第八十八話 ぐちゃぐちゃー
「何か襲われましたので、やっつけたのですわ!」
ヴァンピールは、ふふんと胸を張って言う。
彼女が引きずっていた死体は、おそらく男性だと思われる。
おそらくと付けた理由は、彼の全身が干からびているようにひなびているからである。
まるで、ミイラのようだ。
えーと……どうやって倒したの?
「よくぞ聞いてくださいましたわ、マスター!」
ヴァンピールは嬉しそうに僕の方に近寄ってきて、手を大きく動かして説明してくれる。
夜の郊外を散歩していたら(途中、シュヴァルトから迷子だと横やりが入ってきたが、ヴァンピールは散歩だと強く主張した)、筋肉ゴリゴリの大男が襲い掛かって来たらしい。
……死体を見る限り、その面影もないけれど。
殴り掛かってきたので、ヴァンピールもそれに合わせて拳をぶつけ、逆に吹き飛ばしてしまったようだ。
まあ、リースに次ぐ力持ちだからね、ヴァンピール。
その後、一撃で動けなくなった大男から血を抜き取り、完全勝利というわけだ。
最初は彼女が血を飲んだのだが、不味かったので眷属を召喚して飲ませたらしい。
「マスター!わたくしにご褒美を与えてくださってもいいんですのよ?」
目をキラキラと輝かせて、鼻息荒く顔を近づけてくるヴァンピール。
なんだろう……。凄く、お騒がせお嬢様といった感じがするね。
とりあえず、頭をナデナデすることにした。
「まあ!わたくしの頭を撫でるなんて、本来は許されないことなんですのよ?」
ヴァンピールはそう言うが、僕の手をどけようとはしない。
むしろ、頭をグリグリと押し付けてくるくらいだ。
彼女くらい綺麗な髪だと、触っている方も気持ち良くなるんだなぁ……。
「マスター、私もやりました」
シュヴァルトが、ヴァンピールに対抗するように声を上げる。
彼女の方を見ると、ヴァンピールが持ってきた全身の死体と違って、首から上だけの死体だった。
「…………」
じーっと僕を物欲しそうに見るので、どうやって倒したのか聞いてみる。
シュヴァルトは淡々と話しながらも、どこか自慢げに言った。
彼女に襲い掛かったのは、刀の達人だったらしい。
とても刀を大事にしていそうだったので、その刀を斬りおとしてやったようだ。
その後、呆然自失といった様子の男の首を斬りおとした……と。
そうだね。シュヴァルトもよく頑張ってくれたね。
「マスターのためなら、これくらいいくらでもしてみせます」
僕のナデナデを受け入れながら、そんなことを言ってくれるシュヴァルト。
うん、気持ちは嬉しいけれど、そんなに頻繁に死体を見せられても困るかな。
そう言えば、クランクハイトはどうして……?
「私も、『鉄くず』に襲われたのよ」
そう言って、クランクハイトはパチリと指を鳴らす。
すると、ガサガサと音を立てて茂みから一人の男が現れた。
若い青年で、どこにでもいそうな男だったけれど、おかしな点は目から光が失われて足取りもフラフラとしているところだ。
「イルド!て、テメエ……なに、『救世の軍勢』の奴に従ってんだ……!裏切ったのか……!?」
そんな彼を見て、ルーセルドが小さな声で怒鳴りつける。
しかし、それを受けても男――――イルドは反応を見せない。
「無駄よ。彼、今は私の魔法の術中にいるもの」
「な、なに……?」
クランクハイトの言葉を、ルーセルドは理解できなかったようだ。
しかし、彼女の力を知っている僕は分かった。
幻覚魔法……クランクハイトが得意とする魔法の一つだ。
イルドとやらは、それに捕らわれてしまっているのだろう。
「い、イルド以外にも幻覚魔法の使い手が……」
へぇ。ルーセルドの言葉を聞くと、このイルドくんも幻覚魔法を使うのか。
使い手が少ない希少な魔法だから、二人も同じ場に集まるなんて非常に珍しい。
「お、俺のギルドの幹部が……」
さて、ルーセルドの言葉を聞く限り、どうやら彼が放った刺客はこの三人のようだ。
全員、うちのギルドメンバーに倒されたようだけれど。
まあ、心配してなかったけれどね。信じていたし。
「さぁて、残るは『鉄くず』のギルドマスターであるルーセルド殿だけでござるなぁ……」
「ひっ……!」
ソルグロスがそう言って、彼の目の前にしゃがみ込む。
上半身だけになっているルーセルドは、恐怖を覚えても逃げることはできない。
「ルーセルド殿は、そこそこ力のある闇ギルドのマスターをしていたから、それなりに色々豊富な情報を持っているでござろう?それ、拙者がいただくでござるよ」
「うわっ。相変わらず、気持ち悪いですわね」
ソルグロスがルーセルドに見せつけるようにして、自分の手をぐねぐねと変形させ始める。
それを見て、ヴァンピールなどは露骨に顔を歪めている。
正直なのはいいけれど、彼女には建前というものも覚えてもらわないといけないかもしれない。
「この手を、ルーセルド殿の耳に突っ込むでござる。そこから脳にいって、ぐちゃぐちゃとかき回させてもらうでござる。ちょぉぉっと痛いと思うでござるが、我慢してほしいでござるよ」
「嘘ですね。それくらった人、めちゃくちゃ痛そうでしたよ」
シュヴァルトがソルグロスの言葉を否定する。
うん、言葉を聞いているだけでも、とんでもなく痛そうということは分かる。
脳をかき回すって……。
「俺たちはっ!!」
突然、ルーセルドが声を上げる。
「俺たちは、最強の闇ギルドになるんだ!誰にも負けねえ!誰からも恐れられる!最強の闇ギルドにぃっ!!お前ら『救世の軍勢』が邪魔なんだ!だから、殺す!皆殺しにして、俺たちが最強だとぉぉぉぉっ!!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」
「うわっ。いきなりなんですの?」
唐突に叫び出したルーセルドを見て、顔を青ざめるヴァンピール。
僕も笑顔でこそあるけれど、とても怖かった。
「多分、壊れたんじゃないかしら?この人にとって、私たち『救世の軍勢』を倒すことと、『鉄くず』が心の重要な部分を占めていたんでしょう。その両方を粉々にされて、精神が崩壊しちゃったんじゃないかしら?」
「……何とも、みっともない最期ですね」
クランクハイトの説明に、シュヴァルトが続く。
そうか……。まあ、最初に仕掛けてきたのはそっちだし、同情することはできないんだけれどね。
「精神崩壊したからと言って、拙者がごうも……情報を抜き取ることをしないという理由にはならないでござる」
そう言って、ソルグロスはうねうねと動く手を、笑い続けるルーセルドの耳に近づけていく。
「はーい、ぐちゃぐちゃー」




