心の削り方。
ここ数日に、多数の誤字報告をして下さったお方、本当にありがとうございました。
作者はお察しの通り適当な男なんで、恥ずかしながら誤字報告を滅茶苦茶アテにしています。
皆様今後ともどうかよろしくお願いします。
「南部晴継め‼︎ 鬼畜の倅がふざけおって‼︎」
上杉景勝はそれを読んで、わなわなと震えたかと思うと、怒りに任せて南部家から届いた裏切りを勧める書状を投げ捨てた。
滅多に感情を見せない景勝のあからさまな怒りに、書状の内容を知らない家臣達は驚愕した。
腹心である泉沢久秀が、家臣達を代表するように問い掛ける。
「……景勝様、一体何が書かれていたので?」
「……南部家からの裏切りの誘いだ」
景勝は憎々しげにその内容を語った。
その内容に彼らは頭をひねる。
思いは人それぞれだったが、最終的な決定権は当然主君である景勝だ。
しばらくして、全ての視線が景勝一人に集まる。
満を辞したように彼が発言した。
「この乱世にあって、義父謙信様の残した義の気風を第一とする我らが裏切りだと?
そんな事があってはならぬ‼︎
その結果得られるのが、南部家への臣従とは片腹痛いわ‼︎
そもそも南部家がこの約束を守る保証がない。我らを利用し尽くした挙句、上杉の血を徹底的に滅ぼす気であろう」
先代謙信を彷彿とさせるその意気軒昂たる様に、家臣達から歓声が上がる。
しかし一部で難しい顔をする者もいた。
「……しかし景勝様、景虎方と分裂したこの状況で、あの南部軍に勝てる保証こそ無いのではござらんか?」
「仮に南部軍を撃退出来たとして、織田家の侵攻を耐え凌ぎながら、北条家の支援を受ける景虎方に勝利する。こう言っては何だが各々方、余りに楽観的では?」
「まだ南部家が約束を守る方に賭けた方が、まだ可能性があるように思える……」
その意見に不安そうな顔を見せる一同を他所に、景勝は何一つ迷いなき目で、言い放った。
「勝つ負けるでは無い‼︎
生き様の話をしているのだ‼︎
ワシは家を売った恥知らずの汚名を受けるくらいなら、死んだ方がマシだ‼︎」
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「なんて立派な事を言っておるだろうが、果たして家臣や領民達は景勝殿のように苛烈に死を選べるものだろうか?
武士道や義などという強くなくては成し遂げられぬ虚構を、後の者に押し付けたのが亡き謙信公の罪と言ったところか」
南部晴継は陣中にて、あくびをしながらそう言った。
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「南部晴継からの書状については以上だ。
率直に言おう、私は南部家に付こうと思っている」
上杉景虎の言葉に、家臣達の間にざわめきが起こる。
彼としては何よりも、自分が継いだ場合の上杉家と自分が生まれた北条家の存続が第一であり、上杉家がどんな形で生き残るかは、外様であり愛着の薄い彼にとっては、さして重要な問題では無かった。
謙信が急死して崩壊寸前の上杉家にとって、南部家と北条家の後ろ盾が得られるのは心強い。
「よいでは無いか。
景虎殿を当主として北条家と南部家との関係が更に深まれば、関東管領としての上杉家の関東への復帰も見えて来る。
強大な両家の協力があれば、お家も安泰じゃ。
南部家の下に付くというのも、一時的な物なのじゃろう? 確かに誰かの下に付くなど皆の矜恃が許せないのも分かるが、この激動の時代、贅沢は言っておれん」
元山内上杉家当主であり関東管領だった上杉憲政も、意外な事に同意を示す。
彼としてはそう長くない余生の中で、どんな手を使ってでも関東の地で死を迎えたいという願いがあった。
多少強引ではあるが、自分一人だけでも関東での隠居生活を送れるのならそれで良い。そのような心情であった。
強い発言権を持つ二人の言葉に、方針が決まるかと思いきや、痛烈に反対する者もいた。
景虎方に付いているのは、景虎派と言うよりは反景勝派といった面子で、景虎を神輿として担いでいるだけで、彼に対する忠誠といったものが希薄な者達である。
南部家が約束を破る可能性、謙信の作り上げた正義の上杉家というイメージを足蹴にする暴挙、反論の種はいくらでもあった。
結局、意見は纏まらないまま時間だけが過ぎて行き、合戦の当日を迎えることとなる。
戦場において、意見の食い違う烏合の衆ほど弱いものはない。
皮肉にも謙信が義息子や家臣達に、口を酸っぱくして常々言っていた事であった。
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「景虎方はあの手紙だけで崩れるだろうな。
戦は始める前が一番重要、父上は何だかんだ言って良く分かってる。
相手に準備をする時間を与えないのが、父上が作り上げた南部軍の良い所だ。
よしよし、戦はすぐ終わるからな」
「なーご」
父から譲られた猫と戯れながら、晴継は穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
「勝頼殿は黙って破り捨てるだろうなあ。
あの独立色が強過ぎる上に、信玄公を信奉する家臣達に見られたら、また言いなりになるしか無いもんな。
まあ、だからこそもう一つ手を打っておいたんだが」
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誰にも見せずに燃やした筈の書状が、重臣達全員の手にある状況に、武田勝頼は困惑していた。
「勝頼様‼︎ ここは当然、南部家に付かれますよう‼︎
憎き上杉を滅ぼし、更には至強武田家の威信を回復するまたとない機会に御座います‼︎」
「織田家も北条家も、これ以上でかい顔をさせておくのは我慢ならん‼︎
我らと志を同じくする南部家と協力して、今こそ奴らを族滅させるのだ‼︎」
「然だけに非ず‼︎
晴継殿は勝頼様を甲斐源氏棟梁と称した‼︎ これは家格から見て我らを上だと認めた証拠‼︎
南部家は我らを頂点とした幕府を望んでいるのだ‼︎ この期待と機会に応えねばならぬ‼︎」
「黙れ‼︎」
その一言に、場が静まり返った。
声の出所は家臣達の間で白熱する討論を、俯いて聞いていた勝頼である。
「オレはもう人を裏切らん……。
もう父上の時代ではないのだ……。オレは信玄では無い……。
何故、皆は父には従ったのだ?
オレでは駄目なのか? オレには何が足りないのだ?
武田家は、変わらねばならん。
騙して、裏切って、明日の米を得る。
それがいつまでも続く訳が無いだろう……‼︎」
彼は涙を堪えて、そう言った。
しかし必死に絞り出したその声は、先代信玄の元で数多行われた非道の戦に慣れ切った家臣達に届くことは無かった。
どこかから、声が聞こえた。
「……? 言っている意味が分かりませぬ。
貴方はただ信玄様のふりをしていれば良いのですよ、貴方にそれ以上の価値は無い。
お分かりですか、諏訪勝頼殿」
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「晴継様‼︎ 御本国様(晴政)よりの書状です‼︎」
「……そこに置いとけ」
晴継は周りに人がいなくなった事を確認すると、書状に目を通す。
そこには戦場に向かった息子を心配する言葉が紙一杯に書かれていた。
やれ歯を磨けだの、手を洗えだの、酒は少しにしておけだの、本当に下らない事ばかりであった。
最後に、戦の采配を完全に息子に任せる旨を、改めて書き記してある。
それに負けそうになったらさっさと逃げて来いと、家族で囲める鍋を用意して待っていると、そう締められていた。
頭が良いばかりに、いくつか妙な不利益を被っている自分だが、これだけは言える事がある。
親には恵まれた。
息子を心配する余り、大きな体で八戸城内をそそっかしく右往左往する父の、情けない姿を思い浮かべる。
そうすると、冷たくなっていた心が少し温かくなった気がした。
他の書きたい設定思い付いたけど、一先ずこっちを終わらせたいです。
時間が足りないなあ。




