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第八十一話 しぶとい二人

 









「あひゃひゃひゃひゃっ!!こうやって、他の奴らも殺したんだよぉぉっ!!」


 ソルグロスの腹を腕で貫きながら、男は凄惨な笑い声をあげる。

 彼女は目を動かし、背後の男を睨みつける。


「き、貴殿は……」

「あっれぇ?俺のこと知らねえの?」

「う、ぐ……」


 男はニヤニヤ笑いながら、訪ねてきたソルグロスを舐るように見る。

 ついでに、傷口を広げるように腕をグリグリとひねるように動かしてやれば、彼女から苦悶の声が漏れてくる。


 その苦しそうな悲鳴を聞いて、男の機嫌はさらに良くなる。


「あひゃひゃひゃひゃっ!!いい気分だから、特別大サービスに教えてやるよぉっ!」

「がっ……」


 男はソルグロスの腹から腕を抜き取る。

 ようやく身体から異物を引き抜かれた彼女は、地面に崩れ落ちる。


 そんな様子を興味がない男は、こちらを信じられないといった様子で見るルシルと、仲間が死にかけているというのに薄い笑みを浮かべているマスターを見る。


「俺は、お前たちと同じ闇ギルド『鉄の女王(アイニーケン)』のギルドマスター、ルーセルド!お前たちが死ぬまでの間、よろしくお願いしまぁす!」


 ケタケタと心底愉快そうに笑う男――――ルーセルド。


「この女の次は、お前たちだぁ。死ぬ準備はできているか!?」


 興奮のあまり瞳孔が開き切ったぎょろぎょろとした目を、マスターたちに向けるルーセルド。

 彼が二人に襲い掛かろうと、一歩足を踏み出した時だった。


「――――――死ぬのは貴殿でござるよ」

「……あ?」


 腹を貫かれ苦しそうに地面に倒れ伏してもがいていたソルグロスが、なんでもないように立ち上がった。

 そして、そのまま小刀をルーセルドの胸に突き刺した。


 彼はなにが起きたのかわからないといった様子で、呆然と胸に小刀を突き立てるソルグロスを見る。


「たかが、腹に穴をあけた程度で、殺したなんて油断したらダメでござるよ」


 ソルグロスは冷たい目でルーセルドを睨みあげ、布の下で嘲笑を浮かべる。

 さらに、先ほどのお返しだとばかりに胸に突き立てた小刀をグリグリとひねってやる。


「お、お前……っ!?」

「触るな。気持ち悪いでござる」


 震える手でソルグロスに触れようとするルーセルドであったが、その前に彼女が動いた。

 胸に突き刺していた小刀を、横に薙いだのである。


 胸からズバッと空間が開き、ルーセルドは声を出すこともできずに地面に倒れた。


「ちっ。乙女の身体に穴をあけるとか、許しがたいでござる。死ね」


 心底不機嫌そうにソルグロスは悪態をつく。

 ちなみに、彼女のお腹はぽっかりと開いたままである。


「え、え……?な、何で平気なんだ……?」


 ルシルは、絶対に死んだと思っていたソルグロスが割とピンピンとしていることに震える。

 腹に人間の腕大の穴をあけられることは、間違いなく致命傷である。


「ふむ。まあ、人間なら死んでいてもおかしくないような重傷でござるが、拙者は人間ではござらん。これくらいの傷なら、何ともない……というわけにはさすがにいかないでござるが、まあ、死にはしないでござるよ」


 ソルグロスは風穴の開いた腹を撫でながら、はっはっはっと陽気に笑う。

 とめどなく血が傷口から溢れ出しているので、傍から見ているルシルは笑いごとではない。


 マスターも笑顔ではあるが、どこか青白く顔色を変えている気がする。


「――――――奇遇だな」


 そんなソルグロスの脚を掴み手があった。

 その力は凄まじく、彼女の足首を握りつぶさんばかりの力が籠められる。


「なっ……!?」


 これには、いつも冷静で布の下ではヘラヘラとした笑みを浮かべているソルグロスの顔も凍りついた。

 まるで、お化けを見ているかのように、殺したはずのルーセルドを見下ろす。


 彼は、そんなソルグロスの驚愕の目を気持ちよさそうに受け止め、笑った。


「ば、馬鹿な!拙者は、貴殿の心臓を……!!」


 確かに、ソルグロスにはルーセルドの心臓を貫いた感触があった。

 さらに、そこを抉るように穿ったのだから、死んでいるはずである。


 このように、まるでアンデッドのように縋り付いてくるのは、ありえないはずだった。


「俺も、そう簡単には死なねえんだよ!!」

「くっ……!?」


 ルーセルドはそう言って、ソルグロスの足首を掴んだまま猛烈な勢いで起き上がった。

 あまりにも強い握力で握りしめられているため、彼女は抜け出すことができない。


 ルーセルドに捕まえられている足首を起点にして、くるりと身体を反転させてしまう。


「おらぁぁぁぁっ!!」

「かっ……!?」


 そして、ふわりと空中に投げ出されたソルグロスの横っ腹に、ルーセルドの鋭い蹴りが容赦なく叩き込まれた。

 めりめりと人体が出せないような音が鳴り、彼の脚がソルグロスの身体にめり込んでいくような錯覚が起きるほどの威力だった。


 そのすぐ後、彼女の身体は鞠のように弾き飛ばされ、一気に湖の元へと吹き飛ばされる。

 そして、大きな水しぶきを上げて、湖に落ちて行ったのであった。


「ソルグロス!!」


 ルシルは大きな声で呼びかけるが、ソルグロスが上がってくる様子はない。


「あひゃひゃっ!流石に無理だろ。今の蹴りで、骨どころか内臓だって逝っているはずだ。それに、水の中に落ちてしまえば、もう助からねえよ」


 そんなルシルの反応を見て、愉快だと大笑いするルーセルド。

 ルシルは何故といった顔で彼を見る。


「まあ、俺もあの女と一緒で人間じゃねえってことだよ。あいつの種族は分からねえけど、俺の種族は教えてやるよ」


 ルーセルドはそう言って、ソルグロスに切り裂かれた胸の傷跡をトントンと親指で突く。

 そこに視線を合わせたルシルは、驚愕の声を出す。


「き、傷が塞いでいく……!?」


 シュウウウウウと音と煙を上げて、ルーセルドの傷が塞がっていく。

 それは、みるみるうちに傷跡を消していき、ついには一切斬られた痕跡を残さなかった。


「俺はアンデッドでな。心臓を斬られたくらいじゃあ、死なねえんだよ。あひゃひゃひゃひゃ!!」





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