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第六十七話 ルシルたちの選択

 









 ソルグロスの言葉に、皆唖然としてしまって感情を言葉にすることができない。

 今、この場所では様々な感情が生まれていた。


 ルシルたちの純粋な驚愕と恐怖。

 ラストたちの怒りと困惑。

 マスターの苦笑い。


「ふん」


 そんな中、最初に口を開いたのは、やはりと言うべきかラストであった。

 鼻を鳴らして、不愉快そうにソルグロスを見やる。


「底辺を這いずりまわる、何とも闇ギルドらしい下劣な考えだな。恥を知れ」

「いやー、そんなことを言われても困るでござるなぁ。ルシル殿たちはグレーギルド堕ちだとしても、マスターと拙者がどのような処罰を受けるのかを想像すると、抵抗せざるを得ないでござるよ」


 明らかに見下した色を含む声音にも、ソルグロスは飄々として返す。

 これが、プライドの高いララディやヴァンピールなら、ラストはすでに血祭りにあげられていたかもしれない。


 ソルグロスの懸念することは最もだった。

 正規ギルドであるルシルたちのギルドは、グレーギルドに落とされることで確かに処罰となるだろう。


 しかし、それではソルグロスとマスターはどうなのだろうか?

 すでに、彼らはグレーギルドよりもさらに深い闇に潜む闇ギルドである。


 グレーギルドにするというのなら、逆に昇格してしまうことになる。

 ソルグロスはどんな答えが返ってくるか分かっていたが、一応聞いてみることにしたのであった。


「当然、お前たちは王都に連れて帰り、拷問にかける。闇ギルドの情報を全て抜き取ってから、王国の民たちが見届ける中での公開処刑だ」

「うむ、知っていたでござる」


 ラストは冷たい笑みを浮かべて、ソルグロスを見やる。

 だが、ソルグロスはゾッとするほどの未来を語られても、平然と頷くばかりであった。


 まあ、彼女が拷問にかけられた程度ではマスターの情報は吐かないし(他のメンバーの情報は拷問されなくても話す)、処刑で死ぬような生易しい生命力ではない。

救世の軍勢(イェルクチラ)』のメンバーが、一度殺されたくらいで死ぬ輩が一体どれほどいるだろうか?


「ま、拙者とマスター以外はどうなっても構わないでござるから、彼女たちだけが処刑されるのであれば協力も惜しまないでござるがな。マスターも処刑となれば話は別でござる」


 マスターは(非常に怪しいが一応)人間である。

 ソルグロスやララディのように、生命力が尋常ではない種族とは違ってくる。

 マスターを守るためなら、だれとでも戦うつもりである。


「はっ、馬鹿が!」


 ラストはそんな彼女を見て嘲笑い、背中につけられていた大きな盾を腕に装着する。


「本来、罪を犯した冒険者は裁判によって刑罰が科されるが……お前たちは悪逆非道の闇ギルドだ。今、ここで俺が処分を下しても咎められることはあるまい」


 さらに、盾の中に装備されていた一本の剣をスラリと抜き放つ。

 どんどんとその場所を下げていく日の光に当てられて、きらりと怪しげに光る。


 そんなラストに応じるように、他の『誇りの盾(プラシールド)』のメンバーたちも武器を抜き放つ。

 そんな彼らを見ても、ソルグロスは一切表情を変えなかった。

 まあ、布で隠されているから目しか見えないのだが。


「さあて、大人しくしてもらえないのであれば、少々痛い思いをするでござるよ」

「それは、こちらのセリフだ」


 ソルグロスとラストは睨み合って言う。

 そして、次の瞬間、ソルグロスは身を地面に這うように低くして、ラストに猛然と襲い掛かったのであった。

 どこから取り出したのか、小刀を抜き放ちラストに斬りかかった。


「……っ!!」

「む……?」


 ガキィンッ!!


 甲高い金属音が鳴り響いたと思うと、ソルグロスの状況に合わないとぼけた声が聞こえる。

 普通の人なら対応できないような速度で斬りかかった彼女の攻撃を、ラストは見事に盾で受け止めてみせた。

 巨大で重厚な盾は、ソルグロスの小刀を受けても傷一つついていない。


「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「むわぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ラストが喉を震わせて吠え、ググググッと腕の力こぶを膨らませて盾を思い切り上に伸ばした。

 彼の盾に乗っかるように小刀に力を込めていたソルグロスは、そのままラストの力によって森の中へと吹き飛ばされていった。


「……軽いな」


 思ったより飛んで行ったので、それをしたラストも驚いた様子だった。

 まあ、彼女が自分から飛んだこともあるのだが。


「俺はあいつを追う。お前たちは、こいつらを見張っておけ」

『はい!』


 ラストは短く部下に指示を出すと、ソルグロスが消えていった森の中へと入って行った。

 王子派の騎士たちよりも、しっかりと教育された冒険者たちだった。


 そして、いつの間にかマスターの姿も消えていたのだった。

 結果、残されたのはルシルたちとラストを除いた『誇りの盾(プラシールド)』のメンバーとなる。


「ど、どうするよ……?」


 ヘロロは汗を垂らしながら、アポロたちに問いかける。

 今、自分たちはどのような判断をすることが最善なのか?


 マスターやソルグロスを見捨てて、ここで大人しくしておくことが正解なのか?

 確かに、それがこの先生きていくことを考えると一番賢い選択である。


 王国からの処罰も、ラストが言うことを信じるのであればグレーギルド堕ち程度で済む。

 しばらくはギルドの運営が苦しくなるだろうが、その後ずっと問題を起こさずに依頼をこなしていけば、いずれ正規ギルドに戻してくれるかもしれない。


 しかし、それだとルシカはどうなるのだろうか?

 今はマスターの魔力で抑え込んでいるが、あの強力な呪いがこのまま大人しくしているとは到底思えない。

 それに、マスターたちを見捨てて彼らが処刑されれば、ルシカの中にある彼の魔力も消え、すぐに呪いの進行が始まるかもしれない。


「だったら……っ!!」

「……っ!?」


 ルシルは剣を抜き放ち、『誇りの盾(プラシールド)』のメンバーに襲い掛かった。

 ソルグロスの疾駆に比べるまでもないくらい遅いが、まさか攻撃してくると思わなかった『誇りの盾(プラシールド)』のメンバーは対応に遅れてしまう。

 そのせいでルシルの接近を許してしまい、彼が振るった剣を慌てて小型の盾で受け止めたのだった。


「うぉぉぉいっ!?何してんだよ、ルシルっ!?」

「あ、アポロ……ッ!!」


 しかし、この攻撃には味方であるヘロロたちも仰天である。

 リーグは焦燥した様子でギルドマスターであるアポロを見やる。


「うっ、く……っ!!」


 アポロは懸命に頭を動かしていた。

 彼の中では、マスターたちの味方になるか、それとも大人しく処分を受けるかの判断は拮抗していた。

 しかし、ルシルが行動を起こしてしまったために、最早選択の余地はなくなってしまった。


「……ルシルの援護をするぞ!!」

「……はい!」

「マジかよ!?」


 アポロの下した決断は、マスターたちの味方をするというものだった。

 リーグは顔中に汗を浮かばせて決断をしたアポロの顔を、強い決意を固めた顔で見返した。

 ヘロロはまだ納得できない様子である。


「大人しくしていた方がよくねえか!?」

「そりゃあ、俺だってそっちの方が賢い判断だと思う!だが、それじゃあルシカはどうなる!」

「そ、それは……っ!」


 アポロの怒鳴り声に、ヘロロは言葉を詰まらせる。

 しかし、ぐっと後ろに下がりそうな脚を踏み留める。


「じゃ、じゃあ、あいつらを殺すのかよ!?そんなことしたら……!」

「いや、そこまではしなくてもいいだろう。とりあえず、ボコボコにして、ここでのことを忘れてもらおう」

「そんなアバウトな……」


 ヘロロの言葉に、大量の汗を流しながら答えるアポロ。

 どうにも自分でも無理があるとは分かっているようで、リーグに言われて身体を震わせている。

 だが、今はそうすることしかできないのもまた事実であった。


「幸い、うちには回復魔法を使えるリーグがいるんだ。やりすぎちまったら、リーグに頼もう」

「私頼みですか……」


 物凄く良い笑顔で見てくるアポロに、リーグは数歩下がる。

 天使教の幹部でもないのだから、そんなにポンポンと回復魔法は使えないのだが……。

 まあ、自分たちのギルドを守るためなら仕方ないと、諦めのため息を吐くリーグであった。


「~~~~!!ああ、そうかよ!仕方ねえなぁっ!!」


 最後まで反対していたヘロロも、ついに頷く。

 真っ先に『誇りの盾(プラシールド)』の面々に襲いかかって、数の不利から追い詰められていたルシルの元へと走って向かった。


「おぉぉぉぉっ!!」


 そして、ヘロロはルシルに迫っていた男に体当たりを食らわした。


「へ、ヘロロ……!」

「勝手に突っ走ってんじゃねえよ!!」


 ルシルは呆然とヘロロを見上げる。

 マスターたちを引き込んだ時と同じように、また勝手に行動したのでまさか助けてもらえるとは思っていなかったのだ。


「おら、立てよ!こいつらの記憶を、今からブッ飛ばさないといけねえんだからな!」

「お、おう!」


 ヘロロに叱咤をされて、ルシルは再び立ち上がる。

 そして、軽く見合って笑ったかと思うと、『誇りの盾(プラシールド)』のメンバーに立ち向かっていったのであった。





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