ここは堺やさかい。
感想がちょくちょく書かれて、嬉じい゛でず‼︎
もう書き溜めに追い付かれそうだけど、頑張ります。
作者に毎日投稿など無理だったのか……、毎日チクショーで勘弁してもらえないかな?
政治の中心地、京の都での政治工作を終えた晴政はその足で一路、経済の中心地である堺(大阪)へ向かった。
朝廷や幕府はこの時代、何一つ[実]の力を持たない。彼らが他人に与えられるのは名誉だとか権威だとか、現代日本人の価値観が入り込んだ晴政にとって、一笑に付すものばかりである。
最終的に晴政が欲しいのは金と領土だけだ。そして金のために堺の商人達と顔を繋いでおこう。
特にはっきりとした目的があるわけでもないが、そんなところだ。この時代の色々な地方を見て回りたいといった、ミーハーな考えもある。
堺の町が近付くに連れ、人々の賑わいも増して行く。長い戦乱のせいで荒れ果てていた京とは大違いだな。
既に町で噂になっていたのだろう。畿内ではそうそう見かけることのない、大きな南部馬に跨ったオレ達の行列に興味津々といった様子で、道沿いに人だかりが出来ている。
「ひええ、あれが陸奥のお侍さんか、恐ろしいのう」
「あ奴ら獣を食らうらしいぞ、あんまり見てると、ワシらもとって食われてしまうやも知れん。逃げろ逃げろ」
「南部様はどいつじゃ、風神を見てみたいぞ」
中々に不名誉なことを噂されている様だ。人の事を鬼か化け物かみたいに……、まあ騒ぎを起こしたら事だ。勢力圏内で暴れたら細川家がぶっ飛んで来るだろう。大人しく通り過ぎるとしよう。
「%$×>○1〒」
「ひええ、許してくだせえ」
ウチの若い侍は買い物をしたくて、堺の人々に話し掛けているが、ごりごりの津軽弁は難易度が高過ぎた様で、人々は怖がって逃げてしまっている。
若い侍はどうして逃げられたのか分からず、涙目になりながら落ち込んでいた。
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「ようこそおいで下さいました。晴政様」
堺に到着した晴政一行はこの時期、堺の町を自治する豪商達に招かれ、宴席を設けられていた。
「こちらこそこんなにも豪勢な宴は初めてだ。お心遣い感謝します」
「またまた晴政様、ご冗談を。南部家の蔵は金銀で溢れているというではありませんか、この程度の宴席、あなたなら何とも思っていないでしょう」
商人達は宴が始まってからずっとギラギラとした目で、晴政を見つめている。
こいつらもオレと同じく、金が欲しくてたまらないのだ。南部領の物産を堺から独占的に流通させることができれば、それは大きな利益になる。
だがこちらも、こいつらにばかり良いように稼がれてはたまらない。
「本題に入るが良い。そんなにもオレをおだてて何をさせたいのだ?」
突然強い口調で剣呑な気配を見せる晴政に、商人達は一瞬怯む。しかし彼らも海山幾千の猛者達だ、笑みを絶やさず、すぐに気を持ち直して晴政に語りかける。
「参りました、こんなお膳立てはあなたには逆効果のようですね。よいです、本音で語り合いましょう。我ら堺の商人にもっと優先的に、商品を卸していただきたいのです」
「もう既に堺には少数だが、ウチの船が貿易を行っているはずだが?」
「だからもっと多く、優先的にです。距離が遠いのもあってあなた方は、海路では越前、尾張の辺りまでしか大規模な交易を行っていない。その足を堺にまで伸ばしていただきたいのです」
「……お主らは日の本最大の商人だ。ウチの田舎商人など遠方まで赴いた挙句、上手く騙されて大損こかされるだけだろう」
「これはこれは随分と我々を評価して下さっているようで、恐縮で御座います」
「そういうのはもういいと言っただろう。それで答えは?オレはお主らを信用出来ていないぞ?お前らはオレに何を差し出すことが出来る?」
「南部と堺の間で、物品の価値を毎年定めておきましょう。銭にしたら幾らなのか、金銀にしたらどのくらいの重さなのか」
南部家とは定格の取引しか出来なくなるというのに、こいつらはそれで利益を出せるということか、経験に裏打ちされた確かな自信。
参ったものだ、ウチの木っ端商人がこいつらとまともに交渉出来る訳がない。だからこそ、この取引にはこちらにも利がある。
「分かった、だが堺で作っている私鋳銭での取引は認めん。それで良いな?」
「……まあ、そんなところですか」
堺の粗悪な私鋳銭をこちらに押し付けられては困る。
商人達は少し言い淀んだが、これ以上の交渉は不可能だと察したのだろう。晴政と商人達はお互いに条件を了承した。
なんだかんだいって堺との貿易は儲かる。現地で安く買い叩かれたりしないのならば、それは尚更だ。
こうして話は纏まったが、参加者達はやけに酒が苦くなったような気がして、宴席は想定以上にお開きとなってしまった。
晴政が出ていった部屋で、残った商人達は話を続けていた。
「ふう、恐ろしや恐ろしや。晴政様と話していると寿命が縮みますな」
「北の風神様は商売にも造詣が深いらしい、お武家様とは思えぬ、強欲ぶりよ。まあ、だからこそ我々とはなかなかウマが合うかもしれません」
「いや、かの御仁の本質はやはりの鬼神の如き戦人の顔。今もいつ首を引き千切られても可笑しくは無かった」
「何にせよ敵にはしたくないものだな」
いつの時代も堺には、芸術家が多く住んでいたと言われる。この時代から彼らが良く作品のモチーフにしている人物が一人増えた。
北の魔物、南部晴政。その姿は黄金を身に纏う金満な小太りの男だったり、血だらけで毛むくじゃら、更には角や触手が生えていたりと各々の持つイメージが、現代まで一貫しなかった。
最も正確に晴政の姿を描いているとされる長谷川等伯の重要文化財[南部晴政像]は、当時とてもつまらない絵だとして、堺の市場で二束三文で投げ売りされていたという話が残っている。
[南部晴政像]には、口髭を生やし黒い鎧を着た、これといって特徴のない初老の男性が、羆の毛皮の上に座って、血だらけの首と金塊を数えている。
火の無いところに煙は立たない。
突拍子もないイメージは、当たらずも遠からずといったところだったのだろうか。
儲かりまっか〜‼︎
余談ですが、滋賀弁は京言葉が混じった関西弁という感じの方言です。




