第七十三話 ルシカの悩み
その容姿はルシルを女の子にしたような、とても似た容姿の子である。
彼女は、ルシルの妹であるルシカ。ラゲルの呪いに身を侵されている少女だ。
彼女を助けるために、ルシルたちは僕たち闇ギルドに助力を乞い、エリクサーを探しているのだ。
「ど、どうした?眠っていないとダメだろ?もしかして、うるさかったか?」
慌ててルシカに駆け寄っていくルシル。
しかし、ルシカは彼の心配を振り払うように、可愛らしい笑顔を浮かべるのであった。
「ううん、違うよ。今、私凄く身体の調子がいいの。今なら、冒険者にまた戻れる気がする」
ルシカはムンと力こぶを作って、ニッコリと笑う。
その細い腕はとても頼りなさそうであったが、ルシルにとってこれほど元気な妹を見るのは久しぶりなのだろう。
目にどんどんと涙が溜まっていく。
「ルシカぁぁ……」
「もう、お兄ちゃん。泣いたらダメだよ」
しくしくと泣く兄の頭を、よしよしと撫でるルシカ。
よかった。僕の魔力は、ラゲルの呪いをちゃんと押さえつけているようだ。
まあ、あと数年は大丈夫だと思う。
本当ならもっと魔力を注ぎ込んで一気に症状を緩和させたいところだけれど、それじゃあルシカの身体が僕の魔力に耐えられないんだよね。
「あっ……」
ルシカの目が、僕の姿を捉える。
ニッコリと笑ってみせると、彼女も笑ってルシルに一言残してこちらに近づいてきた。
「お医者さん、うちのギルドに来ていたんですね」
うん、少しお邪魔させてもらっているよ。
ちょっとした打ち上げをしていたんだけれど、本当にうるさくはなかったかな?
「はい。皆が私のために、凄く良い部屋を作ってくれたんです」
嬉しそうに微笑むルシカ。
……そうか。本当に、このギルドは仲間を思いやっているんだなぁ。
でも、僕たちのギルドも負けていない!
しつこいけれど、何度でも言おう!
「お医者さんのおかげで、身体の調子がとってもいいんです。ありがとうございます」
ルシカはペコリと頭を下げてくる。
いやいや、僕ができたのは所詮応急処置にしか過ぎないからね。
本当にその呪いを解くには、エリクサーが必要だ。
今、皆でそれを探しているから、もう少しの辛抱だよ。
「…………」
僕がそう告げると、ルシカの表情が少し曇る。
うん?変なことを言ったかな?
「い、いえ……。でも、私のせいでこんなに皆を振り回しちゃっていいのかな……って」
ルシカはそう語り始めた。
「私のせいで、皆が凄く苦労していること、知っているんです。このギルドの運営が危うくなるほど、お金を使わせていることも……」
とても悲しそうで、苦しそうな表情を浮かべるルシカ。
「皆、とっても苦しそうなんです。それなのに、私が生きている意味はあるのかなって。私が死んだ方が、皆の迷惑にならないと思うんです」
……いやぁ、本当にこのギルドって仲間想いだなぁ。
自分のことより、仲間のこと。
当たり前のように感じるかもしれないが、いったいどれだけの冒険者ギルドがこの信条を忘れずに活動できているだろうか。
……おっと。感心する前に、僕の気持ちを話さないとな。
正直、僕は君たちのギルドのメンバーではないから、どれほどルシカの呪いのせいで苦しい想いをしているかはわからない。
ただ、ルシカの言う通り、君の呪いのせいで不利益をこうむっていることは確かだろう。
これだけ小さなギルドが、ワールド・アイさんから情報を聞き出すためにいったいどれほどお金を絞り出したのか、想像するだけでも目がくらんでしまいそうだ。
「そう……ですよね……」
「おい、テメエッ……!?」
僕の言葉を聞いて、頭を下げるルシカ。
そんな妹の様子を見て、ルシルが僕の元に詰め寄ろうとするのを、手を出して制する。
妹想いなのはとても良いことだけれど、今は僕の思ったことを言う時間だ。
大人しく、聞いていてほしい。
「…………っ!!」
僕はルシルが何とか踏みとどまってくれたことを確認して、また話し始める。
さっきも言ったけれど、君は彼らの重荷かもしれない。
――――――でも、重荷になって何がいけないのだろうか?
「……え?」
ルシカが目をパチクリとさせる。
まあ、これは僕の意見なんだけれども。
同じギルドの仲間というものは、家族みたいなものなんだよ。
だから、たとえギルドメンバーが重荷になっていたとしても、決して見捨てることはない。
「そんなこと……」
うん、確かにそのことを実行できているギルドなんて、正規ギルドでもほとんどないだろう。
グレーギルドや闇ギルドなんて尚更だと思う。うち以外ね。
じゃあ、質問するけれど、もしルシルが呪いに侵されていたとして、ルシカは見捨てたかな?
「そんなことしないです!お兄ちゃんを見捨てるなんてこと、絶対に!」
ルシカは今までの落ち込んだ雰囲気を吹き飛ばすほど、強く反応した。
うん、そうだろうね。
そもそも、ラゲルの呪いはルシルに向かっていたものだと聞いている。
そんな死に至るような強力な呪いを、自分のことを顧みずに代わりに引き受ける程度にはルシカも兄想いだということだ。
じゃあ、アポロやリーグ、ヘロロならどうだろうか?
「……見捨てません」
ルシカは小さな声ながら、はっきりとした口調で言った。
うん、じゃあ君の仲間たちも同じ気持ちなんじゃないかな?
「そうだぞ!!」
「お、お兄ちゃん……!?」
とうとう我慢できなくなったのか、今までうずうずとしながらも黙ってくれていたルシルがルシカに飛びつく。
ルシカは目をパチクリとさせている。
「お前が呪いを受けたのは、俺のせいだ」
「ち、違うよ!これは、私が勝手に……っ!」
「ああ。だから、お前のことを助けるのも、俺の勝手だ!一人で変な方向に考えてんじゃねえよ!」
「っ!」
ルシルの言葉を受けて、ルシカはビクッと身体を震わせる。
そして、じんわりと目の端に涙を浮かべる。
そんな兄妹の元に、他のメンバーたちも集まっていく。
「そうだぞぉ。お前たちは俺の仲間なんだからなぁ。勝手に死なせねえぞぉ……」
「アポロさん……」
「ルシルやアポロの言う通りです。あなたは、私たちの大切な仲間なんですから」
「リーグさん……」
酔っぱらってしまって意識が混濁しながらもアポロは言葉を紡ぎ、言い終わると同時に倒れそうになっている。
そんな彼の身体を苦笑しながら支え、リーグもルシカにニッコリと微笑みかける。
ルシカは感極まったように、目を輝かせる。
……本当に、良いギルドだね。
僕がそう言うと、ルシカは涙を一筋垂らし、綺麗に微笑んだ。
「――――――はい!」




