合戦終結。
蜂矢の陣の蜂の字が違うと誤字報告で指摘して下さっている方がいますが、何故か変換出来ません。
調べたらどっちでも間違いじゃないみたいなので、この作品では蜂の字で進めさせてもらおうと思います。
時は少し遡る。
陸奥国北部の人里離れたある寺院にて、二人の男が会談していた。
「葛西左京大夫晴胤に御座います。此度は約定通り内密に、この席を設けて下さり感謝致します」
「南部陸奥守晴政だ。前置きは良い、さっさと仕事の相談と行こう」
片方は天文の乱の混乱を利用し、伊達家より独立を果たした葛西家当主、葛西晴胤。
もう片方は他者の混乱を自らの糧へと変える北の魔物、南部家当主、南部晴政。
「……率直に言おう。私は貴方が陸奥を支配することに、何の異論も御座らん」
「何故?」
「我らは貴方に勝てない。それ以外に理由が必要か」
「我らとは?」
「この奥羽に生まれ落ちた全ての者」
「大きく出たな。やってみなければ分からんぞ、一戦くらいは戦ってみんか?」
「貴方は一戦交えた相手は必ず殺すでしょう。その手には乗りませぬ」
「……参った。あんたの降参に対して、オレの負けだ」
そう言って両手を上げる晴政を真剣な眼差しで見つめたまま、晴胤は言葉を続ける。
「奥羽は英雄の存在せぬ辺境であった。だからこその洞体制。同等の相手同士で家の興亡を懸けた戦が起こらぬように、皆が家族となったのだ」
「何度聞いても不可解だな」
「茶化さないで頂きたい。そこに現れたのが貴方だ。天文の乱により偶然起こった洞の綻びと共に現れた英雄の脅威、奥羽の何かが変わるのだと私は確信している」
「買い被るなよ。あんただけが損するかも知れないぜ」
「茶化すなと言ったはずだ‼︎ 私には見えていないところまで、貴方には見えているはずだろう‼︎」
「……買い被り過ぎだ。だが一つだけ言っておくとな……」
「?」
「確かに勝つのはオレだ。そこは見る目あるぜ」
「……されば、了承ということでよろしいかな。葛西家は南部家の臣下へ下るということに」
そう言う晴胤に対して、晴政はニヤリと笑みを浮かべて、ある提案をする。
「そう急がなくても良い。信用を見せるという意味合いで、最初に一仕事やってもらおう」
「何を?」
「なあ、晴胤殿。芝居は得意か?」
「……伊達家を釣り出すおつもりか」
「察しが良いな。そうだ、あんたを新たに臣下に迎えるに当たって、やって置かなければならないことがある」
「それが伊達家からの完全なる離反だと?」
「細かい話は追々伝える。今この場でやって欲しいのはな」
晴政は話を一旦区切って、傍らに置いていた盃に懐から取り出した酒を注ぐ。
「貴殿の新たな門出を祝って、乾杯と行こうではないか」
「……有り難く、頂戴致す」
「ついでに義兄弟にでもなるかい?」
「ご冗談を、人と魔物が兄弟にはなれますまい」
「何とも無礼な奴だ。まあ美辞麗句を並べて、必死に取り繕って降伏するより、晴胤殿のような御仁の方が、返って信用出来るというものだ」
この翌日、全て二人が示し合わせた通りに、南部軍の葛西領への侵攻が始まった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
北
城
城
蘆名軍 最上軍 城
西 南部軍(円陣) 相馬軍←葛西軍 城東
南部軍 城
伊達軍(晴宗) 伊達軍(稙宗) 城
城
南
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
寺池城より現れた葛西、南部連合軍は最上軍、相馬軍、伊達軍(稙宗)を背後から奇襲した。
思いがけない方向からの攻撃によって、三軍はあえなく壊乱。円陣を組む南部軍への包囲は早くも崩れ去った。
寺池城より出現した葛西、南部連合軍は二手に分かれ、それぞれを追撃する。
北西へ逃げる最上軍、相馬軍を葛西軍が、南西に逃げる伊達軍(稙宗)を南部軍がそれぞれ担当する形となった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
北
最上軍 城
相馬軍 ↖︎ 城
蘆名軍 葛西軍 城
西 南部軍(円陣) 城東
伊達軍(晴宗) 南部軍 城
↙︎ 城
伊達軍(稙宗) 城
南
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
合戦の趨勢が明らかになり始めたところで、円陣を組む南部軍が再び回転を開始する。
狙うのは気息奄々の伊達軍(晴宗)を無視し、未だほとんど無傷の蘆名軍だ。
味方が壊乱する戦場の散々な状況の上に、数で勝る南部軍の車懸かりだ。
蘆名盛氏の的確で懸命な指揮も、既に状況を覆すことは出来ず、蘆名軍はその暴力的な回転の前に鎧袖一触で蹴散らされた。
最早、その攻勢を押し留める者はいなかった。
南部家はその圧倒的機動力を持って追撃を開始し、伊達家連合は散りぢりとなって、その絶望的な退却戦に身を投じることとなる。
「貴様らの敗因を挙げるとキリが無いが……、敢えて言うなら貴様らの考える崇高な家族とやらを他者にまで押し付けようとしたことだ。人々の欲望の前ではそんなものは塵芥に過ぎぬ、民達はただ食わせてくれる強き王を求めているだけなのだ」
風神は堂々と、それでいて悲しげに呟いた。
1546年、陸奥国を二分した一大会戦は、人々の心を動揺させ、時には暴走させた南部家の勝利に終わることとなった。
この戦いを契機に、応仁の乱に端を発する戦国時代初期に興盛を誇ったいくつかの旧勢力は没落して行くことになる。
後世に生きる我々に、当時に生きた人間の心というものを知る術はない。
ただ、日の本北方に新たな旗が翻ったことを知るのみである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「殿は当然、拙者が務める」
伊達稙宗の重臣、小梁川宗朝は悲壮な覚悟を表明していた。
撤退戦は速度と勢いで上回る南部軍に、完全にコントロールされている。
南部軍は迎撃の態勢を整えた場所には決して向かって来ず。それを無視して、最も来て欲しくないところに問答無用で攻め掛かる。
訓練と装備によって機動力に偏重した南部軍だからこそ出来る、悪鬼の如き追撃であった。
「お主がその様な危険な任に就くことはない。お主の才覚は今後も伊達家を支えて行くものじゃ」
稙宗が止めようとするが、宗朝は聞く耳を持たない。
「そも、主君をこの様な窮地に追い込んだこと自体、拙者の不徳の成すところ。稙宗様、どうか止めないで下され」
「……このような状況になっては最早、再起は望まん。僅かな希望を託して家督は晴宗に譲るつもりじゃ。頼む、ワシを捨てて晴宗を支えてやってくれんか?」
「我が主君にあるまじき世迷言を、稙宗様、聞いて下され……」
「?」
「拙者は貴方を馬鹿な男だと思っている。その上で貴方に生涯を懸けて仕えようと思ったのだ。この乱世で、家族などという吹けば飛ぶような繋がりを信じ、この地に平和をもたらそうとした一人の最高の大馬鹿者に、私は仕えたいと思ったのだ」
「……無礼者が、お主が一番の大馬鹿者じゃわい。だが絶対に忘れん。お主の大馬鹿具合は絶対に忘れてやらんからな‼︎」
「……かたじけない」
この会話の数時間後、殿を引き受けた彼は存分に戦って、そして死んだ。
南部軍の先頭に掲げられた彼の首は、抵抗を続ける伊達家連合軍に絶望感を与えるのに、存分の効力を発揮したという。
[死者を辱よ。英雄を辱めよ。南部に敵対した全てを辱めよ]
記録に残る南部晴政の布告は、彼の恐ろしさと狂気を今でも濃厚に窺わせる。
感想お待ちしております。




