最上攻め。
ついつい晴政ばっか活躍させちゃうぜ。
苦戦や敗戦を面白く書ける程の技術は、作者にはないのです。
実のところ最早奥羽には、南部家に対抗出来る勢力は存在しない。
それどころか単純に国力だけを比べて、正面からの殴り合いを想定するならば、日の本全土を見ても片手の指で数える程しか、互角の勢力はいないだろう。
ならば奥羽を平定するに当たって、最大の障害となるものは何か?
答えは簡単、それは敵同士が手を組むことだ。
しかし奥羽の諸侯の場合、その手段は封じられている。天文の乱に端を発する決定的な対立構造、そこに先の合戦での葛西家の裏切りが加わり、お互いにとてもじゃないが、背中を預け合える心情じゃない。
では奥羽以外の勢力に助けを求めるのは、どうだろうか?
まずは越後の長尾家。長尾景虎は義を重んじ、外敵からの脅威に晒される勢力を度々救援している。援軍を求めるならば、これ程頼りになる者はいないだろう。
だがここで問題が一つ浮き彫りとなった。1553年には既に先客がいたのだ。
武田家の信濃侵攻により、越後に逃れて来た村上義清だ。景虎は彼の願いを聞き入れ、この年、武田家を征伐するべく、越後と信濃の国境である川中島に軍を進めることとなる。
俗に言う第一次川中島の戦いである。
長尾家はしばらく武田家との戦いに注力するだろう。故に長尾家からの奥羽への救援は期待出来ない。
次に関東に目を向けるとどうだ?
しかしこれも駄目。彼らには南部家よりも目前に差し迫った脅威が存在するのだ。
関東管領上杉家を下し、その勢力を急速に拡大する北条家だ。
後々にまで続く関東の戦いは、北条家とそれに対抗する関東諸侯との対立という形になる。
いわば反北条連合とも称される関東諸侯は、長尾景虎(長尾政虎)の関東出兵までロクな反撃が出来ず、強大化を続ける北条家の後塵を拝することとなる。
彼らは奥羽情勢に、ちょっかいを出す余裕がない。
奥羽の諸侯にとって援軍を望める勢力は、存在しないのである。
南部家は長年の保護政策によって友好的になった、山窩や河原者達を使った独自のネットワークによって、各地の情報を事細かに把握している。
諸侯が孤立しているこの様なタイミングで、奥羽の平定に本格的に乗り出したのは、もちろん偶然ではない。
それでも最上家は大宝寺家と、相馬家は岩城家というように、天文の乱に積極的な関わりがなかった勢力と、一応の同盟を結んだ。
だが南部家との戦力差は依然、絶望的である。
天文22年(1553年)南部軍は南下を開始した。
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天文22年(1553年)
南部軍は二万五千の兵力をもって、最上家の本拠地である山形城を包囲していた。
指揮するのは北信愛。入念な調略と懐柔に支えられた彼の軍略によって、最上家の支城は次々と陥落した。
最上家は現在、山形城にて籠城し、南部軍の消耗と大宝寺家の援軍を待つ姿勢を取っている。
南部軍は現地から略奪して兵糧を補給しながら、無理攻めはせず、山形城の内部からの崩壊を狙って連日、調略を進めている状況だ。
現地の国人達が続々と南部家へと寝返って行く中、南部家にこれ以上好き勝手にされては、逆転の目が完全に無くなってしまうと判断した大宝寺軍が、満を持して山形城の救援に向かったとの情報が知らされた。
「……軍を分けます。二万は引き続き山形城の包囲。五千は大宝寺軍を迎撃して下さい」
「五千を率いるのは、どなたにされますか?」
信愛は少し思案した後、自らが最も信頼する男が従軍していることを思い出した。
恐らくこの軍中で、最強の武将が……。
「南部晴政様に預けましょう」
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何がどうなっているのだ?
大宝寺義増は理解が出来なかった。
大宝寺軍は同盟国である最上家の要請を受けて、意気揚々と山形城の救援へと向かっていた。
周辺の索敵を行いながら、山形城へと続く細い隘路を慎重に進んで行く。
だがそこで異変が起こった。
斥候からの報告によれば、つい数時間前まで誰もいなかったはずの道の両脇に突如、漆黒の軍勢が姿を現したのだ。
斥候の情報が間違っていた訳ではない。
事実、つい先程までそこに南部軍は存在しなかった。
では何故、南部軍がそこに現れたのかというと、単純に彼らが滅茶苦茶速く移動して来ただけである。
南部軍は最低限の兵糧と、急所を守るだけの軽装。それに得意の馬を使った行軍によって、異常な速度で移動していた。
山中に差し掛かると行動の邪魔になる長槍すら捨てて、迅速に大宝寺軍を包囲するように位置取ったのだ。
南部軍は狭い山道のせいで、細長く伸びてしまった大宝寺軍の隊列に、斜面を一気に下って両側から猛攻を仕掛ける。
険しい斜面を駆け下りる南部兵達は、物理的に止まることが出来ない。そのことも南部軍の異常な勢いを後押ししていた。
大宝寺軍は突然の奇襲に、大混乱に陥る。
元々細長く伸びてしまっているため、指揮系統もズタズタにされ、指示が末端まで行き渡らなくなって行く。
それを意図して南部軍は、もう一つある事を仕掛けていた。
軍の攻勢を大宝寺軍の後列に集中させ、前列には少な過ぎると言ってもいい程の兵力で当たっていたのだ。
これにより何が起こるか?
指揮系統の崩れた大宝寺軍に、後列の者は負けていると思い、前列の者は勝っていると思う、意識の相違が起こったのだ。
退却する後列と、追撃する前列。
軍勢は自動的に分断される。
「兵ってのは、負けると後ろ向きに崩れて、勝つと前向きに崩れる訳だ」
南部軍五千人を指揮する男は呟いた。
二つに割れた大宝寺軍は、それぞれが向かった先で、再び不穏な空気に包まれる。
周りの山中より、ドンドンドンと太鼓の音が数回、聞こえた。
そして自分達を取り囲む様に、斜面の上に黒い影がこちらを見下ろしているのが見えた。
その正体は南部軍の伏兵である。
「前列と後列を各個殲滅、これぞ二重釣り野伏せ也。とくと味わえい」
突出した前後両端に対する伏兵の出現により、大宝寺軍は総崩れした。
しかし崩れたらどこに逃げるのか?
当然後ろに向かって逃げる訳だが、追撃していた前列にとっての後ろと、退却していた後列にとっての後ろは違う。
両者は南部軍に追われ、恐怖の余り冷静な判断が出来ず、道の中腹で味方同士の正面衝突を起こした。
こうなっては最早、軍としての体裁は無きに等しい。
人の軍勢は、ただの哀れな獲物となる。
勝負は決まったも同然だが、南部軍を率いる男に慈悲というものは一切無かった。
「殲滅せよ。南部の旗に二度と刃向かえぬように……」
南部軍の攻勢は熾烈を極め、戦場は地獄と化した。終わった時には大宝寺軍は総大将の大宝寺義増を含め、ほぼ全滅の有様だった。
南部軍五千兵は狂気的な高揚感に満たされていた。
圧倒的な勝利と一方的な殺戮。
そしてそれが自分達の中心で指揮を執る、神の如き男に捧げられるものなのだから。
漆黒の鎧に獣の毛皮を纏った北方の王は、身を翻してこう呟いた。
「一指揮官もなかなか楽しいもんだな。北信愛将軍、パシリが敵を皆殺しにしましたよっと」
この男は割と根に持つタイプである。
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