第34話『アグド・ネメス』
魔王の城は、静かだった。
空間が歪み、時間が揺らぎ、音が吸い込まれていく。
俺たちは、無言で歩いた。
剣と魔法――それだけが、ここで通じる言語だった。
---
玉座の間に入った瞬間、空気が変わった。
そこにいたのは、黒衣を纏った男。
目はなく、口は笑っていた。
「ようこそ、勇者。
そして、魔道の徒よ。
我が名は――アグド・ネメス。
心を裂く者。記憶を喰らう者。存在を否定する者」
その声は、耳ではなく、心に直接響いた。
---
「……お前が、災厄の源か」
「源ではない。
災厄とは、“人の弱さ”だ。
私は、それを映す鏡にすぎない」
ネメスが手を振ると、空間が揺れた。
俺の記憶が、引きずり出される。
過去の失敗、後悔、恐怖――すべてが目の前に現れる。
---
「あなたは、誰も守れなかった。
妻も、子も、村も――すべて、あなたの弱さが原因だ」
その言葉に、剣が重くなる。
足が動かなくなる。
心が、揺らぐ。
---
「朔くん――!」
リリィの声が、闇を裂いた。
彼女は詠唱を続けながら、俺の手を握る。
「あなたの心は、私が守る。
だから、斬って――この災厄を」
その言葉に、俺は目を開いた。
剣が、再び光を帯びる。
---
「……俺の弱さを映すなら、それごと斬る。
俺は、誰かのために立ち上がる。
それが、勇者だ」
俺は跳ぶ。
ネメスの精神領域を裂くように、剣を振るう。
---
だが――ネメスは笑った。
「ならば、光を奪おう。
お前の“支え”を、私の中に沈める」
次の瞬間、空間が崩れ、リリィが魔力に包まれた。
「朔くん――!」
彼女は、ネメスの精神領域に囚われてしまった。
---
>「勇者よ。光を失った剣に、何が残る?」
俺は叫ぶ。
「リリィ――ッ!」
玉座の間に、静寂が戻る。
だが、俺の心は――燃えていた。




