第九十三話 王国へ
「……拙者も、縛られるのでござるか」
ソルグロスは、食堂で椅子に縛り付けられていた。
以前、どこぞのロリがマスターを連れ出した後にも、同じような光景が広がっていた。
「当たり前です、このド変態ストーカー。今から、お前を処刑するです」
そして、そのどこぞのロリがソルグロスを見下ろしてニヤニヤとしていた。
立場が一転して、どうにも嬉しそうだ。
「マスターを連れ歩いて、『鉄くず』との戦闘にも巻き込むとか、信じられないです。しかも、敵のマスターに良いようにやられてマスターに守ってもらうとか……」
「羨ましいですわ!」
「ヴァンピール、うるさいわよ!」
ララディの言葉を遮ってヴァンピールが騒ぐので、クーリンの冷たい言葉が飛んでいく。
結局、『救世の軍勢』面々はマスターの背中に守ってもらったソルグロスが羨ましかっただけである。
「まあまあ。『鉄の女王』を倒すことができたんだし、ソルグロスをそう責めなくてもいいだろ?」
「リースさんは、甘すぎです」
『救世の軍勢』きっての常識人であるリースが場を収めようとするが、他のメンバーがマスターといい思い出を作ったことにいい顔をするはずもない。
言葉こそ冷静なものの、シュヴァルトも不満げな雰囲気を醸し出していた。
「確かにぃ、ソルグロスに思うところはあるけどぉ、それ以上にこの子の持つ情報が必要なのよねぇ」
形式上は『救世の軍勢』のまとめ役であるアナトの言葉で、すぐに衝突するような雰囲気はなくなった。
もちろん、マスターの言葉でもないので納得できていない様子だが。
「そうでござるよ、ララディ殿。耐えがたきを耐える必要があるのでござるよ」
「うわっ!いつの間に抜け出したですか!?っていうか、触んなです。お前の身体、何が混じっているかわからねえですし」
「ひ、酷いでござる」
うんうんと頷くソルグロスは、ポンとララディの肩を叩く。
縄から抜け出していることよりも、触られたことに対する不満をぶちまけるララディに、ソルグロスは布の下で頬をひきつらせた。
スライム種であるソルグロスにとって、縄を抜け出すことなんて容易であった。
「それでぇ?『鉄くず』のギルドマスターから、何か有益な情報は手に入ったのかしらぁ?」
「うむ。拙者が分かったのは、『鉄くず』が拙者たちを襲い掛かってきた理由が二つあったということでござる。一つは、ルーセルド殿の拙者たちに対する敵愾心。もう一つは、王子による討伐依頼でござるな」
アナトの質問に、ソルグロスはスラスラと答えた。
もう、バッチリ王子が関わっていることが『救世の軍勢』側にばれていた。
確かに、ルーセルドは自らそのような情報を吐いたわけではない。
ソルグロスが無理やり脳をいじくりまわして、情報を抜き取ったのである。
そのことを王子に予測しろというのは、酷というべきだろう。
「どうして王国が出てくるんですの?」
「やっぱりぃ、王国が絡んでいるのねぇ?」
何も理解していない……というよりも、とくに興味がないヴァンピールと、ソルグロスの報告で裏では何が起きているのかを瞬時に予想したアナト。
これが、かりそめとはいえまとめ役を務められている所以である。
「そう言えば、王国も今はだいぶきな臭いと言っていたが、本当なのか?」
リースはそう言って、『王国担当』であるリッターを見る。
ソルグロスを斬るためにこっそりと剣の手入れをしていた彼女は、無表情のままコクリと頷く。
「王位継承争いが、どんどんと激しくなっていっている……らしい」
「ら、らしいって……か、確証はないの……?」
コテンと首を傾げているリッターを見て、どうにも不安を抱くクランクハイト。
「……興味ないから」
「それじゃあ、『王国担当』の意味がないじゃない!!」
監視対象に興味がないと言って情報を集めない監視役など、どこにいるのだろうか。
クーリンのツッコミが飛んでいくが、それを受けるリッターは首を傾げるだけだ。
良くも悪くも純粋な彼女は、自分が認めた人物の言うことしか聞かないといった忠犬気質がある。
残念ながら、クーリンはその中に入っていなかった。
「ニーナが言っていた……。これから、もっと戦うことが多くなるって」
「ニーナというのは、王国の王女でござるな」
リッターの言葉足らずな発言に、諜報役であるソルグロスが付け加える。
「リッターさんの言葉を聞く限り、面倒くさそうですわね」
「次の国家元首を決めるようなことが起これば、どこの国でも面倒くさくなるものですよ」
まったく興味なさそうにしているヴァンピールに、シュヴァルトが言う。
確かに、絶対王政の体制をとっている国家が多いので、このようにどろどろの戦いは生じやすかった。
「とにかくぅ、私たちに……マスターに危害を加えようとした王子はどうにかしないといけないわねぇ」
やいのやいのと騒いでいたメンバーたちは、アナトの言葉にうなずく。
そう、マスターに戦うことを強制させた王子には、必ず報いを与えなければならない。
もちろん、最も許されないのは実行役である『鉄の女王』なのだが、そちらは一人を除いてすでにこの世から消滅しているので問題にはならない。
『救世の軍勢』襲撃に加担してなかった彼らのメンバーもいたが、すでにリースやクーリンの襲撃を受けて皆殺しの憂き目にあっている。
「闇ギルドで『救世の軍勢』の覇権は確実なものとなったわぁ。次はぁ、そろそろ大きなことをしてもいいわねぇ」
「お?ということは、何をするですか?」
ララディの質問に、アナトはニッコリと微笑んだ。
「王国を、いただきましょう」
第四章の闇ギルド編が終わりました!
次の章からも、お付き合いしていただければ嬉しいです。




