第6話『新しい町』
「……そろそろ、潮時かもな」
ギルドの掲示板を見上げながら、俺はそうつぶやいた。
この街で暮らして、もう20年近くになる。
薬草採取、荷物運び、迷子探し――地味な依頼ばかりだったけど、誰かの役に立てていたと思う。
でも最近、周囲の視線が変わってきた。
「天野さんって、昔から全然老けないよね」
「怪我しても、すぐ動けるし……なんか変じゃない?」
「……あの人、何者なの?」
そんな声が、耳に入るようになった。
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俺は、20歳のまま見た目が変わらない。
でも、実際は――もう40歳だ。
この世界に来てから、26年が経っていた。
死なないことは、誰にも言っていない。
言えば、きっと“人間じゃない”と疑われる。
だから俺は、ただ「痛みに強いだけの変わり者」として生きてきた。
でも、限界だった。
この街では、もう“普通”でいられない。
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「天野くん、しばらく休んだら?」
受付嬢のミーナさんが、心配そうに声をかけてくれた。
俺は、笑って頷いた。
でもその笑顔は、たぶん少しだけ寂しかったと思う。
俺は、街を出ることにした。
次に向かうのは、山岳地帯にある小さな町。
そこには、剣術の道場があるらしい。
死なない体を、ただの盾じゃなく、“守るための剣”に変えるために――俺は修行を受けることにした。
山を越えて、谷を抜けて、俺は新しい町にたどり着いた。
名前はリューデン。山岳地帯にある小さな町で、空気は澄んでいて、風が冷たい。
街道沿いに並ぶ石造りの建物と、遠くに見える剣術道場の屋根。
ここが、俺の“次の場所”になる。
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ギルドの受付は、前の町よりもずっと質素だった。
木製のカウンターに、年配の受付員が座っている。
「登録希望か? 名前は?」
「天野朔です。軽めの依頼を受けたいです」
「……旅人か。まあ、うちは人手不足だから助かるよ」
そう言って、俺はギルドカードを受け取った。
依頼内容は、荷運び、薬草採取、家畜の見回り――地味だけど、俺にはちょうどいい。
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その日の午後、俺は剣術道場の門を叩いた。
門構えは立派で、木札には「蒼鷹流剣術」と書かれていた。
出てきたのは、白髪混じりの師範。鋭い目が俺を見据える。
「弟子入り希望か?」
「はい。剣を学びたいです」
「理由は?」
「……誰かを守れるようになりたいからです」
師範はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「ならば、試練を受けろ。口だけの者は要らん」
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試練は、道場の若手剣士との模擬戦だった。
木剣を握り、構える。相手は俺より年下だが、動きは鋭い。
一撃目で肩を打たれた。
二撃目で脇腹を裂かれた。
痛みが走る。でも、俺は倒れない。
「……まだ、いけます」
血が滲んでも、俺は立ち続けた。
死なないことは言わない。痛みに耐えるだけだ。
三度目の打ち合いで、俺は相手の剣を弾いた。
師範が手を挙げて、試合は終了した。
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「痛みに耐える者は、剣を持つ資格がある。入門を許す」
その言葉に、俺は深く頭を下げた。
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その夜、ギルドの宿でひとり火を見つめながら思った。
>「新しい町、新しい剣。俺はまだ、進める」
痛みはある。孤独もある。
でも、誰かを守るために――俺は、剣を振るう。




