第九十九話 認めてもらうために
宰相の言葉を聞いても、リンツ王子とニーナ王女は取り乱した様子を見せなかった。
リンツ王子などは、逆にうっすらと笑みを浮かべていたほどだ。
もちろん、周りには分からないようにしていたけれど、僕はたまたま見てしまった。
「ご存じのとおり、王は重大な病に侵されており、こなすべき公務も疎かになっているほどだ。そのため、王は自ら退位することをお決めになられ、次の王を王族の中から選ぶこととなった」
宰相が現在の状況を説明してくれる。
……まあ、王の外見を見ればわかるよね。明らかに健康ではないことくらい。
「先ほどであるが、第三王子が次の王となることを辞退なされた。ここで、次の王となる意思を持つ者は、ついにお二方のみとなった」
あ、王位を継ぐことができるのは、ニーナ王女とリンツ王子だけじゃなかったんだね。
まあ、それが当たり前だとは思うけれど、勘違いしていたよ。
それにしても、辞退かぁ。
ニーナ王女か、もしくはリンツ王子が何か働きかけたのだろうか?
「このたび、お二方をお呼びしたのは、王位を継ぐことへの最終意思確認である。お二方は、王となる覚悟がお有りだろうか?」
宰相の鋭い目が、ニーナ王女とリンツ王子に注がれる。
平時であれば、そんな目を王族に向けたら処断されそうだが、今は王の意思を代弁しているらしいから大丈夫なのだろう。
現に、二人ともそんな目を向けられても怒っている様子を見せないし。
「もちろんです」
最初に答えたのは、リンツ王子だった。
「この偉大なるエヴァン王国を、さらなる強国へ。世界列強国へと……かつてのラルド帝国のような強国へと押し上げて見せましょう」
おぉ……格好いい……。
あまり思い出したくないような不快な国の名前が出てきたものの、リンツ王子の決意は気高いものだろう。
ニーナ王女に彼のことを聞いていなかったら、応援してしまっていたかもしれない。
「私も、王位を継ぐ決意があります」
次に答えたのは、ニーナ王女であった。
「国家とは、民なくして成立しません。民のための国家、弱者を救済する王国を作り上げたいと思います」
ニーナ王女の決意は、とても優しいものだった。
弱い庶人を守り、救い上げることが彼女の考えなのだろう。
リンツ王子の国家観と、ニーナ王女の国家観。どちらも間違っているわけではないだろう。
だからこそ、それぞれの陣営に騎士たちが別れているのだから。
このどちらの考えを持つ王を擁立するかは、エヴァン王国に住む人々次第だ。
しがない一闇ギルドである『救世の軍勢』のマスターである僕に、このことをとやかく言う資格もなければ言うつもりもない。
まあ、どちらも闇ギルドを苛烈に追い立てないでほしいね。できればでいいから。
「ふん、甘いことを」
「……何か?」
しかし、僕の考えとは違って、リンツ王子はニーナ王女の考えが気に食わなかったらしい。
ボソリと言って、あからさまな嘲笑を浮かべる。
ニーナ王女も黙り込んでしまうほど大人しくはなく、声音こそ冷静なものの、目は非常に鋭くなっていた。
「甘いと言ったのだ、ニーナ。民のための国家だと?国家あっての民、王あっての民だ。王国と王が豊かにならねば、どうして民が豊かになろう?」
「民あっての国家であり、民あっての王であります、兄上。彼らが存在し、税を納めてくれなければ、国家として成立せず、また王としても認められますまい」
鋭い舌戦を繰り広げるリンツ王子とニーナ王女。
国家運営に関してド素人である僕は、二人のどちらが正しいかなんてわからなかった。
王というのも大変である。
エヴァン王国に住まう何百万、何千万の国民一人一人のことを考えて政治を行わなければならないのだから。
その点、僕は全然楽させてもらっている。
僕が注意して思いやらなければならないのは、『救世の軍勢』に所属する九人の娘たちである。
ユウトやマホ、ルシルやルシカという協力者も守らなければならないけれど、優先的に助けなければならないのは『救世の軍勢』の面々である。
そんな僕が、ニーナ王女、リンツ王子のどちらが正しいかなんて判断できるはずもなかった。
「今、ここで議論を交わしてもらう必要はない」
激論へと変わってしまいそうだった状況を、宰相が収める。
王の代弁者であるので、ニーナ王女はもちろんリンツ王子も黙り込む。
「お二方は、次の王となる覚悟がお有りだと考えてよろしいのですな?」
「ああ」
「うむ」
宰相の最後の意思確認に、リンツ王子とニーナ王女がいくばくもおかずに答える。
それを見て、宰相は仰々しく頷く。
「よろしい。ならば、王の選定はこのお二方を候補とさせていただく!」
宰相が、強くそう宣言するのであった。
◆
僕とリッターは、ニーナ王女の後ろを歩いていた。
宰相の最後の宣言の後、王はすぐに引っ込んでしまい、それに合わせてリンツ王子も二人の側近を従えてすぐに退出してしまった。
ニーナ王女もまた玉座の間を後にしているのであった。
……それにしても、次の王はどのように選ばれるのだろうか?
「なに、至極簡単だ。エヴァン王国を構成する主要な貴族、およそ百名ほどだな。彼らの投票で選ばれる」
僕の疑問に、ニーナ王女が答えてくれた。
へー、投票なんだ。
酷く民主的でいいとは思うんだけれど、国民投票はしないのだろうか?
「ふふっ、お前は馬鹿か?何千万といる王国の民たちに王選定の投票をさせるとなると、どれほどの時間と人手、金が必要となると思っている」
出来の悪い生徒を見る教師のような目を向けられてしまう。
なるほど、確かにそうだ。
ただ、似たようなことを実践している国もあるというのだから驚きだよね。
ユウトやマホたちが来た世界がそうらしいけれど……凄いなぁ……。
「さて、マスター」
人けのない廊下を歩いていたのだけれど、ニーナ王女は唐突に立ち止まる。
え、なに?
「私に、雇われるつもりはないか?」
……雇われる?僕が、ニーナ王女に?
「うむ、リッターの師というのであれば、まさに私が望んでいる人材に他ならないからな」
そ、その師匠という情報がそもそも過ちなんですけれど……。
とはいえ、その事実を伝えられないのが厄介だ。
うーん……確かに、リッターほどの力を持つ騎士を育て上げた師匠なら、これから激しいであろう王の選定を戦っていくニーナ王女は欲しがるのも当然だろう。
しかしなぁ……。僕は一闇ギルドのマスターだし、そうそう何日もギルド本部を離れるわけには……。
「なに、私の部下になれとは言っていない。リッターにそれを相談すると、怒られたからな」
「……当然。マスターは私を従えこそすれど、誰かに従えられることなんてありえない」
そう、今のリッターの反応のように、僕が誰かの下に付くとなると、『救世の軍勢』内からの猛烈な反発が予想される。
……それで嫌われたくないし。
あと、僕は一応マスターだけれども、リッターたちを従えているつもりはまったくないんだけれども。
しかしなぁ……ニーナ王女の提案は……。
「報奨金は弾むぞ?」
僕が悩んでいると、ニーナ王女がそう切り出してきた。
そうはいっても……。
と、ここまで考えて僕はハッと気づいた。
ニーナ王女が僕を雇って何をするのかはわからないけれど、王の選定方法などは酷く民主的で平和なようだし、彼女の護衛くらいだろう。
それに対して、ニーナ王女は僕にお金を払う。
これは、最早ギルドに送られてくる依頼と同じではないだろうか?
そして、僕と言えばここ最近は本当に依頼をこなしていない。
以前、ソルグロスがグレーギルドに潜入していた時に、リザードマン討伐の手伝いをしたくらいである。
それまでも全然していなかったし、『鉄の女王』事件以来もまた同様だ。
……ここで僕が依頼をこなせば、『救世の軍勢』のメンバーたちも僕に対して過保護にはならないのではないだろうか?
「…………?」
チラリと、ギルドメンバーであるリッターを見る。
不思議そうにしながらも、スススッと身体を寄せてくる。
こ、この無防備な子もどうにかしなければならない気がしてきた……。
……よし。
「本当か!?」
僕はニーナ王女の申し出を受けることにした。
これで僕も、久々の冒険者デビューだ!
……正式な依頼じゃあないんだけれど。
「……マスターと一緒」
リッターも嬉しそうな雰囲気を醸し出してくれている。
反対をされていないし、僕の判断は間違っているというわけではないのだろう。
よし、まずはリッターに認めてもらえるように、頑張るとしよう。
「それでは、私の屋敷に戻るとするか。文書でも正式に契約を結ぶ必要があるしな」
ニーナ王女は上機嫌な様子でそう言った。
ほほう、文書でしっかりと契約内容を決めるとは、しっかりとしている。
そんなことを思いながら、僕はニーナ王女の背を追いかけるのであった。
「…………」
この時、リッターは何の感情も映さない目で後ろの曲がり角を見ていたのだけれど、少ししてから追いかけてきたのであった。




