混沌。
台風怖いれす。
千葉県吹っ飛んだりしないだろうな……。
永禄3年(1560年)
佐竹家本拠地 太田城
「今、申した通りだ……。我が佐竹家はお主からの借財を返済すること叶わぬ」
「ほう? 其れは何とも異な物言いで。関東随一の金山を抱える佐竹様なら、無理な額では無いのではござらんか?」
話しているのは佐竹家の現当主佐竹義昭と、ここ数年で急激に勃興した南部系の商人である。
南部系の商人達は、戦乱が激しくなるばかりの東国を中心に、法外な利息の金貸しを行なっており、民や大名を問わない取引で巨額の利益を得ていた。
佐竹家に対してもそれは例外ではなく、戦の度に多額の資金提供を行い、期限内に払う見込みが立たなければ、今回の如く、直接取り立てに伺うという訳である。
佐竹家は栃原金山など有力な金山を抱えている豊かな大名家であったが、南部家の様に領内に上手くその富を回すことが出来ず、相次ぐ戦乱や北条家の圧力に対して、資金が慢性的に不足しており、南部系の商人達からの借財は、雪だるま式に膨らんで行くばかりであった。
「今更包み隠すこともない。お主らの元締めは南部晴政殿であろう。どうか彼の御仁に口添えして、返済期限を伸ばして貰えないだろうか?」
「いんや、返して貰う額も期限も、びた一文負けません。あっと言う間も長くしません。それが約束ってもんでしょうがよ」
「貴様……‼︎」
話を側で聞いていた佐竹家の家臣の一人が、商人の身分を弁えない無礼な物言いに苛立ち、刀に手を掛ける。
義昭はそれを手で制すと、あくまで冷静に商人に問い掛けた。
「本当に駄目か? もう少し待って頂けたら、何とか返せる目処が立つのだ。あくまで額を減らすのでは無く、期限だけで良い。お主も貸した金が戻って来ないのは、大損であろう。どうにか頼む……」
義昭はそう言って頭を下げた。
下賤な商人に対して頭を下げる主君に、家臣達は真っ青になり頭を上げるように促すが、義昭は聞く耳を持たない。
少しすると家臣達も諦めが付き、共に頭を下げる。
武士が恥を忍んで頼み込んでいるのだ。この商人も聞かざるを得ないだろう。佐竹家の面々は頭を下げる屈辱に打ちひしがれながらも、そう考えていた。
商人がにやにやと笑いながら口を開く。
「そうかい、本当に今すぐ返せぬと……。それなら仰る通り南部様に掛け合ってーーー」
ようやく折れた商人に、佐竹家の面々は顔を地面に向け、表情を見せないように安堵の息を漏らす。
その時、商人の口からとんでもない言葉が放たれた。
「南部様に掛け合って、軍を興してもらうよ。足りない分はちゃっかり取り立てよう」
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永禄3年(1560年)
当時、数年の間沈黙を保っていた南部家に、奥羽以外の領土的野心は無いのかと思われていた。
だがそれは大きな誤りであった。
南部家は突如、約2万5千の大軍を動員し、佐竹家の領土へと侵攻する。
この征服に最早、朝廷や幕府を後ろ楯とした正当性は無く、南部家の脅威が間近に迫っていることを、関東の諸大名へと痛感させた。
以前から関東へ定期的に略奪軍を送っていた南部家の行いはここに極まり、大義名分に欠ける悪逆の類だとして、下野(栃木)の宇都宮家、安房(千葉)の里見家などが、佐竹家の援軍にと出陣した。
しかし戦の結果は惨々たる物で、連合軍が南部軍と衝突した常陸(茨城)での戦いでは、大敗北を喫している。
戦の趨勢を決めたのは、戦場に大量の騎馬と鉄砲を投入した南部軍の戦略によるものである。
南部晴政は後にこう言った。
[戦とは馬と鉄砲という火力を、どれ程前線にぶつけられるか、これに尽きる]
関東侵攻の総大将を務めた九戸信仲は、その言葉を体言する武将で、用意した火力を愚直に相手へとぶつける、火力を戦力に変換するのに長けた男であった。
戦力に大きな差がある場合は、むしろ余計な策を講じない方が上手く行くものである。
南部軍は佐竹家の太田城を始めとする、関東北部の城を次々と陥落させ、現地の大名や国人衆は雪崩を打ったように南部家へと靡いて行った。
しかし、南部家が利根川を境として、北側の領土をほぼ確定させたその時、関東へ新たな凶報が舞い込む。
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「義とは何ぞや?」
「人としての、道理に沿った行いのことかと」
「誰が節用集(辞典)を買うて来いと言った?」
「……なれば義とは?」
「我がこの現世に生まれ落ちたその時より、心中に浮かび上がる光り輝く道、これ即ち義その物也」
「相も変わらず傲慢なお方だ……。して我々はそんな貴方様に追いて行くしか無い訳ですが、何を始めるおつもりで?」
「昨晩の夢で、久方ぶりに光の道を見た。
義は我に有り。
毘沙門天の加護と共に一路、関東へ。
東国を欲望のままに食い散らす、他国凶徒を成敗致す」
長尾景虎、関東管領上杉憲政を奉じて、関東へ出兵。
関東を不当に侵食する南部、北条の両家を征伐するという大義名分を掲げた侵攻作戦である。
北条家と南部家の脅威に晒されていた関東諸侯はこれを好機と見て、軍を率いて次々と景虎の元へ集った。
その数は日増しに膨れ上がり、ついには9万を越すとも言われる、史上最大規模の動員と相成った。
これを見て北条家も同盟国である武田、今川両家に協力を要請すると共に動員を開始、効率的な動員システムを構築し、領民達からの信頼も厚い北条家は、最終的に4万5千の兵力を集めることに成功した。
東国での空前の動乱に危機感を感じた南部家も、既に関東に着陣していた九戸信仲の要請を受け、本国から南部晴政自らが率いる援軍を派遣。新たに支配した常陸、下野からも多少の無理を覚悟で徴兵する。
元から着陣していた九戸信仲の軍勢と合流し、遂には総勢5万の兵力が一挙に着陣する事態となった。
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北条氏康は言った。
「考えていた最悪の事態って奴だな……。氏政、奴らに野戦を挑もうなんて、馬鹿な事を考えるなよ」
長尾景虎は言った。
「東国とは強き者が治める土地也。北条にも、南部にも以前から誘われていたのだ。関東管領に相応しい者は誰なのかそれを決しようと。今こそその時……‼︎」
南部晴政は言った。
「分からんのか? 景虎がこの機会に出陣したその理由が。奴はな……、
関東から略奪する権利を賭けて、戦おうと言っているのだ‼︎」
総動員兵力18万5千。
関東三つ巴戦、開帳。
あ〜、もう無茶苦茶だよ。




