第七十話 誇りの盾事件の結末
僕とソルグロスは、彼女がラストに吹き飛ばされる前の場所に戻っていた。
そこには、一時的に僕たちが加入しているギルドのメンバーであるルシルたちがいたのだが、僕はそこにはすでに彼らはいないと思っていた。
何故なら、どう考えても僕たちの味方をするよりも、彼ら正規ギルドに従っていた方が得策だったからである。
まあ、そうなるとルシカを呪いから助け出すためのエリクサーが遠のくのであるが、僕の魔力を注いでいたらあと数年は大丈夫である。
……あ、そういえば、そのこと彼らに言っていなかったな。
とにかく、期待せずに戻ってきたのだが……。
「おぉっ!ソルグロスにそのご主人!無事だったのか!」
赤い髪の少年、ルシルが嬉しそうに笑いながら駆け寄ってきた。
少々怪我をしているが、走る余裕はあるようだ。
おぉ……ルシル。君は残っていてくれたのか……。
「あん?何言ってんだよ。皆もいるぜ?」
そう言ってルシルは後ろを振り返り、僕の視線を誘導する。
「おー、遅えぞ」
「あー、つっかれた……」
「…………」
僕の視線の先には、なんとルシルたちのギルド全員がいた。
アポロ、ヘロロ。それに、リーグ……は死んでいるの?
アポロとヘロロは地面に座り込んでしんどそうにしているし、リーグなんて顔から地面に突っ伏している。
……普段の冷静な態度からはまったく想像ができない。
しかし、皆この場に残っていてくれたのだ。
おぉ……何だか感動だ……。
僕たちは闇ギルド。人々からは忌み嫌われて避けられる存在だと思っていたのに、まさか味方をしてくれるなんて……。
これは、ソルグロスたちうちのギルドメンバーにとって、とてもいいことだと思う。
やっぱり、敵よりも味方が多い方がいいからね。
マホやユウトも味方になってくれそうだったけれど、彼らは異世界に戻ってしまったからね……。
「……?」
よかったねと振り返ってソルグロスを見れば、「え、何が?」と本当に何も分かっていなさそうな純粋な目で見返してくる。
……ま、まあ、彼女たちもいずれ分かる時が来るだろう。
「……いや、一番疲れているのはリーグか」
疲れたと言っていたヘロロが、地面に顔を突っ込んだままピクピクとしているリーグを見て苦笑していた。
いや、本当に死んでいるんじゃない?
そう思っていたけれど、よく見てみたら魔力切れの症状だった。
「まあ、俺らだけじゃなく、こいつらのこともやってくれたんだ。少し、寝かせてやろうや」
アポロはそう言って笑うが、だったら地面にめり込んでいる顔を戻してあげたらどうだろうか?
凄くシュールなんだけれど……。
僕はそう思いながらも、アポロがクイッと指をさした方を見る。
そこには、ラスト以外の『誇りの盾』のメンバーたちが仲良く一つの縄に縛り付けられていた。
彼らは皆頭を下げている。気絶しているようだ。
「いやー、記憶を失わせるレベルでボコボコにするのは大変だったぜ!」
「……大変だったのは、彼らを回復させた私ですよ」
ルシルはそう言ってニカッと笑う。
あぁ……だから、彼らは頭にたくさんのコブを作っているのか。
リーグも目を覚ましたのか、顔に付いた土をぱらぱらと叩き落としながら、いかにも憂鬱そうに顔を歪めていた。
「それで、あんたたちは『誇りの盾』の奴を倒せたのか?いや、ここにいるんだから倒せているんだろうけどな。あいつ、この中で一番強かったらしいし」
ヘロロはそう聞いてきた。
あー、うん。ソルグロスが頑張ってくれて、何とか倒せたよ。
「ふっふっ。もっと、褒めてくれてもいいんでござるよ?」
僕の前に現れて、下から見上げてくるソルグロス。
彼女の斬りおとされた腕は、すでに引っ付いていた。
最初は本当に血の気が引いて、どうしようかと慌てていた僕だったが、彼女は何でもないようにペタペタと再装着していた。
その時、僕にも何かできることはないかと考えて魔力を上げたのだが、艶っぽい声を漏らすので困ったよ。
「あ、そう言えばラスト殿のことでござったな。はい」
そう言って、ソルグロスは手に持っていた縄をぽいと放る。
すると、先端に縛り付けられていたラストもぽーんと飛んでくる。
ヘロロが彼の顔を覗き込む。
「……なあ。こいつ、白目向いているんだけど」
「気絶していたら、よくあることでござる」
「舌とか出しているんだけど」
「よくあることでござる」
「穴という穴から液体がこぼれ出ているんだけど」
「よくあることでござる」
ヘロロの指摘に、うんうんと頷きながら返すソルグロス。
「おぉい!俺らが必死にうまくやっていたのに、あんたが殺しちまったら意味ねえじゃん!」
「失敬な。ちゃんと生かしているでござるよ。ほら」
アポロが泣きそうな顔で……というより、泣いてすがりついてくるので、ソルグロスは鬱陶しそうにそれを避けて、ゲシッとラストを蹴って示す。
全員の視線が、ラストに注がれる。
「――――――」
ラストは動かない。
そんな彼を見て、ソルグロスはやれやれと首を振る。
「よく見るでござる。ピクピクしているでござろう?」
「それって、もう虫の息ってことじゃねえの!?」
「リーグ!早く回復魔法!」
「ま、またですか……」
すでに、フラフラなリーグがラストに近寄って回復魔法をかけだす。
すると、ゆっくりと外傷が治癒されていく。
まあ、ラストはほとんど外傷を負っていなかったのだが。
「(リーグ殿程度の回復魔法使いなら、失った五感や神経、記憶を元に戻すことはできないでござろうなぁ)」
一生懸命ラストを治そうとするルシルたちを見ながら、ソルグロスはどうでもいいことを見ている目をしていた。
もう、彼女にはラストに対する興味は何一つないのだろう。
ラストの自業自得とはいえ、ちょっとかわいそうかも……。
「……随分、遅くなっちまったな」
リーグのラストに対する治療がひと段落したころ、アポロが空を見上げながらそう言った。
彼の言う通り、すっかり日は沈んで夜のとばりが下りていた。
『誇りの盾』のメンバーと戦っていた時はこんなに日は沈んでいなかったんだけれど、戦いの後でソルグロスが色々と夢中になってしまってね……。
僕もソルグロスが腕を斬られたことでちょっと止めづらく、ついつい時間がかかってしまった……。
「なあ。ご主人とソルグロスがよかったらなんだけど、今日は俺たちのギルドに泊まってったらどうだ?」
「おっ!いいじゃねえか。何とか山を乗り越えたんだし、一杯やろうぜ!」
「いいですね」
ルシルは僕たちにそう言ってきた。
え、君たちのギルドに?
うーん……。でも、僕の帰りを待っている子もいるかもしれないし……。というか、待っていてほしい。
あと、明らかに呑兵衛であろうアポロが嫌だ。
もう、酔っているように僕たちの顔をキラキラとした目で見てくるし。
リーグは……あ、あの目は僕たちを巻き込むつもりの目だ。
いつも、お酒に飲まれていそうなアポロやヘロロの対処に面倒しているんだろうなぁ。
……うん。リーグには悪いけれど、お断りを……。
「おぉっ!いいでござるなぁっ!是非、お邪魔させていただきたいでござるよ!」
僕が早速お誘いを悪いけれど断ろうとすると、何故かソルグロスがはいはいと手を挙げて誘いを受けてしまった。
な、何故!?いつもは、僕の意見を尊重してくれるじゃないか!
今日に限って、どうして……。
「(ふっふっふっ。これで、ギルドに帰らず、マスターと二人きりの時間を延長する大義名分を手に入れたでござる。ララディ殿も勇者たちを理由にしてマスターを一夜わがものとしていたのでござるから、拙者もこれくらい許されるはずでござる)」
ソルグロスはブツブツと小さく何かを言う。
しばらくすると、スススッと僕の元に近寄ってきた。
「いやいや、エリクサー探しは時間がかかりそうでござるから、ここで一つ闇ギルドと正規ギルドの垣根を越える必要があるのではと考えた次第でござる」
ソルグロスは小さな声で、ぼそぼそと考えを伝えてきた。
う、うーん。確かに、彼女の意見にも一理ある……か?
でも、やっぱりギルドの子たちに何も連絡しないというのは……。
僕がうじうじと悩んでいるのを見かねたのか、ソルグロスがまた囁いてきた。
「では、拙者の言うことを何でも聞く約束の一つを、ここで使わせていただくでござるよ。なにとぞ、お願いするでござる」
うぐぐぐ……そう来たか。
確か、僕は彼女に二つほどなんでも言うことを聞く権利を上げているはずだ。
そのうちの一つを、ここで使ってくるとは……。
……まあ、別にこんな約束をしなくても、『救世の軍勢』のメンバーからのおねだりには大体応えてしまいそうなんだけれども。
……ふー。そこまで言われたら仕方ないね。
「よぉし!じゃあ、帰ってさっさと一杯やろうぜ!」
「おー!飲むぞー!」
「いや、ルシルはダメですよ」
そう言って、僕の肩をガシッと組むアポロ。
ルシルも何故かテンション上げ上げで叫び、リーグが冷静に突っ込んでいた。
……本当に、仲が良いギルドだなぁ。
まあ、うちのギルドも負けていないけれどね!
そんな感じで、僕とソルグロスは彼らのギルドにお邪魔することになったのであった。
……そう言えば、ヘロロがあまり入ってこなかったな。
彼の性格から考えて、もっと入ってくるかと思ったけれど……。
「(……拙者が感じた視線。それは、ラスト殿たちのものだったのでござろうか。……なんだか、もっと気味の悪い感じでござったが……)」
ピタリと立ち止まって、何やら考え込んでいるソルグロスに呼び掛ける。
ほら、早く来ないと、置いて行っちゃうよ。
「そ、それはご勘弁を!!」
慌てて駆け寄ってくるソルグロスに苦笑する。
「あ、『誇りの盾』の奴ら、どうするんだ?」
「あー……。じゃあ、また脳を弄って全員元の場所に戻るように書き換えておくでござるよ」
「脳を弄るってなに!?」




