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風神の夢。

なかなか大事な回になります。


丁度10万字でこの話が書けて嬉しいです。




 むせ返るような暑さの蒸し風呂の中で、最初から平気な顔をしている晴政と、ようやく暑さに慣れた蘆名盛氏、相馬盛胤、岩城重隆の三人の会談が始まった。


「それで、貴殿らは南部家に臣従する意思があるということで良いのだな?」


 晴政の問い掛けに三人は黙って頷き、肯定の意を示す。晴政はそれを見て少しの笑みも見せず言葉を続ける。


「南部家への臣従とは、貴殿らが現在支配している領地、領民、家臣、更には自分自身さえ、南部家の当主たるオレに捧げるということだ。甘い同盟関係に収まるものではない、それを承知の上での申し出か?」


 晴政の恐ろしい覇気に当てられ、不思議な言い回しになるが、三人は蒸し風呂の暑さによる汗と冷や汗を同時に流してしまう。


 言葉を違えれば、間違いなく殺される。


 目の前の男は平気でそれをすることが出来る男だ。


 晴政本人を見てその懸念は確信へと変わって行く。






「一つ、よろしいか」






 勇気を振り絞るように、重隆が晴政の目を真っ直ぐに見つめて疑問を口にする。


(そも)、貴方がそこまで領地の拡大に努めるのは、何故(なにゆえ)か? 家名の存続を図るならば、いささか広大に過ぎる範囲に思えるが?」


 事実、支配の安定を考えるならば、ここ数年の南部家の急拡大は無理のある選択に感じられる。


 重隆の純粋な疑問であった。


 信長以前とも称するべきこの時代、日の本の統一を考えている者などいない。


「重隆殿、本当に分からないのかい? 天下だ、晴政殿は天下を目指しているんだ」


(しか)り、奥羽を瞬く間に制圧した圧倒的な才覚。その考えは、我々には及びも付かぬ領域にまで、達しておるのだろう。晴政殿はまさに英雄たるべくして生まれた天命を持つ者(なり)


 盛胤と盛氏が晴政に代わるように、重隆の疑問に答える。


 重隆はむむうと唸って感服した様子で、言葉を続ける。


「成る程、晴政殿ならそれが(あた)うかも知れませぬな。お恥ずかしい事をお聞きし申した。(それがし)には天命とやらが与えられておらぬようです」


「ご安心めされよ、我々は皆そうでしょう。晴政殿のようには生きられぬ」


「だから臣従しに来た。なあ晴政殿、今聞いた通りだ。貴方の天命に付き合わせてくれないか?」


 三人の目が晴政に向けられる。


 しかし視線の先にいた男の反応は、思っていたようなものとは少し違っていた。


 俯いて拳を握り締め、何かを堪えるように打ち震えている。髪と髭に隠されたその表情を窺い知ることは出来ない。


 その只ならぬ様子に動揺し、三人が押し黙ると、不意に晴政が顔を上げ、その激情を露わにした。






「オレの前で天命などという軽薄な言葉を吐くな愚図共があああぁぁぁっ‼︎ 


 それを持たざる者は英雄にはなれないのか⁉︎ 


 人間の成否は全て生まれ落ちた時に決まっているのか⁉︎ 


 果たして天は人を選ぶ程、偉いのか⁉︎ 


 我らが生まれたこの奥羽が寒く貧しいのは、天に選ばれなかったからだと言うのか⁉︎


 天? 神? 我らはそれを敬うが、何かを我らに与えたことがあるか⁉︎


 南部晴政はそれら虚構を一切認めぬ‼︎」



 



 三人は晴政の鬼気迫った叫びに大きく怯んだ。


 しばしの沈黙の後、誰からとは言わず恐る恐る晴政に問うた。


「天下を狙う意思は、ないのですか?」


「天下? 成る程、例えばこのまま関東、北陸を降し、畿内にまで攻め上がる。京を確保し、中国、四国、九州までも制圧。前提としてまず天下統一とはこの事だな」


「形に差異はあれ、そういうことでしょうな」


「日の本の全てを手に入れた者に、奥羽(ここ)は必要なのか? 寒く未開な秘境、せいぜい金銀を搾り取り、別の場所の発展へと利用されるだけであろう。我らの生まれたこの故郷がだ。少なくともオレならばそうする」


「っ⁉︎ それは……」






「分かるか? 日の本の天とやらは、奥羽(われわれ)を見てはいない……」






 激烈に過ぎる晴政の言葉に、場が静まり返る。晴政だけが、意に介さず言葉を続ける。






「最初の質問に戻ろう。何故、貴殿らの領土が必要なのか、だったな。国だ、オレには国が必要なのだ。そのためには、今のままでは少し手狭でな」


「日の本の北方にて、独立すると? 大和(やまと)から奥羽を切り離すと? 何と……、それではまるで……」


(しか)り、南部晴政は天に仇為す大罪人(なり)。この役目だけは誰にも渡さぬ、その罪も咎もオレが独り占めにしてやろう」


 晴政は両手を広げて天を仰ぎながら、独り言のように呟いた。






嗚呼(ああ)、まつろわぬ民の王、阿弖流為(アテルイ)よ。


 北の大地に理想郷の建設を夢見た、奥州藤原氏四代よ。


 今ここに帰って来い、貴公らの魂よ。


 始めよう、兵達(つわものども)が夢の、そのまた続きを」






 心の奥底に隠してゆっくりと育まれていた、一人の男の狂気に、三人はただ呆然とするしかなかった。


 しかし目の前の男の言葉は危険な魅力に満ちており、聞く度に心が揺り動かされる。


 この男は、面白い。


 男の視線が天から、自分達へと向けられる。






「お三方、天照(あまてらす)を見限る覚悟はあるかね?」






 その狂気に身を投じるのは、どれ程厳しく、愉快な道のりになるのであろう。


 最早迷いは無く、三人は黙って平伏した。






 現代日本での南部晴政のタブー化。被差別民の保護などは表向きの理由に過ぎない。


 それは国家を二つに割った日本史上最大の大罪に与えられた、ある種の名誉である。






10万字達成‼︎

記念に評価、感想、レビュー、何でもお待ちしております‼︎


よくここまで書けたもんだ。

これも皆様の応援のお陰でございます。


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