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第六十八話 正義への狂信

 









「おぉっと……」


 ラストの盾のプッシュと、それに合わせた自分のジャンプのせいで、木々の間に突っ込んで行ったソルグロス。

 彼女は空中で器用に体勢を整えると、見事地面に脚から着地をしてみせた。


「いやー、案外飛ばされたでござるな。別に、ここまで来る必要はなかったでござるが……」


 辺りを見渡して、そんなことを呟く。

 幸い、ここも木々が密集しているということもなく、戦うことにそれほど不自由することはないだろう。

 ソルグロスとしてはリースのように戦闘が好きというわけでもないから、このまま見逃してもらったほうが嬉しいのだが……。


「ま、そんなわけないでござろうな」


 ガシャガシャと重たそうな鉄の音が聞こえてくる。

 巨大な盾を装備したラストが追ってきたのだろう。

 ソルグロスは決して好戦的な者ではないが、売られた喧嘩は買う主義である。


「おっ、マスター」


 ふと気配を感じて振り向くと、いつの間にかマスターが笑顔で立っていた。

 彼女としては危険が少なそうなあちら側に残っていてほしかったが、心配で見に来たと言われれば嬉しさで破顔するしかない。


「マスターも見ているというのであれば、張り切らねばならないでござるなぁ」


 もともと、戦闘タイプではないソルグロスだが、ムンと拳を握りしめていいところを見せようと張り切る。

 そうしていると、ようやくラストが姿を現した。

 あちらにいたはずのマスターがすでにこの場にいることに目を大きくさせるが、すぐにかぶりを振る。


「お前はあちらにいたはずだが……まあ、いい。集まってくれた方が、処分も下しやすいしな」

「先ほどから思っていたでござるが、ラスト殿は酷く自信家のようでござる。拙者たち、これでも闇ギルドでござるよ?」

「ふん、だからどうしたと言うのだ」


 ソルグロスの言葉に、ラストはせせら笑う。

 闇ギルドだから、自分が……正義が後れを取るとでも思っているのだろうか。


 そんなことはありえない。

 悪に、正義は負けないのだ。


「さあ、大人しくしているのなら、楽に殺してやるぞ?」

「うーむ。マスターがいるのであれば、その提案は拒否するしかないでござるなぁ」


 元より、決して成立しない取引。

 問いかけたラストもソルグロスが受け入れるはずがないことは知っている。


 本当に降伏を求めて提案したのではない。

 ソルグロスたちが悪と言えど、一応最初は言葉での解決を求めないと、正義としての体裁が悪いのだ。


「だったら、仕方ないな!」

「せっかちでござるなぁ……」


 ラストはソルグロスの返答を聞くやいなや、盾を構えて彼女に向かって猛然と走り出したのだった。

 ソルグロスは彼の態度にはあっと小さなため息を漏らすが、さっさと終わらせようとする考えには同意だった。

 彼女は指の間にぎっしりと苦無を装着し、盾を構えて突進してくるラストに苦無を投げる。


「はっ!効かないぞ!」

「む……」


 しかし、ラストは大きな盾の陰に身を隠し、それをやり過ごす。

 ソルグロスの苦無の投擲は、軟な鉄なら簡単に貫くほどの貫通性を持っている。


 だが、それでもラストの持つ盾を貫くことはできなかった。

 それどころか、盾には傷一つ付いてはいなかった。


「おぉっ!!」

「うわっと……」


 一気にソルグロスの元へと接近したラストは、盾を彼女にぶつけようとする。

 身体を守ってくれる頼りになる防具は、相手を一撃でのしてしまう凶悪な鈍器へと一瞬で姿を変える。

 これをくらっては堪らないと、ソルグロスは身軽に攻撃を躱して見せた。


「ちっ!ちょこまかとすばしっこい奴め……」

「はっは。流石に、拙者と言えどもその攻撃をくらうと面倒になるでござるからなぁ」


 鬱陶しそうにしながらも、自分の優位を確信しているためか、表情に余裕のあるラスト。

 ソルグロスは頭をかきながら、そんなことを言う。


 もちろん、彼女が盾で殴りつけられても死にはしない。

 ただ、彼女の秘密が明るみに出てしまうだけである。


 ソルグロスは、あまり攻撃を受けることは得意ではないのだ。

 うまく避けないと、秘密がばれてしまう。


「さぁて、次は拙者の番でござるよ」


 ソルグロスは小刀を抜き、姿が見えなくなるほどの素早さでラストに向かって駆けた。

 普通の冒険者なら反応できずに首を掻き切られていたであろう攻撃に、ラストはまたもや反応して見せた。

 煌めく小刀を大きな盾で受け止める。


「ぬぅぅっ!?」


 しかし、最初にソルグロスを吹き飛ばした時とは打って変わり、その攻撃には非常に威力が込められていた。

 また、吹き飛ばしてやろうと考えていたラストであったが、それができないことを悟る。


 代わりに、大盾から細い剣を抜き、ソルグロスに斬りかかる。

 避けられないように、少し盾に込めていた力を緩めて身体をつんのめるようにさせる。


「ほっ」


 ソルグロスは苦無をまた一本抜き、その剣を受け止めて見せた。

 こうして、こう着状態に陥る二人。

 ギリギリと力を込め合って、至近距離から睨み合う。


「……これほどの力がありながら、どうして闇ギルドなどという悪に手を貸す!?」

「む?」


 話しかけてきたのは、ラストの方だった。

 てっきり、毛嫌いされているとばかり思っていたソルグロスは、素っ頓狂な声を漏らしてしまう。


「闇ギルド……『鉄の女王(アイニーケン)』のような残虐な奴らがのさばっていては、いつまでたっても悲しむ人は減らない!民を守るべきはずの騎士団ですら、闇ギルドには怖気づいて戦おうともしない!」

「おぉ……」


 ラストは悔やむように顔を歪めて、怒りを込めた声を出す。

 いきなり胸中を打ち明けられたソルグロスとしては、ちょっと引いた曖昧な言葉しか返せない。


「だからこそ、俺は悪と……闇ギルドと戦うことを決めたのだ!正規ギルド『誇りの盾(プラシールド)』という正義のギルドに入ってな!」

「なるほどー」


 ラストの目には強い光が宿っていた。

 確かに、悪を挫くために能力を鍛えてきた彼は立派な男なのだろう。


 その考えも、多くの人が賛同するに違いない。

 しかし、ソルグロスにはまったく届かない。

 最早、半分話を聞いていない。


「……これは、最終通告だ。大人しく投降しろ。お前ほどの力を持っているのなら、殺されることなく正義の仕事に就くだろう。そして、俺たちと共に悪逆非道な闇ギルドと戦え」

「断るでござる」


 ラストの言葉にかぶさるように、即答で拒絶を告げるソルグロス。

 まったく、話にならない。


「拙者が味方するのは、この世界で唯一無二の存在であるマスターだけでござる。そもそも、この力だってマスターにいただいたものでござるしな」


 ソルグロスの目がドロリと濁り、冷たさを増す。

 アナトなどのような狂信者レベルに比べると劣るが、それでもソルグロスのマスターに対する執着心は相当なものである。

 それは、初めてマスターと逢ったあの平原から、ずっとである。


「そうか……残念だ!」

「おぉっと……」


 ラストは力任せに盾と剣に力を込めて、ソルグロスを押しつぶさんとする。

 それは堪らないと、彼女はまたもやふわりと空中を舞って彼から少し離れた場所に着地する。


「仕方ないな……。本当に、仕方ない」

「……様子が変でござるな」


 ブツブツと小さく独り言をつぶやき続けるラストに、ソルグロスは首を傾げる。


「本当に、仕方ないなぁっ!!」

「っ!?」


 ガバッと顔を上げたラストの顔は、凄惨な笑みを浮かべていた。

 ソルグロスは彼の目を見て、その異常な色に驚く。


 彼の目は、正義に対する妄信でドロドロに溶けていた。

 それは、天使教の信者が教えに対して見せるものや、『救世の軍勢(イェルクチラ)』のメンバーがマスターに向けるものに非常に似ていた。


「なっ……!?」


 ラストはソルグロスには向かわず、ある方向に向かって猛ダッシュする。

 そこには、激しい戦いを穏やかな笑みで見守っているマスターがいた。


「お前は手ごわいから後回しだ!まずは、お前の大切なこの男を処分する!」


 ラストはニヤリと笑い、剣を振りかざす。

 一切笑顔を曇らせることなくニコニコとしているのは不気味だが、悪を一つ滅ぼすことのできる昂揚感にその気持ちはすぐに薄れて行った。

 ソルグロスは先ほどの攻防で随分と離れた場所に着地していたため、この突然の行動に付いてこられないだろう。


「正義を語る男が、せこい戦術をとるでござるなぁ……っ!!」


 しかし、それは普通の者が相手だったらの話である。

 ソルグロスはふっとマスターとラストの間に入り込む。

 だが、そんなことはラストも予想していた。


「お前ならそう来ると思っていたぞ!」


 もともと、ラストの狙いは実力がいまいちよく分からないマスターではなく、自身と拮抗するほどの力を持つ危険なソルグロスであった。

 ソルグロスは、自分に迫りくる剣を受け止めようとするのだが、まずマスターの肉盾となることに考えを集中させていたため、その動作が少し遅れてしまう。

 その結果、ソルグロスの腕が宙を舞うことになったのであった。





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