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宇宙の騎士の物語:個人の前歴;停止中  作者: 荻原早稀
レイ・ヴァン・ネイエヴェール
16/28

16. 統合作戦本部

 士官学校を当然のように首席で卒業したレイは、新設された惑星軍に配属された。

 惑星内各国が、星外の大国による「自然環境を損なうような戦いを起こし続けられては困る」という、住んでもいないくせに理不尽にも思えるような要求を満たすために作った軍である。この軍を作るために設置されたのが士官学校を始めとする各種学校だったのだから、そこに任官するのは当然だった。

 その創設の最も大きなきっかけになったのが、海賊団によるオス襲撃事件であり、それを黒いギアで迎撃したのがレイなのだから、レイはその創設のきっかけに関わったといえなくもない。

 もちろん、真相を知る者などバイダル以外にはいないのだが。

 配属された、といっても、まだ出来上がってはいない軍隊である。各国から供出された部隊が、旧シレジアの各州に駐屯し訓練を行っているのだが、まだ一体化していない。統合された指導部が出来上がっていない。それを作っていくための士官学校である。

 新米士官たちを故国の供出部隊に戻しても仕方がないから、その配属先は本人とかかわりのない国の部隊になる。

 レイの場合、首席ということもあって、どこかの部隊に配属されるのではなく、統合作戦本部に配属された。まだ完成はしていないが、宇宙軍も含めた全部隊を統括する最高司令部だ。

「統合作戦本部が動き出せないのは、諸君らも知っての通り……」

 と、新たに着任した士官を含めたメンバーを前にして語ったのは、統合作戦本部のコンサルタントとして列強の一国ベルガルト連邦から派遣されてきた将校、ベッカー大佐だ。

「……惑星各国の政治的な足並みが整わず、トップ人事も決められない状況に陥っているからだ。おかげで紛争地帯への平和維持部隊すら送れない、くだらない情勢が続いている。こんな軍を各国の税金を使って養っているのは愚劣というほか無いし、それを許している外交官気取りの政治家どもは、税金泥棒の恥知らず、背任者だ」

 航路語で飛ばされる発言はとてもオフィシャルで話せる内容ではない。

「諸君はそのような連中の指示で死地に赴き、殺せといわれれば殺し、死ねといわれれば死ぬのが仕事だ。まことに心温まる事実だな」

 ベッカー大佐は、現在統合作戦本部にいる将校の最上位である。作戦本部長も各軍司令も存在しないなか、秩序を持って活動していくためには、彼がリーダーにならざるを得ない。

「当面は、殺せといわれれば殺せるだけの陣容を整えることが仕事になる。具体時には、まず地上軍の編成を行うための準備作業だ。各国から供出された部隊をまとめて運用するためには、まともな上司のほかにも必要なものが山ほどある。まともな上司は、まあ、少なくともしばらくは期待薄なのだから、他の必要なものをとっととそろえなければならない」

 直立不動で聞いている士官の中でも、若手の士官たちは落胆を隠しきれない。

 せっかく惑星を外惑星の脅威や惑星内の紛争から守る希望に燃えて任官したというのに、待っていたのがこの現実では報われない。

「政治が動かなければ軍などは妄想の産物に過ぎない。だがいざ有事となれば、我々はいかなる状態にあろうとも動かなければならない。せめて軍人らしくあろうとするために、我々はなけなしの才を振るって組織を作らなければならない」

 ベッカーは大柄な体を反らせるようにしていう。

「あの海賊団襲撃のときのような、あんな奇跡は起こらない。いまだにあの黒いギアの真相は謎だが、あんな助けが来ると考えてはならない。諸君は、諸君の力で惑星を守るよう実力を育てなければならない」

 まさか当の本人を前にしているとは夢にも思わず、ベッカー大佐は言葉を続けていたが、彼の前に並んでいる将校たちには刺さる言葉だった。

 被害に遭ったオーステルハウトに限らず、メインウォーリングス海賊団の襲撃は全員の心に刺さった棘だった。列強にとっては小蠅のような小海賊勢力にいいように蹂躙されかけ、黒いギアがいなければ化石を奪われるだけでは済まなかったに違いないあの事件は、惑星全土に巨大な衝撃を与えた。

「プライドばかり高くてろくに役にも立たん各国の兵士を率いて、それでも勝たなければならない。諸君のやるべきことは多く、困難で、成しがたい。それでも諸君はやり抜かなければならない。惑星の未来のために」



 統合作戦本部でレイが配属されたのは、新築された半球状の建物だった。海賊団が軌道上から地上に浴びせた砲撃くらいならしのいで見せる構造で、ここが当面は統合作戦本部の中枢施設になる。

 ここで惑星軍全体の指揮を執るためのシステムを構築するのが彼の任務だ。数学者として広範な知識を持ち、士官学校でも教授陣が脱帽するほどの軍事知識を持つ彼に、通常なら任官したての少尉が任されるなどありえない重要な任務が与えられていた。これもまだ建設途上にある小国の軍隊ならではといえた。

 上司はベッカー大佐その人。所帯が小さいうえに、官僚組織としてはまるで形ができていないから、システム構築のための部署も極めて小さい。管理職がまだ設定されてすらいない部署は、統合作戦本部長代理の肩書を一年任期で得ているベッカー大佐が直接指揮し、レイと民間人数名で細々と活動を開始した。

 というより、レイが卒業するのを待ってシステム構築が始まったというのが正確だ。

 うすぼんやりとした見た目は少しも変わらず、身長だけは平均くらいにまでは伸びたものの、ひょろっとした印象は相変わらずのレイだが、士官学校の教授陣だけでなく、惑星軍編成に尽力する人々にとっては一つの希望の星だった。

 すでに士官学校在籍時から、レイは軍事教練などを免除され、システム構築準備のための研究を開始していた。外国からの教授陣はレイに各国の様々な情報や資料を提供し、研究を助けていた。

 ベッカー大佐はもともと戦術や戦略の専門家ではなく、ベルガルド連邦軍の主計士官として後方支援任務に就いていた。軍事組織論の専門家でもある。だからこそろくに実戦も無いこの惑星に派遣されてきたのだが、その彼もレイの能力には舌を巻いた。

「ネイエヴェール、君の頭はどうなっている」

 各国からの部隊の情報を入力すると、その必要とする物資の一覧、供給先の一覧、物資のその時点での在庫量、購入するとしてその時点での金額やわかる範囲での供給先の在庫量、他国の部隊から融通できる量、代替可能な物資の対照表やその在庫量などが瞬時に表示できるシステムを、指示から三日でアルゴリズムの組み上げを終えて見せたレイの成果を見て、ベッカー大佐は驚いた。

「システムを組み上げて検証を行いませんと、まだ可否はわかりません」

「そりゃそうだが、システム要件を与えて三日でここまで仕上げてくる化け物なんぞ、母国じゃ見たことがない」

 俺なら三年だな、と大佐は笑った。

 本来なら軍事上のシステムだから軍事機密の中の軍事機密であるはずなのだが、専門家集団を囲う金などないから、レイが管理者としてパートタイムのシステム開発者を雇って作業をすることになった。並行して軍事情報の暗号化システムも作らなければならなかったから、極めて多忙である。

 レイは数学者であり機械工学者だった。何かのシステムを設計するという情報論の専門家ではないし、暗号システムにいたっては全くの未経験なのだが、暗号は数学者や物理学者の領分であるとされていたから、数学的能力では唯一無二であるとの評価がある彼に任されるのは、ある意味当然といえた。

 レイは、士官学校時代以上に、この時期に現代的な軍事を徹底して学び取ることになる。実務ほど勉強になる場はない、というのは世の真理だろう。

 列強各国が割と気前よく現在の軍事情報や技術をもたらしてくれるから、最新とはいわないまでも、それに近いものが学べる。それも組織が細分化されていない惑星軍内で、その中枢部に身を置いていると、ありとあらゆる分野が仕事に絡んでくる。知識を吸収するのにこれほど便利な場はない。

 黒いギアの件でわかるとおり、レイはギアに関して、その運用も、操縦技術も完全に習得している。トップエンジニアでありエースパイロットであるといえる。戦術に関しても海賊程度なら鼻であしらえるレベルにいたから、何を学習するという必要はないようにも思える。

 だが、レイが知りたいのは、現代の軍がどのようにして運用されているか、あるいはこれまでどのように運用されていたかだ。それを知ることで、今後どのように運用していくべきかを考える材料にしたかった。それがわかれば、彼がこれからなそうとしている事業に大いに資することになる。

 彼が他国の大学や企業ではなく、あえてこの惑星の士官学校を選んだ目的は、まさにここにあった。小さいからこそ得られる貴重な情報源が、ここにはあった。

 毎日をこまごまとしたシステム構築と、暗号システムを作るための学習や計算に費やしながら、レイは着々と世界各国の軍事技術や情報を検討し、学んでいった。



 統合作戦本部に着任して一年ほどが経ち、彼の階級が自動的に少尉から中尉に上がったころ、一大事が起きた。

 惑星内で争っている場合ではない、という思いで作られた惑星軍がようやく形になろうとしていたこの時期、その主導権争いに端を発したいさかいから、互いに引っ込みがつかなくなった二国が紛争状態に突入したのだ。

 テルネーゼン、ゴーダの二国の国境地帯での偶発的な銃撃から始まった紛争は、たちまちのうちに拡大した。

 実力行使が始まってしまったら、それを力づくでも止める役割を持たせるために作られたのが惑星軍である。レイが入ってたかが一年、あの時点で満足な組織もできていなかった軍隊が急に強くなっているはずもなかったし、そもそも兵力が全く足りていなかったが、それでも、政治家たちが紛争抑止に失敗した以上、始まってしまった紛争を政治家たちが解決できるまで、武力衝突を少しでも拡大しないよう押さえつける必要がある。

 ベッカー大佐がいっていた通りである。

『だがいざ有事となれば、我々はいかなる状態にあろうとも動かなければならない』

『プライドばかり高くてろくに役にも立たん各国の兵士を率いて、それでも勝たなければならない。諸君のやるべきことは多く、困難で、成しがたい。それでも諸君はやり抜かなければならない。惑星の未来のために』

 もっとも、状況は一年前より改善されてはいる。

 ベッカー大佐が本国や友好国を説得し、あるいは士官学校の教授陣が尽力した結果、兵器については惑星各国の軍が持っていないような最新兵器を供与してもらうこともできていたし、最新のギアも導入されていた。ただし、ギアについては肝心なパイロットの養成が間に合っておらず、張子の虎ではあったが。

 戦術級の司令官経験がないベッカー大佐は、本部長代理の役職名ではあったが、指揮は執れない。彼は後方支援任務に徹しているほうが確実に貢献できるし、誰もがその認識は共有している。

 平和維持活動という名の軍事介入に当たり、その指揮官に指名されたのはイェッテ・デ・フロート少佐である。惑星出身者だが、縁あって列強メディア帝国の地上軍に派遣されていた気鋭の軍人だ。惑星ただ一人の近代戦経験者、との評判だった。

 当然この小さな所帯だからレイもよく知っている。真面目だが、むやみに肩肘に力を入れるタイプでもない、頼りになる雰囲気を持った女性士官だった。惑星軍有数の旗士でもあり、機動歩兵としての訓練も受けていたから、ギアに乗れないことはないのだが、指揮官がそれに乗って前線に出るわけにもいかない。

「まずは両国の軍事衝突を止めなければならない。設定された非武装地帯で武装する者を排除し、必要であれば実力をもって排除するのが我々の任務である」

 デ・フロート少佐は、集められた部隊を前にそう説明したが、集められた兵力は地上軍三個大隊、現在展開しているテルネーゼン・ゴーダ両国の部隊の十分の一以下である。ほとんど冗談のような任務だった。絶望的といっていい。

 だいたい、指揮官が少佐という時点で無理がある。本来なら司令官の元で大隊か連隊を率いる身分で、戦場で一勢力の全指揮権を握る立場ではない。その彼女が、旅団規模で戦っている両国軍に、連隊規模に満たない戦力で当たろうというのだから無茶にもほどがある。

 ちなみに、惑星標準の軍制でいうと、四個大隊から五個大隊で一個連隊を編成し、二個連隊から三個連隊で旅団を編成する。

 いくら惑星軍の兵装が紛争当事国の軍より新しく強力であるとはいえ、数は力だ。惑星環境を破壊しないよう力が制限された兵器を使う以上、最新兵器であることは必ずしもアドバンテージにはならない。

 兵士たちも、それを率いる士官たちも、絶望的な状況であることには気付かざるを得なかったから、その顔は緊張以上に暗いものがあった。

 レイは、相変わらずのうすぼんやりした顔だったが、この状況下でベッカー大佐を驚かせる発言をしていた。

 彼は大佐の元で後方支援業務の補佐をするはずだったのだが、出動が決まりそうになった時点で志願していた。

「前線に出せというのか」

 ベッカー大佐はこの部下の有能さを買っていたが、彼が把握する有能さの中に、前線で戦う兵士としての能力は入っていない。というより、レイが前線に立つという想像をしたことがなかった。

「正気か」

「正気です。もちろん無理にとは申しませんが」

 いつものように淡々としているレイに、気負いは一切感じられない。

「ここで前線を見ておかないと、我が軍の実情が見えません」

「いくらでもデータ取りはできる、映像もデータもリアルタイムで入ってくるのだから充分だろう」

「それでは不十分です。実際に見てみないと、あるいは空気に触れてみないとわからないことがたくさんあります」

「だとしてもこの状況に飛び込む必要はないだろう。全滅もありうる戦いで貴官を喪う愚は犯せんよ」

「それは大丈夫でしょう。何も一兵卒として突撃するのではありません、司令部に帯同して戦域の後方から観戦したいということですから」

「いくら後方といっても、こんな小部隊の後方など最前線の真っただ中だ、敵中に突撃するようなものだぞ」

「デ・フロート少佐は優秀な軍人です。心配ありません」

「……お前、まさか勝てると思っているのか」

 大佐が眉間に深いしわを刻んで尋ねる。レイは眉一つ動かさない。

「勝てますよ。小官も色々試してみますし」

 不安の曇りが一切ない声に、大佐は少々気味が悪くなってきたらしい。

「この状況がわかっていていうんだな」

「重々承知しています」

 レイはこゆるぎもしない。

「任官直後ならとっとと逃げ出しているでしょう。勝つ要素なんかどこにもありませんでしたから。でも今なら、あの程度の状況で負ける気がしません。もう少し兵力が欲しいところですが、まあ、何とかなりますよ」

 大言壮語、というにはあまりにも能天気なセリフに、大佐は絶句した。

 本来なら、たかがいち中尉のこんな暴言は無視し、所定の任務につかせれば良いだけの話である。普段の大佐ならそうしたはずだ。

 だがこの時、ベッカー大佐は得体のしれない空気感に飲まれてしまい、うっかりレイの申し出を認めてしまった。

 レイは、意気揚々とするでもなく、今後の展開に対する協力依頼を一件済ませ、淡々と大佐の前を退出すると、デ・フロート少佐の元で出撃前の各種点検や物資のチェック作業に入っていった。

 この別れ際の協力依頼の実現のために、この後大佐はきりきり舞いすることになるのだが、結果としてこれこそが惑星の将来の方向性を決定付ける一打になるとは、この時点では大佐も想像すらしていなかった。



 惑星軍は、テルネーゼン・ゴーダ両国に対し、非武装地帯の設定を通告している。国境線から両国に向かって二〇キロメートルの範囲である。

 これはその他惑星各国が共同で設置した紛争解決委員会の勧告という形で出されている。委員会に参加している各国はこの非武装地帯設定の速やかな実行を促すという理由で軍事力の提供を申し合わせ、惑星軍がその指揮を執ることになっていた。

 指揮官のデ・フロート少佐は、もともと惑星軍に供出されていた三個大隊を中核とし、今回新たに提供された各国の部隊を統率する、という体になっていた。

「まあ、実態はこんなものだ」

 ため息とともに少佐がつぶやく。そばには臨時で副官になったレイのほか、彼女の配下にある三個大隊の各大隊長、幾人かの先任兵曹がいた。

「連絡将校すら寄越さんとは、なめるにもほどがある」

 彼女の声には深刻な怒気がある。泰然として部下たちを統御する姿に信頼感があふれる、というタイプの指揮官なのだが、さすがに惑星各国の部隊が示す露骨な厭戦気分に腹が立っているらしい。

 惑星各国の軍は、予定戦場である非武装地帯近くにそれなりの兵力を展開し始めていたが、端的にいえば「命ずるのであればそちらから人をよこせ」という態度で足並みをそろえていた。惑星軍が人がいないことで苦労していることなど重々承知であるはずの連中である。嫌がらせというより、やる気がないのだ。

 どうせ人をやったところでのらりくらりと命令をかわすに決まっているし、「何の権限があって我が軍に命を発するのか」などとごね始めないとも限らない。どの軍も、派遣部隊の司令は大佐以上の佐官か、准将クラスの将軍である。少佐ごときの命に従えるか、と本気で思っていても不思議ではない。

 しまいには「指揮権をよこせ」となり、「なぜうちがあの国の指揮に入らなければならんのか」とこじれ、空中分解するだろうことは目に見えている。

 要は、今麾下にある三個大隊でどうにかするしかないという状況だった。

「せめて邪魔をしないように釘を刺しておきましょう」

 といったのはレイだ。

「どうやる。ベッカー大佐がご努力なされても容易に統御など出来ん連中だぞ」

 少佐の声が低い。よほど本気で怒っている証拠だった。旗士としても有名なデ・フロート少佐の怒りにあてられ、いかつい大隊長たちも、前線経験豊富な先任兵曹たちも縮み上がっていたのだが、レイだけは平然としていた。

「別のルートを使います。ご承知の通り、小官には普段は迷惑以外の何物でもない接触を図る政治家なり官僚なり財界人なりがいます。役に立ちそうな者も多少はいますから、せいぜい働いてもらいましょう」

 そういわれ、室内の空気は微妙なものになった。

 確かに有名である。

 大学在籍時に惑星全土の財界に雷名を轟かせた投資家であるレイは、本人はほぼシャットアウトしていたが、政治家や官僚や財界人からの接触要請が引きも切らない。士官学校に入って以来、それまで稼ぎ出した莫大な資産を長沙銀行の鄧の運用に任せているが、その鄧が繰り返す惑星内企業と星外企業との合弁事業や吸収合併などの動きは、レイの意向で進められていると噂されている。

 さらに鄧は長沙銀行の代理人でありながら、レイの資産管理に他の大手星間銀行を引き入れ、一種の銀行団を作りつつあった。リスクを分散するという目的もあるし、この惑星が列強各国の緩やかな共同管理下にあることを配慮し、長沙銀行の本籍地であるトゥール連合の立場を悪くしないためという目的もあるだろう。この銀行団が、せっかくできた人的なつながりを生かさない手はないとばかりに、レイとは全く関係ない様々な投資案件を扱い始めたりしている。

 当然、この銀行団に対するレイの発言力は強いであろうことが噂されている。

 彼は今や惑星内有数の資産家であり、一切表に出ていないにもかかわらずその一挙手一投足が注目される存在でもあった。

 本人は一介の中尉として淡々と仕事に勤しんでいるが、その気になれば惑星の経済を吹っ飛ばすこともできる危険人物でもあるのだ。

 公表されている事実ですらこれだ。 

 彼がずっと秘匿している裏の顔も合わせれば、この時点での彼は惑星内の最重要人物といってもいい。バイダルが彼の許を去るまでの数年で、オーステルハウトにとどまらず、惑星内の裏旗士の世界や非合法勢力の世界は、レイの重大な影響力を受けるようになっている。むろん、そうなるまでに密やかに流された血の量は相当なものであったはずだ。

 こいつならやりかねない、と思ったのか、少佐は深いため息とともに苦笑した。

「……期待しようか」

 大隊長や兵曹の中には、そんな力があるなら紛争自体止めて見せたらどうだと思う者もいないではないが、口には出さない。やれないこともない、とでもいわれたら立ち直れないダメージを受けそうだし、惑星軍設立のそもそも論にすら発展しかねない。

 二十歳を超えてわずかしか経たないレイの存在感が、未曽有の危機を前に一気に増大していた。

 見た目はどうひっくり返しても大人物ではないのだが。

「それでは目の前の現実にのみ注目するとしようか」

 少佐が自らを励ますように声を上げた。

「まずは敵情把握と兵站線の確保。砲配置の確定と設置に続けて機動歩兵の運用計画を策定する。斥候を出すぞ」

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