防戦一方。
今回の国力一覧みたいなのは、滅茶苦茶適当です。
まず真面目に計算すると上杉が弱過ぎたので、かなり色をつけてあげてます。
南部はインパクト重視で、特に意味も無く滅茶苦茶多く見積もっています。
馬と鉄砲に至っては完全に適当。
あ、あとタイトル変更に、何の効力も無かったんで、短くして置きます。
永禄12年(1569年)
甲相駿三国同盟を一方的に破棄し、急激に勢力を強める武田家と、かねてよりの仇敵であり他国へと侵攻をせず、不気味な沈黙を続ける南部家への対抗策として、北条家と上杉家は長年の対立から一転し、越相同盟を結び和解した。
しばらく機会を伺う時期が続いたが、その機会は突然訪れた。
畿内から東海、関東にまで点在する有力な寺社が、南部を仏敵として掲げ、その打倒を北条家、上杉家に呼び掛けたのだ。
仏敵の打倒という大義名分を得た両家は、多額の資金援助の後押しもあり、これを千載一遇の好機と見て、南部領への二方面からの侵攻を決定した。
日本海側を北上する上杉、太平洋側を北上する北条。
大国と言える二国を同時に相手取るなど、本来ならば絶望的な状況である。
しかし当の南部晴政本人は、少しも焦っていなかった。
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「大国如きが超大国をどうこう出来ると思うてか?」
晴政は軍議の席で愉快そうに言った。
「南部家を討伐するなど、既に遅きに過ぎる。
日の本で最も金を持っている者が、戦など10年に一度しかせず、広大な領土の開発を続け、支配者の元に一丸となり、独自の法を持ち、海の外にすら飛び出す。
それが何を意味するか、まるで理解出来ておらん。北条も上杉も所詮、思考が国内止まりだ。
両家共に名将揃い? それがどうした?
この戦、戦にすらさせぬ」
ここに当時の三家の国力を記しておこう。
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(石高は米以外の生産高も含む。GDPに近い)
北条家
領土 伊豆、相模、武蔵、上野の一部
人口 約110万5000人
石高 約125万石
兵力45000人
騎馬8000頭
鉄砲700丁
備考
伊勢盛時(北条早雲)を初代とし、戦国大名の先駆けとなった関東の雄。
内政に優れた大名家として知られ、合理的で民に配慮した政策によって、領民達に広く慕われた。
現在の東京都心を含む関東平野西部を支配しており、その国力は当時にあって最強クラスである。
三代目北条氏康は名将として上杉謙信、武田信玄と並び称される。1572年没なので、1569年は彼の晩年に当たる。
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上杉家
領土 越後、越中の一部、上野の一部
人口 約46万8000人
石高 約71万石
兵力30000人
騎馬6000頭
鉄砲500丁
備考
国力は充分強いが、ライバル達と比べると見劣りする部分も……。
ただし、上杉輝虎(上杉謙信)の馬鹿みたいな強さが、それら前提を全てひっくり返す。
その上、利益の無い意味不明な戦を繰り返すので、周りにとったら良い迷惑。
日本海を利用した交易にも積極的で、その資金力が強さに繋がっているとも言われる。
でも結局は輝虎が強いのが全てな気がする。
果たしてワンマンチームに栄光はあるのか‼︎
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南部家
領土 陸奥、出羽、常陸、下野、蝦夷、樺太、浦塩(晴政命名、ウラジオストックの辺り)、外満州(晴政命名、ハバロフスクからニコラエフスクのアムール川沿い)、試される大地(晴政命名、カムチャッカ半島含めた極東ロシア一帯、シベリア)
人口 約300万人
石高 約600万石
兵力180000人
騎馬50000頭
鉄砲10000丁
備考
日の本の北方、というか東アジアの北方を支配する大大名。最早、大名という括りに入れて良いのかすら分からない。
晴政の長年の国力拡充政策により、石高と人口が爆発。その勢いは留まるところを知らない。
実際の国力は初期の金融業と言えるものや、米に頼らない農地利用によって、石高で測るのは難しい。
つまり厳密に測れば、更にこれを上回って来る可能性すらある化け物大名。
しかし国内の他の大名達からは、日の本の辺境を支配している程々に強い田舎大名だとしか思われていない。とんだ詐欺である。
その他、世界中の知識や技術を貪欲に求めていたり、暗殺や粛清の黒い噂が絶えないなど、話題には事欠かない。
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これはもう、戦では無かった。
北条軍、上杉軍、両者ほぼ同時に南部領へ侵攻を開始する。しかし、そこで思わぬ出来事に遭遇した。
南部領の国境付近の城は全て破却されており、軍事的な拠点として使える状態に無かったのだ。おまけに辺りには人っ子一人いない。
誘い込まれている、それは確かなのだが南部家の領土を占領して進んでいるのも事実。
拠点が確保出来ない以上、前に進んで探すしか無い。まさか全ての城を破却したという訳では無いだろう。
疑念を抱きながらも、広大な南部領を進軍する。
南部領の少し深くへ分け入ったところで、ようやく南部軍が姿を現した。
平地に築かれた針金と柵を使った簡易陣地。
そこに南部軍が少数で待ち構えていた。
舐めているのか? 戦術もクソもない。圧倒的な兵力差を持って押し潰すだけだ。
南部軍への攻撃を開始する。すると、こちらが針金や柵に足を取られている隙に、南部軍が鉄砲の斉射を開始した。
三人一組で役割分担をする組み打ちにより、連続で弾丸が打ち掛けられる。
しかし兵力差があるのだ。全軍を止めておける筈はない。
そして遂に簡易陣地が乗り越えられようとしたその時、鉄砲を打っていた南部兵達は、馬に乗ってどこかへ逃げ去ってしまった。
その後もそれが繰り返される。
拠点となる城に向かって、その城は既に使い物にならなくなっていて、簡易陣地が現れて、こちらだけが傷を負わされて、あちらは逃げて行く。
軍勢の中に次第に恐怖が広がって行く。
何もかも前代未聞だったからだ。そして薄々と感じていたそれは確信に変わって行く。
南部家は徹底的に戦をさせないつもりだ。
そして気付いた時には、南部領の奥深くまで入り込んでしまっている。
それでも南部家の本拠地の八戸はまだまだ先、地の果てと言っても良い距離だ。
というか八戸を落としたところで、どうなるというのか? そう、南部軍はまたその先まで逃げれば良いだけである。
いつまでも地の果てに軍勢を駐留させておけるのか? 否、敵は南部家だけではないのだ。本国をいつまでも手薄にする訳には行かない。
その時、後方より伝令が息も絶えだえに駆け付けた。
南部軍の騎馬隊が側面の山の中から突然現れて、補給線をズタズタにしているという。
態勢を立て直すため、急ぎ引き返す。
しかしそこに待っていたのは、もう幾度も目にした、南部軍の簡易陣地と鉄砲隊であった。
丁度、時を同じくして、辺りがにわかに寒くなり出した。兵士達は経験したことのない寒さに震えている。
そして数日もしない内に、一帯に雪が降り注いだ。
そして更に数日後、北条軍、上杉軍は共に兵站と士気の限界を迎え、まともな合戦を起こす事も許されず、撤退を開始した。
北に背を向けたその時、両軍それぞれに2万騎の総騎兵軍団が何処からともなく現れ、背を向ける彼らを猛追する。
追撃はつかず離れず、鉄砲や矢を打ち掛けて来る。反撃しようにも相手は騎兵、危なくなったらすぐに逃げられてしまう。
じわじわと嬲り殺すようなその追撃に、両軍の兵士達は徐々に心身を消耗して行く。
そして地獄の退却戦をしばらく繰り返した先に、ある物が見えた。
それは針金と柵を使って組み立てられたーーー
この戦いに前後して、上杉領、北条領で発狂した人間が街に増えた事が記録されている。
何か淡白な感じで書いたら、ホラーっぽくなった。
これが縦深防御か……‼︎




