第六十四話 エリクサー探索開始
ワールド・アイさんのことを信用するとして、天然もののエリクサーってここにあったのかぁ。
もしかしたら、僕が散歩していた時に通り過ぎていたのかもしれないんだね。
「ソルグロスのご主人はこの森を知っていたのか?」
僕は聞いてきたルシルにコクリと頷く。
まあね。ここは、たまに書類作業の息抜きをする場所で、散歩をする森なのだ。
以前は徹底してギルドから出してもらえなかったんだけれど、ララディとの一件があってからは頻繁にではないけれど、時々外に出してもらえるようになった。
……あれ?何だか、僕に自由ってない感じがするんだけれど……気のせいだよね?
そうそう。この森は、ララディと歩行練習に使った花畑がある場所である。
今も、ユウトたちに倒されたオークの死体は転がっているのだろうか?
そこは、通らないようにしよう。
まあ、それはいいとして……ねえ、ルシル。ソルグロスのご主人って呼び方、なに?
マスターって呼び方じゃあ、ダメなのかな?
「え?だって、あんたの名前、教えてもらってねえし……。ソルグロスみたいにマスターって呼ぼうかなとも思ったんだけど、俺にとってのマスターはアポロだしな。ソルグロスが『主様』って言うだろ?だからだよ」
「ルシル……っ!お前、可愛いこと言いやがって……っ!!」
「うわっ!抱き着くなよ!」
僕の前で、アポロがうっすらと涙を浮かべながらルシルに抱き着く。
ルシルは嫌そうに身体をよじっているけれど、満更でもなさそうだ。
仲が良さそうで何よりだ。
……いや、それよりもそのソルグロスのご主人という呼び方だ。
なんていうか……人様には聞かせられないような呼び方ではないだろうか?
それに、ソルグロスにも失礼だし……。
「いやいや、拙者はこれでいいと思うでござるよ。むしろ、これがいいでござる(拙者がマスターの所有物であることが改めて実感できて、とてもいいでござる)」
忍び装束のせいで目元しか見えないが、とても良い笑顔を浮かべていそうなソルグロス。
そ、そうなの?普通の人だったら、嫌がりそうなものだけどなぁ……。
まあ、ソルグロス自身がいいんだったらいいんだけれど……。
「それにしても、ソルグロスのご主人はこの森のことを知っていたんだな。だったら、あんたに案内してもらえるな」
そう言って、アポロはポンと僕の肩に手を置……こうとして、ソルグロスに手をはたかれていた。
えぇ……?
アポロは目を白黒させているし……あぁっ!ソルグロスも他のメンバーよりは我慢強いってだけだったか!
せっかくいい雰囲気で協力できているのに、こんなことでヒビを入れたら勿体ない。
僕は慌てて言葉を絞り出す。
案内は全然かまわないけれど、僕はエリクサーがどこにあるかは知らないよ?
それに、しょっちゅうここを訪れているわけでもないから、知らない場所の方が多いだろうし。
「そうかぁ……」
ヘロロが心底残念だとため息を吐く。申し訳ない。
「いやいや、マスターが気に病むことは何一つないでござる。いきなり疲れたようにため息を吐くヘロロ殿が悪いでござる」
「なにをぉっ!?」
「いや、これはあなたが悪いですよ、ヘロロ」
「うん」
「うぐぅ……」
僕の心をナチュラルに読んだソルグロスが、身を摺り寄せてきて慰めてくれる。
ヘロロは彼女の言葉にカッと怒ったが、同じギルドの仲間からも言われてしまい、黙り込んでしまう。
はは……ちょっと、空気が悪くなってきたかな……?
でも、ソルグロス、ありがとう。
「それでは、ソルグロスさんのご主人が知らない場所を重点的に探した方がいいでしょう」
「俺もそう思っていた!」
「むふふ~……」
リーグの提案に、ルシルがはいはいと元気に手を挙げてのっかる。
ちなみに、最後のソルグロスは僕に頭を撫でられながら出した声である。
ルシルはそう言うが……本当かな?
彼の言葉の信ぴょう性はひとまず置いておいて……リーグの提案だが、とても合理的なものだと思った。
今まで、この森でエリクサーらしきものには未だお目にかかったことはない。
ということは、僕がいつも使っているような散歩ルートには存在せず、未開の場所にあるということだ。
ワールド・アイさんの情報を信じるのであれば……の話だけれどね。
「よし!早くエリクサーを見つけようぜ」
そう言って、ルシルは一人森の中に突っ込んで行ってしまう。
大丈夫だろうか?
「ははっ!あんたたちは知らないかもしれねえけど、あいつ、ガキに見えて案外やるんだぜ?」
アポロは自慢げにルシルのことを自慢してくるけれど……。
少しいじわるな言い方をしよう。
君たちは知らないだろうけれど、ここ、前にオークが出たんだよね。それも、複数。
オーク単体なら別に大したことはないけれど、複数なら少々面倒ではないだろうか?
あと、この森の近くにはオーガも出たんだよね。こっちも、複数。
ドラゴンのように、天災級の魔物というわけではないけれど、オーガはそこそこ強力な魔物だと思う。
もし、彼一人で出くわしてもどうにかできるのだろうか?
それに付け加えると、君たちはこの場所を君たちだけで探索することが難しい場所だから、僕たちに依頼してきたんじゃないの?
もしかして、僕たち、必要なかったりする?
そんなことを伝えると、アポロたちの顔がみるみるうちに青くなっていく。
「ちょっと待て、ルシル!ここ、めちゃくちゃ危ねぇからぁっ!!」
「いや、別にオークやオーガ程度なら、それほど慌てることもないと思うでござるが……」
「あなたたちと一緒にしないでください!オーガはもちろんのこと、オークもかなり強力な魔物の部類ですよ!」
リーグの言葉に、僕とソルグロスは見合って首を傾げる。
それは嘘だろう。
オーガなら分かるけれど、オークが強いっていうのは……。
だって、僕でも倒せる魔物なんだよ?
戦闘をバリバリこなせるソルグロスからしたら、なおさら弱く見えるに違いない。
そんな僕たちを置いて、皆して先に森に入って行ったルシルのことを、慌てて追いかけるのだった。
タイミングを残して、ポツンと残された僕とソルグロス。
「おぉ、これは思いもよらぬ好機。マスターと二人きりではござらぬか。……暗い森の中、くノ一と男が二人……」
何も起きないからね?
凄く期待したような目で僕を見上げてくるソルグロスに、きっぱりと言っておく。
僕が、娘みたいなこの子に手を出すわけがないだろう。
性欲を消滅させているし、まったく問題ない。
さて、僕たちもルシカのために、天然もののエリクサーを探そうか。
「むぅ……了解でござる(他の雌どもにも鉄壁であることには安心するでござるが……。いつか、強力な媚薬でも仕込むでござるか。なぁに、時間はあるでござる。多分、今日はそのエリクサーは見つからないでござろう。というよりも、見つけたらお役御免で『救世の軍勢』本部に帰らないといけなくなるから、見つけたくないでござる。滅多にないこの至福の時、しばし楽しませてもらうでござるよ)」
ソルグロスが下を見てブツブツと言っているのを、僕は不思議そうに眺めるだけだった。




