第九十八話 王子の側近
僕とリッター、そしてニーナ王女は、王城に設置されているニーナ王女の部屋にいた。
僕がリッターに連れて行かれた屋敷は、ニーナ王女が保有する屋敷らしい。
何か呼び出しがかかったり、必要に迫られたりすれば王城に向かうということで、常に王城にいるわけではないようだ。
そんなところで、僕は割と居心地が悪かったりしていた。
いや、だってそうだろう?
完全なる部外者である僕が、この国の次代王となるかもしれない二人の候補者が物凄く仲が悪いと知ってしまったんだ。
僕が一般国民みたいな部外者なら問題はなかったろうけれど、闇ギルドのマスターである。
僕としては何も痛くはないのだけれど、一番知ってはいけない人が知ってしまった感があって、心がもやもやとする。
「すまない。少々、気が立っていてな。もう落ち着いたから、大丈夫だ」
ニーナ王女は僕が居心地悪そうにしている理由が、先ほどから怒気を滲み出させているせいだと思って謝ってきた。
いやいや、別にこの程度の怒気なら、大して影響はないよ。
……と、言いたいところではあるけれども、じゃあどうしてと問われれば答えられないため、あいまいな笑みを浮かべておく。
「……私と兄上は昔から仲が悪くてな」
ニーナ王女は、独り言をつぶやくように小さな声で話し始めた。
えっ……聞きたくないんですけれど……。
リッターに助けを求めようにも、僕の膝の上ですでにスヤスヤである。
くそぅ……!可愛いからたたき起こせない!
こうして、僕は嫌々ニーナ王女のお話……もといエヴァン王国の闇を聞くはめになったのであった。
「兄上は昔から自己中心的な人だった。自分の欲しいものを他人が持っていれば、それを無理やり奪い取る。それは、物に限らず、人も含んでいた。兄上は昔から冒険者ギルドに出入りしていたから、腕っぷしはかなり強かった」
さ、最初からとんでもない話だな。
まさか、王国第一王子の性格の悪さを教えられるとは……。
「それだけでも許せないのだが、兄上は王族としての権力を行使して強奪をすることがあった。少し前、隣の帝国と局地戦になったことがあったが、それも兄上が帝国の貴族を無理やり娶ったことが発端だ」
……とんでもない王子じゃないか。
一人のわがままで、国家間の戦争なんて起こされたら堪ったものではないだろう。
とくに、兵役や納税などの義務が課せられている一般国民からすれば尚更だ。
……まあ、僕たちは闇ギルドだから、そういった王国に貢献するようなことは一切していないんだけれど。
「そんな兄上の元に集まる騎士たちは、エヴァン王国の品位を損なうような、冒険者たちと何ら変わりない荒々しい奴らばかりだ。王子の側近がそんな者たちだと、王国が侮られて見られてしまう!」
なるほど。それだったら、出会って数時間も経っていなかった僕を側近にしたニーナ王女にも問題があると思うのだけれど……。
「リッターの師なら大丈夫だ」
……やっぱり、リッターへの信頼が凄まじく篤い。
「話が逸れてしまったが、王族の品位を欠けるような兄上を王にさせるわけにはいかない。次に王国を担う王となるのは、この私だ!」
ニーナ王女は、そう強く宣言した。
エヴァン王国を心の底から大切に思っているがゆえに、兄と戦う決意をしたのだろう。
へぇ……まあ、闇ギルドのマスターだから僕は手助けできないけれども、頑張ってほしいね。
「ニーナ王女様。準備が整いましたので、玉座の間までお越しください」
「ああ、分かった」
扉の外から声をかけられる。
それに応じて、ニーナ王女は立ち上がった。
「お前たちも来てくれ。ただ、私の後ろで立っているだけでいい」
わ、分かったよ。
玉座の間と言ったら、おそらく王国のトップである王もいることだろう。
何だか、ドキドキしてきたよ。
ほら、リッターもそろそろ起きないと……。
そう言って、僕が彼女をゆすると……。
「……あむ」
僕の指が彼女の口に咥えられてしまった。
うわぁぁぁっ!ぬるぬるして――――――!!
◆
玉座の間という部屋に着いた。
僕も、リッターに指を甘噛みされるという事件に巻き込まれたものの、何とか彼女を正気に戻した。
「ここから先は、私の父上――――エヴァン王国の王がおられる場所だ。マスターは分かっていると思うが、余計なことは言わないようにな」
ニーナ王女がチラリと後ろを振り返って忠告してくれる。
うん、了解したよ。
それにしても、まさか僕が王国の王を見ることができるときが来るとはなぁ……。
人生、長く生きてみるものだね。
「どうぞ、ニーナ王女」
「うむ」
部屋の前に立っていた騎士に促されて、ニーナ王女は中に入っていく。
僕とリッターもそれに続く。
中は、玉座の間ということでとても豪華で広かった。
天井や壁には、僕がいまいちよく分からない絢爛な装飾がなされている。
黄金などの希少なものも、ふんだんに使われているように見えた。
さらに、王を守るための側近の騎士たちであろうか、左右にそれなりの数の騎士が詰めていた。
ニーナ王女はそんな間を堂々と歩き、リッターは本当に何も思っていなさそうにぼーっとしながら歩く。
僕は笑顔こそ浮かべているものの、内心では冷や汗ものだ。
……僕が闇ギルドのマスターだとばれたら、ここにいる全員の騎士たちに襲い掛かられるんだろうなぁ。
「お待たせしました、王よ。ニーナ、ただいま参上いたしました」
ニーナ王女は跪いて、高い所にある椅子に腰かけている男に頭を下げる。
あ、もしかしなくても、これって僕たちもしなければいけないのかな?
「……しなくても大丈夫。側近の騎士は、何かあった時に迅速に動かないといけないから、跪いたりしなくてもいいの。……マスター以外に頭を下げる必要もない」
僕が考えていると、リッターがボソリと教えてくれた。
そうかぁ。最後の言葉を聞くと、本当に頭を下げなければいけないときでもリッターは下げそうにないのだけれど、まあ今は問題ないからいいか。
「……よい。頭を上げよ」
「はっ」
冠を被った男……エヴァン王国の王は、頭を下げるニーナ王女に許しを与える。
ニーナ王女が頭を上げて王を見るので、僕も初めて王を見る。
…………うわぁ。
思わず、そんな声が漏れそうになってしまった。
いつも笑顔を心掛けているために確立したポーカーフェイスを、今ほど褒めてやりたくなったことはない。
僕がそう思ってしまった理由とは、王の外見にあった。
勝手なイメージだけれど、王というのは恰幅が良いものだとばかり思っていた。
しかし、僕の目の前にいる王はその真逆であった。
頬は痩せこけ、目は零れ落ちてしまいそうなほどぎょろぎょろとしている。
肌はまるでアンデッドのルーセルドのように青白く、生きているのか死んでいるのかわからないほどだ。
不治の病に侵されて、末期となった病人のようだった。
「…………」
ニーナ王女が顔を上げても、王は何も話そうとしない。
いや、話せないのではないだろうか?
それほど、体力が限界に近いということだろうか?
……これは、そろそろ次の王を決めるための戦いというのも激しくなりそうだなぁ。
僕がそう思っていると、再び扉が開いて三人の男たちが入ってきた。
「ふん……」
先頭を歩くのは、ニーナ王女の兄であるリンツ王子であった。
その後ろには、付き従う二人の男の姿があった。
ニーナ王女の側近である僕とリッターのように、彼らはリンツ王子の側近なのだろう。
「…………」
「…………」
リンツ王子の側近である一人の男が、リッターを無表情で見つめる。
それに対して、リッターも無表情で受け止める。
その後、すぐに興味をなくしたようにリッターは視線を外して僕を見始めた。
……え?知り合いじゃないの?
「顔は知っているけど、別に興味ない」
そ、そうなのか。
相変わらず、ドライだな……。
「……騎士甲冑をつけているのは、テルドルフ。王国騎士団の騎士団長」
彼らを知らない僕のために、リッターが興味薄そうにしながらも説明してくれた。
テルドルフというのは、先ほどリッターをじっと見つめていた男だね。
いかめしい顔つきで、まさに歴戦の猛者という感じだ。
それにしても、リンツ王子は側近に王国の騎士団長を味方に引き入れているのか……。
もし、王国騎士団丸々リンツ王子に付くとしたらニーナ王女に勝ち目はないだろうけれど、ニーナ王女の屋敷にも騎士たちはいたし、そんなことはないのだろう。
「白衣を着ているのは、ヴィッセン……多分。何か怪しい錬金術師」
眼鏡をつけて、薄汚れた白衣を身に着けたやせた男。
薄気味悪い笑みを浮かべており、どこかルーセルドを思わせる。
まあ、彼もアンデッドというわけではないだろうけれど。
とにかく、テルドルフという騎士と、ヴィッセンという錬金術師がリンツ王子の側近なのだろう。
それに対して、ニーナ王女の側近は闇ギルド『救世の軍勢』のメンバー二人……と。
……これ、ダメじゃないか?
「王よ。リンツ、ただいま参上いたしました」
「……うむ」
リンツ王子が跪いて到着を知らせると、王が重々しく首を縦に振った。
下手をすれば、そのまま頭が転がっていきそうだな。
その後、王の後ろに控えていた小柄な男が前に出てくる。
「では、王に代わって宰相である私が、王の意思を代弁させていただく」
小柄な男は、宰相だったか。
……いやぁ、本当凄く王国で権威のある人と会う日だなぁ。
僕が普通に生きているだけだったら、絶対に会わないような人たちだ。
僕がそんなことを考えていると、宰相が口を開いた。
「リンツ王子とニーナ王女。お二人をお呼びしたのは、次の王の選定のためである」




