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宇宙の騎士の物語:個人の前歴;停止中  作者: 荻原早稀
レイ・ヴァン・ネイエヴェール
10/28

10. オス襲撃事件・ギア戦

 東西から一機ずつ、ギアが狙撃された。

 ギアが用いる最高の貫徹力を誇る兵装、重質量弾のレールガンの三点バースト射撃である。

 四十メートルほどの長大な砲身から超高速でほぼ同時に射出された、直径一〇センチメートルほどの劣化ウラン弾頭三発が、大気を割いて一瞬で海賊団のギアを撃ち抜いた。

 東からの一撃は海賊団のギアの背中にあった簡易飛行ユニットを、西からの一撃はギアの胸部を、それぞれ射抜いている。

 ギアには防御フィールド発生装置があり、機体が艦艇などと比べるとはるかに小型なためにエネルギーの密度が高く、防御力は桁外れに高い。それがギアの戦闘力を跳ね上げているのだが、充分に加速された重質量弾の貫徹力は防御フィールドの防御力を超えている。やすやすと防壁を破った。

 どちらも致命傷だった。

 東側のギアは、防御フィールド内で簡易飛行ユニットが爆発し、そのエネルギーは接続されていた本体の背部装甲を簡単に突き破り、操縦していた旗士を瞬時に解体した。

 西側のギアは、胸部ユニット内にあるコクピット自体を撃ち抜かれていたから、旗士の体はかけらも残さず四散し蒸発した。

 海賊団のギア部隊は驚愕する暇を与えられなかった。

 さらに一機ずつ、東西からの狙撃に撃墜されてしまった。

 レールガンは狙撃性能や連射性能には優れるが、その大きさと扱いにくさから、近距離戦には向かない。対ギア戦では遠距離狙撃用の武器として使う物だし、宇宙戦で使う場合が多い。このような地上戦には不向きなのだ。

 となれば、不意打ちの狙撃用として使うしかないのだから、相手が動き始める前にどんどん狙撃するのが使い方としては正しい。

 突然砲撃してきた相手は、だから当然の戦い方をしている。

 海賊団のギアは、四機が撃墜された時点であわてて散開を開始した。こんな攻撃を仕掛けてくる敵が存在しているということを、彼らは予期していなかった。

 そしてその敵は思い切りも良かった。

 海賊団が散開したと同時にレールガンを捨て、距離にして二十キロメートルほど離れた地点から飛び出した。

 ギアだった。

 それも、海賊団が想像もしない、超大国であるメディア帝国軍装甲騎兵団や、トゥール連合中央軍が最新鋭機として制式採用したばかりの機体。

 機体は全体が黒く塗装されていて、識別用の何物も存在していない。国際法上、制式機であれば何らかの標識がなければならないから、これはどこの国や組織にも所属していない機体ということになるが、そこまで認識できた海賊はいない。メディア帝国軍も採用途上の最新鋭機である、とわかった者も一人もいない。

 ただ、黒い機体が、非線形の軌道を描いて瞬く間に音速を超え、衝撃波をまき散らしながらすさまじい勢いで接近してくるということだけが分かった。

 散開した海賊団のギアは、すぐにオーロラフィールドを展開する。本来攻撃を開始した時点でやるべきことだが、オーステルハウトを馬鹿にしきっていた海賊たちはそれを怠っていた。怠っていなければ、本来狙撃など受けていなかったはずだ。

 大気がゆがみ、光線の直進性が阻害される。同時に強力な電磁波障害が始まり、レーダーの類は無力化される。

 敵から姿は隠れるが、自分たちも敵の姿が見えなくなる諸刃の剣である。

 ギアの本領は、むしろここからといえる。観測機器がほぼ使い物にならない状況で、機体の演算能力を総動員して敵の位置を予測し、操縦者である旗士の能力を総動員して機体を操る。人間の限界を遥かに超えた領域での戦いこそが、旗士が操るギアの華ともいうべき舞台だ。

 海賊たちもそのような戦いを幾度も切り抜けてきた猛者ぞろいだった。少なくとも、数年前にレイたちに叩き潰されたオスのギャングが雇っていた旗士などとは、比べ物にならない。飾り物のような制式軍人よりよほど多くの場数を踏んだ、危険極まりない戦士たちだった。

 その彼らが、翻弄された。

 緒戦で四機を失っている海賊団のギアは、戦場に展開している数で残り八機、艦隊に残っている分を合わせて一四機。艦隊残留の機体はすぐには展開できないので、実質八機での戦いになる。

 対する所属不明の敵は二機、不意打ちを食らったとはいえ絶対的な数的優位にあることに変化はない。あわてずに包囲し、潰すべきだった。

 それができなかった。

 黒のギア二機が、何の迷いもなく海賊団のギア集団が散開する地域に侵入し、見えていないはずの海賊団ギアに次々に襲い掛かっていた。

 オーロラフィールドやジャミングで姿を隠すことにも限度はあり、距離が二〇〇メートルに満たない至近距離になれば、さすがに目視で完全に敵の姿を把握できる。この至近距離での戦いこそが、旗士が操縦を務める最大の理由だった。

 体術、武術、剣術などに圧倒的に優れる旗士の操縦あってこそ、ギアは勝てる。接近戦での強さは、いくらシステムのアルゴリズムの優劣に差があろうと、最終的には操縦者の技量に大きく左右される。機体性能の多少の差など、容易に覆される。

 黒のギアは、機体性能に優れていた上に、その操縦者の技量というものが飛び抜けていた。

 東から飛び込んできた黒いギアは、揺らぐフィールドの渦から抜け出て一機の海賊団のギアを捕捉した瞬間、数万度まで加熱された被膜と超振動で分子間力破壊能を極限まで上げた長刀を振るい、相手のギアを両断した。反応する間もなく、相手は斬られている。

 西から飛び込んできた黒いギアは、やはり加熱と超振動でよろわれた巨大な槍に似た武器で、相手のギアを屠っている。よく見れば「戟」という武器なのだが、当然そこまでわかるはずもなく、凄まじい力と速度で右腰から左肩へと斬り上げられた海賊団のギアは、「斬られる」という表現より「叩き割られる」という表現がより適切な状態で破壊された。

 地上に足を着けていない状態で、簡易飛行システムのロケット噴射で浮いている状態だった海賊団のギアたちは、それがギアの実力を存分に発揮するには不利な状況であることに気付き、すぐに降下を始めている。撃破された二機は、その最中に敗れ去った。

 残り六機。

 不幸な味方が撃破されている中、オスの大地を踏みしめた海賊たちは、シュールレアリスムの絵画のように人為的にゆがめられた視界の中で、反撃に出ようとした。

 黒のギアは、どちらも悪魔のように冷酷で強力だった。

 敵の姿が見えた、とサバイバルナイフ状の武器を抜き放った海賊のギアが跳びかかろうと荷重移動を始めた瞬間、腰を沈めるようにして重心を下げた黒のギアが、凄まじい速さで海賊団のギアを襲った。両足に着けられたユニットが爆発的な推力を発揮し、黒の機体を桁外れの速度で押し出していた。

 操縦者が普通の人間なら加速度で死んでいるし、並みの旗士でも命が危うい。それだけの跳び出しである。

 海賊のギアは反応すらできなかった。長刀は機体の加速度を合わせて音速など遥かに超えた速度で振り抜かれ、海賊団のギアは文字通り吹き飛んで爆発四散した。

 もう一機の黒のギアは、持っている戟を投げつけている。視界は完全に歪み切って、敵の姿は少しもまともに見えてはいないはずの状態で。

 その状態で、戟は正確に一機の海賊団のギアを破壊していた。破壊されたギアからしてみれば、ゆがんだ景色の中から突然戟が飛んできて、意味も分からないうちに射抜かれていた。

 残り四機。

 すでに味方が何機かやられているのはわかっていたが、この状況では各機通信も途絶したスタンドアローンの状態である。各々自力で状況を改善するしかなかったが、いかにも相手が悪すぎた。

 二分と立たないうちに、にわかにオーロラフィールドが消え、周囲の視界が正常化した。といっても、爆煙や砂塵で視界は極めて悪かったが。また、ジャミングの嵐も途絶え、通信状態が突然回復する。

 それは、残り四機の海賊団のギアが全滅したことを示していた。

 フィールドの発生源も、ジャミングの電磁波の発生源も、すべて討たれたということだ。

 壮絶なエネルギーの嵐で加熱したり帯電したりした大気や大地が、壮絶な轟音を立てている。

 煙や砂塵の中に、黒いギアが二機、悠然と立っていた。

 海賊のギアは一機残らず撃墜され、操縦者は全員が死亡している。

 あおりを受けた海賊の地上歩兵部隊は吹き飛ばされて壊滅しているが、それはのちに判明したことである。

 黒いギアたちは、それで行動を終えたわけではない。最大の敵であるギアは早々に殲滅したが、敵がいなくなったわけではない。

 単に火力でいえばギアとは比較にならない強力さを誇る揚陸艦が、近辺の上空に遊弋している。

 だがこの場合、より危機感を持つべきはむしろ揚陸艦だった。

 何しろ揚陸艦はギアと比べれば遥かに図体がでかく、機動性に劣る。防御力もギアとは比較にならないほど弱い。広大な宇宙空間で出会っていればともかく、この狭い戦域の中で、しかも惑星重力下で、さらに濃い大気の圏内で、ギアとでは勝負にならない。

 突然フィールド類が晴れて有視界戦闘が可能な状況になった時、各揚陸艦は自分たちが絶望的な状況下に置かれていることに気付いたかどうか。

 揚陸艦の迎撃システムに追尾されるのを嫌ったのか、黒のギアはどちらも非線形の三次元的な軌跡を描きながら上昇、飛行ユニットの優秀さをひけらかすように瞬時に揚陸艦の上空に躍り出た。

 海賊たち、揚陸艦乗り組みもそうだが、それを宇宙から監視していた本隊に属する艦艇の者たちも、わずかに黒のギア二機の姿を見失った。

 そして、次々に揚陸艦が撃沈されていく光景を、指をくわえてみているしかなかった。

 貫徹力より破壊力重視の反陽子速射砲で、二機の黒いギアは次々に揚陸艦を狙撃した。距離がなければ狙撃用のライフルなどよりこちらの方がはるかに効果的であることも、黒のギアたちは知っていた。

 揚陸艦の幾門かの砲が黒いギアを捉え、自動追尾で砲撃したが、空しかった。防御力に優れたギアはそれらの砲撃を無効化し、あるいはいなして軌道をそらし、自らの砲撃で揚陸艦の機関部やブリッジを正確に破壊していった。

 オス上空に遊弋した艦艇は、黒のギアの攻勢に二分保たなかった。

 戦闘開始からわずか四分半ほど、戦闘としてはほとんど一瞬といっていい戦いが、あっけなく終結した。海賊団の地上戦力は、文字通り殲滅された。

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