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バカ親バカと賢い息子。

更新少なめで申し訳ございません。


気合入れます、エタりたくねえ‼︎






 元亀2年(1571年)




「今年の年貢の件ならイの戸棚の15の書簡に纏めてある、持って行け。


 商人達との交渉ならキの戸棚の9の書簡。


 新たに支配した房総半島の治水計画も作っておいたぞ、スの戸棚の12だ。


 父上の提案した国立学校は今のところ無理そうだが一応、制度や諸費用について考えてみた。確かナの戸棚の3だった筈だ。


 話はそれだけか? ワシは忙しいのだ、さっさと次の話へ移れ」


「晴継、見てくれ‼︎ 蜂蜜だ、やっと養蜂が軌道に乗って来たのだ‼︎ 


 こっちの酒も凄いぞ、南蛮人に教えて貰った蒸留酒だ‼︎ おぞましいくらい酒気が強いぞ‼︎ 飲んでみろ‼︎」


「父上、()()()()()()のだ。


 分かったな?」


「あっハイ、スミマセン……」


 南部晴政はこの頃になると、次代への統治の交代をスムーズに行うため自身が元気な内に、嫡男である24歳の南部晴継に家督を譲っている。


 とは言ってもまだ実権は晴政が握っており、晴継の治世をサポートして行く形になる。


 筈であった。


 家臣達に幼い頃から可愛がられ、徹底的な英才教育を受けただけはある。


 この晴継、凄まじく優秀な男で、鬼のような勝負強さを持つ晴政に、内政における実務能力を足したような人間であった。


 晴政と違い突拍子もない発想を行う訳では無いが、戦以外では大雑把な指示しかしない晴政よりも、よほど良識的な君主として家臣達は晴継に対する信頼を深める事になる。


 しかし晴政との仲が悪かったのかと言うと、全くそんな事は無い。


 彼は領内で神の如く崇められる稀代の英雄である父の事を尊敬していたし、晴政も相変わらず息子が可愛くて仕方が無かった。優秀なら尚更だ。


 幼き頃から晴政の事を間近で見て来た彼は、父の武士としての非情さも同時に身に付けており、家督継承の際に僅かばかりに起こった反乱も、あっという間に鎮圧し、関わった者を撫で斬りにしている。


 更に説得に努めて再び臣従させ、反乱を未遂に終わらせるなど、晴政とは違う姿勢を見せる事もあった。


 晴政としても面倒臭い地道な内政を、完璧にこなしてくれる息子に大層喜び、自由な時間が増えた事もあって、領内に思い付いた(思い出した)革新的な技術を数多くもたらしていた。


 この親子の絶妙なボケとツッコミの治世によって、南部家は更に力を増加させて行く。


 次世代による南部領の第二の成長が、着々と進んでいた。

 



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 南部家はその圧倒的な強さで一気に東国を飲み込むかと思われたが、里見家を滅ぼした後は大きな動きを見せなかった。


 新たな占領地への領国支配の強化と、晴継への権力の移譲。二人でやると余りに上手く行くので、調子に乗った南部親子の富国強兵政策。


 様々な理由があるが、最も大きな物では満洲(中国東北部)との国境付近における、女真族を始めとした遊牧民族との散発的な衝突に追われていた事である。


 国内での戦でも行われた、柵や針金を組み立てた簡易砦に大量の鉄砲を使った戦い方は、騎兵主体で戦う遊牧民族達に非常に有効的だった。


 そこに南部軍の騎兵のサポートが加わると、俄然戦いを優位に進める事が出来た。


 またこの頃の満洲は明国の直接統治から外れている地域であり、いくつもの勢力が割拠して争いあっている状態であった。


 それを利用し、明で専売品として非常に高価になっている塩を密かに渡し、利益を与える事で、一部の勢力を味方に付ける事に成功した。


 土地に執着を持たず逃げ回る遊牧民族達をひたすらに追い掛けて行く。


 そのままの勢いで三江平原の一帯を抑えたところで、南部家の攻勢は突然止まる。


 本国の南部家からの指令で、明との関係を考慮してそれ以上の積極的な攻勢に出ず、防戦に徹する事となったのだ。


 明も自分達にとっての脅威である、満洲の遊牧民族が攻められた所でさして重大な問題だとも考えず、大きな介入は行われなかった。


 程なくして満洲の諸勢力との停戦に至る。


 彼らは内乱に明け暮れており、とても寒い満洲の端っこにいるくせに、やたらと強い南部家と戦っている余裕がそれほど無かったのだ。


 この時に南部家を大陸から追い出しておけばと、後の人々の頭を悩ませる要因となったのは、またいつか語る事になるだろう。


 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 その頃、日の本では畿内の織田家に対する諸侯の包囲網が形成され、そのまま織田家の元に天下が決するかと思われた情勢は荒れに荒れていた。


 しかし浅井、朝倉連合との姉川合戦での勝利。


 比叡山焼き討ち、石山合戦による宗教勢力への抑え。


 武田信玄の死による武田家の侵攻中断。


 当主、織田信長の驚異的な手腕と運によって、織田家は辛くも窮地を脱していた。


 


「毛利は分かる。武田も上杉も北条も分かる。


 しかしこの男は……、一体何なのだ?


 ……南部陸奥守、まるで見えぬ……。巨大過ぎる故か、小さ過ぎる故か……」


 重臣達を一同に集めた深夜の評定にて、蝋燭の光に照らされた一通の書状を見つめながら[天下に最も近い男]、信長は唸っていた。


「一つよろしいか、何故領地を接している訳でもない田舎大名をそこまで気に掛けるので?」


 重臣筆頭の柴田勝家が素朴な疑問を口にする。


「今後の方針として西国を抑えるのであれば、南部家との衝突が起こる可能性は極めて低い。


 更にその頃になれば、日の本の中心を手にした我らと南部家の国力の差は圧倒的なものになっており、労せず勝利する事が出来るように思えるが?」


「……20年程前なら、そう言えただろう。しかし噂に聞こえる南部領の繁栄ぶりと領土の広さを鑑みるに、認めたくは無いが今は違う」


「我らが、国力で上回られていると?」


「南部領が成長しているだけでは無い。


 数十年かけて日の本の富が、南部領に向けて吸い出されておる。


 くそっ、ワシが生まれるのが後10年早ければ……‼︎」


「あいや、信長様。


 過ぎた事を後悔しても仕方ありやせん。それよりあっしが気になってんのは、その書状でさ。


 一体(いってえ)何が書いてあったんで?」


 醜悪な容貌をした小男、羽柴秀吉が飄々とした態度で問い掛ける。


 新参者の無礼な態度に重臣の面々は、殺意すら篭った視線を向けるが、信長は気にする様子も無く再び書状に目を落とした。






 南部晴政より織田信長への書状(現代語に分かり易く翻訳済み)


[織田弾正忠信長様へ


 日本の北部なのに南部こと、南部陸奥守晴政です。お久しぶりです。


 聞く所によると、この間は大変だったみたいですね。武田家は同盟してたのに急に裏切って攻めて来るなんて酷い奴らですね。


 信玄殿はあんな大義名分の無い戦ばっかするから、罰が当たったんだと思います。ざまあみろって感じです。


 比叡山の焼き討ちはスカッとしました。


 私も最近、死んだら浄土に行けるって言う坊主を、親切心で処刑してやろうとしたら、泣き喚きながら暴れて困りました。


 本当に笑っちゃいますよね。


 南部家としては貴方の元に、天下統一が為される事を願っております。


 東国は任せろ‼︎ 南部家が貴方に逆らう奴を成敗して、領土はいずれ全て差し出しましょう‼︎ ……嘘じゃないよ?


 日本はやっぱり一つになるべきです‼︎ そのためにこれからも協力して、自分勝手な馬鹿共をぶち殺して行きましょう‼︎


 南蛮の品物が好きだって聞いたので、ウチの領内で真似して作ったのをお送り致します。


 追記 ウチの娘は絶対やらんからな‼︎]






 「「「……」」」


 一同の間に沈黙が流れる。


 それと同時に考えるのを辞めた。


 右上がりのヘンテコな文字で書かれたその書状に込められた考えを読み解こうとしても、無駄だと感じたからだ。




 この男は、恐らく完全に狂っている。




 その思惑は常人に理解出来るところに無い。

 

 幸か不幸か、それだけは理解出来た。


 この後に一緒に送られて来た南部晴継の書状を見てみると、美しい筆致で書かれた、確かな教養を感じさせる文面が綴られていた。


 その書状は例えるなら、怪物の集団の中にやっと人間の言葉を話せる個体が見つかった時のような、謎の安心感を織田家一同に与えるのだった。




評価、感想、何でもお待ちしております。

活動報告もよろしくお願いします。

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