第六十六話 正規ギルド・誇りの盾
こちらに歩いてきた男たちは、マスターたちから一定の距離を取って止まった。
「えーと……何の用だ?」
ルシルたちを代表して、アポロがそう聞きだす。
話しかけてきた男たちの姿から見て、おそらくどこぞのギルドに加入している自分たちと同じ冒険者だろう。
そして、冒険者同士は街の外では交流を持たないことが普通だ。
このように、初対面のチームに話しかけるようなことはありえない。
だから、アポロは不思議で仕方がなかった。
「まずは、自己紹介をしよう。俺の名前はラスト。正規ギルド『誇りの盾』に所属している人間だ」
「お、おお……。俺はアポロ。このギルドのマスターだ」
いきなり自己紹介をされて、慌てて自分も名乗るアポロ。
これが友好的なものだといいのだが、ラストと名乗った男の顔つきはとてもじゃないがそう言えるものではなかった。
「それで?いったい、どういうご用件でしょうか?」
リーグはさっさと話を進めようと言葉を紡ぐ。
その言葉を聞いて、ラストの目がグッと吊り上る。
「どういう用件だと……?それは、お前たちが一番よく理解しているのではないか?」
「な、なに……?」
その強い迫力に、アポロは思わず言葉に詰まってしまう。
そして、ラストの言う通り、後ろめたいことをしている自覚もあったのだ。
「(うぉぉぉっ!間違いであってくれぇぇぇっ!!)」
アポロは心の中でそう絶叫するが、無情にもラストの視線はマスターとソルグロスを捉えた。
「お前たち、闇ギルドの人間だろう?」
「はぁ、はぁ。マスターの後姿……」
ズバリ言い当てたと確信を込めたラストの質問に、闇ギルドの二人はどちらも答えなかった。
マスターは、下手なことを言ってルシルたちの不利益になってはいけないと、苦笑してラストを見返す。
ソルグロス?マスターの後ろに超至近距離で陣取り、せわしなく視線と身体を揺らしている。
単に、ラストの言葉を聞いていなかった。
「な、何でばれてんだ!?」
「あ、馬鹿……っ!!」
そのまま黙っておけばしらを貫き通すことができていたかもしれないが、ルシルが思わずといった様子で声を出してしまった。
勇敢に魔物と近接格闘を繰り広げることができるとは言っても、まだ子供だった。
慌てて口に手をやるが、もちろん間に合うはずもない。
「善良な市民からの通報があってな。我ら正規ギルドの敵である闇ギルドのメンバーが、紛れ込んでいると」
「(善良な市民……でござるか)」
マスターの後姿にようやく満足したソルグロスは、彼の横に密着しながらラストの言葉に初めて耳を傾けた。
やはりと言うか、自分たちの情報がラストたちに売られていたようだ。
では、その善良な市民とは、いったい誰なのか。
まず、真っ先にソルグロスの頭の中に浮かび上がってきた候補は、『救世の軍勢』の面々である。
自分のマスターとの愛にあふれたイチャイチャ冒険者生活(一方的見方)を気に食わずに、邪魔をしてきたという可能性だ。
いかにもありえそうである。
ソルグロスも、自分以外のメンバーがマスターと二人きりになっていたら絶対に妨害する。
だが、今回に限って言えば、その線は非常に薄かった。
というのも、情報を売った相手が正規ギルドのラストということである。
たとえば、グレーギルドなどのような人間なら、だれかれ構わず情報を売ることはできるだろう。
しかし、正規ギルドは別だ。
危険だったり胡散臭かったりする依頼や情報だと、必ず裏付けを取ろうとする。
『ギルド担当』のソルグロスは、『誇りの盾』というギルドの名前も知っていた。
中堅ギルドであるが、大手のギルドにもそう引けを取らない実力を兼ね備えた正規ギルドだ。
そのようなところは、まず間違いなく情報の裏付けを取っているだろう。
「(となると、まったくもって怪しいうちのギルドメンバーは、大半が除外されるでござる)」
『救世の軍勢』のメンバーには、ララディのようなどこの組織にも潜入していない根無し草のような者もいれば、人類と絶賛対立中の魔王軍に潜入しているクーリンのような者もいる。
この者たちから闇ギルドの情報を与えられても、まったく信用されずに相手にもされないだろう。
もちろん、『救世の軍勢』にも正規ギルドから信用されるような場所に潜入しているメンバーがいる。
「(リッター殿でござるが……)」
ソルグロスは黒髪ボブカットの、無表情雌犬騎士の顔を思い浮かべる。
なるほど、彼女なら動機も実行能力も充分である。
しかし、今回の件、彼女は無関係ではないかとソルグロスは睨んでいた。
その理由は、このマスターとのイチャイチャ冒険生活を始める直前のこと。
ギルド本部でララディからの猛講義を受けていた時、リッターが援護してきたのだ。
もちろん、ボランティアでソルグロスを助けたわけではなく、自分の番の時に味方になるよう恩を売りつけてきただけであったが。
そのことから、リッターは手を出さないと考えていた。
「(今、ここで邪魔をしたら、あの行為が台無しでござるからな)」
普段、マスターの前以外では愛想のない無表情ばかりなので、何を考えているかはいまいちわからないが、リッターはそこまで馬鹿ではないとソルグロスは思っていた。
こういうことから、『救世の軍勢』のメンバーは容疑者の中から除外される。
では、いったい誰が……?
そこまでは、ソルグロスにもわからなかった。
「さあ、どういうことか説明してもらおうか、アポロとやら。どうして、闇ギルドの人間たちをギルドに入れているのか。情報によると、お前たちはこいつらが闇ギルド所属であることも知っているようだしな」
「くっ……!」
「(情報が早いでござるな。……大体、絞れてきたでござる)」
厳しい表情と言葉でアポロを追い詰めていくラスト。
言葉に詰まるアポロと、マスターの近くでふむふむと頷き自分なりに納得していくソルグロス。
やはり、犯人は『救世の軍勢』ではないようだ。
彼女の中では、大分容疑者を絞り込んでいた。
「……ふん。答えられないのか。お前たちはもう正規ギルドのままではいられない。王国不倶戴天の敵である闇ギルドの人間を知っていながら招いたのだからな。よくて、グレーギルド堕ち。悪ければ、ギルドとり潰しだ」
「そ、そんな……!?」
ルシルが悲痛な声を上げる。
もともと、マスターとソルグロスをギルドに迎え入れたのは、彼が妹であるルシカを助けたいがためであった。
さらに、彼らをギルドに入れようと提案したのもルシルである。
自分の浅はかな判断がアポロたちに迷惑をかけていることを知り、フラフラと意識が遠くなってしまう。
しかし、そんな彼の反応に、ソルグロスは首を傾げる。
「む?どうして、この世の終わりみたいな顔をしているでござるか?」
「あんたたちは分からないかもしれねえけど、俺たちみたいな数の少ない弱小ギルドが信用を失って正規ギルドから落とされると、生きていけねえんだよ」
ヘロロがそう憎々しげにラストたちを睨みつけながら言う。
なるほど、確かにグレーギルドに持ち込まれる依頼は正規ギルドのものに比べて危険で報酬も割に合わないものが多い。
そういったものを恐喝して報奨金を底上げすることもグレーギルドがよくやることだが、ルシルたちのギルドがそれをできるとはとてもじゃないが思えなかった。
しかし、ソルグロスの言いたいところはそこではない。
「そのグレーギルドに落ちたりといったりする処罰は、えぇと……ラスト殿たちが報告したらなされるのでござろう?」
「そ、そうか!」
アポロは、ソルグロスの言いたいであろうことを理解した。
要は、ラストたちに頼み込んで報告をしてもらわなければいいのだ。
「なんだ?俺たちは『誇りの盾』のメンバーだ。悪は見逃さんぞ」
「聞いてくれ!俺たちにも、事情があるんだよ!」
「事情?」
鋭い目で睨みつけてくるラストに、ルシルが話し出す。
相手が子供だからということもあってか、ラストは一応話は聞いてくれるようだ。
この好機を逃してはならないと、ルシルは必死に自分たちの切羽詰った状況を打ち明けた。
ギルドメンバーがラゲルの死の呪いに身を侵されていること。
その呪いを解除するために、天然もののエリクサーが必要なこと。
そして、自分たちだけの力ではどうにもできないので、たまたま出会った闇ギルドの力を借りていること。
「…………」
そこまで聞いても、ラストは静かに黙り込んでいた。
ルシルたちが固唾を飲んで判断を待ち、マスターが何を考えているかわからない笑顔を浮かべ、ソルグロスはマスターを見てひとりいい気分になっていた。
ラストの目が開き、ついに口を開いた。
「残念だが、報告はさせてもらう」
「――――――ッ!!」
分かってはいたことだった。
しかし、アポロやリーグは理解できても、ルシルは黙っていない。
「ど、どうして……っ!?」
そんな彼に、出来の悪い教え子に接するようにラストは話し始めた。
「たとえ、いかなる理由があろうとも、闇ギルドに与することは決して認められない。もし、助けを求めるのであれば、我々のギルドや他の正規ギルドに依頼を出せばよかったのだ」
「それは……っ!!」
ルシルにも言いたいことはあった。
たとえ、他のギルドに依頼を出しても、ほぼ間違いなく無視されていただろう。
何故なら、天然もののエリクサーはほとんど伝説と化しており、弱小ギルドがどこどこにあると言ったところで真剣に受け取るギルドなんて存在しないだろう。
もし、多額の報奨金を指定していたら話だけは聞いてくれるかもしれないが、ワールド・アイから情報を得るためにギルドの資金をほぼ全てつぎ込んでいたルシルたちに、それをすることはできなかった。
「お前たちがギルドの仲間を大切に思っているのは良いことだ。だからこそ、闇ギルドなんて悪に助力を求めたことを後悔しろ。お前たちなら、グレーギルド堕ち程度の処分で許されるだろう。また、一からエリクサーを探せばいい」
ラストの言葉は、まったく正しいように思えた。
『救世の軍勢』という闇ギルドのことは、同じく闇ギルドである『鉄の女王』ほど知らないが、王国から敵視されている時点で悪である。
そんな彼らに助けを求めたことが悪いのだが……。
「それじゃあ、遅いんだよ……っ!」
ルシルが血を吐くように、苦痛にあふれた声を漏らす。
すでに、ルシカがラゲルの呪いに侵されてからそれなりの月日が経っている。
今はマスターの魔力で抑え込まれているが、またいつ進行を始めるかわからない。
あれほど苦しそうにしているルシカを、もう見たくないのだ。
しかし、それを何度伝えたところで、ラストは報告する意思を変えようとはしないだろう。
彼にとって、悪の甘言に惑わされて正義の執行を停滞させることはできるはずもないのだ。
「だから、簡単な話ではござらんか」
固まった空間に呆れたように、ソルグロスは大きなため息を吐く。
別に、彼女としてはいつまでもこのこう着状態が続いてもいい。
その分、マスターの後姿を見ることができるのだから。
しかし、ラストや他の『誇りの盾』の面々が向けてくる視線は、少々鬱陶しいものがあった。
マスターを眺めるときは、それ以外の情報を受け入れるわけにはいかないのだ。
それが、他人からの敵意がこもった視線という情報も、また同じである。
「え……だから、話をして……」
「うん?いや、拙者が言いたいことは違うでござるよ」
アポロが戸惑いながらも聞くと、ソルグロスはコテリと首を傾げる。
『ギルド担当』のソルグロスは、『誇りの盾』という正規ギルドを知っていた。
規模や実力はベテランよりの中堅ギルドで、特筆すべきはやけに正義に固執する点である。
だからこそ、世間的には悪とみなされる自分たち闇ギルドのことで、彼らが妥協することはありえないと分かっていた。
ソルグロスにとっては、マスターのいる側が正義なのだが。
色々と勝手に早とちりされたソルグロスだが、ようやく言いたいことを口にする。
「――――――ここで、この者たちを皆殺しにすればいいのでござるよ」




