第八十九話 エリクサーの在りか
「ふー。やはり、長年闇ギルドを運営してきたこともあって、そこそこの情報を持っていたでござるなぁ」
額を拭って、やりきった感を出すソルグロス。
彼女がルーセルドの脳を弄っていた間、僕はルシルと共に少し離れた場所に移動していた。
いや、流石に子供にあんな凄惨な現場を見せるわけにはいかなかったからね。
ただ、狂ったように笑い続けていたルーセルドの声が、途中から悲鳴に変わっていくのは聞こえていたので、ルシルの顔が真っ青に変わっていったけれど。
離れた場所で、僕とルシルはこれから先のことを話していた。
それは、ギルドをどうするのかということだ。
アポロとリーグ、そしてヘロロが死んでしまった以上、ルシルたちのギルドはルシルとルシカの二人しかいない。
二人では、ギルドの設立条件を満たすことはできない。
僕としては、『救世の軍勢』で二人を預かってもいいんだけれど、それはルシルが拒絶した。
「あいつらがいなくなっても、あのギルドだけは守っていきたいんだ」
そんなことを言うルシルに、強制することはできなかった。
何か力になってやれないかと考えていた僕に、クランクハイトからの提案があった。
それは、彼女が幻覚魔法で捕らえているイルドを、ルシルたちのギルドに入れられないかということだった。
強力な幻覚魔法を持っている彼がギルドに加入すると、メンバーも増えるし心強くもなるだろう。
問題は、ルシルがそれを受け入れることができるかということであった。
もちろん、最初は難色を示していたけれど、クランクハイトの魔法でイルドがそもそも『鉄の女王』の活動に関して否定的だったということを知って、イルドを受け入れることに決めた。
僕としても闇ギルドの人間を近づけるのは少々不安だけれど、クランクハイトがしっかりと記憶操作してくれるようなので、そこは安心だ。
こうして、ソルグロスの所に戻ってきたのであった。
すでに、クランクハイトやシュヴァルトたちはギルド本部に戻ってもらっている。
ヴァンピールはギャアギャアと抗議していたけれど、シュヴァルトに引きずられていった。
「まさか、エリクサーを探しに来てこんなことになるなんて……。激動だったなぁ……」
ルシルがどこか遠い目で呟く。
そうだね。僕も、まさかこんなことになるなんて思いもしなかったよ。
まあ、天然もののエリクサー探しは、しばらく僕に手伝いをさせてほしい。
「え!?いいのかよ!?」
もちろん。僕とソルグロスが受けた依頼は、天然もののエリクサーの発見だからね。
それに、アポロには、君のことをよろしく頼むと言われていたんだ。
「アポロ……」
ルシルがぐっと涙をこらえていると、ソルグロスがつついと近寄ってくる。
「……そう言えば、拙者エリクサーらしきものを見つけたでござるよ」
「……えぇっ!?」
唐突にとんでもないことを言ってくるので、ルシルは涙が一気に引っ込んでしまったみたいだ。
僕も驚いた。全然気づいていなかったからね。
「(ま、今回はただで情報を教えてやるでござる)」
「それって、どこにあったんだ!?」
「ああ、それは……」
ルシルの質問に、ソルグロスが答えようとする。
すると、その時僕もよく知った気配が近寄ってくるのを感じた。
「マスター!!」
そちらを見ると、ふわふわの緑色の髪をたなびかせながら、ニコニコとしながら近寄ってくる少女がいた。
彼女は、ララディ。僕のギルドに所属する、アルラウネだ。
ヴァンピールたちだけでなく、ララディも来るとは……。
今日は、とても良い日だ……。
よちよちと歩いてくるララディに僕の方から近寄って行くと、ガバッと抱き着いてきた。
「あふー……。久しぶりのマスター成分です……。まったく、クソ忍者がマスターを連れまわすから、探すのに手間取ったです……」
ふんふんと、しきりに鼻を鳴らしているララディ。
そうか。そんなに僕と逢えないのが寂しかったのか。何だか、嬉しいぞ。
「来たでござるな」
ぽつりと、ソルグロスが呟いた。
うん?来たってララディが?
「うむ。ララディ殿が、天然もののエリクサーを持っているでござるよ」
ソルグロスが何でもないことのように、平然と衝撃の事実を伝えてくれる。
……えぇ……?
「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
「わっ!な、何ですか、いきなり大声を上げて。このチビ」
ルシルの絶叫が響き渡る。
そりゃあ、見た目が可愛らしい少女が天然もののエリクサーを持っているなんて聞いたら、驚くのも当然だよね。
……というか、ララディはエリクサーを持っているのかい?
「エリクサー……ですか?はい、持っているですよ。ここに」
貴重なものを、別に何でもないようにララディは教えてくれた。
彼女は頭を僕に見せつけるようにして、緑色の髪に映えている大きな花を見せつけてくれた。
「ここから出る蜜が、エリクサーです。いつも、マスターが美味しく飲んでいるやつですよ」
……えぇぇぇぇぇぇぇっ!?
そ、そうなの!?衝撃すぎる事実だよ!
というか、時折僕に蜜を飲ませてくれていたけれど、あれってエリクサーだったの?
……僕は、知らず知らずのうちのとんでもない希少価値のある秘薬を、ゴクゴクと飲んでいたのか……。
エリクサーを必要としている人たちに対して、これほど簡単に、しかも大量に、必要もないのに飲んでいる僕は凄く申し訳なくなった。
もしかして、僕があまり歳をとった容姿にならないのは、ララディのエリクサーが原因だったり……?
……いや、違うな。彼女と出会う前から、僕あまり歳をとっていなかったし。
「す、すまねえ!お願いがあるんだ!聞いてくれ!」
「うわっ!だから、何なんですか、このチビ!殺しちまうですよ!」
呆然としていたルシルが、凄まじい勢いで近づいてきて跪く。
それを見て、ララディは僕の身体にギュッと抱き着きながら睨みつける。
……いや、チビって言えるほど君も身体は大きくないけれどね。
「そのエリクサー、俺にも少し分けてくれ!妹が……ルシカが、それを必要としているんだ!」
頭を地面にこすり付けるようにして、懇願するルシル。
それに対して、ララディは……。
「はあ?嫌に決まっているですよ。断るです」
恐ろしく冷たい目でルシルを見下ろし、即刻拒否した。
……うん、なんとなく予想できていたけれど。
「頼む!希少なものっていうことは分かっているんだ!」
「あぁ?何でララの体液をお前の妹に渡さなければいけないんですか。ぜぇぇったいに嫌です。マスターにだけしか、あげないと決めているです」
もう一度頼み込むが、やはりララディは首を縦には振らない。
うーん……。僕はこのことに対して、あまり強くは言えない。
以前、ユウトやマホたちと会う前に花畑で彼女の蜜を飲ませてもらったんだけれど、その時彼女はとても苦しそうにしながらひり出していたのだ。
確かに、ルシカのことは心配だし助けてあげたいけれど、そのことでうちのギルドメンバーが……ララディが苦しむというのであれば……。
ただ、今回はルシルたちに同情できる点がとても多くあった。
だから、申し訳ないけれど、もしララディがよければ、数滴だけでもいいからエリクサーをルシルにあげてくれないだろうか?
「え……うーん……。マスターに言われちゃあ、考えざるを得ないですね……」
ララディは僕の言葉を受けて、うんうんと唸って真剣に考え始めてくれた。
ルシルは、ごくりと喉を鳴らして彼女の判断を待つ。
しばらく悩んでいたララディであったけれど、ポンと小さな手を合わせた。
「あ、そう言えば、マスターにあげるつもりでない低ランクのエリクサーを、少しだけとっておいたです。それでいいなら、くれてやるですが……」
「ほ、本当か!?そ、それでもいい!俺にわけてくれ!!」
ララディの言葉に、ズリズリと身体を寄せて懇願するルシル。
それを見て、気持ち悪そうに僕に抱き着いてくるララディ。
……ちょっと、顔に出し過ぎかな。顔が、凄いことになっているよ。
「はあ……仕方ねえですね」
ララディはそう言うと、能力を行使して地中から花を召喚した。
その花びらが開くと、中から輝く液体の入った小さな小瓶が姿を現した。
「ほれ、受け取るがいいです」
「あ、あぁっ!ありがとう!マジでありがとう!!」
ルシルは花弁から、大事そうに小瓶を取り上げた。
ありがとう、ララディ。僕のお願いを聞いてくれて。
「マスターのお願いなんですから、聞いて当然です!それに、あれは失敗作のエリクサーだから、どうでもいいっちゃあどうでもいいです」
ララディは僕の頬に、紋章の付いた頬をすりすりとこすり付けながらそう言った。
し、失敗作?効力とかは、大丈夫なのだろうか?
「それは、大丈夫と思うでござるよ。ララディ殿が失敗作だと言っても、人工のエリクサーよりも断然優れた性能を持っているでござる」
僕の疑問に答えてくれたのは、ソルグロスだった。
へー。というか、天然もののエリクサーに、成功や失敗というものもあるんだね。
「マスターのことを想って出した蜜は、普通のものよりも色々な効力が混じっているです。お肌がツルツルになったり、ララのものというマーキングができたり……」
主婦かな?
しかし、ララディが自信満々になって効力を言ってくれるので、つまらないことを言うのはやめておこう。
「本当にありがとうな!これで、ルシカを助けられる……!」
ルシルは泣きながら僕たちにお礼を言ってきた。
いや、それはララディに向けてのものだろう。僕は何もしていないからね。
それじゃあ、僕たちはアポロたちの埋葬を手伝って、ギルドに戻らせてもらうとしよう。
それくらい、させてもらってもいいかな?
「ああ!あいつらも、ご主人がやってくれるんだったら、喜ぶと思う」
僕が聞くと、ルシルはすぐに頷いてくれた。
「……もう、ララディ殿は戻ってくれていいでござるよ。用済みでござるし」
「残念です。ララとマスターは合体したので、離れられないです。むしろ、お前がギルドに戻るがいいです」
「はあ?拙者はアポロ殿たちに冥福を祈らなければならないのでござる」
「嘘つけです。何とも思ってないくせに、よく言うです」
……ソルグロスとララディも、喧嘩していないで行こうか。
こうして、僕とソルグロスのエリクサー探しは終わりを告げるのであった。




