12. 事件後
「さすがにごまかしきれないよね」
「まあ、なあ」
レイとバイダルが、小雨の降るオス市街の雑居ビルにある部屋で話している。一応人が住めるようにはなっているが、個人経営者の住居兼事務所という風情で、しかもそれほど広くもなく新しくもなく、さらにいえばさして清潔にも見えない。
「僕はどうとでも言い逃れができるけど、君は難しいと思うよ」
レイは九歳児らしくホットミルクを手にしている。
「難しいよなあ」
気の乗らない、浮かない顔をしているバイダルの方はショットグラスでウィスキーなどを口にしているが、決して美味そうではないのは、一目見てわかる安酒だからだろう。
「君は以前ギャングの用心棒をして変な顔の売れ方をしているし、オーステルハウトで軍人以外にギアを扱える旗士となるとものすごく数が限られているし」
「そうなんだよなあ」
「いろいろなことを全部帳消しにして、いっそオーステルハウト軍に入るって手もあるけど」
「願い下げだなあ、こんな田舎じゃあ」
「じゃあどうするんだよ」
レイの声はどこまでも平板だ。
バイダルは首をかしげている。
「まあ、とりあえずこの星系は捨てて、また裏旗士としてうろうろするしかないなあ」
「この田舎だからごまかせたけど、他の星系で上帝団の追跡を逃れるのは結構面倒だと思うけどね」
「そう思うからここに来たんだがなあ」
そういうとため息をついた。
「あんな奴に引っかかったのが運の尽きだったなあ」
「どうせ君から売った喧嘩だろ」
「まあそうなんだがさ」
「せいぜいおとなしくしておくんだね。今回のギャラははずんでおくからさ」
「そりゃありがたいお話で」
バイダルの声は一向に気乗りしない様子だ。
「レイ、あんたはどうするんだよ」
バイダルが淀んだ眼をレイに向けると、少年は寸毫もいつもと変わらない顔で答えた。
「学校に通うよ」
「そのあとの話だよ」
「高等部を出たら大学に行く」
「今さら? 高校なんぞであんたが何を学ぶってんだよ」
「学びに行くわけじゃないよ。高校出てないと大学に行けないから」
「大学に行ってどうするんだ、教えに行くのか」
「まさか。僕は万能じゃない。学ぶことはいっぱいあるよ」
「大学程度の学力はあるだろ」
「それなりの学術機関に行かないと学べないことがたくさんあるんだよ」
飲み終わったホットミルクのカップをテーブルに置く。バイダルは安酒をグラスに注いでいる。ウィスキーならそのためのグラスにすればいいのに、小さなショットグラスでいつも注ぎ直している。
「物好きというかなんというか……」
青年のため息など少年の知ったことではなく、レイはバイダルに視線を向ける。
「君がただ裏旗士でつぶれていくのは困るな」
「俺だってそのつもりはねえよ」
「君を拾って以来、旗士として教えられることは教えてきたつもりだし」
「おかげさまで色々と教えられたさ。十にもならない小僧にな」
「不本意だっただろうね」
「とんでもない、宇宙にゃとてつもない化け物がいるんだってことを骨の髄まで叩き込んでもらえたさ」
「出会ったころに比べたら段違いに強くなってるよ」
「ありがたいこって」
「上帝団の連中と遊ぶのもいいけど、できれば僕の計画にも付き合ってほしいな」
「そりゃかまわんがさ」
グイっとショットグラスを仰ぎ、バイダルは再び瓶を取る。この「グイ」が好きらしい。
「俺は所詮戦争屋だ。あんたの目的とは方向が違うと思うがね」
「僕の方向性って?」
「例の技術向上がどうっていう」
「それも目的の一つだけど、他にも目的はあるよ」
「戦争屋でも協力できるのか?」
「戦争屋だからこそ協力してもらえる分野もある」
ふうん、とバイダルは鼻を鳴らした。
「君の経歴上、まともな組織は雇ってくれないだろうから、どうしても行きつく先は傭兵団か海賊団になるんだろうけど、せっかくなら所属先にもこだわってほしい」
「母国の騎士団で気に入らん奴らを半殺しにした上に、脱走時に憲兵も斬って捨てたような奴だからなあ」
「立派な重手配犯だからね。履歴を抹消して全然違う人格を作って押し通すしかないね」
「そういう奴に所属先にこだわれと?」
「だからこそだよ。しょうもないところで、せっかく鍛えた旗士が立ち枯れていくのは嫌だし」
「俺だって立ち枯れる気はねえよ」
「君はまだまだ強くなる。まともな就職先は大切だよ」
「強く、ね」
この惑星はあまりに無防備だったが、惑星そのものが貴重な資源だった。なにしろ何もせずに人間が住める惑星など、宇宙を探しても十数個しかない。
その貴重さゆえに列強各国が手を触れない地域であったことで、開発レベルは宇宙でも最低レベルであっても、平和が保たれてきた。
そのせいで、軍事力もろくに成長しないまま惰眠をむさぼっていたために、今回の海賊騒ぎが生まれた。
オーステルハウト軍は立ち直りに相当時間がかかる大ダメージを受けていたが、列強ならそもそも海賊にあんな無様な侵入は許さなかっただろうし、仮に軌道上まで侵入されたとしても地上や軌道上の防衛システムからの攻撃で、上陸など許さなかっただろう。あんな海賊程度に大ダメージを受けているという事実が、オーステルハウト軍のあまりの脆弱さを示している。
そして、そのオーステルハウト軍でさえ、この惑星上では上位に位置する軍事勢力だった。
「結局、あの黒のギアは何だったんだ?」
という多くの人々のあまりにも当たり前の疑問は、答えも出ないままに宙に浮いていたが、諸国はさすがにこのままでは惑星を守ることなど夢物語でしかない現実に気付かざるを得なかった。
「惑星の中でごちゃごちゃと争っている場合じゃない。あの程度の海賊に惑星自体の防衛力がズタズタにされてしまう現実に目を向けるべきだ」
という、当たり前すぎる議論に今さら火が付いた。人は、実際に起こってみないと危機に気付けないという好例だろう。
列強たちの考え方も、この事件を機に変わりつつある。
「当初は各々がこの惑星に利権を持つことを控えていたんだ」
たぶんレイがいなければ養護院随一の秀才であろうヤンは、まじめくさった顔でレイの講義を聴いている。
十代に入ったヤンは、今年入ったばかりの旗士学校の中等部で優秀な成績を上げ、ずば抜けた基力を示して学年のアイドルになっていたが、相変わらずレイを師匠と仰ぎ、「オス襲撃事件」から半年たったこの時、レイの時世の講義を拝聴していた。過去のやんちゃさは想像できないくらい、まっとうに育っている。
「大破壊時代以降の混乱の中で、存在すら忘れ去られていた文明が見つかるってのはよくある話なんだけど、うちの星もそう。ただ、他の発見とはちょっと意味合いが違ってた。ヤンも知っての通り、うちの星は五〇年くらい前に宇宙航路文明に見つけられた」
バイダルはこの時すでに養護院から姿を消している。
あまりにも福祉施設職員からかけ離れた雰囲気を持ち、明らかに市街のギャング連中から恐れられていたバイダルが行方をくらました時、人々はその理由を探ったら血を見ずに済まないのではないかという予感に襲われ、速やかに記憶を消去する道を選んだ。レイの見えざる誘導があったのはもちろんである。
「ヤンも勉強してるはずだけど、大破壊時代のあとの時期に航行技術が一回相当低いレベルまで下がってる。うちの星系なんかひどくて、大気圏を出る技術すら失われた」
「習った。前宇宙期への回帰」
「物は言いようだけど、要は退化しすぎて宇宙文明に取り残されたんだ」
レイは身もふたもない表現をする。
「で、見つかった時、見つかった方もびっくりしたけど、見つけた方もびっくりしたんだ。そりゃそうだろ、地球同様に人が住めるレベルの惑星が汚染レベルゼロで見つかったんだから。しかもどこの手もついてない。ありえないんだよ、電波探査にも引っかからずに文明が未発見のまま生き残ってるなんて」
いくら宇宙が広いとはいえ、超長距離恒星間航行技術が復活し普及している現代、新たな航路の探索などはとうの昔に終わっていて、有人惑星の存在などすべて調査されつくしているはずだった。
「経緯を説明すると長くなるしつまんないから省くけど、まあとにかく、うちの星は発見された。で、列強はここをお互いの勢力争いの材料にしたら、たぶん秒で破滅する恐ろしく弱い世界だってことに気付いた」
レイの表現がまた身もふたもない。事実だから仕方がない。ヤンもうなずくしかない。
「だから、ここは調整区域にされた。とにかく列強は直接手を触れない。文明が自力で宇宙文明に育つまではほっとく。あるいは、文明が惑星を汚染したり破壊したりし始めるまで。主要航路から外れて旨味がないから、どこの国もわざわざ他国の敵意を買ってまで欲しがらなかったにしても、よくまあうまくいったよね」
ヤンはひたすらうなずいている。
「で、今回の事態が起こったわけだけど、列強もさすがに自衛力すらまともにない状態で放置するのはまずいと思ったみたいだね。ていうかもっと早く気付けよって話だけど」
惑星内の国々は絶望的なほど混乱していて、とても自分たちで防衛力強化に向けた方策など見つけ出せそうにない。
「しばらくは列強の中で話し合った共同の部隊を展開するんだけど、いつまでもそんなことやってても、自分たちの金が減っていくだけで利益もない。自分たちでどうにかできるようにしてもらわないと、いくら列強でも自分の国内向けに説明がつかなくなるよね。なんで自分たちの税金で、海賊ごときからも身を守れないような連中を守らなきゃいけないのかって」
うんうんとヤンがうなずいている。
「だから今度、惑星全土を対象に軍学校が作られることになった。近い将来に惑星防衛軍を作るための学校だね」
昨日発表されたばかりのニュースだった。
「軍学校の設立資金は列強からの開発援助借款ってことになってるから、借金だね。各国の人口割にするらしいけど、詳しい配分はこれから決めるみたいだね。運営資金は、惑星諸国が分担金を決めて毎年支払う」
盛んにニュースネットワークが報じているから、ヤンもその内容は断片的には聞いている。
「軍学校は兵学校、士官学校、軍大学、技術学校、医科学校の五部門に分かれる。いまのところは」
レイは使い古しにもほどがあるタブレットに五つの学校を書き込んだ。
「兵学校は中学卒業レベルの学力を持った一八歳以上が対象。士官学校と技術学校は高校卒業レベル、医科学校は教養課程卒業レベル」
教養課程というのは、高校を出てから大学に入るまでに修了しなければいけない過程で、学科に関わらずここで教養課程を修めてから大学に入るのがこの惑星の一般的な学制である。
「軍大学は軍人が経験積んでから通う学校だから、これはちょっと違う」
といってレイが軍大学と書いた文字列をタブレットから消す。
「大事なことは、この全部がただで入れる学校ってこと」
そう、大事なことだった。
「兵学校は二年間。士官学校は四年。技術学校は短い科で三年、長くて五年。医科学校は七年。給料ってほどじゃないけど、寮暮らしならなんの問題もない程度のお金ももらえる」
孤児であるヤンたちにとって、これは大きなニュースだ。
「ところが、兵学校は中学出てからもしばらくは入れない。学歴は問題なくても、年齢制限があるから。まあ、だいたい高校出てから入るよね。そこへいくとさ」
とレイは兵学校以外の三つを拡大した。
「この三つは学歴の制限はあるけど年齢制限がないんだよね。学歴が追い付けば、いくつでも入れるってこと」
「俺たちは高校までは行けるんだろ?」
「一応高校の学費は貸し付けてもらえることになってる。生活は高校出るまでは養護院内にいる限り保証されてるから、高校の学費は卒業してから時間をかけて返すことになるね」
「けちくせえな」
ヤンは舌打ち交じりに吐き捨てた。
「士官学校と技術学校なら高校出たらすぐに入れる。在籍中は学費の返還は止まるし、卒業したらチャラになるよ」
「高校の学費が?」
「そう。卒業後五年軍に所属しないとまた返還義務が生じるし、士官学校と技術学校の学費の支払い義務も生じるっていう鬼設定だけど」
「まじかあ」
ヤンは頭をかかえる。彼は格闘技の腕もますます上げ、旗士学校の期待が集まる存在になりつつあったが、別に軍人になりたいという希望はない。
「飛び級無しなら普通に高校出れば兵学校もそのまま入れるし、兵学校なら在籍期間も短くて済むね」
「でも偉くはなれないんだろ」
「なる気があるなら兵学校以外だね。相当倍率高くなりそうだけど」
「うーん」
オーステルハウトは無料の学校がなく、奨学金制度もお世辞にも整っているとはいいがたい。
経済状況は近年の最貧困地区の劇的な変革で良くなっているとはいえ、貧困層が一掃されたわけでもないから、金がかからない学校となれば希望者は殺到するだろう。
「入れれば、軍に所属だから色々大変ではあるけど、宇宙に出るチャンスが倍増する。というか、絶対に宇宙には出させられる。退役後に宇宙ビジネスに乗り出せるスキルだって身につくかもしれない」
レイがいうと、ヤンの目が輝く。
「そこだよそこ」
「ヤンは宇宙には出たいんでしょ?」
「絶対出る。この星でくすぶってる気なんかねえよ」
鼻息が荒い。
「どれだけ出来るか知らないけど、どうせ孤児で後腐れもないんだし、好きに生きてやるんだ」
「旗士として大物になれば、大国の騎士団に誘われて貴族になるのも夢じゃないよ」
「それもいいけど、まあ、無理な気がする」
急にヤンの顔から気合が抜けた。
「どうしてさ。旗士学校じゃエースじゃないか」
「いや……お前とかバイダルなんかとは天と地の差というか……」
「比べる相手を間違えてるよ」
レイは苦笑した。失笑、という方が合っているか。
「今のまま伸ばしていけば、バイダルだって超えられるよ。大丈夫」
ほんとかよ、と疑いしかないという目でレイを見ていたヤンだが、そのうち気を取り直した。
「医者になる気はないし、技術屋ってのもちょっと違うから、狙うは士官学校かな」
「その方がいいと思うよ。旗士で士官学校出なら昇進も早いだろうし」
「やっぱそうなのか」
「列強諸国をみてるとね。旗士っていうだけで特別な身分になってる国もあるくらいだから」
「らしいよな。うらやましい」
この惑星で旗士は特別に優遇されることはない。むしろスポーツでは著しく有利になるから差別されているくらいだ。
「オーステルハウトは貴族制度がないから関係ないけど、身分制がある国なら結構有利だよ」
「そういう国に行くのもいいな」
「ただ行っても食い詰めるだけだから、やっぱり能力はちゃんと磨いた方がいいよ。士官学校とか、ちょうどいいんじゃないかな」
「ただ行っても食えないか」
「食えないね。海賊にでもなるなら別だけど」
「冗談だろ、あんな無様な死に方したくねえよ」
ヤンの頭には、黒のギアに秒殺され殲滅される無惨な海賊の有様が鮮明に残っている。各種メディアが一斉に報じた映像は強烈だった。
「それこそあいつが惑星軍に加わってくれればいいのにな。あの黒のギア」
ヤンがいう。
「あのギアのパイロットが指導してくれるんなら、あっちゅう間に軍のレベル上がるだろ」
「まあねえ」
レイが茫洋としてごまかした。ヤンには、黒いギアはレイとバイダルが操っていたことを知らせていない。
「ていうか、あの二機があれば下手な軍なんかいらないだろ」
「そんな簡単なものじゃないよ。敵が分散して襲ってきてたら、二機じゃどうしょうもないじゃないか」
「ああ、そうか」
「その黒いギアのことは考えない方がいいよ。何のために出てきたかもわからない正体不明の連中なんて、何の期待も持てないし」
「それもそうだな」
ヤンへのレイの個人講義はこうして毎夜続くのであった。




