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第九十一話 ルシルたちのギルド

 









「ゴァァァァァァァァッ!!」


 魔物――――オークの雄叫びが、森中に響き渡った。

 汚く、とても大きな身体はほとんど隠すものを纏っておらず、でっぷりと不健康に実った腹部を見せつけていた。


 片手には巨大なこん棒を持っており、これで数多くの獲物をしとめてきた。

 オークが獲物を求めて森の中を徘徊していたところに、たまたま五人組の人間が歩いているのを発見し、後先考えずに襲い掛かったのであった。


 大人と言えるのは一人しか存在せず、後の四人は皆子供と言えるような体格であった。

 だからこそ、相手が冒険者だろうと関係なしに攻撃を仕掛けたのだが……。


「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 オークが振り下ろした威力抜群のこん棒は、そんな子供の一人である赤い髪の少年に、見事に受け流されてしまった。

 強かに地面を打ち付けてしまい、オークはこん棒を持つ手を少し痺れさせてしまう。


「ルシカ!!」

「はい!」


 オークの攻撃を受け流した少年が名前を呼ぶと、これまた子供である少女がオーク目がけて走り出す。

 少年と酷く似た容姿で、同じく赤い髪は長い。


 似ているとはいえ、ルシカが男っぽいというよりは少年が中性的な容姿をしていた。

 彼女は背も小さければ線も細く、とてもじゃないが冒険者のようには見えなかった。


「ええい!!」

「ゴァァァァァァァァァッ!?」


 しかし、ルシカの動きは立派な冒険者のそれであった。

 少年と同じく剣を振るい、すれ違いざまにオークの太い脚を切り裂いた。


 腱を切るような重傷ではないものの、その予想外の鋭い痛みに悲鳴を上げるオーク。


「オォォォォォォォォォッ!!」


 オークは怒りの雄叫びを上げ、ルシカを強く睨みつける。

 脚の怪我をものともせず、こん棒を振り上げて彼女に襲い掛かる。


 そんなオークを見ても、ルシカは怯える様子を見せない。

 彼女の頼りになる仲間が、必ず助けてくれると信じているからである。


「イルド!」

「うん!」


 ルシカの思っていた通り、少年の声が響き渡った。

 少年は五人組パーティーの中で唯一大人と言える青年の名前を呼ぶ。


 その呼び声だけで、自分に何を求められているかを悟ったイルドは、すぐに彼の十八番魔法を発動する。


「グォォ……?」


 オークはルシカに振り下ろそうとしていたこん棒の動きを、唐突に遅くする。

 猛然と怒りのままにルシカに襲い掛かろうとしていたのに、まるで彼女を見失ったかのように辺りを見渡している。


 もちろん、ルシカはそのままの場所に留まっていたので、普通は見失うことなんてありえない。

 オークに異常が生じているのである。


 その異常の正体とは、イルドが発動した幻覚魔法であった。

 今のオークは、本来感知できるはずの感覚を、イルドのよって操作されてしまっていた。


「ルシカ、今のうちに!」

「うん!ありがとう、イルドさん!」


 イルドが呼びかけると、ルシカは赤い髪を揺らしながらオークの側から離脱する。

 そして、彼女と入れ替わるようにして少年がオーク目がけて走り出した。


「うぉぉぉぉぉぉっ!!」


 気合の声を上げ、未だに動くことのできないオークに斬りかかる。

 たっぷりと脂肪のついた腹部などは、少年の剣を受けても大したダメージにはならないだろう。


 だから、狙うは生物の大半が弱点とする首である。

 少年の斬撃は、見事にオークの首を落とすことに成功したのであった。


「す、すげぇっ!!」


 オークが倒れて死んでいることが分かると、戦闘に参加していなかったパーティーの残り二人が少年たちのもとに駆け寄ってくる。

 とくに、オークに止めをさした少年と同じくらいの年齢の子供は、目をキラキラと輝かせて少年を見る。


「やっぱり、凄いなぁ、ルシルさん!」

「こら!」


 オークを倒した少年――――ルシルのことを名前で呼ぶと、同じく戦闘に参加していなかった少女が、男の子の頭をペチリと叩いた。

 そして、頬を膨らませて少年をメッと注意する。


「ちゃんと、ギルドマスターって呼ばないとダメでしょ!」

「いや、いいって」


 ルシルはギルドマスターと言われて、むず痒そうにしながら苦笑するのであった。











 ◆


 結論から言って、ルシルたちのギルドは消滅することはなかった。

 アポロ、リーグ、そしてヘロロを失ったルシルとルシカは、最低五人必要なギルドの条件を達成できなくなってしまった。


 いくら強力な幻覚魔法を操るイルドが加入して戦力が増したとしても、ギルドの体を成さなければ意味はない。

 所属していたギルドが潰れてしまった冒険者というのは、普通なら他のギルドに加入するものだが、ルシルとルシカは他所のギルドに乗り換えるつもりは毛頭なかった。


 このギルドは、アポロたち家族と一緒に過ごした大切なものであり、代えのきくものではないのだから。

 しかし、そうはいってもギルドの条件を満たしていないのは事実。


 どうするべきかとルシルたちは酷く悩んだものだったが、その問題は意外とすぐに解決した。

 たまたま街の外で魔物に襲われている二人組の子供を見つけて手助けすると、彼らはなんと自分たちのギルドに入りたいと言うではないか。


 その二人組が、先ほどルシルたちとオークの戦いを見学していた少年と少女である。

 まだまだ冒険者として未熟な彼らに、魔物との戦いを見せていたのであった。


「ルシカさん、お疲れ様です!」

「う、うん。ありがとう」


 少女は自分とそう歳が変わらないルシカの近くで、キャーキャーと言いながら飛び跳ねている。

 このような反応をされることに未だ慣れていないルシカは、少々引き気味だ。


 少女は自分と同じ歳くらいなのに自分よりもはるかに強いルシカのことをひどく尊敬しており、いつもこのような感じで彼女をもてはやす。

 そろそろルシカも慣れればいいのに……とルシルは思っていた。


「いや、一番すごいのはマスターだって!あんな綺麗にオークの首を落とすとこ、見たことねえよ!」

「だから、止めろっての!」


 無邪気に自分を誉め称える少年を、ルシルは恥ずかしそうにしながら制止する。

 実力を認めてほめてくれることは嬉しいし、いい気分になるからそれをすることにまったく問題はない。


 しかし、ルシルはマスターと呼ばれることが、どうしても合わなかった。


「もうギルドマスターになってからそれなりに経つんだから、そろそろ慣れたらいいのに……」

「うるせえ!」

「痛い!?」


 自分がルシカに思っていたことをそのままイルドに言われて、苛立ちのあまり彼の尻を蹴りあげる。

 自分が思うのはいいのだが、他人に言われるとなると話は別だ。


「やっぱり、俺にギルドマスターなんてあわねえよ……」


 ルシルは強気の性格からは珍しく弱音じみた言葉を吐く。

 彼の頭の中には、二人のギルドマスターがいた。


 一人は、このギルドの前マスター、アポロである。

 酒癖は悪かったが、ギルドメンバーを家族のように想い、大切にしてくれた気のいい男だった。


 ルシルがアポロのことを小さいとはいえ父のように思っていたこともある。

 そして、もう一人は闇ギルド『救世の軍勢(イェルクチラ)』のマスターである。


 ルシカにかけられた呪いを解くために、自分たちに協力してくれた男だ。

 あの絶望的なまでの強さを誇っていた『鉄の女王(アイニーケン)』のギルドマスター、ルーセルドを逆に圧倒的な力の差でねじ伏せた。


 二人とも違いはあれど、それぞれギルドマスターにふさわしい人だった。

 アポロはギルドメンバーをいつくしむ優しさ。


 マスターは、ギルドメンバーを守る強さ。

 それは、ルシカのために他のギルドメンバーを危険にさらしたり、ルーセルドに歯が立たなかったルシルが持っていないものだった。


「お兄ちゃん、もしかして不安なの?」

「ふ、不安になんてなってねえし!」


 ルシカが悪戯そうに微笑む。

 流石に妹だけあって、あっさりと兄の考えを読んできた。


 慌てて否定するルシルに、ルシカは優しく微笑みかけた。


「確かに、お医者さんとは比べ物にならないかもしれないけど、お兄ちゃんは頑張っているよ?」

「お、おう……」


 これは、励まされているのだろうか、けなされているのだろうか。

 ルシルには判断がつかなかった。


「はぁ……お医者さん……」


 ルシカは熱にうなされているように、情感のこもったため息を漏らしていた。

 マスターに助けられてからというものの、どうにもルシカの様子がおかしかった。


 確かに、助けられたことに恩は感じるだろう。

 しかし、こんな風に……まるで、恋するちょっと危ない乙女のような言動をするのは変ではないだろうか。


 アポロたちが自分のせいで死んだと泣いていた彼女だが、最近立ち直ってきた思えばこんな風になってしまっていた。

 このように少しおかしくなったのは、確かマスターのギルドメンバーの大きな花飾りを髪につけたロリッ子から採れたエリクサーを飲んでからのような気が……。


「ルシカは置いておいて、ルシルはしっかりやれていると思うよ?」

「イルド……」


 あの事件から仲間になった幻覚魔法の使い手を見るルシル。

 当初は『鉄の女王(アイニーケン)』の一味であることから怒りや恨みを持っていたが、一緒に活動していくうちにイルドの本来の性格などを知って、それを乗り越えることができた。


 今では、ギルドマスターであるルシルの補佐をして、何かと暴走しがちな子供四人を引率する役を引き受けている。


「そうっすよ!俺、ルシルさんに憧れているんですから!」

「マスターは、ルシカさんほどではないけど凄いと思います」

「お前ら……」


 少年が目をキラキラと輝かせ、少女は一言いらないことを付け加えてそんなことを言ってくれる。

 それを聞いて、ルシルは考えを改める。


 そうだ。できる、できないではなく、やらなければならないのだ。

 アポロとリーグ、ヘロロのいた証であるこのギルドを、消滅させるわけにはいかない。


 彼らがあの世で笑って見てくれるように、頑張っていかなければならない。


「よぉし!いつか、マスターたちに追いつけるような、凄いギルドにするぞぉっ!!」

『おぉっ!!』


 ルシルが拳を上げれば、ルシカたち三人が一斉に拳を掲げた。

 ルシルたちのギルドは、これから始まっていくのであった。


「……いやぁ、それは無理なんじゃないかなぁ」


 イルドの言葉は、子供たちには届かなかった。





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