第9話『ここに来て10年が経った』
ここに来て――もう10年が経った。
リューデンの空気にも、道場の木床にも、ギルドのざわめきにも、すっかり馴染んだ。
剣を握り、依頼をこなし、町の人々と挨拶を交わす。
そんな日々が、いつの間にか“日常”になっていた。
レイナも、変わった。
あの頃は尖っていた剣士も、今ではギルドの中堅として後輩を指導する立場になっている。
彼女は年齢を重ね、経験を積み、少しずつ柔らかくなった。
でも、俺は――変わらない。
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「踏み込みが浅いぞ、天野」
道場の稽古で、ヴァルドが声をかけてきた。
彼の剣は、以前より少しだけ重くなっていた。
動きに迷いはない。でも、ほんのわずかに遅れている。
それは、経験では補えない“時間の重み”だった。
「もう一度お願いします」
俺は構え直す。
ヴァルドは頷き、再び剣を振るう。
鋭い。重い。だが、俺は受け止められる。
それが、少しだけ――申し訳なく感じた。
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稽古後、道場の縁側でヴァルドと並んで座った。
夕焼けが、町の屋根を赤く染めていた。
「天野、お前は……若いな。ずっと変わらない」
「……そう見えるだけです」
「いや、違う。俺はわかる。お前は、止まってる」
俺は、言葉を失った。
ヴァルドは、俺の秘密に気づいているのかもしれない。
でも、それを責めるでもなく、ただ静かに言った。
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「俺は、年を取る。動きも鈍る。息も上がる。
でも、それが嫌だとは思わない。
それだけ、剣と向き合ってきた証だからな」
彼の言葉には、誇りがあった。
老いを受け入れ、積み重ねた時間を誇る姿。
それは、俺には持てないものだった。
「お前は止まってる。でも、それは悪いことじゃない。
止まってるからこそ、見えるものもあるだろ?」
俺は、少しだけ笑った。
彼の言葉が、心に染みた。
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その夜、宿で剣を磨きながら思った。
>「ここに来て10年。レイナも、ヴァルドも、町も変わった。
> でも俺は、変わらない。
> それでも――積み重ねることはできる。
> 誇れる時間を、自分なりに刻んでいこう」
止まった時間でも、誰かと過ごすことで、意味は生まれる。
それが、俺の“生き方”になるのかもしれない。




