一殺。
人との戦争より、熊との戦争のが長引いてるじゃねーか。
後一回くらいで終わるから勘弁して。
「ひ、ひい‼︎ こんなの勝てる訳がねえ‼︎ さっさとトンズラこいてーー」
そう言い切る前に彼の頭は吹き飛んだ。
暴力の権化、その一言に尽きるであろう。
羆の大群は無人の野を行くが如く、人間の作った防衛線を破壊する。やっとの思いで一頭の羆を討伐した西の騎馬隊は、何倍にもなって返ってきたその暴威に四苦八苦していた。
広場の障害物を突破してきた一頭の羆に、矢を射掛ける。
逃げてもどの道包囲されている状況は変わらない。生きるためには一頭でも多くここで倒すしかないのだ。
多数の矢をくらった羆は、毒が回って息絶える。
しかしその倒れた羆の体を盾にするように、後ろからもう一頭の羆が現れた。現れた羆にも弓矢で応戦するが、毒が回るまでには間に合わず、騎馬隊の一人が捕らえられる。
馬にのしかかって潰した後、乗っていた二人の男に向かって腕を一振り。
その剛力とカミソリ並とも称される鋭い爪によって、二人の男がまとめてその上半身を深く抉られた。
先頭の男はその傷で死に、その後ろに乗っていた男はそのままの勢いで首筋に噛み付かれ、頸動脈を含めた肉をごっそり引きちぎられた。
あまりに現実感のない光景に、周りの騎兵達は呆然自失として、仲間だったその肉塊から噴き上がる血しぶきを浴びていた。
固まった仲間達を呼び覚ますために、隊を率いていた三郎が声を上げる。
「退け‼︎ ここはもう持たねえ‼︎ 退がりながら戦うぞ‼︎」
大きな声にハッと我に帰った一同は即座に指示に従う。
二人乗りで馬を操る者、弓矢を操る者と分業しているおかげで、一人でそれをこなすチンギス・ハンの軍勢のようにはいかないが、似たようなことは出来る。
騎馬で背を向けて逃げながら、背後に向かって射撃。
羆に深入りされる状況を見越して、防御設備は村の内部まで続いている。
その助けもあって、順調に数頭の羆を倒しながら撤退して行く。途中横道から突然現れた羆に襲われるなどのトラブルに見舞われたが、落馬した仲間を助けている余裕はない。
止まれば、死あるのみ。
騎馬隊は果敢に戦いながらも村の中央まで撤退するのだった。
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村の東側では羆は自分達の王たる巨大な羆を殺された怒りからか、西側よりも多くの羆が殺到していた。
恐怖の広がる討伐隊の陣形が何とか崩れずに保っているのは、総大将の晴政が櫓から降りて来て陣頭に立って指揮しているからである。
わざわざ危険なところに姿を現す指揮官は、馬鹿にされがちだが、やはり率いられる者達の士気の上昇という面で言えばその効果は大きなものがある。
まあ恐怖のあまり逃げ出したところで、もう逃げ場などないのだが。
「敵は不死身ではない‼︎ あの巨大な羆が倒れたのを見ただろう‼︎ 恐れず戦えば必ず勝利はその先に待っている‼︎」
晴政の鼓舞により討伐隊は柵を挟んで必死に弓矢で、時には槍で羆を迎撃する。
柵に近付くまでに仲間達が倒れていく中、やがてその死体を踏み越えて一頭の羆が柵に掴み掛かる。
焦った討伐隊がすかさず槍でその羆を突く。
討伐隊が突き出した槍が羆の体に刺さると、羆は槍が刺さったまま体を震わせて、その槍を柵にぶつけて槍を折ってしまった。
「こんちくしょう‼︎」
柵を挟んで羆と至近距離で相対した一人の男が、持っていた斧を羆の頭に振り下ろした。
しかし斧はその固い頭蓋骨を割ることは出来ず、頭蓋骨の表面を滑らされる。
斧は表面の羆の頭の肉をこそげ取って行ったが、羆の闘争心が消えることはなく、そのまま柵を破壊して、斧を持った男にのし掛かる。
血を補給しなくてはならない。
そういった本能からの行動だろうか。羆は周囲から槍による攻撃を受けているにも関わらず、身動きが取れなくなった斧の男の腹に噛み付く。
余談だが羆は獲った鮭の腹だけを食べて捨てるらしい。
男は生きたまま内蔵を貪られ、絶命した。
羆も食べている途中でやっと体に毒が回り、その場に倒れ伏した。しかし、この羆が切り開いた活路を仲間達は見逃さない。
破壊された柵に新たな羆が突入してくる。
「ひっ、ひい」
防衛線を維持するのが困難と判断した晴政が撤退の指示を出すが、側にいた槍持ちの男が腰を抜かして、その場に座り込んでしまった。
羆はそちらを睨み付けると、のそのそと男に向かって歩みを進める。
殺される、そう感じた男が目をつむったところだった。
近付いてきた羆の後頭部にコツンと石が当てられた。当然こんなものが効く訳もないが、羆は石が当たった方へ意識を向け振り返る。
そこには漆黒の薙刀を構えた晴政が立っていた。
薙刀は何故か柄が短く折られている。
「分かってんだよ。確かに悪いのは開拓の名目で森を荒らすオレ達だ」
羆が猛スピードで晴政に突進する。
晴政は薙刀の穂先を羆のある一点に向けて、泰然と構えていた。
「だがそれがどうしたというのだ? オレはハナから自分が善人だと人に触れ回ったりはしていない。欲しいからだ。オレは蝦夷が欲しいから、自分のエゴで、全て勝手なこちらの都合で殺してやろう」
怖くない訳ではない。
決意を口にしていないと体が動かなかった。
最後に話をするのが羆になるかもしれないな。晴政は絶体絶命の危地において何故か冴えてきた頭で、そんなことを考えていた。
晴政は向かって来る羆に自ら突っ込んだ。そして接触する寸前で突然、体を落とし仰向けになる。羆はそれを逃さず晴政へのし掛かる。
薙刀の穂先はのし掛かかってくる羆の心臓へ、逆側の薙刀の先端(石突)は地面へセットする。
穂先が羆自らの体重によって深く突き刺さる。
そして肋骨の隙間を通して、心臓を刺し貫いた。
「一人一殺って奴だ、デカブツが……‼︎」
晴政は羆の下から這い出て、刺さった薙刀を羆から抜き払うと、そのまま高く掲げた。
「皆の者‼︎ 今日は最高の日だな‼︎ 戦いにゃもってこいだ‼︎ 戦って死ねとは言わん、戦って生き延びよ‼︎」
呆然とした面持ちでその様子を見ていた周りの人々は、その一言で狂ったような歓声を上げた。
南部晴政の熊殺し。
後世では川中島の一騎打ちと並んで、戦国時代の嘘臭い話の代表格として語られている。
そもそも彼がなんで蝦夷にいるのか、総大将が前線で羆と戦う訳ないだろ、そもそも近接武器で羆に勝てる訳ないだろ。
ネットでは今日も懐疑と嘲笑の声で盛り上がっている。
活動報告ちょびちょび書いてます。
よろしければそちらもお願いします。




