第九十二話 王国の黒幕
「ば、馬鹿な……」
王国において最重要人物の一人である王子は、私室で頭を抱えていた。
王位継承権第一位である彼は、王国内であればほぼ全ての望むことを実行することができるだろう。
そんな彼をここまで悩ませる原因は、一つしかなかった。
「『鉄の女王』が壊滅……だと……?」
王子を愕然とさせている原因は、彼が子飼いとしていた闇ギルド『鉄の女王』の壊滅の報告であった。
数少ない闇ギルドの一つであり、王国では最も恐れられている最悪の闇ギルドであった。
この事実が国民に知れ渡ったら紛糾すること間違いないのだが、このことを知る者は当然王子とごく少数の側近しか知らない。
最早、名実ともに敵対関係にあって妹である王女には何か感づかれているようだが、それでも『鉄の女王』と手を組んでいることはばれていなかっただろう。
その心配は、王子はもうする必要はなくなった。
『鉄の女王』は、跡形もなく滅ぼされたのだから。
「まさか、奴らが負けるなんて……。い、いや、それほど『救世の軍勢』の連中が化け物揃いだということか……!」
王子は歯をむき出しにして悔しがる。
『鉄の女王』が壊滅した理由は、王子が出した依頼にある。
それは、同じく闇ギルドであり、国家やギルドの上層部には『鉄の女王』よりも恐れられていた『救世の軍勢』の討伐依頼であった。
何も、王子は『救世の軍勢』に危害を加えられたわけではない。
自分の最大の敵である王女が、自分と同じように闇ギルドと手を組むことを心配していたのである。
その闇ギルドの中で、王国で活動しているとされていたのが『救世の軍勢』と『鉄の女王』の二つだけだった。
後者はすでに王子の手中にあったので、懸念するべきなのは『救世の軍勢』だった。
だから、危険の芽を摘んでおこうと討伐依頼を出したのだが、結果は見事に返り討ち。
王子は優秀な手ごまを失う羽目になり、あまつさえ『救世の軍勢』に敵視された可能性すら発生したのであった。
「ルーセルドの奴め。あれほど大見得を切っておきながら、不様に負けおって……!」
あの不快な笑い声をあげていたルーセルドのことを思い出し、怒りに震える王子。
気に食わない男で、人間的にはまったく信用することはなかったが、彼の戦闘力に関しては多大な信用を置いていた。
だからこそ、そのような絶大な軍事力を失ってしまったルーセルドにとっては痛手であった。
もちろん、王子である彼にはそこそこの手ごまがある。
その中には、あの王国騎士でもかなりの実力を誇るリッター並の実力者ですら存在する。
しかし、彼らもまた王国騎士である。
王女派の騎士よりも荒々しく、冒険者に近い性格である王子派であるが、公然と汚い命令を下すことはできない。
そういう時に、闇ギルドという後ろめたい仕事を任せられる手ごまが重宝されていたのだが……。
「くそっ!闇の仕事は、いったい誰に任せれば言うんだ!」
王子の命令であるならば、彼の派閥の王国騎士なら従うだろう。
しかし、従うだけではだめだ。実行能力を持たなければならない。
そこに関しては、あまり信頼することはできない。
以前、勇者パーティーの一人であるロングマンを唆し、『救世の軍勢』を襲わせた際にも、王国騎士を派遣している。
それは、見事に全滅されてしまった。実力が足りないのだ。
その点で言うと、『鉄の女王』は理想的な駒だったのだが……。
「ふー……。落ち着け。今は、私が闇ギルドとつながりがあったことを、あいつにばれないようにしなければ……」
王子はそう呟き、何か不都合な証拠が残っていないか考え始める。
とはいえ、物的証拠はほとんどないといっていいだろう。
『鉄の女王』を引き入れる際も、書類上の契約なんて結んでおらず口頭でのものだった。
裏切りなどのことは考慮しなかったのかといえば、そうでもない。
王子にはとっておきの戦力があるし、王子自身も冒険者ギルドに頻繁に出入りするほどの実力者でもある。
ルーセルドと全面衝突をすれば敗北は免れないだろうが、時間稼ぎくらいなら可能だ。
その間に、とっておきの戦力を呼び寄せればいいのだから。
所詮、王子とルーセルドたちの間には何の信頼関係もなかった。
お互いがお互いの利益のために、利用し合っていただけに過ぎない。
「となると、次は人的証拠だな……」
王子はそう考え、メイドを呼んでとある男を呼び出すことにした。
しばらく待っていると、扉をノックする音がした。
「入れ」
王子がそう促すと、扉が開いて一人の男が入ってきた。
背丈は王子よりもはるかに高く、精悍な顔つきは歴戦の猛者を思わせた。
分厚い鎧を着ているが、その下には鍛え上げられた肉体があることを簡単に予想させる。
王に認められた者しか着用を許されない真紅のマントが翻っていた。
「何か御用でしょうか、王子」
「ふん!用がなければ、お前など呼ぶまい!」
跪いて質問をぶつけてくる騎士に、王子は不愉快そうに鼻で笑う。
同じ空間にいるのも嫌だと、王子はすぐに用件を話し始める。
「お前は、私が『鉄の女王』の連中を飼っていたことを知っているな?」
「はっ……」
「そいつらが、『救世の軍勢』によって全滅させられた」
「…………」
王子の言葉を聞いても、騎士は反応を見せなかった。
いや、王子からは見えないが、下を向いていた顔の一部である眉がピクリと動いていた。
「……私に、『救世の軍勢』を討伐せよ、と?」
「馬鹿な!」
騎士の言葉に、今度こそはっきりとした嘲笑を浮かべる王子。
「おそらく、ルーセルドは私の命令によるものだと『救世の軍勢』には伝えていないだろう。そもそも、奴らと戦いたがっていたのはルーセルドだしな」
何かと理由をつけて『救世の軍勢』討伐依頼を出させようとしていたルーセルドのことを思い出す王子。
「それに、闇ギルド同士の潰し合いで、勝者にもかなりの損害があったことが予想される。私が行動を起こすまでもなく、弱体化しているだろう」
王子の予想は、まさに妥当なものであった。
残念ながら、見当違いであるが。
「貴様には、これより激化するであろう王位継承争いでしっかりと役に立ってもらおう」
「……承知の上です」
王子の言葉に、騎士は下を向いたまま返答する。
それを見て満足そうに頷いた王子。
「よろしい。では、早速命令だ。私が闇ギルドとつながっていたことを知る者、または感づいている者を調査し、私に報告せよ。そして、私が必要ないと判断した者は――――――処分せよ」
「……はっ」
王子の命令を聞き、騎士は立ち上がる。
扉の前で一礼し、退室していった。
それを見送った王子は、くっくっと忍び笑いをする。
「最近はうまくいかないことばかりだが、あの男がいれば私が負けることはあるまい。次に王となるのは、この私だ」




