからでもある。

 空中を移動する車両もあるし、かつての航空機に似たものもあるが、いずれも主力にはならない。ミサイル型の超音速兵器は健在だが、大気の外で使われる場合が多い。小型の無人航空機は多種多様な使われ方をしていて、あえて空の王というならこれらの機械がそれにあたる。

 半径一〇キロメートルの盆地では、それら小型の航空機が飛ぶにしても狭い。もちろん陸戦兵力を置くには狭すぎる。となると外縁部の峰々に兵を配置するしかないし、大兵力の展開など不可能に等しい。

 両国とも動員可能な兵力は五個師団七万人程度だが、逐次投入の最中とはいえ、現在展開中の兵数はテルネーゼン側が八個大隊八千人、ゴーダ側が七個大隊七千人というところで、これ以上は展開のしようがないという人数だった。

 列強の宇宙艦隊が備えている陸戦隊でも来れば、盆地周辺の山地自体を薙ぎ払って消滅させてしまい、広大な平地を作ってさっさと簡易要塞でも作ってしまうのだろうが、そのような大規模破壊兵器は惑星にはないし、あったとしても使えない。使ったら最後、その軍は惑星外の大国に滅ぼされてしまうだろう。平和維持に協力する気もないくせに、大国はこの星の環境が必要以上に破壊されることを極度に嫌う。

「ここでどうやって動けって?」

 改めて地形図を三次元表示させ、テルネーゼン・ゴーダ両国軍の展開予想図を重ねて光点表示させた画像を見て、士官の一人がせせら笑うようにいった。前線まで一〇〇キロメートルほどにまで近づいた地点での野営中である。

「入り込む隙間なんかないじゃないか。盆地のど真ん中に割り込んで裸でダンスでも披露しろってのか」

「それもいいが、あいにく人様に見せるだけのダンスの腕はないな。体はそこそこ見られると思うが」

 セクハラがどうのという気などさらさらないらしいデ・フロート少佐が、応じながら軽やかにその場でステップを踏むふりをしてみせる。強面の連中相手に一歩も引くことの無い剛腹な女性だが、広い肩幅と豊かな胸を持つ、長身の美女でもある。黙って立っていれば惑星軍の男の三分の二は引っかかる、とは本人の豪語だが、今のところそれを否定する向きはない。

「あんたの裸が見られるなら戦争を終わらせる価値は充分あると思うがね。あいにく連中はインポテンツの集まりだろうからな」

「どうしてそう言い切れる?」

「知ってるからさ。どいつもこいつも他人の顔色しか気にせんつまらん官僚ばかりでな。あいつらにあんたの裸の価値がわかるとは思えんね」

 危険な発言ばかりしているのは、三人いる大隊長のうちの一人、ネイター少佐だ。今回展開している部隊の士官では最年長だった。兵士からの叩き上げであり、最も経験豊富だが、少佐に昇進したのはつい最近ということで、先任であるデ・フロートに司令の座を渡している。

 彼の大隊は機動歩兵部隊である。今回の作戦の主力になるだろうことは間違いないし、歩兵用の陸戦型重装甲も最新型をそろえている。

「それは私の裸を褒めているのかけなしているのか」

「どう聞いても激賞してるだろうが。見せてくれりゃあ十倍褒めちぎってやるがね」

「見せはしないけれどありがたく受け取っておく」

 デ・フロートはさらりとかわすと、あごに指の背を当てて考えるようにする。

「連中はこの国境地帯で惑星軍の勧告を無視することで互いに虚勢を張っているわけだが、かといって一気にここを突破して相手方に侵攻する度胸もない。そう考えていいか、ネイター少佐」

「だろうな。股間がまともな野郎どもならそんな怯懦なマネはできんだろうが、連中の官僚思考ならそうする。決定的なことをして功績を上げるという考え方より、失敗するリスクを避ける玉無しのチキンな思考の方が先に立つだろう」

 品の悪い言い方は癖なのかわざとそうしているのか不明だが、存在自体が色々な団体から抗議を招きかねないネイター少佐は、意外に政略眼も戦略眼も悪くない。男としてはともかく、同僚としてはデ・フロート少佐も信頼している。

「うっかり攻め込んで包囲でもされてみろ、生き残ったところで責任問題になるのは目に見えてる。それにあまり惑星外の連中に悪印象を与えりゃ自国の経済が制裁で死にかねんしな。どんな美女が股を開いて待っていようが、突っ込む気にゃならんだろうぜ」

「ならばとっとと兵を引けばいいだけの話なんだが、それが出来んというあたりが救えんな」

 デ・フロートのため息は、半分呆れているものだ。こんな連中を制圧し、非武装ラインまで押し戻すために死を覚悟しなければならないとは。

「むしろ膠着状態を望んでいるだろうな。寄せ集めの惑星軍を両軍で殲滅して、互いの本気度を示しつつ、ある程度のところでどこかの国に仲裁してもらって痛み分けの停戦を結ぶ。インポ野郎どもの考えそうなことじゃねえか」

 言動には一切品がないのに、外見は小柄でこざっぱりした金髪緑眼のナイスミドルであるネイター少佐は、奥歯をかみ砕かんばかりの歯ぎしりをした。そんな連中の矢面に立たされるのが、どうにも腹立たしいらしい。自分が、というより、自分が掌握している部下たちが、だ。

「ここ一年でやっとかわいい部下といえるところまで手懐けた連中を、あんなクソみたいなシーメールどもの前に立たせなきゃならんのがどうにも腹が立つ」

 差別用語を入れないと会話が成立しないらしいネイターの怒りは本物で、怒気が野営用のテントの空気を震わせているようだった。

「立たせなくてもよろしいのでは?」

 それまで黙って各種データの分析に勤しんでいたレイが、不意に口を開いた。

 野営地に仮の司令部を作りテントを張って以来、一言もしゃべらず黙々とデータと格闘していたレイは、両少佐にとって置物のようになっていて、存在は知覚していたがまったく無視していた。

 人形が突然しゃべりだしたような不気味さがあったから、どちらの少佐も驚いたのだが、先に反応を返したのはネイターだった。

「どういう意味だ、坊や」

「言葉通りです、少佐」

 三〇程度のデータを常時並べて表示するために四つの三次元モニターを体の周囲に置き、グラフの要塞のような空間を作り出しているレイは、宙に浮かぶデータ群越しにネイターを見た。ネイターは宇宙軍の艦艇の艦橋オペレーターばりの光景に思わず苦笑した。

「ここに来て両軍の展開を見ると、どうも我々がわざわざ突っ込む必要はなさそうです。せっかくですから新システムの実験も兼ねて、両軍に機動歩兵戦術とは違う形で攻勢をかけてみるのも一興かと思いましたが、いかがですか」

「新システムってのはあれか、ベッカー大佐と組んで坊やが作った攻撃システムか」

「そのうちの一つです。まだ実地試験ができていませんでしたから、それが終わってから改めて麾下三個大隊での戦闘を考えても良いのではないかと」

「歩兵は使わないと?」

 デ・フロート少佐が反問する。レイはうなずいた。

「いろいろ設置したり回収したりがありますから、こき使わせてはいただきます。ですが、戦域には入れません。試験終了時の両軍の状況次第で、全部隊に全面攻勢を指示することはあるでしょうが」

 二人は顔を見合わせた。

 必要が無ければ三日でも黙っているレイがこうまで断言するのは珍しかったし、内容が聞き捨てならない。

「詳しく説明してもらおうか」

 デ・フロート少佐がいうと、レイはうなずいて立ち上がった。



 戦域が狭いから、オーロラフィールドの濃度が凄まじい。

 盆地全体が極彩色に染められているのはもちろん、スロイスキル峠周囲の山々がもはや地上の一部とは信じがたい状態になっている。電磁波障害も強烈だから、スロイスキル峠近辺では防電磁波処理を行っていないと死者が出るレベルである。

 テルネーゼン、ゴーダ両国の部隊は、基本的に山を障壁代わりに盆地の向こうの敵に対する姿勢を取っていて、盆地の反対側の山肌に塹壕を掘り、掘った表面に防電磁波用のシートを張り巡らして陣地としている。上には同じシートでテントを張り、その上に植物をかぶせて迷彩にしているが、こうまで可視光線が歪められていると大して意味はない。

 これでは攻撃ができないので、山の稜線すれすれのところに硬化処理を施し、それに隠れるようにして砲を設置する。砲撃が本格化してはたまらないので、それを邪魔するために携行用の火器でそれと思しき方角に弾丸をとめどなくばらまく、というのがこれまでの主な戦闘だった。とても盆地内に突入できる状況ではないので、白兵戦などは一切起こっていない。

 山々を迂回して攻撃すれば良さそうななものだが、それができないのは、両軍ともに山地の後方に長距離砲を密に配置して自国への侵入を防ぐ布陣を取っているからだ。航空戦力すら無かった塹壕戦の時代、お互いに打つ手もないままに長大な塹壕を掘って無益に対峙し続け、数百万の兵士が屍をさらしたという愚劣な戦争もあったというが、双方ともまだ殲滅戦を戦うという意識までは無かったから、「相手に自陣を取られなければいい」という消極的な攻撃に終始している。

 とはいえ、何しろ塹壕から出たら自分の手も見えない状況だから、両軍の兵士の負担は大きい。ほんの数日で心理的負担から後送を余儀なくされる兵士も出てきていた。重火器による狙いを定めない遠距離攻撃も間断なく続いていたから、犠牲が皆無というわけでもない。

 惑星軍が近付いている、という情報はもちろん両軍ともに得ている。それより前から、惑星軍による一方的な非武装地帯の設定の通告が来ていたが、実力を伴わない通告など気にしていられる状態ではなかったし、三個大隊程度の部隊が来たところで踏みつぶすつもりでいたから、来るなら勝手に来いと半ば無視してかかっていた。

 その両軍を、はるか上空から観察している存在がある。

 大気圏の外、高度二万キロ少々の軌道を巡っている小型の衛星群だ。

 測位システム用の衛星であり、地図作成用の画像データ取得用の衛星でもある。

 この地域に関しては、この衛星群は何らの役にも立たない。測位用の電波は地上に届かないし、画像を撮ろうにも可視光線は歪められて像を結ばない。

 役に立つのは、これまでこれらの衛星群が取得してきたデータだ。地図データなど、実際にどこに兵力が配置されているかわからない今の状況下では役に立たない、と両軍は思っていたし、間違いではないのだが、それも利用法次第であるということに気付く者がいないわけではない。

 ある意味で物量作戦での突破が可能だ、とレイはいう。

 膨大なデータの蓄積と、リアルタイムのデータ収集とがあれば、あとはそれを数学的に解析していくことで突破できる。

 光学的な揺らぎも、電磁波妨害も、その発生源をある程度の範囲まで絞り込むことができれば、物理的に破壊する手段がないわけではない。その絞り込みには膨大なデータを処理する機械なり仕組みなりが必要になる。なにしろ非線形計算の塊であるカオス計算を延々と行うのだから、まともな資源量では対抗できない。

 量子コンピュータが必要だ。

 それ自体は珍しいものでも何でもない。長距離航行に欠かせない星間航行技術には、膨大な量の演算が必要であり、量子コンピュータは決して欠かせない。ただ、量子コンピュータを安定的に維持するためにはかなり大掛かりなハードウェアが必要となるため、星間航行の「ゲート」と呼ばれる出入り口の部分にある施設と、よほどの大型船舶、それに各国の軍の中央や政府機関、学術機関や大企業の研究機関など、限られたところにしかない。

 この恒星系にもあるが、恒星系外縁部にある「ゲート」管理用のものと、商用ステーションにある航行管制用のもののみである。どちらも大量に飛散している危険な宇宙ゴミの軌道計算や船舶の管制などにその計算資源を使っているから、惑星軍の一作戦ごときに力を割くわけにはいかない。

 また、その計算を行うには専用のアルゴリズムとそれをもとにしたソフトウェアが必要になるが、そんなものは惑星内のどこの国も持っていない。仮にどこかの惑星外の国が持っていたとして、そんな技術を貧乏な後進の惑星系に提供してくれるとも思えない。

「ありますよ、どちらも」

 レイが事もなげにいうから、説明を受ける二人の少佐はまた顔を見合わせていた。

 正確には、レイにはつてがある、ということらしい。

 要は金だ、とレイは身も蓋もないことをいった。

 レイは緊急支出として、資産管理者の鄧に莫大な額の通貨を準備するよう伝えていた。レイの指示でこれあるを予期して準備していた鄧は、オーステルハウトの首都オス市の年間予算額に匹敵する現金を準備した。通貨は鄧が所属する長沙銀行が本貫地とするトゥール連合のもので、国際的な信用度はトップレベル。

 その現金を背景にレイは星外の企業連合と話を付け、一時的に大型の量子コンピュータを借り上げた。

 さらにレイはベッカー大佐のつてと長沙銀行のつてとを利用し、ベッカー大佐の派遣元であるベルガルト連合地上軍の参謀部に、地上施設解析ソフトウェアの緊急貸出を要請した。ここでも、莫大な現金がものをいっている。

「この投資がきちんとリターンされてくることを心から願っていますよ」

 と、レイは言葉面からは想像もできない嫌みな口調で鄧にたしなめられていたりもするのだが、そのくらいの被害で量子コンピュータと解析ソフトが使えるのなら安いものだ、と変化に乏しい顔でいっていた。

 この地域の膨大なデータは、惑星軍の権限で民間企業から強引に接収してある。協力的な国からもデータ供与があったし、鄧率いる銀行団の息がかかった企業からも様々なデータが集まっていた。

 それらを、遥か数千光年離れた場所の量子コンピュータで解析し、結果を返してもらう。

 これは、惑星にとって歴史的快挙だった。これまで誰もそんなことを成功させた者はいなかったし、そういうことをしようという発想を持てた者も、そうはいなかったのだ。

 さらにレイは、解析結果が出て概ねの敵軍の配置が分かった後、攻撃をどうするかの点でも対策を講じていた。

「これは今回の件なんかなくても事前に準備を進めていたものです」

 とレイがいう兵器は、さりげなく後方支援担当のレイが、部隊の出動と共に補給中隊のコンテナに積み込み、運び出させていた。

「間に合ったのは幸いでした。届いたのが一週間前、組み上げ後のチェックがぎりぎりでしたから」

 惑星軍の三個大隊が、二か国軍が対峙しているスロイスキル峠から一〇〇キロメートル離れた地点に野営地を設けた半日後、司令のデ・フロート少佐は全部隊に前進を命じた。

 いよいよ全滅への旅立ちか、と暗澹たる思いで出発した兵も多かったが、それにしては司令からの命令が変だった。

 デ・フロート少佐は第二戦闘速度での前進を命じつつ両軍から直線距離で三〇キロメートルほど離れた地点での停止を命じ、レイが持ち出してきたコンテナを開けさせた。

 そこには奇妙な兵器がある。

「迫撃砲の親戚ですよ」

 レイは淡々と説明した。

「誘導性能はほとんどありません。一応可変の推進装置はついてますが、あらかじめセットされた位置に着弾するようにしか設定できません」

 弾頭の大きさは直径二〇センチメートル、長さ九〇センチメートル程度の円筒形。大気圏用ということなのか、先に行くにしたがってすぼまるが、先端はわざと潰したようにへこんでいる。

 射出台は大きい。

 伝統的兵器としての迫撃砲なら、筒を準備してしっかり地面に固定し、中に入れた弾頭につけられた推進薬入りの弾頭を発射する。この兵器も原理は全く一緒だが、途中まで誘導を有線で行うところが違う。

 線はクモの糸のような構造をした繊維でできていて、それを絡まず切れずに高速で送り出す仕組みを搭載しているために、大きな射出台になっていた。この有線での制御で、あらかじめセットされた位置に正確に着弾させることが可能になった。

 線の長さは最大で五〇キロメートルとされているから、今回は充分ということになる。

 さらにこの弾頭には仕掛けがある。

 通常弾頭はこの時代の防御障壁の前には無力だ。強力な電磁波流と重力波の組み合わせで展開される防御障壁は、よほどの高質量超高速弾でなければ、そうそう破れるものではない。テルネーゼン軍もゴーダ軍も自陣には強固な防御障壁の発生プラントを設置していたから、迫撃弾など通用するはずがない。あるだけ無駄な兵器である。

 だがレイの弾頭には、この防御障壁を破る能力があった。

 この弾頭は、目標の近くまで自力で飛んでいく中で、自分の目の前にきわめて強力で非常に狭い範囲内の防壁を構成する。飛んで行って、やがて敵の防壁と接触すると、その超高密度のエネルギーは錐のように敵の防壁を食い破る。

 食い破るといっても極小の時間に極小の範囲が破れるだけなのだが、その破れが生じるのとまったく同時に弾体は破裂する。

 破裂の勢いで加速された重質量弾頭が、極小の破れ目をこじ開けるようにしてもみ込みもみ込み遮二無二進んでいき、防壁を完全に食い破るとその中に飛び込んでいく。迫撃弾頭の爆発で生じたエネルギーで加速した重質量弾頭は多少速度を緩めつつも、平均すれば音速の一〇倍近い速度で敵陣を切り裂く。弾頭には強力な炸薬が仕込んであり、着弾したらその周辺を吹っ飛ばしてしまう。

 レイの作戦は、この迫撃弾で敵防御障壁やオーロラフィールドの発生源を破壊してしまい、丸裸になったところに襲い掛かるというものだった。

 理屈は非常に簡単だが、事前の演算に莫大な経費が掛かり、迫撃砲も最新兵器であり非常に高価であることから、「思いついても誰もやらないし、やれない」という性質のものだ。

「破産しそうですよ」

 とレイがぽつりと言っていたが、迫撃砲の一発で大隊のひと月分の給料がきれいに消える金額と聞けば、それも当然と思える。同時に、彼の持つ資産の莫大さが改めてわかる。

「出し惜しみはしないでください。演算はすべて終わって、着弾点の入力も終わっています。全弾きれいに使い切ってください」

 とレイがいうので、余計なことを考えるのがばかばかしくなってきたらしいデ・フロート少佐は、その通りに命令を下した。

「全弾斉射」

 彼女の下命と共に有線迫撃弾は一斉に火を噴いた。

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