第八十二話 鉄の女王のスパイ
「ついでに言うと、俺は結構特殊なアンデッドでなぁ。傷の治癒も早ぇんだよ」
自慢げに言うルーセルドに、ルシルは愕然としていた。
彼も、アンデッドは知っている。
世間の認知度が高い魔族で、物理攻撃に非常に強い耐性を持っており、不死性を保持する。
アンデッドを殺すためには、天使教に祝福された武器を使うか、魔法攻撃しかない。
しかし、それでも傷が治癒していくアンデッドというものは、聞いたことがなかった。
ルーセルドの言う通り、アンデッドの変異種なんだろう。
だが、今は彼の種族のことなんてどうでもよかった。
「おい、テメエ!どうして、アポロたちを殺したんだよ!?」
「あん、アポロ……?」
ルシルの叫びに、ルーセルドはなにを言っているのかわからないと首を傾げる。
これは、ルシルを挑発するためにわざとやったわけではない。
本当に、誰のことを言っているかわからなかったからである。
「……あぁ!そこで転がっている二人のことかぁ?」
「――――――ッ!!そうだよ!!」
とぼけた様子を見せるルーセルドに、怒りを爆発させるルシル。
そんな彼を見て、ルーセルドは何でもないように告げた。
「理由なんて、特にねえよ。強いて言えば、『救世の軍勢』と戦うときに邪魔だったからかなぁ。まあ、どうでもいいだろ、そんなこと」
「ど……っ!?」
ルーセルドの言葉に、ルシルは開いた口がふさがらなかった。
理由もなく、アポロとリーグを殺したのか。
あの二人を殺したことが、どうでもいいことなのか?
怒りよりもまず、こんなことを言ってくるルーセルドに驚きを覚えてしまった。
「へ、ヘロロは……」
「あ?」
「ヘロロはどうしたんだよ!?」
ルシルは未だ姿を見せない最後のギルドメンバーのことを告げた。
ヘロロはアポロやリーグと違って、死体となって転がってはいない。
では、ルーセルドたちに捕まって非道なことをされているのではないだろうか?
こんな理由で二人を殺すような男だ。
捕まっているであろうヘロロの身が心配でならない。
そんなルシルの睨みを受けて、ルーセルドはニヤリと笑った。
「あぁ、あいつか。じゃあ、会わせてやるよ。来いよ!」
ルーセルドは木々の合間に声をかけた。
数瞬の後、草を踏みしめる音が聞こえてくる。
「ヘロロ!」
木の陰から現れたのは、怪我をしている様子のないヘロロであった。
目はうつろであり、普段の快活な雰囲気はなくなってしまっているが、それでも生きていることがルシルは嬉しかった。
「無事だったのか!?よかった……。すぐに、助けてやるからな!」
ルシルは剣を抜き、ルーセルドに構える。
自分よりも格上のソルグロスを湖に沈めた彼に、自分が勝てると思うほど彼は楽観的でも馬鹿でもない。
しかし、仲間が囚われているというのであれば、たとえ勝てない相手でも戦わなければならない。
「あひゃひゃひゃひゃっ!何か、勘違いしてないかぁ?」
「勘違い……?」
剣を向けられているルーセルドは怯える様子すら見せずに、大笑いする。
自分よりも圧倒的に格下の相手に武器を向けられたところで慌てないのは理解できる。
しかし、勘違いとはいったいどういうことだろうか?
ルシルが聞き返すと、ルーセルドの笑みはさらに濃くなる。
「おら、自分の口から言ってやれよ。仲間なんだろ?」
「……俺は」
「ヘロロ……?」
ルーセルドはヘロロの腕を引っ張り、ルシルの方へと突き飛ばす。
ヘロロは抵抗する仕草すら見せずに、されるがままに突き出された。
そんな雑に扱われて怒りを示さない彼に、ルシルは怪訝に思う。
ヘロロはもともと感情豊かな男で、このように扱われれば怒りを見せてもおかしくないはずである。
それなのに、彼は沈痛な表情で下を向いているだけである。
「ちっ。お前が言えねえんだったら、俺が言ってやろうかぁ?」
「…………」
それでも何の反応を見せないヘロロに、ルーセルドは情けないと嘲笑する。
「お前……ルシル、だっけか?本当のことを、教えてやるよぉっ!!」
ルーセルドは心底楽しそうに笑っていた。
これから告げる真実は、いったいこの子供にどれほどのストレスを与えるのだろう。
どれだけの絶望を与えるのだろう。
想像するだけで、背筋がゾクゾクとしてしまうほどだった。
直接、ヘロロの口から言わせたいところだが、この子供が絶望しているところを見たいために、我慢できずに言ってしまった。
「――――――こいつがお前たちを裏切って、この二人を俺に殺させたんだよっ!!」
「……え?」
ルシルはゆっくりと目を見開いて、黙り込んだままのヘロロを見る。
頬が引きつり、変な笑いが浮かび上がってくる。
冷や汗を垂らして、ヘロロに問いかける。
「嘘……だよな?」
「…………」
「こいつが嘘をついているんだよな?ヘロロが……アポロたちを殺すわけ、ねえよな?」
「…………」
実際には、アポロたちを殺したのはルーセルドだろう。
しかし、もし彼に力を貸した共犯者だとすれば、ヘロロもまた殺人者である。
ルシルは信じたくないという気持ちですがるように声をかけるが、ヘロロは一切それに答えない。
業を煮やしたルシルは、声を荒げる。
「何とか言えよ、ヘロロ!!」
身体をビクリと震わせたヘロロは、ようやく顔を上げた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……そうだよ。俺が、こいつらの情報をルーセルドたちに売ったんだ」
ヘロロの口から飛び出した言葉は、ルシルにとって聞きたくない答えであった。




